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「種明かし番組」について(7)

「クラシック・フォース暴露」の顛末

2001/11/14(「反響」を追加しました)
2001/11/4


★はじめに

2001年9月上旬、ある日本人マジシャンがテレビで「クラシック・フォース」を暴露しました。そのことを「種明かし番組について(5)、(6)」で紹介しましたところ、予想外に大きな反響があり、日本国内だけでなく、世界的な規模でマジック界を揺るがす大きな問題に発展しました。

これを契機に、今回の問題を憂う方々が日本中から集まり、グループが結成されました。この方々が中心となり、アメリカに本部をおく、メンバー数、数万を擁する世界最大の団体とも密接に連絡を取りあうことができました。

今回の件では私も少し協力させていただきましたが、私が関わったのは0.1%もありません。中心になってご尽力いただいたのは、MagicML(マジック・メーリング・リスト)でご活躍の小谷純司氏と、有志の方々です。みなさん外国語に堪能ですので、海外の諸団体とも精力的に意見の交換が行われたようです。交わしたメールの数は、優に数百通になっています。またメールだけでなく、テレビ番組を録画したものや、その他の関連資料なども送られたようです。

このようなことが可能になったのはインターネットのおかげです。日本にいながら、海外の諸団体と、1日に何度もメールの交換ができるのですから、時差も物理的な距離もらくらくと越えることができました。もしこれが昔ながらの手紙であれば、とてもこれほど短期間に、これだけの成果はあげられなかったことと思います。

小谷氏を中心とする有志の方々には、日本の奇術界はどれほどお礼を申し上げても足りないくらいの貢献をしていただきました。マジックを純粋に愛するという、ただそのことだけが共通の絆で結ばれている方々です。現在も引き続き、縁の下の力持ちに徹してくださっています。この2ヶ月間の成果は、日本のマジック界の歴史にも末永く残ることでしょう。

さらに今回の副産物として、マジックの倫理問題を扱う世界的な団体の支部も日本にできることになりそうです。

この2ヶ月間の顛末を、ざっと紹介します。


2001年9月8日、テレビ朝日系列の番組『不思議どっとテレビ。これマジ!?』の中で、東京の渋谷にある団体「ウィザード・イン」"Wizards' Inn"(代表者:柳田昌宏氏)所属のマジシャン緒川集人(おがわ しゅうと)氏が「クラシック・フォース」を暴露するという暴挙をおこないました。これには日本中の多くのマジシャンが憤慨すると同時にあきれ果てました。「クラシック・フォース」を暴露するということに、どれほどの意味があるのか、マジックをなさっていない方にはわからないと思いますが、決して無視できるような出来事ではないのです。

マジックのタネや原理は、商品価値としては想像以上に大きいものです。例えば、マスクト・マジシャンことヴァレンチノがなぜ一連の暴露番組に出演するようになったかを知れば、タネの価値がどのようなものか、マジックに詳しくない方でもある程度は理解していただけると思います。

ヴァレンチノは長年売れない三流のマジシャンでした。マジック関係者でも、大半の人が名前すら知らないマジシャンでした。昔、大阪の舞台にも立ったことがあるそうですが、何の評判にもならず、私も大阪にいながら、そのようなマジシャンが来ていることさえ知らなかったくらいです。

このパッとしない三流マジシャンであったヴァレンチノが、アメリカのFOX TV製作の番組に出演し、イリュージョンと呼ばれる大がかりなステージマジックを暴露しました。このときFOX TVがヴァレンチノに支払ったギャラは、彼がこのあと数十年、三流マジシャンとして一生かかって稼ぐギャラよりも多かったそうです。これだけもらえれば悪魔に魂を売る人間が出てきても不思議ではありません。

しかし重要な点は、テレビ局が支払ったギャラは、ヴァレンチノのマジシャンとしての才能や演技に対してではありません。マジックの世界に連綿と伝わり、多くの先達が工夫に工夫を重ねてきたアイディアに対して支払われただけです。ヴァレンチノが暴露したものは、すべて他人の考案したものばかりです。他人のアイディアを勝手に売っているのですから、やっていることは泥棒以外の何ものでもありません。それにもかかわらず、「マジックを普及させるため」「啓蒙のため」と言っています。しかしこれが詭弁であり、何の説得力もないことは、ブラジルでは国外追放、欧米のショービジネスの世界では「最悪の人物」という烙印が押され、相手にもされなくなっている現状を見ればわかります。

このあたりの詳しい経緯はスティングさんのサイトにある「米国奇術界の対応」「FOX TVとMasked Magicianの主張とWAMの反論」「ヴァレンチノ対マジシャンたちの『モラル法廷』での判決」「世界中のマジック団体へのメッセージ」をお読みください。ヴァレンチノが世界でどのような評価を受けているか、よくご理解いただけると思います。(ページの最後にリンクしておきましたので、ぜひお読みください)



ヴァレンチノの犯した罪は、他のマジシャンに多大な迷惑をかけたことと、不思議な現象を見ることを楽しみにしている多くのファンの夢を壊した点です。この2点が、最大の罪です。

今回、緒川集人氏が暴露した「サムタイ」や「クラシック・フォース」もまったく同じです。この二つは、緒川氏が考案したものではありません。サムタイもクラシック・フォースも昔からマジック界に伝わる宝物です。ヴァレンチノが高額の出演料を受け取ったのと同等の価値があります。

緒川集人氏が出演した番組が放送された直後から、これを見た日本中のマジシャンが憤慨し、緒川氏やウィザード・インと「対話」を行いました。MagicML(マジック・メーリング・リスト)という、メールを使った掲示板のようなシステムがあり、そこには緒川氏ならびにウィザード・イン関係者も参加しています。私はつい最近、MagicMLに入会しましたので、この「対話」には参加できなかったのですが、残っていますやりとりを読みますと、ウィザード・イン関係者以外は、大半の方があのような行為は迷惑であるとおっしゃっています。それにもかかわらず、緒川氏およびウィザード・イン関係者による一連の発言は、誠意のかけらもないものでした。

同好の士であるはずの方々から出ているクレームに対してまったく聞く耳を持たず、「自分たちのやっていることが世界の主流である」、「まったく悪いとは思っていない」と開き直りとも思える発言を繰り返していました。さらに、「自分たちを批判する日本のマジシャンはテロリストのようなものだ」とまで言い出す始末です。これにはさすがに普段紳士的な方々もあきれ果てました。「盗人猛々しい」とはよく言ったものです。この人たちのことを思えば、ヴァレンチノはまだ罪の意識があるのか、マスクをして顔を隠している分だけかわいいものです。


今回の件が起きる数ヶ月前、緒川集人氏はNHKの子供向け番組でサムタイのネタバラシもやっていました。このマジックは日本だけでなく、海外でも現役プロマジシャンがレパートリーとして演じています。そのようなものを勝手に暴露されたら、生活権が脅かされるプロマジシャンも出てきます。

プロマジシャンの団体として、日本には社団法人日本奇術協会があります。普段は腰の重いこの団体でさえ、サムタイの件は放置できないと思ったのでしょう。役員会を開き、会長の北見マキ氏がNHKに出向いて、今後あの番組の再放送はしないという確約を取りつけました。

これがあってから数ヶ月後に、緒川集人氏は他のテレビ局で「クラシック・フォース」を暴露したのです。これで緒川集人氏ならびにウィザード・インは「確信犯」であることがはっきりしました。ここまで日本のマジック愛好家を無視し、ばかにした振る舞いはありません。

彼らの言うような、「クラシック・フォース」をテレビで暴露することが世界の主流なのかどうか、私は寡聞にして知りませんので、確認のためマジックの世界的組織、IBMの倫理規定を読んでみました。IBMはInternational Brotherhood of Magiciansという、1922年にアメリカで設立された団体です。現在、数十ヶ国に300を越える支部がある、国際的なマジックの組織です。

以下のものはIBMとSAM(Society of American Magicians)が共同で作成した倫理規定です。小谷純司氏が訳してくださったものに、私が一部変更を加えたものを紹介します。(変更した部分は句読点の位置と、漢字を一部仮名にした程度です。)

IBM/SAM 倫理規程
Code of Ethics

1993年5月8日にIBM役員会は、下記の倫理規定をSociety of American Magicians(SAM) と共同で承認した。これは奇術の向上のために一致団結・努力した結果産みだされたものである。

International Brotherhood of Magicians (IBM) のすべてのメンバーは下記に同意する。

(1) 奇術のあらゆる原理や、奇術の現象・イリュージョンに用いられる手段を故意に世間に暴露することに反対する。

(2) 一般の人々に奇術を見せる際のマナーや、奇術師としての品行に倫理的な態度を示す。これには他のマジシャンの演技を邪魔しない、危機的状況にさらす行為をしない、個人を攻撃しない、また他人の発明を無許可で使用しないという条件を含む。

(3) 創作者、発明家、著者といった人々や、マジックのアイディア・演出・効果・文献の所有者、また占有使用権利の保持者、創作者から使用権を得ている者の権利を認識・尊重する。

(4) 奇術に関連する現象、書籍、商品や言動が広まる際に含まれる虚偽・誤解を招く表現に反対する。

(5) 奇術関連の出版物の広告で、宣伝主が商権利を有していない奇術道具、現象、文献その他のものの広告に反対する。

(6) 奇術の演技に使用する生き物に対し、人道的な扱いと保護を心がけることを奨励する。

翻訳協力:小谷純司氏


IBMの日本支部として、私が所属しています大阪奇術愛好会があります。1970年頃、IBM JAPAN(Ring No.201)、通称「IBM大阪リング」として日本で最初の、世界では201番目の支部として発足しました。メンバーには松田道弘氏、赤松洋一氏、三田皓司氏、瀬島順一郎氏、福井哲也氏、福岡康年氏、六人部慶彦氏、宮中桂煥氏、田代茂氏他、アマチュアマジシャンの世界ではよく知られている方々が大勢おられます。すでに30年を越える歴史がありますので、海外からも数多くの著名なマジシャンが訪れてくれています。

今回の件では、IBM JAPANも米国の本部と連絡をとるだけでなく、先の倫理規定にあったアメリカ最大のマジック団体、SAMとも連絡を取りました。SAMも近年はアメリカだけでなく、日本をはじめ、海外にも多くの支部を置いています。IBMやSAMにはプロ、アマを問わず入会できるため、プロマジシャンも数多く所属しています。この二つの団体のメンバーの数は、プロ、アマをあわせて優に数万を超えています。

倫理規定はこの二つの団体が共同で作成したものです。これを読んでいただければ、緒川集人氏やウィザード・インの主張していることが何の根拠もなく、彼らの妄想、虚言であることは明らかです。


今回日本では、有志の方々が精力的に活動してくださいました。それぞれが分担して、IBMやSAMだけでなく、世界の主要なマジック関係の団体に、今回のビデオを送る作業や、その他ウィザード・イン関係者の問題発言を送り、日本における実状を知ってもらうという地道な作業を続けていただけたのです。ポイントはただひとつ、クラシック・フォースをテレビで暴露するという行為が世界の主流なのかどうか、意見を求めるためです。

結果は言うまでもないと思いますが、後述するWAMの名誉会長は、はっきりと緒川集人氏は第二のヴァレンチノであると明言しています。ウィザード・インが、何かにつけて「啓蒙」という言葉でごまかそうとしているのもヴァレンチノとまったく同じだと言っています。

日本の有志が海外と活発に連絡を取り合っていることを知った緒川氏ならびにウィザード・インのメンバーは、あわててアメリカに飛びました。ハリウッドにあるマジック・キャッスルに行き、オーナーのミルト・ラーセン氏に会って、自分たちの弁護をしてもらおうと思ったようですが、そう甘くはありません。

ウィザード・インとキャッスルは10年ほど前から商売上の付き合いはあるため、キャッスルとしても、そうむげにウィザード・インを拒否できない事情はわかりますが、それでもクラシック・フォースをテレビで暴露するような行為を認めるはずはないでしょう。

彼らの思惑とは逆に、今後一切テレビで種明かしをしないという確約をさせられて帰ってきました。もし再びこのような「暴露」(exposure)をテレビでするようなことがあれば、マジック・キャッスルのメンバーシップを剥奪すると、釘をさされています。このことに関しては、彼らはまったく触れていません。ただミルト・ラーセン氏と会い、有益なアドバイスをもらったとしかコメントしていません。これでは事情を知らない人が読むと、キャッスル側があのような行為を容認したと誤解されるかもしれませんが、実状は先のようなことです。

日本でこれだけ大問題になり、迷惑を被っているという人が大勢いるのですから、本来なら何をさしおいてもしなくてはならないのは、日本のマジシャンと話し合うことでしょう。早急に、それに応える努力をするのが筋というものです。しかしながら、逆にそのような人をテロリスト呼ばわりし、彼らが唯一の頼みの綱であるラーセン氏の元に飛んでいったという事実だけでも、日本では孤立した、特殊な団体であることがわかると思います。

緒川氏およびウィザード・インも、これで一言くらいは日本のマジック愛好家に謝罪のコメントでも出すかと思いましたが、相変わらずです。まったく何も変わっていません。それどころか厚顔ぶりはさらにエスカレートしています。さすがに「クラシック・フォース」を暴露するような行為が「世界の主流」であるといった妄言は恥ずかしくて言えなくなったようですが、今度は「啓蒙」です。自分たちのやっていることは「暴露」ではなく、「啓蒙」だから、あれは問題ないと主張しています。

彼らは本当に「啓蒙」という言葉の意味を知っているのでしょうか。ヴァレンチノ同様、彼らの辞書には「啓蒙」というのは、

 「手段を選ばず儲けること」

とでもなっているのでしょう。


IBMやSAMといった世界中のマジシャンとつながりのある団体を紹介しましたが、ヴァレンチノやウィザード・インといった、これまで考えられなかったような非常識な団体が出てくる時代ですから、このような暴挙をおこなう個人や団体に対処するために、特別な専門組織の結成が急がれました。

このような事情のもと、1998年4月、ハリウッドのマジック・キャッスルにIBMやSAMの幹部を含む米国奇術界の主要メンバーが集まりました。そこで、テレビでの種明かしなど、マジックにおける倫理問題を中心に扱う組織が必要であるとの結論に達し、World Alliance of Magicians(WAM) という非営利団体が結成されることに決まりました。この会議に出席していた参加者全員による、満場一致の承認です。

WAMの活動目的はマジックの本質、それは「驚き」 (wonder and amazement)ですが、それを保護することです。具体的には、悪質な種明かし(ネタばらし)を撲滅させるために、世界各国のマジック団体の活動を支援することを主な活動目的としています。承認後の1998年5月18日から活動を開始しています。

ざっとWAMが作られた経緯をご紹介しましたが、おわかりのように、一個人が勝手に作った組織ではありません。IBMやSAMの会長、弁護士などから構成されるWAMのメンバーを見ていただければ、WAMの出すコメントの重さがご理解いただけると思います。

今回の件で、日本にも正式にWAMの支部が設立されることになりそうです。

WAMのメンバーは以下の方々です。(2001年10月現在)


★役員会(Officers)

名誉会長:ウォルター・ブラニー (Walter Zaney Blaney)

会長:アッブ・ディクソン (Abb Dickson):元IBM会長

副会長:チャック・ジョーンズ (Chuck Jones)

秘書:フランシス・ウィラード (Frances Willard)

★諮問委員会(Advisory Board)

デール・ヒンドマン (Dale Hindman) :マジック・キャッスル会長

ローレン・リンド (Loren Lind) :SAM会長

ロン・マンドレーク (Lon Mandrake)

ドン・ウェイン (Don Wayne)

グレン・ワイズンバーガー (Glen Weissenberger)

マーク・ウィルソン (Mark Wilson):マジック・キャッスル名誉会長、マジシャン

フレッド・ウッド (Fred Wood)


名誉会長のウォルター・ブラニー氏は1976年のPCAM東京大会にもゲスト出演されていますので、古くからマジックをなさっている方であればよくご存じだと思います。高齢のため、今は名誉会長となっていますが、あいかわらずお元気で、今回の件でも数多くのアドバイスをくださったようです。

現会長のアッブ・ディクソン氏はIBMの元会長として、長年マジック界に貢献してこられた方です。

ある程度海外のマジック事情に詳しい方であれば、このメンバーがどれほど多くのマジシャンを代表しているかわかると思います。

WAMのような組織を作らなければならないことは、ある意味悲しい出来事です。しかし現実に非常識な団体や個人が存在するのですから、自衛のためには仕方がないのでしょう。

このWAMも、ウィザード・インが「啓蒙」という言葉を使っているのはヴァレンチノとまったく同じであると「認定」しています。

以下にWAM名誉会長ウォルター・ゼイニー・ブラニー氏からのメッセージを紹介します。小谷氏が訳してくださったものです。全文およびオリジナル原稿は、このページの最後にリンクしておきます。


この暴露(緒川集人氏がサムタイ及びクラシック・フォースをテレビで暴露した件)は「レクチャー」ではありません。「啓蒙」でもありません。

<中略>

こういうのはマジック界の裏切り者・ヴァレンチノがやっていることです。汚い金のために兄弟のようなマジシャンたちを背中から刺す行為です。緒川は「マジックの先生」などではありません。彼は単なる、もう一人の裏切り者です。私が思うに、緒川とその師匠の柳田は日本の奇術界に対してひどい危害を与えています。ヴァレンチノが世界中でマジックに対してやっているようなことと同じです。

ウォルター・ゼイニー・ブラニー
WORLD ALLIANCE OF MAGICIANS (WAM) 名誉会長 

上記のメッセージを受けて、以下のものはアッブ・ディクソン氏(WAM会長)のコメントです。これも最後に全文が読めるようにリンクしておきます。



残念なのは、テレビでの種明かしがもたらす「悪い結果について考え、思いやる」ことを(彼らが)していないことのようです。私はウォルターのコメントに全面的に同意します。彼らが選択した内容は一線を大きく越えてしまいました。また「彼らの行った悪い判断を帳消しにする」というのも不可能です。マジックへの情熱と驚きを高める一助となるようなプレゼンテーションを行うかわりに、彼らは暴露を通じて人を落胆させることを選んだのです。

アッブ・ディクソン
WORLD ALLIANCE OF MAGICIANS (WAM) 会長


現在、ウィザード・インは盛んに「啓蒙」という言葉を使っています。そして厚顔にも「私たちも種明かしには反対である」とさえ言い出しています。こう言いながら、「サムタイ」や「クラシック・フォース」の件に関しては、いまだにあれは「啓蒙」であると主張しています。日本だけでなく、世界中の多くのマジシャンや数万のメンバーを擁する団体のトップから、はっきりと「暴露」であると言われているにもかかわらず、知らんぷりを決め込んでいます。

彼らがいかに「啓蒙」と言おうと、実際にやっていることを見れば、彼らのいう啓蒙活動がどのようなものなのかすぐにわかります。過去に遡ればいくらでもそのような例を引き出せますが、現在、ウィザード・インが関係している会社が売り出したトランプだけでも実態がわかるでしょう。

ウィザード・インは1年ほど前から小学生や中学生をターゲットにした企画を打ち出しています。その中のひとつに、「マジック・マスター・マジック・カード・PRO」(900円)というトランプがあります。このトランプと、解説ビデオを販売しています。ビデオに出演しているのは同じウィザード・イン所属のマジシャン秋元正氏です。

ところがこのビデオと先のトランプを買っても、ビデオで解説されているマジックはできません。別の特殊なタネカードを購入する必要があります。これは小袋に入り、ひとつ300円で販売されています。問題は、袋の外から、中味がわからない点です。

現在このネタカードは178種類出ているそうです。そしてひとつの袋に8枚のネタカードが入っているのですが、外からは判別できないため、最悪の場合、この袋を100購入しても、200購入しても目当てのネタカードが手に入らない場合もあります。特定の1枚だけ欲しいと思っても買えないのです。つまり、子供に中味を見せずに買わせるのです。

マジックの道具の売り方として、これほどあくどい販売の仕方があるでしょうか。私はマジックの道具を買い始めてから40数年になりますが、これほどひどいものは見たこともありません。常人ではちょっと思いつかない商売です。これが彼ら流の「啓蒙」というものなのでしょうか。

現在、ウィザード・インはこのトランプを広めようとしていますが、ある程度マジックを知っている人であればこのようなものを使うはずがありません。世界中のマジシャンが使っている、USプレイング社製の「バイシクル」や「タリホー」を使用します。しかし、まだ「バイシクル」などを知らない子供が相手であれば、「これはマジック専用に作られた、使いやすいトランプである」という宣伝文句も通用するのでしょうか。値段は「バイシクル」が700円程度であるのに対して、「マジック・カード・PRO」は900円です。

知人が送ってきてくれたこのトランプを私も使ってみましたが、固くて、さらに「パーフェクト・ファロー・シャッフル」が大変しにくく、とても使えるような代物ではありません。

アメリカでも何人かのプロマジシャンに推薦してもらおうと思ったようですが、このようなものを誰も相手にするはずがないでしょう。

余談になりますが、このトランプが発売される数ヶ月前から、私のところに多くの方からトランプのサイズに関して問い合わせのメールが来ていました。

「ある団体(ウィザード・イン)は、手の小さい子供や女性であっても、ポーカーサイズのトランプを使うように勧めていますが、どう思いますか?」

という主旨のものです。

トランプには大きく分けてポーカーサイズと、少し幅の狭いブリッジサイズがあります。普通の成人男性であればポーカーサイズで問題ありませんが、手の小さい子供が持つと、カードマジックの基本技法である「小指によるブレイク」をキープできません。できたとしても、とても不自然なグリップになります。正しくディーリングポジションに持つこともできません。それなのに、どうして手の小さい子供達にまでポーカーサイズにしろと言っているのか、ずっと不思議でした。

しかし、しばらくしてそのわけがわかりました。ウィザード・インが関係している団体が、先の「マジック・カード・PRO」というポーカーサイズのトランプを大量に作り、それを小さい子供に売らなくてはならないという事情があったからです。結局、いろいろと理屈を言ったところで、実体はただのあくどい金儲けです。

★最後に

実のところ、今読んでいただいているこのレポートを「魔法都市案内」の中に掲載するかどうかで、少々迷いました。もし緒川集人氏ならびにウィザード・インが、海外からの評価が出た時点で、日本中のマジシャンに対して謝罪のコメントでも出すのなら掲載は見合わせるつもりでした。しかしウィザード・インのサイトでも、いまだにそのようなことはいっさいありません。それどころか、彼らの暴挙を指摘した大勢の方々を批判しています。反省の色など微塵もありません。

今回のこの記事は、MagicMLや、スティングさんのサイトで公開されています資料を中心に書いています。海外から送られてきた資料は山のようにありますが、上記のところで公開されているものに限っています。有志の方から送っていただいた資料は、いつでも公開できる態勢にあるのですが、すべてを公開するとなるとあまりにも膨大な量になるのと、スティングさんのサイトで一般公開されているものだけでも、今回の出来事が国際的にどのような評価が下されたか、読んでいただければはっきりすると思ったからです。

当初、「スティングさんのサイトをお読みください」とだけ書いて、おしまいにしようかと思ったくらいです。マスクト・マジシャン(ヴァレンチノ)から、今回のウィザード・インの問題まで、正確かつ簡潔に、論文としてまとめてくださっています。今後同様な問題が出てきたとき、日本のマジック界にとって貴重な資料となることでしょう。

★最後にもう一言

私も長い間マジックの世界を見てきましたので、マジック界の表も裏もそれなりに知っています。「マジェイアの魔法都市案内」を開設するとき、ひとまず裏の面や、マジック界の醜悪な面は表に出さないでおこうと決めていました。マジックをやっている人は大半が良識ある方々ばかりです。ごくわずか存在する非常識なマジシャンや団体のことに触れて、気分を悪くすることもないと思ったからです。

しかし、インターネットの普及で事情が変わってきました。

私が今一番危惧しているのは子供達のことです。私の周りにも小中学生で、マジックに興味を持っている子供たちが大勢います。この子達を、おかしな団体から守ってあげるのは私たち大人の責任です。

「類は友を呼ぶ」ということわざは、同じような人間は放っておいても勝手に同質の人のところに集まるという意味です。それがその人の業(ごう)ですから、しょうがないと言えばしょうがないのですが、「朱に交われば赤くなる」という言葉もあるように、そのようなものと触れなければ赤くならずにすんだ子供もいるはずです。一度染まってしまうと、宗教の改宗が難しいのと同じで、簡単には抜け出せないものです。特に小さい子供達にとっては不幸なことです。

今回、緒川氏やウィザード・インの発言を読むにつれ、そして小中学生にターゲットを絞ったあくどい商売を始めていることを知るにおよんで、このまま見過ごすことはできないと思い、書いた次第です。


ヴァレンチノに端を発するテレビでの種明かし問題は、マジックを見ることを楽しみにしている方から多くの夢を奪いました。プロマジシャンの方であれば、暴露されるとそのネタが舞台で使えないため、生活に響いてきます。怒るのは当然でしょう。しかし、私のようなアマチュアマジシャンにとっては、現実問題として、テレビでどれだけ種明かしがあっても、実のところ何も困りません。私の周りには、自分ではマジックをやらないけれど、見るのは大好きという人が大勢おられます。その人達は、ここ1年ほど、テレビでマジックの番組を見ると必ずといってよいほど種明かしがあるため、マジック番組そのものを見なくなっています。これは賢明な選択です。「普及」や「啓蒙」と言っている連中がやっていることは、結局このような人を大勢作るだけです。

テレビでタネを暴露する行為は、「仲間を売る」という点だけを取りあげても背信行為です。マジックのアイディアを法律で守るのは難しい面があるのは事実ですが、法で規制されていないから何をやっても許されるというものではありません。

法で規制しなくても、これまでは「種明かし番組について(6)」で触れたように、最低限度のモラルは守っていたのです。仲間を売るような輩は出てこなかったのですが、最近は臆面もなくこのようなことをやる連中が出てきてしまいました。

ヴァレンチノのような盗人からでも、視聴率が稼げるのなら喜んで情報を買うテレビ局があるのが問題です。しかし、このようなものはしばらくすれば飽きられます。現に、種明かしを伴うテレビ番組の視聴率は下がってきています。視聴率が取れなければ、テレビ局はすぐにやめてしまいます。そのため、放っておいてもよいのですが、一度でも原理を知ってしまうと、その後10年、20年経っても、その部分だけは記憶に残っているものです。これはマジックを楽しむための最も根底の部分ですから、それを壊されたら、楽しめなくなってしまいます。どれだけすばらしい演出があっても、知らないでいるときより、大幅に不思議さは削減されてしまいます。

このような状態はもう1年も続かないと思います。早くテレビから暴露番組がなくなってくれることを願っています。


★関連リンク及びサイト

上記の文中に出てきました引用文のオリジナル原稿や、関連サイトをご紹介します。

「マジック種明かし番組」問題特集: スティングさんのサイトにあります。今回、こちらの資料を使わせていただきました。

「IBM/SAM Code of Ethics」:IBMとSAMによる倫理規定、オリジナル原稿。

「WAM名誉会長及び現会長のコメント」:全文ならびにオリジナル原稿

「MagicML(マジック・メーリング・リスト)」:緒川集人氏およびウイザードイン関係者の発言があります。メンバーにならないと読めません。

IBM JAPAN(Ring No.201):IBMの日本支部、通称「IBM大阪リング」の紹介です。私自身のプロフィール紹介に載せたものです。


「反響」(2001/11/14):読者の方々からの反響です。

魔法都市の住人 マジェイア


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