VRS第一回大会-VIRTUAL SIRIES BACK I-
 人型汎用機械同士による対戦格闘競技、ストライク・バックは開催以来多くの参加者と観戦者を集めているが、企業や自治体がスポンサーとなって参加するその大会形式が幅広い層を集める一方で資金難という問題と常に背中合わせの関係にあったことは隠しようのない事実である。

 強豪中の強豪として知られるクスノテック社にしてからが、元来は町工場と呼びたくなる規模の中小企業であり戦績不振が経営難に直結したことも一再ではない。大会運営者にとっては参加団体を守ることは必要不可欠な問題であり、幅広い参加者を募ったが故に彼らが窮迫する事態が発生するというのであれば何のための大会か分からなくなってしまうだろう。技術開発と宣伝効果、この両輪が回らなければ大会は成り立たないのである。

「社長ーう。ホワイトなんとかいうところから来てた話、どうなりましたか?」

 クスノテック開発室の一つ、というほどのものではなく従業員がたむろするための事務室兼休憩所である。数人がふかしている紫煙が天井を茶黒く覆っていて、元の壁の色はもはや判然としなくなっている。機体開発シミュレーション用に、もともとクスノテックが開発していた電脳仮想環境をベースにしてバーチャル空間による競技大会を行わないかという話を持ちかけたのは同じくストライク・バックの参加企業であるホワイト・デーモン・ファクトリー、通称WDF社であった。大会主催者である中本重工業から基礎データや競技場データの提供を受けて、現実と違わぬ仮想空間を構築すること。条件は一つ、本家ストライク・バックを完全に再現するシミュレーション・ワールドの実現である。

 バーチャル・ストライク・バック。電脳空間で行われる競技は三次元映像化されてネットワーク経由で配信される。軍事機密、企業機密に類する技術が用いられるためにセキュリティを確保する大義名分が立ち、厳重な管理体制の下にアクセスを許可される電脳都市「リンク」開発プロジェクトと連携した目玉企画としての開催が決定された。第一期住人は米国・EU・インド・日本の各サーバから一万人ずつ計四万人。混乱を避けるための制限であったが集中する問い合わせと抽選にかえって混乱が起きたことは事実である。
 大規模なプロジェクトであり、意図的かそうでないかに問わず多くのネットワーク攻撃がこの仮想空間に対して加えられたことも事実だが、今のところ堅牢なセキュリティに傷を付けることに成功した者はただの一人もいない。VRSに携わっている企業や組織の力は人が考えているよりも遥かに大きいようだ。


VIRTUAL SIRIES BACK I 一回戦 パーシヴァルvs尖閣諸島防衛超・タコボール
 大会参加者は観客を含めてすべて「リンク」の住人となる。電脳都市を歩く人々の姿はリアルなものでもなければデフォルメやコミカライズされた姿でもない。むしろ極度にシンボライズされた、人形めいたアイコンでありこの世界では「パペット」と呼ばれている。パペットは顔も無ければ服を着てもおらず、体型と色を変える程度のカスタマイズしかできないが、例えば自分のパペットが他人のパペットに近づくと予め登録されている画像が表示されて、互いに会話をすることができるようになる。プロフィールの詐称は許されず本人以外の画像使用も不可、いわゆるハンドルネームの使用すら認められてはいない。仮想空間とは思えない、この融通の利かないルールが「リンク」の特徴となっていたが、それが逆に仮想空間にも関わらず住人に対する信頼を保証してもいた。未だ参加サーバが限られている理由も登録時の審査にかかる手続きと他国語互換機能を提供できる地域に限られたためである。

「フレンド・バーバラ、準備はできたかしら?」
「いまF端末に移動したわ。いつでもOKよ」

 軽い仕草に生真面目な態度で返す、チーム・レギオンを名乗る三人の娘は血縁のない集まりだが全員が同じミドルネーム・ファミリーネームを名乗っている一風変わった集団である。パイロットはバーバラ・R・オリヴォー、ボブカットの黒髪に切れ長の瞳が印象的ななかなかの美人だが、それを指摘すれば他の二人、アンジェラとシャルロットも自分たちもまた美人であると力強く名乗り出たに違いない。
 電脳空間の利用は当然、端末機から行うことになるがVRSのパイロットだけは機体コクピットと同型の端末から操縦を行うことになる。ストライク・フレーム型コクピット端末、通称F端末のシートにバーバラは丁度腰を下ろしたところであり、「リンク」の世界では機体に乗り込むことを意味していた。機体調整やコンディションの確認が行われて、アンジェラとシャルロットの声が通信回線を飛び交う様子は現実世界と変わらない。厳密なシミュレーションであるからこそ、整備や点検を怠れば機体は当然のようにトラブルを起こすことまで再現されている。競技開始時間までにセッティングを完璧にして、機体をカタパルトに送り込まなければならない。

「ステータス、オールグリーン・・・オヴァ?」

 メインスクリーンには仮想空間に広がる競技フィールドが展開されている。ここだけは現実に比べて違和感が少ないのは、宇宙空間に進出したストライク・バックにおいてスクリーンに映し出される映像はもともとコンピュータで加工されたものであるからだ。タイムカウントに合わせて機体がカタパルトを滑り、競技開始時間と同時に射出されると機体の現在位置を確認して、モニタの向こうにいる対戦相手の位相を求める。距離は遠距離、堅牢な装甲に包まれた白銀の映像がメインスクリーンに浮かんでいた。
 バーバラが乗るパーシヴァルの相手は北九州漁協協賛シリーズ、尖閣諸島防衛超・タコボール。漁場を守るために熱く立ち上がった男の機体であり重厚な装甲と高い出力では折り紙付きの機体である。ファースト・アタックよろしくパーシヴァルは相対距離を保ちながらランスオブロンギヌスを一斉発射、二発が着弾するがタコボールも超・遺憾の意を示してこれを命中させる。だが出力で勝る相手の第二撃をバーバラは確実に見切り、かわしざまにランスオブロンギヌスを発射、同時着弾によりレーザーの貫通力を増大させる「メガクラッシュ」効果を利用して一気に大ダメージを与えることに成功した。

「弱腰外交は舐められるキュ?」

 タコボールのコクピットにオペレータの超能力イルカ、フリッパーの声が流れる。神代進は操縦竿を握ると強引に前進を図り、中間距離から超・熱い視線を突き刺すがここでパーシヴァルが撒布したホーリーグレイルに衝突、衝撃が機体を揺すぶった。浮遊機雷群に突入した神代だが損害を無視するかのように果敢に砲撃、もともと攻勢に優れるタコボールの超・熱い視線が装甲の薄いパーシヴァルに直撃して一気に戦況を覆す。慌てて後退するところに続けて超・遺憾の意を示すとこれも直撃、だがパーシヴァルも反撃にランスオブロンギヌスを発射、連続命中させて互いに装甲を削りながら攻防は一進一退の状況。
 ここで領有権を主張するかのように一気に接近を図るタコボールに対して、パーシヴァルは冷静に迎え撃って再びホーリーグレイルを撒布。一撃の損害は微小だが複数の機雷がタコボールの装甲を叩き機体制御を揺るがせる。バーバラの声がコクピットに反響した。

「狙点固定・・・砲撃!」

 完璧にロックオンして発射したロンギヌスの槍が六条、光の弧を描いて正確にタコボールに突き刺さる。だがこの状態から防御を捨てて攻勢一辺倒で反撃を図る神代の超・遺憾の意も同時に着弾して双方が相打ち、「移動する要塞」の異称を誇るタコボールの出力がわずかに勝り、パーシヴァルの装甲を僅差で打ち破って機動停止に成功した。

○尖閣諸島防衛超・タコボール(9分機動停止)パーシヴァル× 4vs-1


VIRTUAL SIRIES BACK I 一回戦 ビーフカレー大盛vsハイドラ.D
 続いてはIT大国インドからたぶん参戦しているような気がする、プルトニウム伯爵83世が謎の愛機ビーフカレー大盛を駆っての謎の登場。高出力超攻勢機という点では先程登場したタコボールに似ているが、より一点集中した中間距離での目からビームの一撃に賭けるタイプの機体である。オペレータとメカニックを兼ねる自称謎のインド人をパートナーに、三冠達成の上でのアカデミー賞受賞というやはり謎の目標を掲げているとにかく謎のチームだ。

「おやおや怖いねえ」

 飄々とした調子で言う、対戦相手はネス・フェザード。ストライク・バックでもベテラン中のベテランであり先のリーグ戦でも堂々の優勝を果たしている元軍人である。時に不安定さを指摘される一方で、近接格闘戦での実力ではトップランクに属するだろう。そのネスが騎乗するハイドラ.Dが開始早々、相対距離を一気に詰めるとビーフカレー大盛の懐に潜り込んでアロンダイトで一撃、返す刃の一撃も命中させて遠慮も容赦もない先制攻撃を披露する。
 思わぬ奇襲に慌てて距離を離したビーフカレーは目からビームを発射、超高出力の光条が電脳空間を貫くがハイドラ.Dはこれを紙一重でかわすとフローティングマインを撒布、確実に命中させてペースを譲ろうとしない。再び接近すると反撃能力の無いビーフカレーの懐でアロンダイトを振り回し一撃、二撃と確実にダメージを蓄積させていく。一方的な状態から開始9分、ようやく距離を離したビーフカレーが再び目からビーム、だがこれもハイドラ.Dは回避してしまう。

「さて、ボロを出す前に短期決戦と行きますか」

 交戦が長引けば機体の性能が下がり、思わぬ反撃の糸口を掴ませることになりかねない。一気呵成に勝負に出たハイドラ.Dは再接近してアロンダイトで攻勢に出ると連続攻撃、相手のセンサーを翻弄したところで距離を離してフローティングマインでとどめ。元軍人らしく教本に載りそうなヒット・アンド・アウェイによる完勝で実力を見せつけた。

○ハイドラ.D(13分機動停止)ビーフカレー大盛× 40vs-3


VIRTUAL SIRIES BACK I 一回戦 トータス号狂鬼人間’(ダッシュ)vs猫ろけっとXVA
 今大会はトーナメント開催、全7チームの参戦であり1チームがシードされているため、これが一回戦最後の対戦となる。「怪奇を暴く科学の光」SRI白河重工に対するはクスノテック陣営と、ストライク・バックでも度々実現しているカードだが超高機動機を主体とするクスノテックにとって世紀末救世主トルーパーことSPTを駆使する白河重工は鬼門と言っていい存在だろう。乗り手を狂気に追いやるというSPT、病床から復帰したばかりのコルネリオ・スフォルツァに示された機体は昭和のブリキロボを思わせるこだわりのトータス号である。

「大丈夫だ、問題ない」

 オーナーである狂わせ屋女史の根拠のない断言に支えられて出撃する蒼い流星SPT、迎え撃つクスノテックはこだわりの猫ろけっとXVAで出撃する。パイロットは戦術AIであるMii3DS、山本いそべとあんずの姉妹がサポートするという通常とは逆のチーム編成。完全自立駆動機の参戦を認めるかどうかについては運営委員会側でも議論があったらしいが、調査の折りに明らかになったAIの反応速度がいそべのコマンド入力よりも遅いという驚くべき事実はゲーマーおそるべしといったところだろうか。
 まずは中間距離から放たれる猫ろけっとのたちうおシュートがトータス号に着弾、更に接近してたちうおブレードで切りつけると離れて再びたちうおシュート。高出力で解き放たれる反撃のサンビーム500の光条を軽々とかいくぐりながら、猫ろけっとの一方的な展開となるがこれは双方の陣営にとって予測の範囲内である。もともとクスノテック機は装甲を捨てた高機動機による白刃の舞踏が信条であり、SPTは通常時の機体性能を犠牲にして緊急システム「VM−AX」発動時の爆発力にすべてを賭ける機体である。

「いちばんいい狂鬼人間を頼むぞ」

 コクピットでうそぶくコルネリオだがここまでの戦況は完全に猫ろけっとのペースとなっている。たとえ一発逆転狙いであっても多少は相手にも損害を与えておきたいところだが、猫ろけっとの魔的な機動性能はかすり傷すらも認めようとはしない。開始10分が経過、機体出力にまったく低下が見られないのは双方のメカニックを担当する牧さんと山本あんずによるセッティングの賜物である。
 トータス号の緊急システムが作動するラインは損傷率50%であり、それは目前に近付いているが猫ろけっととしては攻勢を引き伸ばして発動を遅らせたいところだろう。サンビーム500の光条をかわしながら、確実にたちうおシュートによる損害を積み重ねていきようやく19分、SPTの裏AIであるフォロンが緊急システムを起動させる。

「レイ!VM−AX起動!」

 声と同時にコルネリオにあの力が流れ込むと、トータス号の全身が集束する蒼い輝きに包まれた。一瞬で距離を詰めると先程までとは比較にならない、常軌を逸した破壊力を秘めるSANビーム500が打ち込まれる。直撃を受ければ一撃でこれまでの優位はひっくり返されるであろう、マンボウレーザーを思わせる極太の光を猫ろけっとは紙一重で避けながら反撃のたちうおシュートを逃さない。あくまで一方的な戦況は変わらず逃げ切れば完勝、捕まれば逆転負けとなるだろう。
 残り6分、超高速で飛び交う蒼い流星が最接近した瞬間にたちうおブレードの一閃が直撃。これで安全圏まで引き離した猫ろけっとは敢えて時間切れを狙わずに果敢に攻勢を狙うと、SANビーム500の危険距離を承知でたちうおシュートを放つ。一撃、二撃、三撃、四撃・・・出力は低いが確実に命中させ続けて遂にトータス号の装甲を破壊、万全の戦闘で機動停止に成功した。

○猫ろけっとXVA(30分機動停止)トータス号狂鬼人間’× 40vs-2


VIRTUAL SIRIES BACK I 準決勝 アナザーバイソン1vs尖閣諸島防衛超・タコボール
 準決勝では今大会のシード機であるアナザーバイソン1が登場する。過去のメガロバイソンシリーズの試合データを元に構築された仮想機体となるが、天才ジアニ・メージと名人ザム・ドッグによる設計にマック・ザクレスが騎乗するメガロバイソンチームお馴染みの編成はいつもと変わらない。対するは一回戦でチーム・レギオンを相手に接戦を制したタコボール、全距離対応による制圧前進を得意とする「移動する要塞」が相手となる。

「相手は超攻勢機、今回の作戦は男らしく殴り合いです!」
「うーん」

 メージらしく実にジニアスな指示に苦笑しつつ、マックの初手はバイソン1を中間距離に置くとロングレンジブローを発射。これを命中させると同時にタコボールの超・熱い視線をかわして確実に先制攻撃によるペースを掴む。確実な戦法で優位に立ってはいるが一気呵成の攻撃力には劣ることにはなってしまう。意図せずとはいえ指示とは異なる展開にメージの叱咤が飛ぶ。

「だから!相手は超攻勢機なんですってば!」

 更に遠距離に移動、バイソン1の得意距離からムラクモオロチ・改を一斉射出。連続して着弾させるがこれはタコボールの厚い装甲たる超・専守防衛を貫くことができず、反撃に返された超・遺憾の意の直撃を受けると一撃で戦況を戻されてしまった。強烈な衝撃にバイソン1の機体が激しく揺れるが、突貫してくる相手にようやくメージが望む体勢をつくることができそうだ。ここぞと距離を詰めてくるタコボールにバイソン1はロングレンジブローで殴りかかると、加速した四つの拳が立て続けに打ち込まれる。堅牢な超・専守防衛の装甲に阻まれながらも構わずムラクモオロチ・改で攻勢、一気に攻勢を狙う。

「待たせて悪い!男らしく殴り合い、で良かったよな!」
「その通りです!ガーンでゴーンと行きましょう!」

 翻訳するのであれば、重装甲機を相手に小細工を労せず手数で押し切るべく回避を捨てて攻勢に出て下さいということだろう。ロングレンジブローの一撃はそれ単独では微々たる損害しか与えることができないが、四発八発十発と当たればタコボールの装甲も無事では済まない。勢いのままに追い詰めたところで距離を離してムラクモオロチを命中、完璧に着弾はしなかったがそれまでのダメージが蓄積していたタコボールはこれで機動停止する。終わってみればアナザーバイソン1が実力を見せてシード出場からの決勝戦進出を決めた。

○アナザーバイソン1(10分機動停止)尖閣諸島防衛超・タコボール× 27vs0


VIRTUAL SIRIES BACK I 準決勝 ハイドラ.Dvs猫ろけっとXVA
 準決勝第二戦はネス・フェザードのハイドラ.Dとクスノテック陣営の猫ろけっとXVAの対決。どちらも高機動軽量機体だがネスは近接格闘戦を得意をしており、クスノテック陣営は距離を問わない回避技術に並ぶものがない実力を持っている。いずれも一回戦を完勝で勝ち上がっての対決であった。

「オープニング・アターック!」
「入力OK、実行」

 開始早々、いそべのナビゲーションにMiiが甘い声で応えると猫ろけっとが高速で前進する。彼女のクロックではシステムの起動に合わせてこのタイミングで強襲すれば相手の回避プログラムが反応する前に命中させられる筈であったが、いそべの計算にMiiの反応が追いつかずたちうおブレードの軌跡は空を切ってしまう。だが続けて先行入力で指示を与えていた二撃目、三撃目のたちうおブレードがハイドラ.Dの行動曲線を完璧に捕捉すると、こちらは直撃して一気に半分以上の装甲を削り取った。二択三択をかけておくのはゲーマーの常道である。
 ハイドラ.Dのコクピットに舌打ちの音が響く。もともと翡翠系の装甲が無きに等しいことはネスも承知しているが、この機体は更に先鋭化して極限まで装甲を削っている。とはいえ序盤のアドバンテージは痛いが反撃の可能性が失われることはない。白刃の綱渡りは相手も同様であり、両機ともに近接戦闘の間合いに入ったまま相対距離を保ちつつまるでボクサーがインファイトをするかのように互いの大剣で切りかかる。見る者に息を呑ませる攻防だが剣撃は空を切るばかりで緊迫した切り合いは終わる様子を見せていない。

「まだよまだまだ・・・タイミング頼むぜ、カーネル」
「分かってる。だが隙が無いな」

 オペレータのカーネルの声に、相変わらずの飄々とした素振りを見せるネスだが猫ろけっとの機動力が尋常でないことは言われるまでもない。確実に相手の攻勢をかわしつつ、複数のサブモニタがもたらすわずかな情報からも目を逸らさずに機会を待つネスの目論見はハイドラ.Dに搭載されている強化センサーであり、局面打開の突破口があるとすればここにしか可能性はないだろう。問題はその機会が訪れるかどうかであり、ネスとしてはクスノテックの完璧な機体制動に刃こぼれが生じる隙を待つしかない。
 膠着しているにも関わらず、緊張感のある攻防はその後15分間続くことになる。粘り続けたハイドラ.Dのアロンダイトが一瞬の隙をついて遂に猫ろけっとに命中、衝撃が機体を揺らしてわずかにバランスを崩す。これこそネスが狙っていた好機でありすかさず連続攻撃でアロンダイトの剣を深く突き刺すと膠着していた戦況が一気に動き出した。危険を察した猫ろけっとが反撃を図るがハイドラ.Dは回避、返す刀でアロンダイトの一閃がまたも猫ろけっとの装甲を削る。

「問題はここからだ。持ってくれよ!」
「しゃーない!右に3ドット、そっから相打ちいっけー!」

 ネスが叫んだが同時にいそべも反応をしている。ジェネレータ出力が低下する瞬間に敢えて攻勢を狙うハイドラ.Dの前進に、猫ろけっとは相打ち覚悟で正面から踏み込むとたちうおブレードを抜き放った。クスノテックの美学に反する一撃はこれ以上にないタイミングと角度で打ち出されると互いが接近するスピードを乗せてハイドラ.Dの装甲に深く鋭く突き刺さる。初撃の二発が響いていたハイドラ.Dの薄い装甲はこの直撃に耐えられず、わずかな一瞬の好機をものにした猫ろけっとが難敵を撃破して決勝戦進出に成功した。

○猫ろけっとXVA(22分機動停止)ハイドラ.D× 17vs0


VIRTUAL SIRIES BACK I 決勝戦 アナザーバイソン1vs猫ろけっとXVA
photo photo  バーチャル・ストライク・バック第一回大会。電脳仮想空間で繰り広げられる汎用人型機械同士の対決は当初の想定を遥かに超える注目を集め評判を得ることに成功していたが、モニタ上の戦いが当初の懸念を遥かに覆す迫力と臨場感を伝えることに成功した理由は電脳都市「リンク」の完成度にあっただろう。「リンク」が一般的なネットワークで提供されている仮想空間と異なる最大の理由、それは迫力と臨場感を伝えることを極限まで追求した演出にある。
 映像、カメラワーク、そしてアクション。「リンク」におけるあらゆる出来事はそれを如何にして伝えるかを目的とした演出が施されている。パペットが町中を歩けば画面はごく自然な視点で揺れて、目を凝らした先には視点が注目されるようになっている。音響効果や衝撃の表現、こうした映画的な感覚をより直観的に伝えるためにパペットは敢えてシンボライズされた姿をしているのだ。例えばパペットが他人のパペットにぶつかれば、自分も相手もそれに合わせて突き飛ばされてしまう。ちょっとしたことだが相手を突き飛ばしてしまったことを思えば、思わず謝罪の言葉を投げたくなるしボタン一つでそれを投げることができる。こうした表現に「リンク」は特化された電脳世界であり、そこを舞台に行われるVRSは例えばボクシングの試合を観戦するのではなく、ボクシング映画を観るような臨場感で観客に配信されるのだ。

「つまりですね。現実だとできないカメラワークをVRSでは敢えて行うんですよ」
「成る程、データの世界だから映像化する前に加工できるってことか」

 メージの説明にマックが頷いている。例えばただ遠くからロボット同士のミサイルの撃ち合いを見ているよりも、ミサイルを発射する瞬間や命中する瞬間に機体がアップになったり、ミサイルの軌道に合わせてカメラが移動すれば迫力が増すのは当然だろう。電脳世界だからこそリアルな表現を行うのではなく、誰にでも理解できる演出が必要になるということらしい。
 チームメンバー同士の会話であり、本来ならば通信回線を介する必要はないのだがマックはすでにF端末から、メージやザムも端末から互いの顔を映している。どうせ対戦中にはこの方法で指示を交わすことになるのだし、電脳世界でなく実機であったとしてもいざパイロットが機体に乗り込めばこの方法で会話をする事情は変わらないのだ。

 決勝戦はそのメガロバイソンプロジェクトが送り込むアナザーバイソン1と、クスノテック自信の猫ろけっとXVAによる激突となる。両者ともに強豪として知られるチームであることは、仮想環境が現実をシミュレートできているという事実を現しているのかもしれない。クスノテック陣営はここ最近の大会ではやや不振が続いていたが、今大会では堂々の決勝進出を果たしている。通称「お風呂でゲーム」と呼ばれる独特のコクピットもVRS用に忠実に再現されているが、今回はオペレータのいそべが通信を介してMii3DSに遠隔指示を与えるシステムなのでやや事情が異なるようだ。些か迂遠なオペレーションではあるが、自立AIによる無人機というコンセプト自体は技術開発の観点で見れば多いに注目を受けるに値するだろう。
 競技開始時間が近付き両陣営ともすでに準備は完了、機体のチェックも済んでいる。電脳空間内に描かれた機体がカタパルトから射出される、その様子まで厳密にシミュレートされており滑走する機体に加えられるGも正確にF端末上に再現されていた。フィールド上を滑る両機の姿が映像化して浮かび上がる、その臨場感はVRSならではでありモニタ越しに眺めているであろう観客は自分が仮想空間にいることを忘れて対戦に注目している。いよいよ決勝戦の開幕である。

「先手必勝あるのみです!」
「了解、メージ!」

 メージの声を受けて遠距離から撃ち合い、先制攻撃を狙ってバイソン1からムラクモオロチ・改が一斉に放たれる。大胆な攻めでわずかな隙を捕らえるタイミングの妙は天才メージの面目躍如と言うべきで、次々と襲いかかる光の軌跡を猫ろけっとは懸命に回避するが数発が着弾してバイソン1が先制攻撃に成功した。続けてロングレンジブロー、再びムラクモオロチと手数で攻めたてるバイソン1の果敢な攻勢はクスノテック陣営にすれば決して得意なタイプではないが、画面を埋める弾幕はゲーマーにとって日常には違いない。

「ファンタジーゾーン二週目よりはマシだろー!?」

 ウィンクロンの目玉に入り込めるほどの精密な操作で猫ろけっとがバイソン1の懐に飛び込むと、たちうおブレードの連続攻撃を図る。AIだからではなくクスノテックだからこその精密無比の攻勢に、バイソン1も辛うじて距離を置いてロングレンジブローで反撃を図るが猫ろけっとは構わず再度接近、たちうおブレードを命中させる。ここまで開始10分、戦況を覆えされたバイソン1はここでジェネレータ出力が低下、厳しい状況に追い込まれると一気呵成に攻勢を図る猫ろけっとは中間距離からたちうおシュート、接近してたちうおブレードと容赦のない連続攻撃を成功させて一方的な展開に。
 圧倒的な回避性能を誇る猫ろけっとを相手に、これでは勝負ありかと思わせるがここでバイソン1も捨て身の反撃を図り、ロングレンジブローで殴り掛かるとこれが連続で命中してようやく体勢を立て直す。更に攻勢出るがこれは猫ろけっとも落ち着いて回避に成功、20分が経過してバイソン1は再びジェネレータ出力が低下。

「ギャラガだったら命中レシオ98%ーっ!」

 状況は猫ろけっと有利だが攻撃力で勝るバイソン1だけに、あと一度直撃を決めれば戦況を覆すことも不可能ではない。ぎりぎりの状況で、その一撃を決めさせないのがクスノテックの戦法であり、襲いかかるバイソンの拳をぎりぎりの動きで避け続ける。さしものバイソン1も焦りが見えて時間は失われていき残り1分、矢尽き刀折れといった状態で最早逆転の可能性も失われたところでダメ押しとなるたちうおブレードが命中。機動停止こそ免れたが、文字どおりアナザーバイソン1の最後の抵抗を断ち切る一撃を決めた猫ろけっとXVAが時間切れ判定により勝利。VRS第一回大会優勝の栄冠を手に入れた。

○猫ろけっとXVA(30分判定)アナザーバイソン1× 25vs1 ※猫ろけっとXVAが優勝

−結果&短評−

 やや意外だったのは常は一番人気となるドラグーン機の不在で、そのため全体的に装甲が薄い機体が多くなっている。そして装甲が薄ければ光学系兵器が有利になるため、属性や攻撃力の微妙な差が勝敗に影響した例もあるようだ。端的だったのが準決勝のハイドラ.Dvs猫ろけっと戦で、双方ほぼ互角の攻防を繰り広げていたにも関わらずハイチューンによりハイドラ.Dの装甲の薄さがダメージ値の差となって現れている。
 優勝した猫ろけっとはクスノテックの強みが万全に発揮されるセッティングとなっていたが、もちろん攻略の隙が無い訳ではない。決勝戦の猫ろけっとvsアナザーバイソン戦でも勝敗を分けた原因は回避性能ではなく、猫ろけっと優位の近接戦闘状態を長く確保できたことが大きい。バイソンがムラクモオロチ・改の距離まで積極的に持ち込むことに成功していれば、結果が変わっていても不思議はなかったろう。

−順位−機体名−−−−−−−−−機体−−パイロット−−−−−−−−オペレータ−−−−−−−メカニック−−−−−
 優勝 猫ろけっとXVA    翡翠  Mii3DS       山本いそべ       山本あんず
 2位 アナザーバイソン1   Xi  マック・ザクレス     ジアニ・メージ     ザム・ドック
 3位 尖閣防衛超・タコボール イプ  神代進          超能力イルカフリッパー 伝説の船大工源さん
 3位 ハイドラ.D      翡翠  ネス・フェザード     カーネル        ロブ
 5位 トータス号狂鬼人間’  SP  コルネリオ・スフォルツァ さおり嬢        牧さん
 5位 ビーフカレー大盛    イプ  プルトニウム伯爵83世  自称謎のインド人    自称謎のインド人
 5位 パーシヴァル      翡翠  バーバラ・R・O     アンジェラ・R・O   シャルロット・R・O
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