NEON GENESIS
EVANGELION2 (Zwei)







惣流・アスカ・ラングレー







僕にとっての身近な存在(パートナー)。


同じような何かが欠け、同じような何かを求めていた14才の異姓。


散々回り道をした挙げ句に辿り着いた大切な人・・・








彼女は、第三衝撃(T.I.C.)のあの夜、この僕の部屋を訪れて、
僕のことを好きだと言ってくれた。





僕も彼女のことが大好きだと言い返した。





出会った頃には想像もつかなかっ たような絆が、
すでに僕たちの間にはある。







言葉はもはや不要だった・・・・







お互いの意志を確認した後、長い最後の夜が過ぎ行く中、確かめ合う僕たちは、
これからも一緒に二人で生きていくという事を誓い合った。





全てが崩壊する時が来ても、きっと彼女は僕の側にいる。
そして、僕も必ず彼女の側にいる・・・・





そう信じていた。





お互いがお互いを必要としていることを既に知っている僕たちは、
離れ合っては生きていけない存在だったのだから・・・・・・・











 全ては終わった。



 エントリープラグから抜け出し、EVAから舞い降りた僕たちの目前には、かつて輝く12枚の羽を揮わせて闘っていた最強の敵(しと)の残骸が、無造作に横たわっている。

 この最後の使徒、 アダム・オリジナル(POE / ADAM)を倒せた以上、明日からは使徒の来襲に怯えることのない平和な時代がやってくる。



 それは明らかなことだった。

 けれど、今の僕にはその事実を喜ぼうという気はない。



 勝利との引き替えになって、僕にとって、とても大事なもの・・・・

 アスカの命を共に失おうとしているからだ。



「ねぇ、シンジぃ。私ねぇ・・・」

「アスカ、今、喋ったりしたら傷に障っちゃうよ。お願いだから、大人しくしてて・・・ 大人しく寝てたら、きっと良くなるから」



 僕は、傍らで横たわるアスカに対してそう言った。

 そう言うより他なかった。


 僕は何とかして傷付いたアスカの事を助けたくて必死になっていたが、内部バッテリーの切れたEVAはもう動かず、救助にやって来る筈であったネルフの救難専用ヘリコプターは未だ僕達の面前にその姿を現していない・・・

 全てが破壊され荒廃とした第三新東京市の現況の中にあって、最低限の応急処置のレクチャーしか受けて来なかったこの僕に出来ること自体が、今の段階ではそもそもに限られている。

 頭の片隅に残っている人命救助の方法(応急処置)の全てを試してしまった後、僕に残されているせめてもの延命手段は、なるべくアスカの体力を使わせないように配慮することと、アスカの無事を天に向かって祈っていることの2つだけ・・・



 僕はこの時とばかりに祈ることしか出来なかったのだ。

 かつてのミサトさんが、帰らない加持さんに対して必死にそうしていた時のように・・・・




「ねっ、じっとしていればきっと助かるから。もう少ししたら、すぐにこの僕が病院に連れて行くから。だから今は・・・ 今だけは大人しくじっとしててよ、アスカ・・・」

「・・・分かったわ、シンジ」



 判ったような判らないかのような僕からの説得に応じ、再び大人しく黙りはじめたアスカを見て、僕は心の底からの安堵感を覚えた。



(そう、今はこれでいい。体力を温存していれば奇跡だって起こるかもしれない。思い出して考えてみれば、僕たちの作戦は、ずっとずっと奇跡の連続だったようなものじゃないか。大丈夫、きっと今度も奇跡は起こる・・・。そう・・・ そうに決ってるんだ・・・)



 そんなことを必死に考え込んでいたこの僕の傍らで、目をつぶって一旦は大人しくするポーズを取っていた筈のアスカが、ポツリポツリとつぶやいてくる。



「・・・ だけど・・・」


「ん!?」


「大人しくしてたら、本当に助かるだとシンジは思ってる?」


「 !?  ・・・ も、勿論さっ!」



 不意なるアスカからの直撃に、この僕の返事は一瞬だけ遅れてしまっていた。

 そんな不自然な態度をアスカは勿論に見逃さない。



「やっぱりねぇ・・・ ふふっ、シンジも、相変わらず嘘が下手よねぇ。・・・そっかぁ、もう助からないってことは、シンジにも分かってたのかぁ・・・ なぁ〜んだ、だったらわざわざ隠す事もなかったんじゃない・・・ 私って、馬鹿みたい」

「 ・・・・・ アスカ 」

「ねぇ、ちなみに何時頃から気づいてたの?  シンジ?  これでも私、本当はずっとずっと(痛みを)我慢してた方なんだけどなぁ・・・」



 アスカからの蒼い瞳(ブルーアイズ)がこの僕の挙動をまっすぐに見据えている ・・・

 言い逃れの出来ない雰囲気が形成されて行こうとするその中にあって、それでもなお、僕はまだまだ目の前の彼女に対して嘘を付こうとした。


 すぐばれる気休めの嘘を ・・・


 いや・・・ 違う・・・


 少なくとも、この僕にとっての真実(しんじつ)であるに他ならなかったのだ。その嘘(しんじつ)は・・・



「何言ってるんだよ、アスカ! そ、そんな事あるわけないじゃないか。アスカはさっきからちゃんと回復の方向へと向かっているよ? そうだろ? だって、容態だってずっと安定しているし、顔色だってさっきよりも随分よくなってる! 鏡が無いから、アスカからは、その様子が見えていないだけさっ! だから・・・」

「・・・ シンジ」

「だから・・・ だからね、アスカ・・・。 アスカは、何も心配しないで僕の言う事だけを・・・」



 けれど、そんな空虚な言葉の羅列は、途中からの真摯な瞳によってあえなく遮られてしまう・・・ 

 僕は、観念するかのよう、彼女からの視線にそっと目を逸らしてしまった。



「いいのよ、シンジ・・・ 隠そうとしなくても。本当は、私も知ってたから・・・・ 私の命がここまでなんだって事・・・」

「アスカ、お願いだから、そんな事は言わないで・・・」

「バカねぇ、シンジ。自分の体のことなのよ? 自分で気づいてる方が、当ったり前じゃない!」



 そう言うとアスカは静かに・・・ 

 そして、時折、苦しそうに笑った。

 その明らかに弱々しくなった微笑みが今の僕には痛々しい。




 やがて僕は、とうとう我慢しきれなくなった感情の渦巻く中、アスカの事を抱き起し、そしてまた泣いてしまっていた・・・




 僕の頬とアスカの頬が触れ合う中、零れる涙の一粒一粒が、処置のために脱がしていたアスカの剥き出しの肩へ、そして背中へと静かに落ちて行く・・・

 その零れ落ちるこの僕の涙をどうすることもできないまま、僕はただ、しばらくの間、黙って泣き続けていた。

 泣き続ける事しか出来なかった。



「シンジ・・・ 泣いてるの? ・・・どうして?」


「・・・何も出来なかった ・・・何も出来なかった僕自身が情けなくて、悔しいんだ。苦しんでるアスカを助けてあげることも出来ない。僕のミスで・・・ 僕のミスの所為でアスカはこんな目に会っているというのに・・・」


「もう・・・ 最後まで大バカなんだから、シンジは・・・ 」


「・・・そうさ、僕は馬鹿なんだよっ!! 結局、好きになった女の子(アスカ)一人、この手で守ることも出来ないっ! ・・・大口たたいてみても、やっぱり父さんの思い通り(E計画)を止める事だって、僕には・・・ なのに・・・ なのに、僕は、何でも出来る気になって居て、みんなを・・・」


「違うわっ!! 私は、その何時までも内罰的に思い込む所がバカバカだって言ったのっ! シンジは、シンジにしか出来ないことをちゃんとやったわっ! それに私は私にしか出来ないことをちゃんとやったつもりよっ! ・・・それで良いじゃない。ねっ? シンジ」



 震える左手で僕の涙をそっとなぞったアスカは、そのまま僕の顔を撫でている。

 僕はそのアスカの手を握り締めて、彼女の事を感じていた。


 アスカは、きっと、最後の最後までアスカなままなのだろう・・・


 僕は握り締めたアスカの手を静かに横へ下ろすと、そのままの体勢でそのアスカの唇に向かってそっとキスをした。



 昨日から数えると、これは一体何度目のキスになるのだろう?

 僕には分からない。

 けれど、そうして居られる間だけが、この僕にとって、これから起りうる現実を忘れさせてくれるせめてもの代償だったのだった・・・・・









「シンジ・・・」



 長いキスのあと、再び口を開いたアスカを僕はもう咎めだてはしなかった。

 死を覚悟しているアスカが、この僕に何かを告げようとしている ・・・

 僕は、ただ黙って彼女からの続きを待っていた。



「・・・知ってる?」



「何を?」



「私ね・・・ 私、信じてる・・・」



「私がここで死んでもねぇ・・・、私達は終わりじゃないのよ・・・ だから、シンジは全然悲しむ必要がないの・・・ だって、私、天国のママたちに出会って来たら、すぐにこの世に・・・ ううん、シンジの元へと直ぐにだって戻って来てみせる予定なんだからねっ!!」



「・・・僕の元に?」



「そう、シンジの元にね。それも真っ直ぐによ! 私、何だか分かるの。神様宇宙の法則を捻じ曲げてたって実現してみせてあげるわっ!! 必ずシンジとは、もう一度・・・ もう一度逢えるんだって事・・・」



「もう一度・・・ 逢えるのかな、僕たち?」



逢えるわよっ!! 私達はいつかきっとまた巡り逢える。そして、その時の私は・・・ フフッ、この天才美少女アスカ様は、泣き虫で、鈍くって、なっさけな〜いシンジの事を、お情けで、ボランティアで、人類愛で、しょう〜がなく大好きになってあげるのよっ!! そして、みんなから祝福される中で、やり直す私達は、今度こそ誰からも壊されようのない幸せを手に入れる・・・  どう? これが、これから起こり得る事の顛末よっ!! 以外・・・ ううん、以外の(地球上の)誰一人だって好きになってくれる女の子(ものずき)が現れる筈の無いだろう泣虫シンジにとっては、涙が出るほど有り難〜い話!? 光栄に思いなさいよね、このアスカ様という可愛い彼女の存在を・・・」



「 ・・・ 光栄だよ、アスカ」



 消え行くアスカの物言いに、僅かながらの寂しさを思い起こした僕は、少しばかりにその思いを表情(そと)に出してしまっていたのかもしれない。



 アスカは、ちょっとだけムッとした口調を付け加えて、その先を続けていた。



「どうにも返事の中に熱意が感じられないわねぇ ・・・  やっぱりシンジは信じないのね? でも、本当にそうなるのよ。私には分かってる・・・ だから、死ぬと分かってても、ちっとも恐くなんかない!」



「アスカ ・・・」



「私達は、もう一度最初から出会い直して、ケンカもするし、仲良くなって恋もする・・・  ただ、肝心なシンジがを信じてくれないなら、戻って来るも、ちょっとだけ不安になっちゃうんだけどなぁ・・・」



「どうして?」



「せっかく巡り逢う時がやって来たのに、私(わたし)に気がつかないでポケポケッと見過ごされているのかもしれない可能性が出て来たからよっ!! ・・・ばかっ! バカッ! 馬鹿っ!? そんな事、可能性でも許さないっ!! 許さないんだからねっ?! 鈍感(ばか)シンジっ!!」



 そう言うアスカに対して、僕は涙を拭って答えた。



「そんな事にはならないよ。アスカが信じてるなら、僕もその話を信じるさ・・・ 僕たちは巡り逢える! それに、その時が来たら、きっと僕の方からこそ、アスカの事を見つけてる・・・・ 絶対だ・・・ 絶対に約束するよ、アスカ」



「本当に?」



「もちろんっ!」



「・・・絶対に?」



「もちろんっ!」



「だったら、今度こそシンジの方から、ちゃんと告白(はな)して欲しいわよねぇ・・・。2回目も、私から告白さ(言わ)せたりなんかしたら、正直・・・ ひどいわよっ!!」




 すぐさまそう言い返すアスカ。



 僕は、緊迫した状況が迫っているこの時にもかかわらず、目の前の彼女への笑みがごく自然な形でこぼれ出していた。



 そんな僕の様子を眺め見たアスカも、勿論に笑っている・・・



 そのような彼女らしい屈託のない笑顔を見ているとなんだか、あの戦い(T.I.C.)とは嘘だったのであり、この時・・・ この瞬間だけが未来永劫永遠に続いて行くかのような・・・ そんな気分にさえ、僕は落居ってしまっていた。



 奇跡が起こって、突然に容態が回復するアスカ

 涙を流して喜んでいる僕・・・



 一瞬であっても、そんな光景(さっかく)さえ垣間見えたような気がする。

 けれど、それは本当に幻想であるに過ぎなかった。



 呻き声をあげて再び苦しみ出したアスカを支えながら、僕は、アスカの握り返してくる力が、もうほとんど失われているという現実を思い知らされた。



 弱った体力で長時間話しすぎたアスカに、とうとう急激な反動が来てしまったのだ。



 苦痛の声がおさまると共に開いたアスカのつぶらな瞳(ブルーアイズ)は、急速に生命の輝きを失いつつある段階に達している。



 そして、アスカの口から紡ぎだされる言葉は、既にもうたどたどしい。



 それらの兆候は、認めたくない時が刻々と迫ってきているという現実を、否応なく、この僕に向かって告げていた・・・。



「ねぇ、・・・シン・・ジ・・」



「何、アスカ?」



「もう・・・私、目が・・・ 見え・・・な・・・  シン・・・ お願・・・ もっと強く・・・・・いて・・・。 例え・・・ても・・・ 私・・・ 分かる・・・ シンジ・・・ だから・・」



「僕はここに居るよっ!! ずっと、ずっとアスカの側にいるよっ!! 離さない、離すもんかっ!!」



「ふふっ・・、私・・・ 好き・・・私を・・・ 悪・・ないわね。 シン・・・ジ・・・ 加・・ さん ・・・  ママ ・・・・・・  私、多分・・・」



「駄目だ、アスカ!! 二人であのマンションに帰るんだよ!? みんな・・・ みんなが僕たちの帰りを待ってるんだっ!!」



「・・・私ね・・・・ 一人・・・じゃなかった・・・から・・・」



「当たり前だろっ 約束したじゃないか! 二人で生きようって!! これからも一緒に居ようって!!」



「・・・シン・・ジ・・・ 大好・・き・・・」



「アスカァァァァ!!!!!」




 泣き叫ぶ僕の呼びかけに応えて、再び笑顔を浮かべるアスカ。





『また逢えるわよ、シンジ・・・ 必ずねっ』





 わずかな唇の動きから、かろうじて、そう言っていることだけが分かった。




「知ってるよ、さっき聞いたよっ。だけど・・・ だけど・・・・ 」



「・・・・・・・・」



「・・・・ アスカ!?」



 もう一度アスカに話し掛けようとした時、僕は知ってしまった。



 アスカはもういないのだということを。



 二人の時間は、永遠に失われてしまったのだということを。



 やっと手に入れた大切なものは、再び砕け散り、

 そして、僕はまた一人ぼっちになったのだ ・・・・・・





(愛してるよ、アスカ・・・ 世界中の誰よりも・・)





 笑顔のまま息を引き取ったアスカの両目を閉じ、その死に顔に最後のキスをする中で、僕は、そうつぶやいた。



 アスカはもう何も応えてくれない。



 せめてもの慰めは、苦しみから解放されたアスカの表情が、とても穏やかなものに変化したということぐらいだろうか?



 見ようによっては、その表情がとても満足そうなものに見える ・・・・



(・・・安らかな顔・・・ アスカ・・・、君はこの人生に満足だったの? この世界は、僕たちに辛い思い出しか与えてくれなかった世界だったというのに・・・)



 唇を重ねている間にもどんどん失われていくアスカの体温を感じながら、やがて僕は、本当の悲しみがどういう事なのかを理解した。




( ・・・僕は・・・ もう・・・ 生きながらにして死んだのかもしれない・・・ )




 突抜けるような蒼き空の中、ようやくにその機影を現しつつある救難ヘリコプターの手遅れな旋回行動を眺め続ける僕は、いつまでもアスカの亡骸を抱きしめたまま、空(うつ)ろな瞳で、その場に佇(たた)ずむ事しか出来なかったのだった。










Bパートに続く