VRS第三回大会-VIRTUAL SIRIES BACK III-
電脳都市「リンク」は米国、EU、インド、日本の各企業や団体が参加してつくりあげた電脳仮想世界であり、新しい国や団体の加入も順次進められていて住人は日々増大を続けている。一般的な電脳仮想世界と比べて異なる点がプロフィールの詐称が許されない融通の利かない運営と、それを維持するための厳正な審査であった。参加を認められた住人には専用のアクセスコードが発行されて、これに自らが使用する端末機の識別番号を登録することによって「リンク」を訪れることが可能になるという仕組みだ。端末機は複数の登録が可能になっているが、異なる端末から同時にアクセスすることはできない。例えばバーチャル・ストライク・バックのパイロットであれば通常の端末機とは別に用意されている、コクピットを模した専用の端末機のどちらかからアクセスを行うことができるようになっている。
アクセスした「リンク」内の世界はエリアによって風景が異なっている街中を、シンボライズされた人型のパペットが歩き回るのが通常だ。このあたりの事情はある程度端末や搭載されているソフトウェアの性能に依存せざるを得ず、利用者としては端末側で多少のカスタマイズが可能になっている。すでにいくつかの機能を搭載したソフトウェアや端末機が市場に出回っているが、それらは外見だけではなく驚くほど豊富なアクションパターンを設定することも可能だった。
その街中を一体のパペットが歩いている。すらりとした細身で長身、とはいえさすがにシンボライズされたパペットの形状だけは所有主の体躯に近いとは限らない。電脳仮想世界であるからには目的地を選択して直接移動を行う機能も存在してはいるのだが、律儀に街中を歩く者もこの世界では存外少なくない。やはり律儀に建物の扉を開けて、足を踏み入れるたパペットが声を上げる。
「むつら、マニュアルの読み込みは終わってるか?」
その言葉に、とことこといった様子で小柄なパペットが近づいてくる。特にカスタマイズをしなければこうした動作は基本パターンから行われることになるが、清和須売流はそれでは納得しなかった。清和ストライクバックチーム、SSBTの責任者としてはまずを登録する際に彼が覚えているメンバーの癖をしっかりと把握して再現することに全力を費やしたのである。大企業のドラ息子を自他共に認める、須売流ならではの無意味なほどのこだわりであった。このタイミングで彼に駆け寄ってくる、彼女が足をつまづかせるだろうタイミングまでぬかりはない。
「す、須売流様ぁ−。私こんなところで転んだりなんか・・・」
「うん?」
「・・・しないとは言いませんけどぉ」
須売流の使用人らしい、給仕服を着た少女の姿がウインドウに表示された。いかにも頼りなげに見える、目の前の少女がVRS初参戦のパイロットであるといってもこの業界で意外に思う声は少ないだろう。人型汎用兵器による対戦格闘競技、ストライク・バックにおいて実力には年齢も性別も関係なく、かのソードフィッシュ陣営のような軍人出もいればクスノテック社長といった女子学生パイロット、果ては北九州漁協代表や某横浜市長すら参戦経験がある大会なのだ。
VIRTUAL SIRIES BACK III 一回戦 アナザーバイソン1vs尖閣諸島防衛超・タコボールV3
電脳都市「リンク」でVRSを観戦する方法は三通りある。ひとつは競技場エリアに入場して実況される競技を観戦する方法、もうひとつは配信される競技映像を見る方法、そしてもうひとつは当然、競技者の一員として大会に参加する方法であった。競技用機体であるストライク・フレームを操縦するパイロットはもちろんのこと、オペレータとメカニックの両名にも戦況や機体状況を確認するための専用の「リンク」端末が用意される。無論、他の対戦を見ることも可能であり特等席と呼べる環境だ。
第三回となる大会でオープニングマッチを勤める一角は俊英ゲルフ・ドックが登場する。メカニックであるザム・ドックの孫であり、前大会初出場で準優勝を飾った腕前は強豪バイソン陣営に相応しい。緒戦の相手はデビュー戦で黒星を喫している北九州漁協組合、尖閣諸島防衛超・タコボールV3である。
「最後まで気を抜かないこと、最後まで気を抜かないこと」
「勝てるなら気を抜いてもいいんですよ?」
呪文のように唱えているゲルフの様子に、難しいことをさもかんたんそうに言ってのけるのはオペレータたるジアニ・メージの天才たるゆえんだろうか。とはいえプレッシャーの有無が技量に影響するかとなれば、これはもう個人の問題であり最高のポテンシャルさえ発揮できれば手段も方法も問われはしない。結局は自分なりにできることをやるしかない、だから最後まで気を抜かない。そう考えるとゲルフの呪文にも意味があるのだろうと思えて少しだけ気が休まってくる。
対戦相手のタコボールはおなじみの超攻勢機であり、要塞にも例えられる遠慮のない攻撃力は今更だろう。距離を選ばず、戦況を選ばずひたすら前進して制圧を試みる相手に対して十全な実力を発揮できなければそれは即敗北につながる。そのタコボールのコクピット端末でも赤い国の武装船団から漁場を守る海の戦士、神代進がうそぶいていた。
「古来より三十八号逃げるに如かずと言うものだがな」
「言わないキュ」
超能力イルカフリッパーの合いの手も厳しく、領土問題には消極的なくせに干拓事業の放棄には積極的な人々に立ち向かわなければならない国民の総意だがそれはそれとして。
開始早々に近接距離から接近戦を挑むアナザーバイソン1が至近距離からハンディバルカンの弾頭を撃ち込んで先制、距離を離して散布したグレネードマインボム・改が厚い装甲に遠慮なくたたきつけられる。尖閣諸島防衛超・タコボールは接近戦を狙うべく機雷の海を泳いで急速接近、超・熱い日の丸旗を振りかざすが相打ちでハンディバルカンを受けてペースを掴むことができない。
「攻撃は最大の攻撃です!」
「了解!」
天才メージのオペレーションも、慣れてしまえば素直なゲルフの反応は早い。相手の得意距離で遠慮なく攻勢に出るバイソン1が優勢を維持、タコボールは圧倒されるとまではいかないが確実に不利を受けており、このまま打開策がなければ追い詰められる一方になるだろう。
開始10分、ジェネレータ出力が衰える一瞬を狙って双方が動くがここで移動と攻勢のタイミングを絶妙に捉えたのはゲルフであった。至近距離からのハンディバルカンを直撃させてタコボールの機体制動を崩すと急速離脱、グレネードマインボム・改を散布して弾幕を張りつつ今対戦で初めての遠距離戦へと移行する。すばやくコンソールパネルの上を掌がすべり、一瞬で六つの軌道がモニタスクリーンに描かれた。六つの光点を認識した神代が小さく舌打ちの声を漏らす。
「やるものだな」
「避けられないキュね」
同一のポイントに連続して六本の光条が突き立ち、破壊力を増大させたムラクモオロチ・改がタコボールの装甲を突き破って機動を停止させる。超攻勢機に対する正面きっての激突で、完璧に戦況を支配してみせたアナザーバイソン1が前大会の雪辱を果たして一回戦を突破した。
○アナザーバイソン1(15分機動停止)尖閣諸島防衛超・タコボールV3 25vs-6
VIRTUAL SIRIES BACK III 一回戦 トータス号vsクイーン・コブラ
続いてはお馴染みSRI白河重工。スバル360をベースにした特殊兵装型世紀末パワードトルーパー、通称「陸亀」ことトータス号が登場する。対するネス・フェザードが搭乗する機体はクイーン・コブラであり、毒蛇の女王が亀に対峙するとなれば優位に思えるがことはそう簡単にはいかない。
「最近は近接高機動機の立場も苦しくてね」
ムラっ気が多いと言われるネスの戦果はともかくとして事情はやや複雑である。近接大型剣たるレイディアントソードをベースにした機体は各チームでも需要が高く、それに従って戦術も多様化せざるを得ない。格闘機は様々な戦術を駆使して特性を活かそうとするし、射撃を得意とする機体であれば距離を置いて接近戦を許さない。ネスにすれば近付いても離れても心休まる暇がないといった心境だろう。もっとも、この男がいざとなれば思わぬ爆発力を発揮して優勝をさらっていくのも周知の事実だった。
目の前に立つ相手はSPT。対戦する誰もが背筋を冷たい汗で濡らさずにはいられないという恐怖のVM−AX搭載機である。そのSPTが近接格闘戦用の巨大なエネルギー剣を構えて電脳の虚空に浮遊している姿を見てネスはコクピットでげんなりする。SPTを相手に正面からの切り合い。仮想空間にもかかわらず、ご丁寧にVRSのコクピットには機体が受けた衝撃を再現する機能がついていることを思い出さずにはいられない。
「まあ死なない程度にがんばりますか」
虎穴に入らずんばとばかり、挨拶代わりに四発のフローティングマインを散布するクイーン・コブラだが陸亀が打ち出してきたのは四本の鉄骨だった。相打ちだったにもかかわらず、不条理なほどに重量感に違いがある。メカニックのロヴにチューンナップさせたクイーン・コブラの方向性は明確で、このスタイルで機体の軽量化と高出力化を図ることで装甲を犠牲にして攻撃力を強化するのが彼らのスタイルである。であれば命中すれば名前に相応しい毒牙の威力を見せ付けることができるだろうが、反撃を受ければ一撃で骨まで削られかねない。
そのまま突進、双方が申し合わせたように距離を詰めて近接格闘戦に移行する。トータス号はVM−AXが発動するまでは粘りながら得意の一発逆転を狙っており、クイーン・コブラとしてはその前に攻勢主体で押し切りたいところだろう。SPTの外装は決して分厚いものではなく、アロンダイトの刃が命中すると派手な火花が散って双方互角の状況に戻される。
「死なない程度には殺さない」
そう言っていたのはトータス号に乗るコルネリオではなく、白河重工を率いる狂わせ屋女史である。一撃必殺も言いようを変えるだけで随分いかがわしくなるものだと、なんとなく戦慄を覚えさせられるのは流石というべきだろうか。
相手の装甲が薄く、VM−AX発動前の出力でも狙えると攻勢が判断したコルネリオは正面からの格闘戦を展開。かまいたちの刃を毒蛇の鱗に打ち込むと、クイーン・コブラも反撃の牙を陸亀の甲に突き立てた。開始8分、双方が被弾した状況から相手の隙をついたクイーン・コブラのアロンダイトが直撃してトータス号の装甲を深く削る。だがこれがあの力を呼び込む合図となった。
「レイ!VM−AX起動!」
裏AIが起動すると同時にトータス号の全身に蒼い輝きが収束し、同時に超高出力で繰り出されたかまいたちの一撃がクイーン・コブラに叩き込まれる。派手な一撃にコクピットが揺らぐ衝撃が伝わってくるが耐え切れないほどではなく、これで両者ともに戦況は互角といったところであろう。出力ではトータス号が圧倒的に勝っているが、クイーン・コブラも決して攻撃力に劣ってはいないし機動性では依然として優位にある。
だがここで10分が経過、わずかにクイーン・コブラのジェネレータ出力が低下した一瞬に双方の刃が閃くとほぼ同時に互いの装甲に打ち込まれた。相打ちを悟ったと同時にネスの表情がわずかに歪み、続けてコクピット端末が激しい衝撃に揺さぶられる。仮想空間の出来事とは信じられない衝撃を受けて一瞬、ネスの三半規管が失調をきたすが気が付けばクイーン・コブラの装甲は破壊されていてモニターには機動停止のアラームが空しく明滅している。あと一分早く仕掛けられるか、一撃でも相打ちを回避できれば事情は違っていたかもしれない。そう考えた後であらゆる仮定に意味がないことを理解したネスはゆっくりと首を振ると息をついた。激戦を制したトータス号が一回戦突破に成功。
○トータス号(11分機動停止)クイーン・コブラ× 5vs-2
VIRTUAL SIRIES BACK III 一回戦 ポークカレー大盛vs昴・肆拾伍式
いよいよ本大会初参戦となるSSBTの登場、対戦相手は謎の印度貴族プルトニウム伯爵である。オーナー兼ご主人様と自称する須売流はオペレータとして専用端末機の前に陣取ると、幾つものモニターに表示されている機体情報やセンサー情報、競技場のデータなどに視線を滑らせている。道楽による参加を公言しているからこそ、全力を注ぎ込むのが道楽者たる所以であり口元に不謹慎な笑みを浮かべながらも視線には決して隙がない。最終チェックを行っているヘッドセットを通じて回線が開かれると、コクピット端末やメカニック・モニターとの間に通信が接続された。
「須売流様ぁ、やっぱり無理です。私なんか・・・」
「大丈夫大丈夫、むつらならできるって」
気楽に言うがパイロットは須売流ではなく、彼の使用人である灯乃上むつらが担当することになっている。普段は主人の身の回りの世話をする使用人で、やれと言われれば断ることなどできない性格の女の子だが須売流にしたところで単に彼女をいじめるために抜擢した訳ではない。とはいえ使用人服のままでコクピット端末に座らせている様子を見れば、趣味が入っていると言われても仕方のないところではあったろう。
宇宙空間が仮想空間に変わったとしても、モニタ越しに眺める風景が変わる訳ではない。VRS端末は実物をそのままシミュレーション・マシン化したものであるから臨場感では本物と何ら変わることがなかった。まして閉鎖されたコクピット端末は着弾時や機体制動時の衝撃まで忠実に再現されるシステムとなっており、宇宙空間に放り出されるむつらが不安がるのも仕方のないことかもしれない。その条件は対戦相手も同じ筈だが、モニタの向こうにいる相手が尋常ではない自称印度貴族であるといえば比べるのも気の毒だろう。
「印度ソードを食らいなさい!」
開始と同時に飛来するポークカレー大盛が昴・肆拾伍式に襲いかかると大振りで印度そーどが振り下ろされた。奇襲による先制攻撃は成功、そのまま近接格闘戦を挑むべく相対距離を確保する。昴・肆拾伍式も反撃のスター・セイバーを抜くがややぎこちなく、ポークカレーが落ち着いた動きでこれを回避すると戦況を見た須売流が小さく舌打ちをしてみせた。
理由は先程の一回戦第二試合と同じ展開にある。出力の高い大型剣を装備した二機による近接格闘戦の切り合い、ただし機体コンセプトはそれぞれが微妙に異なっている。この状況ではポテンシャルを存分に活かすことのできた側が優位に立つのは自明の理であり、強引な積極策を狙っているらしいポークカレーの戦術は単純なだけにミスが少ないだろう。SSBTとしてはこの強引極まる相手に正面から立ち会ってこれを圧倒しなければならない。
「あー、アルシーオネはどう思う?」
「そうね。長期戦に持ち込めば利があるけど」
須売流の声にメカニックのアルシオーネ・ビアズリーが応える。電脳世界であれメカニックには本格的な実力者を雇ったつもりでいるし、これでパイロットの腕前も一応信頼しているつもりだ。重厚な機動陸戦歩兵を思わせる、昴・肆拾伍式は近接格闘戦を重視しながら機動性能と装甲のバランスが重視された機体であり、むつらの剣の腕前も悪くなく長期戦になれば安定度が生きてくるだろう。問題は強引な攻めに押し切られずに、粘ることができるかどうかである。
遠慮のない積極攻勢に出るポークカレーは印度そーどで追撃、ようやくといった感で昴・肆拾伍式もスター・セイバーを構えると反撃に転じるが相手の勢いに押されてか思い切りのいい攻撃ができずにいる。互いに装甲を削り合いながらも出力に劣る昴が押されているといった状況で、更に印度そーどの直撃を受けてここまでは一方的な展開。懸命に反撃を図る昴・肆拾伍式のスター・セイバーはポークカレーの印度そーどと相打ち、このまま消耗戦になれば昴に勝ち目はないだろう。
こうして積極攻勢に出るポークカレーを相手に昴・肆拾伍式が押される展開が続き、腕部に構えるアーム・シールドで凌ぐのも限界に近くなっている。開始13分、思い切って攻勢に出る昴・肆拾伍式の一撃はわずかにかすったのみ、だがこれでポークカレーを誘い込むと、無防備に飛び込んできたところに突き出したスター・セイバーの一撃をを直撃させた。更に追い詰められているこの状態から相打ち覚悟の連続攻撃、これも立て続けに命中させてバランスを崩したポークカレーに追い打ちとなるスター・セイバーの刃が深々と打ち込まれる。怒涛の四連撃で一気に戦況を五分に戻した昴・肆拾伍式はそのままコンビネーションの手を緩めずに連続攻撃を続行すると、とどめの斬撃を狙うがポークカレーのコクピットではプルトニウム伯爵も捨て身の一撃を狙っていた。
「これが印度剣であるッ!」
機体ごとぶつかるような一撃がスター・セイバーと相打ちになりながらも、昴・肆拾伍式の装甲を断ち切って強引に沈黙させる。一発逆転を期待させる爆発力を見せたSSBT陣営だが、わずかに及ばずプルトニウム伯爵が薄氷の勝利を収めた。
○ポークカレー大盛(18分機動停止)昴・肆拾伍式× 2vs-1
VIRTUAL SIRIES BACK III 一回戦 猫ろけっとXVCvsサンタルチア
一回戦最後の対戦はここまで無敗のまま二大会連続制覇を飾っているクスノテックが登場。政府公認円高直撃による中小企業の労苦を抱えながらも、昨今ではVRSの賞金と「リンク」プロジェクトの売上げもあって一息ついている様子であった。業績も悪くはなく印度の某企業と技術提携を進める話もあるとかないという噂を聞かなくもない。対戦相手のチーム「レギオン」は各メンバーが役割を入れ替えて競技に臨むフレキシブルなチームだが、今大会のパイロットはウェーブのかかった赤毛に陽気でグラマラスなアンジェラ・R・オリヴォーが担当することになっていた。
「さーて、主役を頂きに行くわよ」
クスノテックの機体はおなじみとなる猫ろけっとXVC。パイロットは自立型AIであるMii3DSが担当し、メカニックとオペレータは山本いそべとあんずの姉妹が受け持っている。オペレータの指示を受けてから間接的にMii3DSが反応する、実に律儀なシステムだが電脳仮想世界だけあってパイロット以外の端末機には制限が少なく、端末の形状や配置を考えれば協力しての指示も不可能ではない。いそべとあんずがそれぞれ手にしている端末機もこたつの上にみかんと一緒に置かれている状態で、もちろん専用端末機から伸びているコントローラは2P側にマイクがついていた。
「うっし、RFスイッチ繋いだ」
「みぃー。プログラム起動するよ?」
こちらも常とは担当を入れ替えて、姉のいそべがVHF端子の配線をはじめとするメカニックを、妹のあんずがキー操作を中心としたオペレータを担当する。起動画面が立ち上がり、「リンク」へのアクセスを手早く済ませるとすぐに臨戦状態に入っている猫ろけっととMii3DSの姿が映し出された。競技開始までのタイムカウントを注視しつつ必要なステータスチェックや事前のプログラム指示を済ませていく様は、一見して呑気なこたつ姿であっても他のチームと何ら変わるところはない。お風呂でDS、こたつでDSという彼女たちのスタイル自体はご家庭向けインタフェースの開発という重要な目的をたぶん持っている筈なのだ。
いよいよ対戦開始、互いに緊張感を見せない両者の対決は中間距離からサンタルチアが放つミッドウィンタースターの光条で開幕する。これをごく当然のように回避する猫ろけっとがたちうおブラスターを構えると、薙刀状の柄が伸びてサンタルチアに絡みついた。損害こそ軽微だがこれを積み重ねて徐々にペースを引き離すのが猫ろけっと得意の作戦である。
「フレンド・アンジェラ?このままプレッシャーをかけられるわね」
第一回大会でパイロットを務めていたバーバラが、今回はオペレータ端末に座して戦況を注視している。冷静なオペレーションと情熱的なフォワードの組み合わせは中間距離を維持しつつ、高出力のミッドウィンタースターの連続斉射を図る。超高機動機を相手に一撃も命中させることができないが、その間にセンサー機能をフル回転させて互いの位相を測る攻防は膠着する戦況の中で帯電する粒子を高密度なものに変えていた。先に仕掛けたのは猫ろけっと、ミッドウィンタースターを回避すると同時に高速移動による近接格闘戦への移行を図る。懐に貼り付いて薙刀状の光フィールドで切りつける、猫ろけっとXVCの目論見だがタイミングを捉えたサンタルチアが抜きはなったアイリスの一撃が交叉してカウンター気味に命中。直撃とはいえないが、猫ろけっとの超軽量装甲では完全に吸収しきることはできず衝撃が機体を派手に揺さぶる。
再び中間距離に戻して戦況は膠着状態。サンタルチアのジェネレータ出力がわずかに低下したタイミングに合わせて、猫ろけっとが再び近接戦闘に移行するとたちうおブレードで切りかかるがこれは回避されてしまう。この距離であれば攻撃力で勝る猫ろけっとが今度はプレッシャーをかけるべく、近接距離を維持しながらたちうおブレードでの捕捉を図る。サンタルチアもアイリスで牽制しながら再び距離を取ってミッドウィンタースターを狙うも、猫ろけっとは当然のようにこれを避けて接近戦を要求。双方が距離の取り合いをしつつも膠着状態が続き、開始20分が過ぎて更にサンタルチアのジェネレータ出力が低下すると、このタイミングを狙って猫ろけっとが再接近を敢行する。
「来るわよ、シュート・ヒム!」
移動攻撃を予測して捉えたサンタルチアが再びアイリスを抜きはなって命中。この一撃で突き放された猫ろけっとは挽回を図るべくたちうおブラスターで反撃を狙うが逆にミッドウィンタースターの直撃を受けて万事休す。逆転の糸口が掴めないまま無念のタイムアップとなりサンタルチアが無敗の猫ろけっとに遂にストップをかけることに成功した。
「リセット技は使わない!」
○サンタルチア(30分判定)猫ろけっとXVC× 32vs15
VIRTUAL SIRIES BACK III 準決勝 アナザーバイソン1vsトータス号
大会連覇のクスノテックが一回戦で消える波乱に続き、準決勝最初の対決は一回戦を快勝したアナザーバイソン1が登場。ゲルフ・ドックには初となるSPTとの対戦である。VM−AXのオーバーロードによる一撃必殺に対峙するプレッシャーが尋常なものではないことは、これまでトータス号が沈めてきた多くの対戦相手が証明していることだろう。
「そこでプレッシャーに負けないコツはプレッシャーを感じないことです!」
「はあ・・・」
メージのアドバイスに要領を得ない顔でゲルフが頷く。どうも自分の理解力が足りないせいか、彼女の言葉に首を傾げてしまうことが未だにあるのだがゲルフが敬愛するマックやダルガンのようなメインパイロットたちは確かにメージのオペレーションで勝ち星を上げているのだ。今回のアドバイスにもきっと深い意味があるのだと信じたい。
両者至近距離から開始、正面からハンディバルカンとかまいたちが激突するがここは出力でバイソン1が圧倒する。先制してこのまま流れを掴めると考えたゲルフは無理に距離を離そうとはせずそのまま近接戦闘でハンディバルカンを連続斉射すると、ここから距離を置いてグレネードマインボム・改を撒布。トータス号が突き出してくる何本もの鉄骨を受けてしまうが、VM−AX発動前であれば出力でも手数でもアナザーバイソン1が優位を確保できる。近接戦闘を狙うトータス号が再び距離を詰めたところで狙いすましたハンディバルカンが着弾、更に続けての砲撃も命中してここまで圧倒的にバイソン1がペースを握っている。思い切った積極策が当たり、ここでトータス号の緊急モードが起動する。
「レイ!VM−AX起動!」
「さあこいどん牛!」
裏AIから脳波変調機を経由する、あの力が強制的に流し込まれると蒼く輝きまくる光がトータス号を包んでいく。開始からわずか5分、だがこの瞬間にゲルフは遅ればせながらメージの意図を理解した。5分間で損害比率五割、ならば更に攻勢を強めればVM−AXの脅威にさらされる前に短期決着を狙うことができるかもしれない。
「プレッシャーに負けないコツは!」
迫り来る恐怖に正面から構えたハンディバルカンの弾頭が連続して着弾する。更に斉射、反撃するトータス号のかまいたちも激しくバイソン1の機体を揺さぶるが損害すら構わず一気呵成の射撃で押し切るとトータス号を包んでいた蒼い光が弱まっていき沈黙する。プレッシャーを受ける前に、戦況を支配して圧倒してみせたアナザーバイソン1がこれで三大会連続となる決勝進出を決めた。
○アナザーバイソン1(8分起動停止)トータス号× 28vs-2
VIRTUAL SIRIES BACK III 準決勝 ポークカレー大盛vsサンタルチア
続いて準決勝第二戦。一切の防御を無視した高出力攻勢機という独自路線を開拓しつつあるプルトニウム伯爵に対峙するはチーム「レギオン」、精密なバーバラのオペレーションと剽悍なアンジェラによる一撃戦法で無敗の猫ろけっとを撃破したコンビである。
「その表現って失礼だと思わない!?」
「どうどう、フレンド・シャルロット。サンタルチアのセッティングは完璧よ」
メカニックのシャルロットが厚めの唇を尖らせている様子に、苦笑するようにアンジェラが言う。どうやら三人の中で彼女がリーダー格か、あるいは世話役をしているらしい。メンバーの交替によって性能を変えることができる手法はチームのシミュレーションを兼ねてもいるのだろうが、いずれにせよそれをコントロールする者は必要だろう。一方でプルトニウム伯爵としては、そうした相手の事情や戦術を忖度せず自分のペースで押し切れるかどうかが鍵になる。
「印度ビームを召し上がりたまえ!」
本人はこれで貴族らしい高貴な言葉遣いをしているのだろう、中間距離から強引に射出される印度びーむが命中して先制攻撃に成功する。更に接近、メイン・ウエポンとなる印度そーどで切りかかるが相手が徹底して攻勢に出てくることはアンジェラも承知しており、サンタルチアもこれを迎え撃つようにアイリスを抜くと切り結ぶ。更にアイリスで追撃、体制を崩したところで距離を取って中間距離へ移行する。ポークカレーが放つ印度びーむを正面から受けるが同時発射したミッドウィンタースターが直撃、アンジェラ得意の一撃戦法で相手の防御の不備を突く。
「フレンド・シャルロット?やっぱりこの機体でフレーム強化は正解ね」
「とーうぜん!」
再び撃ち合い、印度びーむを正面から受けるサンタルチアだが強化した装甲で弾くと同時に高出力のミッドウィンタースターで反撃する。わずかな差だが相手の砲撃を確実に減殺する、その効果が削り合いでは如実な差となりつつあった。
この状況で高出力攻勢機たるポークカレー大盛としては更なる攻勢に出るしかない。接近して印度そーどの一撃を狙うがアイリスで逆撃を受けてダメージ、離れて印度ビームを命中させるが装甲に阻まれて充分な効果を発揮することができず、続いての砲撃がやはりミッドウィンタースターとの相打ちになると装甲への負荷が限界に達して機動停止。攻勢機を正面からの攻勢で、しかもわずかな隙を的確に突くというマジックを見せたチーム「レギオン」が初の決勝進出。
○サンタルチア(8分機動停止)ポークカレー大盛× 19vs0
VIRTUAL SIRIES BACK III 決勝戦 アナザーバイソン1vsサンタルチア
電脳仮想空間「LIveNetworK」はその名が記している通り、臨場感を第一にしたインタフェースが強みとなっている。街中を歩き回る感覚、自分や他人を含むパペットの動作、飛び込んでくる情報が時にシンボライズされて、時には誇張されて演出されておりそれに対するアクションも可能な限り簡素な操作で行うことに技術が結集されていた。パペットが目標物に対して何かをする、こんな単純な動きであれば自然な動作によってフォーカスされた目標に対してアクションボタンを押すだけでいい。その微妙な動作が何を意図してのものであるか、これを理解することに膨大な処理能力の一部が費やされているといっても過言ではなかった。
臨場感は能動的なものと受動的なものに分けて設計されている。能動的なものは先程のパペットの動作処理を主とした操作体系であり、受動的なものを代表するのがVRSに代表されるコンテンツである。生観戦の臨場感ではなく、テレビジョン観戦の臨場感を超えることをVRSでは要求される。現実世界ではありえないカメラの配置や編集が、電脳仮想空間であれば演算によって可能である筈なのだ。特に競技参加者にとって、VRSのシステムそのものはストライク・バックの忠実なシミュレーションであるが観戦する客にとってはテレビジョン映像よりも派手でリアルな映像美でなければならない。逆にVRSを参考にして、ストライク・バック中継の演出を改善しようとする試みも行われている程であった。
「はい、お二人とも。お化粧直しは済んだかしら?」
状況に応じてサブウインドウにチームメンバーの画像が表示される仕組みはVRSが初めてではなく、モータースポーツのテレビジョン中継などでも見られる演出であり単純だが存外視聴者の評判は悪くない。決勝戦を前に画面映えを気にするチーム「レギオン」の様子が余裕の現れか、あるいは単に彼女たちの性格なのかは判然としなかった。軍需企業系とは思えない、妙齢の女性三人という派手なチームだがそれぞれの個性を活かして多彩な戦術を敢行することができる。
「中間距離を制すれば勝ちです。できますか?」
「は、はい。やってみます!」
三大会連続の決勝戦進出、今度こそ優勝を狙いたいバイソンプロジェクトとしては純粋な勝敗だけに集中をしたいところであろうが、それがなくともオペレータのメージやメカニックのザムが画面映えなどに気を使うとは思えず、新鋭ゲルフも決勝戦を前に周囲を気にする余裕はない。やはり性格の問題なのだろう。
サンタルチアは精密なオペレーションによる一撃戦法で勝ち上がってきた機体であり、アナザーバイソン1は多弾頭兵器による狙撃で相手を圧倒するスタイルを得意とする。互いの戦術を十全に発揮するか、あるいは相手の弱点を突くことが勝敗の分かれ目になるだろう。既に両陣営のパイロットともコクピットに座しており出撃の準備は整っている。タイムカウントがゼロになった瞬間、機体が射出されて無重力の空間に放り出される感覚は現実でも仮想空間でも変わりはない。
オープニング・ショットはバイソン1によるグレネードマインボム・改の一斉撒布。この距離で誘導機雷を的確に当ててくるゲルフの技量は新人パイロットとは思えないが、サンタルチアは際どい動きでこれを全弾回避に成功、コクピットのアンジェラが心中で汗を拭う。ならばと急速後退、相対距離を離したアナザーバイソン1がムラクモオロチ・改を発射。同時着弾により破壊力を一気に上げる兵器だが今度は巧みに装甲で弾いたサンタルチアがインシピエントライトで狙撃、狙いすました一撃を確実に命中させた。
「ダンス・アンド・スコープ、シュート!」
「いいリズムよ!」
中間距離への再接近を図ったサンタルチアが撒布機雷の海に飛び込み、相当数被弾しながらもミッドウィンタースターで急襲。損害を顧みない強引な攻撃を命中させると、距離を取ってムラクモオロチの同時着弾を狙うバイソン1の連続砲撃にこれも怯むことなく数発を被弾しながらインシピエントライトで狙撃する。一撃目を命中、二撃目も命中させてどちらも直撃ではないがこれで完全にペースを掴むことに成功。強化フレームに自信があるからこその強気の戦法が功を奏している。ゲルフもメージもこの状況で、これ以上相手の好きにさせる訳にはいかない。
「来ますよ!狙って!」
「了解!」
三撃目となるインシピエントライトに撃ち合いを挑むバイソン1だが回避しきれずに直撃、ムラクモオロチ・改の同時着弾には成功して相打ちとなるがこれまでのダメージを考えれば依然として不利は免れない。何とか反撃の芽を掴むべく、接近を図るサンタルチアをグレネードマインボム・改で牽制して機雷の海に誘い込む。これを避けきれずに被弾して動きを止められたサンタルチアは懸命に回避に専念すると機雷源から脱出するが、解放された瞬間を狙っていたバイソン1のムラクモオロチ・改の一斉砲火に襲撃される。このまま遠距離戦に躍り出れば恰好の的になるだけだろう。
「フレンド・シャルロット、あんたのセッティングを信じるわよ!」
一度は離脱した機雷源に自ら再突入、装甲に複数の衝撃を受けながらも強引に機体バランスを制御したサンタルチアがミッドウィンタースターで狙撃する。機雷の影から躍り出た高エネルギー兵器がアナザーバイソン1を貫くと蓄積した負荷に耐えきれずに装甲が破壊されて無念の機動停止、コクピット端末の中でアンジェラが手のひらを打ち鳴らすと他のメンバーも合わせてガッツポーズ。チーム「レギオン」が初優勝の栄冠を手に入れた。
○サンタルチア(10分機動停止)アナザーバイソン1× 20vs-2 ※サンタルチアが優勝
−結果&短評−
無敗の猫ろけっとの連勝をストップさせたチーム「レギオン」がそのまま勢いに乗って初優勝。三戦とも得意距離の確保と強化した装甲を活かして粘りつつ、チャンスに強力な一撃を確実に当てる戦術が見事にはまっての快勝。機体バランスと戦術のバランスが取れた好例というべき内容は流石というべきか。三大会連続準優勝となったバイソン1も安定した実力を見せていたが、決勝戦では装甲差で撃ち負けてしまった恰好となった。
ネス・フェザードの台詞ではないがレイディアントソードによる近接格闘は人気があると同時に、各チームともセッティングや作戦が多彩で安定した戦術が確立していない感がある。ストライク・バックは対戦相手との相性に戦況を左右されることが多いシステムなので、今回のポークカレー大盛vs昴・肆拾伍式のように、同じ武器で正面から激突しても尖鋭化した機体とバランスを重視した機体では展開が異なってくるだろう。
−順位−機体名−−−−−−−−−−−機体−−パイロット−−−−−−−−オペレータ−−−−−−−メカニック−−−−−−−
優勝 サンタルチア 7楓 アンジェラ・R・O バーバラ・R・O シャルロット・R・O
2位 アナザーバイソン1 7楓 ゲルフ・ドック ジアニ・メージ ザム・ドック
3位 トータス号 SP コルネリオ・スフォルツァ さおり嬢 牧さん
3位 ポークカレー大盛 イプ プルトニウム伯爵83世 自称謎のインド人 自称謎のインド人
5位 猫ろけっとXVB 斑鳩 Mii3DS 山本あんず 山本いそべ
5位 尖閣防衛超・タコボールV3 7楓 神代進 超能力イルカフリッパー 伝説の船大工源さん
5位 クイーン・コブラ 7楓 ネス・フェザード カーネル ロブ
5位 昴・肆拾伍式 ドラ 灯乃上むつら 清和須売流 アルシオーネ・ビアズリー
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