同伴者の感想です。
先日、前田知洋氏のディナーショーを見る機会に恵まれた。
私個人はあまりマジックには興味がない。テレビで前田氏のマジックを見る機会があってもほんの数秒、目の端で追うぐらいだった。それが今回、彼のステージを見てから時間を経るごとに、なんともいえない心地よい気持ちが続いていることに私自身が驚いている。
思い出すたびに、ベルベットのようにやわらかで上質な空気がよみがえる。観客と前田氏の間で、優しく心がうるおいあうような時間だった。彼が他のマジシャンと大きく差をつけているのは、まずキャパの大きさだろう。膨大な基礎を積み、多大な経験の中から様々なスキルを積んでこられたに違いない。
中でも私が一番感動したのは、彼は自分の長所を最大に生かし、妥協しないで徹底的に表現するところだ。彼の品格、観客に対する心配りと謙虚さは見事なものだ。口先だけで上品ぶるのなら誰にでも出来る。しかし前田氏の場合、それがごく自然に行われている。
彼の些細な動作にさえ、あたたかな「魂」を感じずにはおれなかった。先日のステージはほんの短いものであったが、前田氏はつねに観客に手をさしのべ、手伝ってもらう観客にはその人に合わせて不安をとりのぞき、リラックスさせ、一緒に歩調を合わせておられた。彼から流れてくる柔らかな空気に誰もがうちとけ、気がついたら、彼の作り出す魔法の世界へと引き込まれていく。
いつしか会場全体の呼吸が合い、マジシャンと観客がひとつにとけて時間が止まってしまう。突然フィナーレで我に返り、会場中が目を見張ると、つぎの瞬間、我に返った私たちの感嘆の声と笑い声が会場中に沸き上がるのだ。
彼を見ていると、一流のマジシャンは観客とつねにふたつでひとつなのだとわかる。そのようなことができる人が超一流なのだろう。
彼の一挙一動、言葉、指使いのひとつひとつがイマジネーションをかき立ててくれる。
彼が差し出してくれる「間」は、つねに私たち観客との間に交わされる対話だ。これはペースを整え、歩調と心を合わせるために不可欠なものだ。
そう考えると「間」とはマジシャンから観客へ贈る最大の感謝であり、プレゼントなのだと思う。私たちはその贈り物を受け取り、幸せに満たされ、彼の世界へ引きつけられる。誰もがみなキラキラした目で彼のマジックの魅力に釘付けになっている。一言も漏らすまいと耳を澄まし、みのがすまいと目をこらし、最後は惜しみながら感謝の気持ちがより届くようにと願いながら拍手をしてしまう。これは私たち観客からマジシャンに贈る最大の感謝でありプレゼントだと思う。
「ありがとう。」
マジシャンと観客がお互いにそう言いながら、感謝を受け取り与え合えるステージであった。心に残る素敵なマジシャンだった。