NEON GENESIS
EVANGELION2
西暦2029年、第3新東京市
僕は、懐かしいこの街を一人っきりで歩いていた。
明日には、いよいよ教師として母校である市立第壱中学校に赴任する事が決まっている。
(ちょっと遠回りしすぎたのかな?)
今更ながらにして、そう思わないでもなかった。
高校・・・ 大学・・・ 独国留学・・・
国連連合からの多大なる援助を断ってまで、傷ついたこの世の現実を見極めるために行った孤独な反乱・・・
2年間のユーラシア大陸一人旅・・・
苦しくて悲しくても、真実と楽しさによる成長を伴って本国(にほん)へと満足に帰国出来た僕は、自らの意思により内定された国際連合統一復興開発局(ユニオード)職員への道(キャリアパス)を擲(なげう)ち、そのまま第2新東京高等師範学校の中等教育専修・外国語第一講座へと入り直していた。
そのために、気が付けば、既に最終決戦(T.I.C.)から数えると足掛け15年もの月日が、僕の回りには流れてしまっている。
(遅すぎる28歳の新卒・・・か。 職員室では、一体、どういう目で見られるんだろう?)
気にしてもしょうがないことを何時までも考えているのは、僕の悪い癖だ。
しかも、考え事をしていると、どうにも周りのことが頭の中に入って来ないらしい。
気がつけば、長い階段の続く公園の入り口まで差し掛かっていた。
(!? ・・・ ここは・・・)
ミサトさんに見せてもらったあの公園・・・・・・
どうせだからということで何気無しに、その公園の階段を上ってみて、僕は初めてその事実に気がついた。
前に来た時は夕方の車だったから場所さえも正確には覚えていなかったのだけれども、心象的な面影の全ては、確かにあの公園の風景であると言う証拠を指し示していた。
あの当時と少しも変っていない。
展望台から見下ろしてみると、一旦、壊滅したはずの第3新東京市がかなりの程度まで復興しているという事実が一望に出来る。
止むる事の無い再生の現実を嬉しく思った僕は、思いっきり深呼吸をして、とりあえずモヤモヤとした気分と気持ちを切り替えることにした。
心地よい4月(しょか)の風が体全体を吹き抜けていく中、くだらないことを考えていた自分自身が、とてもちっぽけな存在に思えて来る・・・。
「とうとう帰ってきたよ、アスカ・・・
しかも教師としてね ・・・ 」
完全に晴れ渡っている青空の中、太陽の光を一身に浴びて、まるで宝石のように光輝いている中央ビル群を遠くに眺めながら、かつて最も愛していた女の子の名前を、僕は口に出して言ってみた。
保証の限りではないが、きっと生きていたら彼女は僕の言葉に応えて、こう言っていたに違いない。
『あんたが教師だなんて、世も末ね』
それともこうだろうか?
『結構似合ってるわよ、シンジ』
そのどちらでもあり、どちらでもないような気がする。
アスカは、そんな女の子だった。
考えてみれば、第3新東京市でアスカと過ごした日々を思い出す中で、僕が彼女の行動に振り回されなかった時など、ただの一日だって無い。
実際、今だって、その面影に振り回されているようなものだ。
『シンジの側にずっと居るわよ。最後までねっ!』
二人だけの夜の時に彼女はそう言った。
『・・・また逢えるわよ、シンジ』
最後の瞬間には、そう言っていたはずだった・・・
(・・・だけど、あれから14年・・・ 逢えなかったね、アスカ・・・
)
もしかしたら・・・
そういう非科学的な思いが、今までの僕を縛りつけてきた。
ドイツに留学していた時には、宇宙の法則を捻じ曲げてたって、そこらの街角からひょっこり僕の目の前に現れてくれるんじゃないか? という奇妙な期待感さえ抱(いだ)いていた。
悲しみが募って、何もする気が起きなかった時期もある。
けれど、今はそんなことはない。
世界中を旅して周っている時に、生涯に関わる僕自身の生き甲斐を見つけてきたからだ。
この混乱し、疲弊し切った世界の中で、次世代を担うべき子どもたち(children)と共に歩み、そのみんなが笑っていられるような世界を創造するということ・・・・
僕たちが経験したような悲しみの全てを、決して次代の子どもたちには味あわせないということ・・・・
それが今の・・・
教員となったこの僕、碇シンジの生涯を賭けた大目標なのだ。
「見ててよっ、アスカ。ぼくはやるよっ!! 派手さは無くても、関わるみんなに幸せと安心感を与えられる・・・ そんな教師に、きっとなってみせるさっ!!」
なんとなく、そう叫んでみる。
周りに誰も居ないから出来ることだろう。
飽きるほどに景色を眺めた後、僕はやがて満足げにその展望台を後にした。
展望台の帰り際、長い階段を一段一段と下りていく事が面倒になった僕は、そのまま手すりに尻を乗せ、勢いよく滑り降りた。
単純な子どもじみた遊びなのであるが、やはり手すり滑りは面白い。
留学中のベルリーン大学(フンボルト北校)では、校舎内の正面玄関でこれをやっていて、全ての法科学生よりある共通の渾名(あだな)が進呈されていた大学事務員に、それはもう、とってもこっぴどく怒られていた覚えがあったような気もする。
(ふふ、そう言えば、あの時もボブ=サップさんは・・・ どうだろう? 今でも元気にボブ=サップなのかなぁ・・・)
しかし、そんなくだらないかつての悪行の数々を思い出していたからだろうか?
滑走している僕の目の前に、いきなりの死角から人影が現れて来た。
こんな辺鄙(へんぴ)な所、てっきり誰もやって来ないだろうと思い込んでいて、恥も外聞も無く盛大に手すり滑りに専念していたのだが、こうなってしまっては後の祭りだ。
しかも、スピードを出し過ぎていたせいもあって、唐突に現れたその人影を回避しきることが出来ない。
まずいと思った瞬間には、もう激突していた。
「キャッ!」
声から察するに僕とぶつかった不運な人は、ひょっとして女の子だったのだろうか?
けれど、ぶつかった瞬間から頭の中がくらくらしてしまい、しばらくの間はちゃんと確かめることが出来ない。
目も見えず、とりあえず覆い被さったままの失礼な状態になってしまっていたのだが、僕はとにかく誠意を込めて平謝りに謝った。
「ご、ごめんね、君、大丈夫だったかい?」
「イタタ・・・ 大丈夫なわけないでしょっ! もう・・・ 信じらんない! まったく何やってんのよう!! いい年した大人が、こんな所でっ!!」
(そ、その声は!?)
やっと頭の中のクラクラがおさまった僕は、その女の子の顔を改めて真正面から眺め見てみた。
蒼い瞳に、ゲルマンな輪郭、
その上、栗色の髪に、赤いインターフェイス。
こんな格好をしていた人間は、間違いなく世界で唯一人だけ・・・・
「 お・も・い! もう、早く、どいてよ!」
「・・・・アスカ」
「へっ!?」
「アスカ・・・ だよね?」
「・・・ちょ、ちょっと何よ、いきなり。何で、あんたが私の名前を知ってるのよっ!!」
その少女がアスカであることを知った僕は、もう何も答えず、ただ黙って彼女の事を抱きしめていた。
抱いている間にも、懐かしい想いが込み上げて来る。
形、大きさ、におい・・・
全て変わらないアスカが、そこに居た。
(嘘じゃない! アスカだ! この子はアスカだ。会いに来てくれた・・・。本当に、僕の所に帰ってきてくれたんだ)
信じられないような再会の偶然を喜んだ僕は、アスカの名前を呼び続けながら、抱きしめる手に力を加えた。
しかし、当のアスカからは、予想外な反応しか返ってこない。
「ちょっと、いきなり何すんのよっ、エッチ、痴漢、変態っ!!」
そう、目の前の彼女は、さっきからこの僕の背中を殴り続けているだけなのだ。
どうにも様子がおかしい。
久しぶりの再会を照れている・・・ という訳ではなさそうだ。
僕は、恐る恐るに訊ねてみた。
「僕だよ、シンジだよ。分からないの、アスカ?」
「あんたなんか知らないわよ、バカッ!
」
すぐさま、股間に蹴りを入れられた僕は、その場でうずくまりながら、のた打ち回った。
ふと気づくと、僕の胸倉を掴んだままアスカが立ち上がっている。
そのままの状態で、僕の両頬に往復びんたを炸裂させるとそのアスカは、こう言った。
「どこの誰だか知らないけど、私はあんたの事なんて全然知らないわよっ!!
あんた、なんか勘違いしてるんじゃないの?」
「そ、そんな・・・」
「それから、私が可愛いからって言う真理は分からなくもないけど、段階すっ飛ばして、いきなりに襲おうっていう呆れ果てた了見が、なんだかとっても気に入らないわね! 未遂だし、反省するんだったら、まぁ許してあげない事もないけど、今度こんなことしようとしたら、いい? 容赦無く、殺すわよ」
ジト目で睨みながらそう言うと、呆然としている僕をよそに、アスカは、きびすを返すと素早く立ち去って行った。
訳が分からない。
キツネにつままれた状態とはこういう事を言うのだろうか?
手に残るアスカの確かな感触を胸に、僕は、いつまでもその場に呆然と立ちつくすことしか出来なかった・・・
「ここが碇先生の受け持つ2年A組の教室ですよ」
にこやかにそう説明してくれている教頭先生の話も上の空に、僕は昨日の出来事を思い出していた。
(あれは確かに、アスカだった・・・)
「中学生だとは言っても、やっぱりまだまだ子どものような連中ばっかりですから、可愛いもんです。碇先生も、きっと思うほど以上に、連中の事が好きになると思いますよ」
(けど、冷静になって考えてみれば、14歳のままの姿というのはどういう事だろう?)
「・・・先生?」
(それに僕のことなんて、ちっとも見向きもしなかったじゃないか。あれがアスカだったのだと言うのなら、おかしくはないか? 僕のことが全然に分からないなんて・・・)
「碇先生っ!!」
「ハッ、ハイ」
「ちゃんと私の話、聞いていましたか?」
昨日の出来事が頭の中から離れない僕は、どうやらかなりの部分を聞き逃していたらしい。
けれど、しどろもどろになった僕の対応を良い方に解釈してくれた山城教頭先生は、この時、笑いながらこの僕を説教するに留めてくれた。
「まぁ、新任ということで緊張する気持ちも分かりますけど、しっかりしてくださいよ、碇先生。あなたは、もう既にこのクラスの担任の先生なんですからね。子供たちの未来に責任を持つ立場なんですよ」
「申し訳ありませんでした」
僕は素直に謝った。
まったく恥ずかしい話だった。
確かに今は昨日の出来事をじっくりと考えている場合などではない。
僕はクラス担任の先生になったのだから、教頭先生の言うよう、これからは何を置いてもまず、生徒達の事の方を第一に考えていかなければならない。
浮ついた気持ちで教壇に立つ事などは、決して許されない立場なのだ。
「では頑張ってください、碇先生」
そう言って職員室へ戻っていく教頭先生に、深々とお辞儀をしながら、僕は気持ちを切り替えた。
何事も最初が肝心だ。
学期の中途からだとは言え、出来る限りみんなが楽しく、幸せになれるようなクラス運営を心がけたい。
そのために果たさなければならない、教師としてのこの僕の役割は大きい。
最初の印象からして、教育には配慮というものが必要なのだ。
(よし、行こう!)
深い深呼吸を二度繰り返し、気合いを入れ直して、教室の扉を開いた僕は、真っ直ぐに教壇の中央へと向かって行く。
当たり前の話だが、ここまでは順調だ。
しかし、そこからが順調でなかった。
自己紹介をしようと生徒達の座っている方向を振り向いた途端、僕は知ってしまったのだ。
窓側中程の席に座っていた女の子が即座に立ち上がって、僕のことを指差しているのを。
あの元気な女の子は、昨日出会った・・・・
「ああっ、あの時のシンジとかいう変態っ!! ちょっと、なんであんたがここに居るのよっ!!」
『琉条(りゅうじょう)・アスカ・ホーネット』
それが、僕と彼女との二度目の出会いだった。
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