マジック関係の自己紹介
魔法都市の住人 マジェイア
2010年
趣味でマジックをやっています。マジックの経歴だけは古く、精神分析で早期回想をすれば、最も古い記憶は4,5歳の頃、父にマジックを見せてもらっている場面かも知れません。今から思えば、なぜ父がもっと早く見せてくれなかったのか悔やまれます。数年、無為に過ごした気分です。(これはダイ・ヴァーノンの有名なジョーク。)自分でマジックをやるようになってからでも50年以上になります。
私が現在所属していますのは「大阪奇術愛好会」です。
ここは、世界中に数百の支部があるIBM(International Brotherhood of Magicians)の「大阪リング」(Ring No.201)を兼ねています。IBMはプロ・アマを問わず入会できますので、世界中で数多くのマジシャンが入っています。大阪奇術愛好会には、マジックの世界ではよく知られた方々が大勢おられます。主要メンバーとしては、松田道弘(マジックだけでなく、将棋、チェス、各種カードゲーム、ミステリーなど、60冊以上の著書があります)、赤松洋一(クリエーターとして高名であり、天海賞も受賞しています。当会の世話役)、三田皓司(専門誌『ザ・マジック』で、長年マジックのビデオを紹介しています)、瀬島順一郎(FISM国際大会の審査員)、宮中桂煥(世界屈指のカーディシャン)、六人部慶彦(コインのオリジナル技法、”ムトベパーム”で世界的に有名)、根本毅(マジックショップ、「ミスター・マジシャン」のオーナー)、ジョニー広瀬(プロマジシャン)等でしょうか。
上記のメンバー以外でも、森下宗彦(昔、高木重朗氏が「世界のカード・マジック・ベスト 12」を選ばれたとき、そこに森下さんの「フォーエース」を選んでおられます。愛好会では「伝説の人物」でしたが、2,3年前より、約30年ぶりに復帰されました) 、田中貞光(洋書の読破数では、愛好会の中でも松田道弘氏についで多いでしょう)、福岡康年(20数年前、マジックを見せながら世界中を放浪の旅に出て、アフリカでマジックを見せたとき、原住民に本物の悪魔だと思われ、殺されかけたそうです)、福井哲也(クリエーターとして高名であり、テンヨーで売り出されています「ミラクルリング」の原案者です)、根尾昌志(「カラーチェンジングナイフ」、「ヨーグルト」他、大変ゴージャスで不思議なオリジナル・クロース・マジックが多数あります。)、田代茂(1976年のFISM国際大会に中学1年生で出場されています。十数年のブランクの後、昨年(1999年)からまた復帰し、現在精力的に活動されています)。(敬称略)
他のメンバーも熱心な方ばかりですがマジックの世界で比較的名前の知られている方を中心に紹介しました。
マジェイアというのはどんなマジックをやっているのかお知りになりたい方は、社会思想社から出ています、『夢のクロースアップマジック劇場』(松田道弘・編 1992年発行 2,913円)をご参照ください。
Quadruple Change Spellboud(1枚のコインが4種類に変化する「スペルバウンド」です)
Never in a Life Time; Gaffed Version(ポール・カーリの"Out of This World"のバリエーションです。途中、ガイドカードをチェンジすることなしに、オリジナルと同じ現象が起こります)
Ghost Deal Retoled(ポーカー・デモンストレイションの一種)
等のオリジナルマジックを発表しています。
いずれも20年ほど前、大阪奇術愛好会が発行しています同人誌、"THE SVENGALI"「ザ・スベンガリ」に発表した作品です。
今ではすっかり好みも変わってしまいましたので、最近、これらのマジックを演じることはほとんどありませんが、私にとっては当時の発狂状態を思い出させてくれる、それなりに懐かしいものでもあります。
追加情報(2001/8/22):上記の本、『夢のクロースアップマジック劇場』は現在出版社にも在庫がないそうです。某所のオークションでは定価の10倍、30,000円という値段で取引されているという連絡を受けています。出版社が増刷してくれるかどうかは現在未定です。
2003年、東京堂出版から出ました『クラシック・マジック事典〈2〉』 松田 道弘 (編集) 』の中で、「小さくなるトランプ」「カラー・チェンジグ・ナイフ」「エッグ・オン・ファン」を紹介しています。
補足:(2000年1月2日)「大阪奇術愛好会」と「IBM大阪リング」の関係
「魔法都市案内」の中で、私が所属しています「大阪奇術愛好会」と「IBM大阪リング」という名前がよく出てきます。この二つの関係について、ときどき質問されますのでご説明します。
まず「大阪奇術愛好会」ですが、これは1965年頃、大阪を中心に若手のアマチュア・マジシャンが集まってできた会です。松田道弘さんや森下さん、赤松さん、三田さん等、現在も活躍しておられる方々が中心になり、大阪のお寺を借りてマジックの研究会を開いていたそうです。メンバーの大半は学生でした。
これともう一つ、大阪に「通天会」というアマチュア・マジシャンのクラブもありました。こちらはさらに古くからあったクラブです。 大阪奇術愛好会のメンバーは、1965年当時、20代前半の人が中心でしたが、通天会はその当時で、メンバーの平均年齢は40代から50代であったと思います。 平均年齢は高くても、大変研究熱心で、「道楽」というのがどのようなことかわかっている方ばかりでした。
この二つの会が中心になり、日本で初めてのIBM日本支部を作りました。IBM大阪リングはリングナンバー201ですから、世界で201番目にできた支部です。現在(2000年)、世界73国以上で330を越える支部があります。なお、アメリカの本部に登録されている「IBM大阪リング」の正式名称はIBM JAPANです。
会員になると、アメリカから毎月英語の機関誌"The Linking Ring"が送られてきます。大阪リングでは、月に一度、大阪の本町で例会を開いています。IBMのメンバーになるだけなら、本部に直接申し込んでもなれますが、どこかのリングに入会する場合は、そのリングに所属しているアクティブ・メンバー2名の推薦が必要です。
I.B.M.大阪リングの特徴として、発足当時から講師も会長もいません。いわゆる講習会形式のクラブではありません。各人がそれぞれ本などで勉強してきたものや、自作のマジックを見せることが中心の集まりです。それと茶飲み話程度の雑談が中心の会です。
私は1975年に入会しました。