【SS】 再会   2004/12/18






 洗面所でいったん顔を洗ってから仕切り直した筈であるのだが、涙で火照(ほて)ったアスカの身体に、外気は、また新しい清涼感を吹き込んでくれていた。





 飯綱山や保基谷岳の見え方から察するに、ここは政都・第二新東京市 (旧・長野市広域連合)・・・




 それもここ最近のアスカが出張で詰めていた筈である新ネルフ・松代実験場(Neue Nerv Field Laboratory-02)に程近い地域であり、居なくなったシンジ『達』が、よもやこんなに身近な所で生活していただなんて、正直、昨日段階までは夢にも思っていなかった意外さなのである。






 冬の訪れを感じさせる並木道(プロムナード)を、シンジと二人で肩を並べながらに歩み行き、アスカは思う。








 昨日からこちら、随分と恥ずかしい所ばかりを見られ続けたような気もするのだが、たぶん絶対に『気の所為』だろう・・・





 嫌でしょうがなかった政府主催の歓待レセプション(国連特務・日本政府内務省研究組織統合準備委員歓待会)へのネルフ側代表代理出席も、最後の最後でとんだハプニングを齎(もたら)してくれた事実と功績に対して、(少しくらいなら)感謝しておいてあげなくもないなと、ここは譲歩しておく・・・






 不満を胸に、今日のリニア(新幹線)で、さっさと新ネルフ本部(第三新東京市)へ帰還してやる気満々だったアスカにとって、この出会いは盲亀の浮木のごとく、奇跡に等しい出来事であったのだから・・・







 綾波レイの墓前に花を添えて手を合わせた後、どちらと無く街を見下ろす閑散な高台にまで足を伸ばしていたアスカとシンジは、自販機缶コーヒーのプルトップを開きつつ、お互いに『その後』の身の上を話し合っていた。







 吐く息は白く、見る物は枯木くらい・・・





 けれども、待ち望んだアスカの心には、また違った『風景』を形作るモノとして積み重ねられ、隣り合う稀人(元エヴァンゲリオン・パイロット)同士の『息吹』とその『温もり』は、迫り来る冷涼な信州の空気に対抗するべく、その再会をより深く・・・ より心地よい物へと変化させる役割を担(にな)っていたのだった。







「・・・と言う訳で、馬鹿にしてるったらありゃしないっ! 私が居なくてもね、政府新ネルフ(Neue Nervの間で合意が出来てるって寸法よ? 元パイロットは、人寄せパンダですってね!?」





 事務方同士の長き折衝の末、国連施設(第三新東京Nerv)は日本政府に全面移譲される予定にあるのだと言う・・・




 『聖域無き構造改革』の一環としての名目はどうあれ、実質的に、国際公務員を治外法権的に措(お)いておけた国連特務・日本ネルフ時代の終焉であり、解体され、第二新東京政府(内務省)の軍門に降(くだ)る感は、正直に否(いな)めない。






 戦闘部門(front)が廃止され、保安部門(Guard)・諜報部門(Intelligence)を切り離されている純粋研究組織としての新ネルフ(Neue Nerv)に昔日の力は無く、敗軍の将は敗軍の将らしく、愛想を振りまいておればよいと言う事で選ばれた代表交渉使節団の一員が、『アスカ』技術三尉である事を、アスカは、時に憤慨を織り交ぜながらに滔々(とうとう)と語っていた。





 憤慨するアスカの怒りを受け、時に相槌を打ちながら、シンジはシンジで、ここに居る理由を語り始めている。







 アスカのリタイヤした最終戦闘において、弐号機代替パイロット(カヲル君)をこの自らの手において殺害してしまったと言う事・・・




 赤木博士から直接に知らされた『綾波レイ』の秘密・・・





 手を差し伸べる綾波が、長くは生きられない生命体であることを知った時、シンジは彼女との安住の地を求めて、勝利に沸き立つネルフ本部(第三新東京市)からひっそりと旅立っていた、自らの意志において・・・






 希薄な関係だった武蔵野の伯父さんを頼る訳にも行かず、それでもなお通院加療の必要な綾波レイの為にも、シンジは、反ネルフ勢力(内務省)の影響下にある戦略自衛隊中央即応集団(TSDF/CCGの要請に基づいて、第二新東京市の住民に成り済ましていたのだと言う真相を次々に語り始めるのだった・・・






「ある人にね。『君は幸せになってはいけない運命にあるんだよ』って、教えられたよ・・・」




 何故、第三新東京市に戻らなかった(アスカの元を訪ねなかった)のか?と尋ねるアスカに対して、シンジは寂しそうな笑顔でそう繰り返していた。






 旧友・鈴原トウジを偲(しの)ぶため、年に一度くらいは、野辺山あたりまで花を持って南下する事は有っても、そこまでが限界線・・・





 悲しんでいる鈴原家の人々や、彼のことを好きだった洞木ヒカリさんの顔・・・、それに何も出来ないまま眺めざるを得なかったアスカ自身の心神喪失(ベッド姿)等等の想い出がどうしても思い浮かばれてしまって、6年間その地より先の地域(使徒迎撃ポイント)には到底進めなかったのだ・・・と言う心理を切々と語り明かしていた。





「『幸せになれない運命にある』この僕は、一体、何をすれば良いんだろう? そして、一体何が出来るのか・・・ そればかりを、ずっとずっと思い悩んでた。トウジも・・・ カヲル君も・・・ そして、戦闘に巻き込まれた数多くの人々に対しても、僕は償いの言葉を持てない。この僕は生きている・・・ けれど、それは、彼らの血肉をその糧(かて)として生き抜いている、そう言う意味なんだよね?・・・」





 幸せになれないだなんて、誰がそんな『馬鹿』な事を・・・





 そう言い掛けるアスカに向かって、シンジは「大丈夫だよ!」と儚くも微笑み返していた。





 希望までを見失った訳じゃない。




 欺瞞(ぎまん)に満ち、それが『正しい』のかどうかさえも正直に判らないけれど、僕は彼らの許しを請い、その血肉と付き合っていける術(すべ)を既に身に付けて『ここ』に居るのだから・・・と。







「自分が幸せになれないなら、『他人を幸せにすれば良い』んだって・・・ だから、大丈夫・・・ 大丈夫だよ・・・ アスカ・・・」






 長い沈黙が二人の間を支配し始めた時、他人を幸せにする道を探り行く為、今はとりあえず『医学部』に通っていると言う現状をシンジは、シンジを見詰め見上げるアスカに対して告白した。





 組織学実習(生体構造医学)の講座準備を手伝っていて遅くなった昨日の晩、『危なっかしい』人が居るなぁ・・・と思って眺めていたら、それが酔っ払ったアスカだったと言う事・・・




 蒼(あお)い瞳のアスカは、大人になってもやっぱり『アスカ』だったんだなぁ・・・と不思議な感動を覚えて、介抱していたんだと言う事を・・・






 「・・・それは、私が成長していないとでも言いたいのかしら?」





 こめかみをヒクつかせながら、殴る仕草(ポーズ)をとってみせるアスカは、シンジと二人で笑い合い、そしてそれから、小さなくしゃみを2回ほど繰り返す結果と相成ってしまった。




 どうやら長い間話しすぎて、体が芯から冷え込んで来てしまったらしい。





 少し震えるアスカの首筋へ、そっと自分のマフラーを巻き掛けあげていたシンジは、優しく愛(いつく)しむような雰囲気を以て、真っ直ぐに見つめ返すアスカの全てを、その視界の中に捉え続けている・・・




 その眼差(まなざ)しは、すぐ傍(そば)のアスカを見ているようで居て、その実、違う人物を見ているような物悲しさを伴(ともな)って居て・・・





「綾波はね・・・」





「・・・ん?」





「最期にありがとうって言ってくれたんだ・・・」









 静止する世界の中、透き通る高台の青空の下で、アスカは思う。







 嫌い・・・





 嫌いよっ! こんな奴・・・







 大ッ嫌いだから・・・





 未来永劫、本当に、大、大、大ッ嫌いなのだから・・・





 触れ合って、キスしてやった。





 思い違いで『見失う』なら、よく解るように抱きついて、その胸の中へ飛び込んで見せてみる・・・






 こんな馬鹿には、心底その悪業のほどを思い報(しら)せてやらなければいけないのだと、唐突に悟り切ってしまう。




 余裕ぶった馬鹿が、驚きや戸惑いの表情を隠せなくなっても、そんな程度では全然に許してなんかやらない。





 私は、『アスカ』なんだと・・・





 私は、『アスカ』なんだと伝え続けなければ、その何万倍もの悲しみが襲って来てしまうからだった・・・






 唇を離し行った時、何かを言いかけようとしたシンジの唇を、アスカは未然にその人差し指で塞いでいた。





「頑張らないとね・・・ お互いに・・・」





 そう呟(つぶや)いて、それ以降は黙り込む・・・






 晴天に吹く風は、あくまでも冷涼で、近(ちか)しく引かれ合う二人分の体温を奪うべく、吹き荒れ始めていた。




 掛けられたマフラーの温もりと、抱き受け止められた胸の中の充足感がそれに抗(こう)して、アスカの心を補完する。




 願うものは『ここ』に在る・・・





 ただそれだけを確信し、護り定めているかのように。









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