【SS】 再会 2004/12/18 大学(第二東京大学)から戻って来たシンジは、がらんとした部屋の真ん前で、しばしの間、立ち尽くしていた。 斜陽が指し込み、茜色に染め上げられ行くその部屋に泊まっていた人物・・・ アスカ・ラングレーと言う元適格者(チルドレン)は、『存在感』と言う意味において別格であり、居れば居たで、そしてまた、居ないなら居ないで、シンジの注意を惹きつけてやまない女の子であった事は、まず間違いない。 " See you! " とだけ書き込まれた彼女の置手紙を覘(のぞ)き込み、拾い読み上げながらに、シンジは思う。 怒られていたり、叱られていたり・・・ 呆(あき)れられているのだったり、褒められているのだったり・・・ 泣かれる姿よりも、笑っている姿の方が百万倍もお似合いであり、思い起こせば、彼女は何時だって、あの当時より、シンジにとっての『女性』と言うべき存在であったのかもしれないとさえ思えて来る。 もう居ない彼女の唇の温もりを、そっと静かに思い出し、シンジは久方(ひさかた)ぶりに一人きりの生活を『寂しい』と感じ行くのだった。 「クス・・・ 忘れているよ、アスカ・・・」 丁寧に片付けられた部屋の片隅で、シンジは、昨日のアスカが防寒コートの内側に着込んでいた筈である綺麗なパーティードレスが、未だにハンモックで吊り下げられたまんまの事態で放置されている事を発見した。 つまりは、シンジの衣服を着込んだままに、新ネルフ本部(第三新東京市)へ帰還してしまったと言う訳である。 何時気付くかは判らないにしても、とりあえずクリーニングにでも出しておいてあげた方が良いのだろうと思って彼女の衣服に近付いた時、この止め処(とめど)なく漂(ただよ)い溢(あふ)れ、かつ、昨日より嗅ぎ慣れ始めた『甘さ加減』の正体は、フリージアの匂(にお)いなのだと、シンジは唐突に気が付いた。 携帯(番号)も知らなければ、現住所も聞いておかなかった以上、こちらから連絡を取りようも無い訳であり、アスカの再来を大人しく待ち続けるより他に、彼女の衣服を直接に手渡す手段はどうやら存在しなさそうである。 今度、やって来る日には、彼女の為にケーキでも焼いてあげようか? 微笑みながら、そんなささやかな歓待計画を思い描かなくも無いシンジは、彼女との再会はそう遠くない日に訪れるのであろうと、全く気軽に考えていた。 けれども、意に反して、彼女は、それ以降、シンジの元に現れない。 次の日も、その次の日も、そのまた次の日も・・・ さらには、またまた次の日も・・・ 何時しか忙しさに感(かま)けて、アスカに抱(いだ)き起こったのかもしれない微(かす)かな想いの数々が、日常の中の大多数へと埋没し、さらに幾日が過ぎ去る事となっていた・・・ 或(あ)る朝、見る者も無い新聞の小さな片隅の政治欄において、文部科学行政をもその掌中に収める巨大組織・内務省の一部門として、国立未来科学研究所(FSR)が発足すると言う広報記事が簡潔に報じられており、シンジも確かにその内容を読むには読んでいたので有るのだが、(無関係な者の常として)特に気を留めるでもなく天気図に目を移し、降水確率は20%なんだな、と言うような他愛も無い事に気を取られてしまう。 その日は朝から寒波が来襲しており、一段と冷え込む学内(第二東大・篠ノ井キャンパス)において独語と英語の自習をし、午後からは生体防御と分子解析に関する2、3のレポート準備に没頭し始めていた頃、ふと眺めると窓外(そうがい)は曇りだし、粉雪が舞い始める天候に変化しかける中途の様相を見せていた。 切りの良い所で学業を切り上げ、家路に急ぎつつ、途中のスーパーに立ち寄って、今日(の晩御飯)は、カレーにしよう等と漠然に思いつく・・・ やがて、我が家に近付くにつれ、奇妙な違和感が垣間(かいま)見える光景に首を傾(かし)げて、ようやくにその全貌を視界内に捉えた時、シンジはその光景が何ゆえ不思議に感じるのかの合点(がてん)がいった。 門柱高く玄関前に積み重ねられたダンボール箱の山々・・・ その一つに『頬杖』をついたアスカが、プンスカと座っていて・・・ シンジを見止めるなり、無言でにらめつけて来るアスカは、立ち尽くすシンジに向かって呟(つぶや)いた・・・ 「・・・遅いっ!」 合鍵も置いて無いだなんて、全くもう信じられない! おかげで随分と待たされちゃったし、引越し屋はとっくの昔に帰っちゃったじゃないのよ、馬鹿っ!! プイと横を向いた頭の上には、昔懐かしい適格者時代のインターフェイス(ヘッドセット)が添えられていた。 唐突にやって来て、唐突に怒っている所が、アスカらしいと言えばアスカらしい。 再びにチラホラと降り始めた雪模様の中、シンジは思わずに聞き返してしまった。 寒くは無かったのか? と。 「・・・寒いわよっ!」 子供のように唸(うな)り行くアスカは、アスカの頭に降り積もった粉雪を振り払っているシンジに対して、そう言った。 職場が第二新東京市に変わってしまったので、急遽引越しが必要だった事を語り、不動産屋に行ったって今時分に空いている部屋は無いと言われて困っていると不平を告げた時、アスカは真っ直ぐにシンジの事を振り向いた。 立ち上がるアスカは、シンジの胸に飛び込んで、思いの丈(たけ)を吐露してしまう。 迷惑ならば、このまま出て行くっ! けれど、もし仮に・・・ もし仮に、少しでも構わない(置いて良い)と思ってくれるのなら、この私を・・・ 「温めてよ!」 シンジは巻いていたマフラーを取り外し、アスカの事を取り込んだ。 手を繋ぎ、その肩を静かに抱き寄せ、シンジは思う・・・ 理不尽で、傲慢で、天才的な自信家であるクセに、なんとなくに寂しがり屋な一面があって、彼女(アスカ)の事を憎めない。 あの当時、あまりに身近すぎてちゃんと意識した事など無かったのだけれども、フリージアの香りが漂い行くこの女性の全てを、これ程までに愛(いと)おしく感じてしまっている感情は、一体何時頃から沸き起こってしまったものなのだろう? 二人を取り囲むダンボール箱の伝票には、
と小さく書き込まれていた。 それは第三新東京市を出る前において、アスカ自身が書いておいた、小さなメッセージ(意志)でもあるのだった・・・ |