『奇術研究』
2000/12/15
『奇術研究』は、力書房(発行者 荒木茂郎)が1956年から24年間に渡って出していた奇術の専門誌です。季刊で、ほぼ年4回発行されていました。創刊号(1956年4月 150円)から最後になった86号(1979年4月 800円)まで、毎回40ページから50ページの分量がありました。
高木重朗氏が執筆者の中心となり、第1号から毎回海外の最新マジックを紹介してくださっていました。今とちがい、海外の情報など簡単には手に入らなかった時代でありながら、日本で奇術をしてる人がヴァーノン、スライディーニ 、マーロなど、世界の大御所のマジックに触れることができたのは、ひとえに高木氏のおかげです。
毎回特集があり、カードやコインのようなクロースアップマジックから、ロープ、ミリオンカード、シルク、そして鳩出しのようなステージマジックまで、わかりやすく解説されていました。
高木重朗氏は知識の豊富さと同時に、解説者としても天性のセンスのよさをおもちでした。それまで日本で販売されていた奇術の本や、道具と一緒についてくる解説書は、マジックをやったことのない人が読んでも、まずできるような代物ではなかったのです。解説されているのは原理だけであり、それだけでは肝心の部分がわからなかったのです。たとえば一枚のコインを消すとしましょう。解説書には「右手に持っているコインを左手に握ったように見せてから、左手を開けるとコインが消えています」といった調子で書いてあるだけです。どうやって右手のコインを左手に握ったように見せるのか、その一番肝心の部分は何も解説されていないのです。
ところが高木氏の解説では、どうやって左手に握ったように見せるのか、その部分まできちんと解説されていました。このようなことは今では当たり前のことと思うかも知れませんが、当時は画期的なことであったのです。これは高木氏が海外のすぐれた奇術書を読んでおられたので、それから学ばれたものと思います。
初心者の人にとってどこが難しいのか、どこが理解できないのかわかった上で、その部分をわかりやすく解説できるのは解説者のセンスに負うところが大きいのですが、この高木氏の解説のスタイルは日本でも急速に定着し、解説書のスタンダードになりました。
当時、マジックをやっている人は毎号、この雑誌が出るのを首を長くして待ち焦がれたものです。少し大きな書店であれば、店頭にも並んでいましたので、そろそろ出る頃だと思うと毎日のように書店に行っては棚を覗いていました。次の号が出るまでには3ヶ月間ほどありますので、その間、何度も読み返し、練習する時間もありました。実際、1950年代、60年代に『奇術研究』を読んでいた人は、隅から隅まで繰り返し、読んでいました。マジックの話をしているとき、「そのマジックなら『奇術研究』の何号、何ページに載っている」といった会話が、マニアの間ではごく普通にかわされていたものです。これだけ何度も読み込み、ひとつのマジックに3ヶ月ほどかけられるのですから、これはある意味幸せなことであったのかも知れません。
今ではビデオを数本購入すれば、一日で『奇術研究』数年間分の情報を得ることも簡単にできてしまいます。しかし、果たしてそれが幸せかといえば、私にはそうは思えません。ご馳走はたまに食べるからご馳走なのです。どれだけ山海の珍味を集めてこしらえた豪華なものであっても、それが毎回となればすぐに「日常」になってしまい感激は薄れてしまいます。おいしいものを食べたければ、自分で制限する意志も必要な時代になっているのかも知れません。
『奇術研究』各号の特集
1956年−1979年
1.創刊号 29.6本リング 58.レジャーマジック 2.タバコ奇術 30.ビリヤードボール 59.シルクダイイング 3.ハンカチ奇術
31.コインマジック 60.カップとボール 4.宴会奇術 32.シルクプロダクション 61.マジックマンダラ 5.カード奇術 33.シンブルの手順 62.ロープマジック 6.ロープ奇術 34.イリュージョン 63.新聞紙の奇術 7.ボール奇術 35.カードマニピュレーション 64.タンブラーとグラス 8.舞台奇術 36.ホリデーマジック 65.メンタルマジック 臨時:海外奇術傑作集 37.お椀と玉 66.危険術と超能力現象 9.シンブル 38.新コーンとボール 67.テーブルとフロアー物 10.天海帰国記念 39.とらむぷマジック 68.国際奇術パリ大会 11.エスケープ 40.新バラエティ 69.スポンジボール 12.忘年会・正月向 41.ミルクの消滅 70.日本手品 13.コイン奇術 42.ゾンビボール 71.ジマーマンの奇術 14.メンタルマジック 43.日・英・米マジックトリオ 72.チャーリー・ミラー 15.サロンマジック 44.トリックカードの使い方 73.天海奇術特選集 16.社交と家庭向 45.リングの造形 74.PCAMビクトリア大会 17.4枚のA 46.海外奇術選 75.ジェラルドコスキー 18.20世紀シルク 47.真田紐の焼きつぎ 76.舞台シルクマジック 19.紙コップ奇術 48.シルクマジック 77.ジャン・メラン 20.欧米舞台奇術 49.鳩のプロダクション 78.続・ジェラルドコスキー 21.創刊5周年記念 50.リングのメロディ 79.FISM(ウィーン大会)
PCAM(東京大会)22.ダイ・バーノン 51.明治奇術の展望 80.海外ポピュラーマジック 23.シガレット奇術 52.マジックメドレー 81.中国精彩戯法 24.歳末・新春奇術 53.ロープトリック 82.創刊20周年記念祝賀 25.小品奇術 54.ヒンズーカップ 83.茶の間の手品 26.ロープの新手順 55.海外奇術特選 84.シルクマジック 27.欧米代表奇術 56.シンパセティックシルク 85.世界奇術大賞 28.お座敷マジック 57.カード奇術 86.リングとロープの輪