NEON GENESIS
EVANGELION 2  #10  " Paradise Array "








「我々は敗れるだろう・・・」





 長官デスクの傍に立ち尽くすその男は、黒詰めの来賓ソファに座り込んだ一人の中国人に向かって、自嘲気味にそう言い放っていた。





流れ変わって、負け犬ってかっ!? そいつはイクねぇな! そいじゃ、俺達全員、統制派(コスモスに鞍替えしCHAOっかな〜てぇのは、どうよ? 勝てば官軍! 造反有理! 私達メタンDAーーーってね? HA、HA、HA・・・」




 鷹揚にそう答える男は、応接に酒が出て来ない事に対してブツブツと文句を言いながら、最高品質のブルーマウンテンを啜(すす)っていた。




 彼の名は、飛恩来(フェイ・エンライ)。東洋の魔都・西上海において日向たち統制派部隊(JS-13)と死闘を演じたフェイ三兄弟の次兄であり、彼もまた、他の兄弟と同様、特殊能力に長けている連合派軍人(特務部隊工作員)の内の一人だった・・・





「統制派の連中は、中央軍事機構(国連軍が受け持つ軍事力の本質は抑止力にあるだなどと嘯(うそぶ)く・・・ 一方的に人様を殴りつけておいてから『暴力は良くない!』などと平然と言ってのける鼻持ちならん連中の集まりだ・・・」




 何も言わずニヤニヤとニタついているフェイ一等佐官の視線のうながしを受けて、その男はただ静かに語り続けていた。




 古来、軍事の本質は、『狂気(ルナティクス)』!!




 と。





「継ぎ接ぎの外套(そとづら)など擲(なげう)って、本能むき出しで戦い行く苛烈的純粋さ(POWER)! 集団心理の織り成す熱狂的外交補正(GAMBLE)! 中央軍(大きいかも、地方軍(小さいかも関係無いっ! 人間が人間を殺しあう事を正当とする組織に、高尚な御題目など何一つとして必要ないのだからな・・・」





 自分の言葉でますます怒りが増幅していると言った風体で、ようやくにしてソファーの対面席へと座り込んだその男に向かって、ソーサーにカップを置くフェイ・エンライ一等佐官は、苦笑しつつ聞き返した。





「この俺は、何をすれば良い? 部隊(ファミリー)には、何(の役割)が求められている? 早めに言っておいてくれないか? 俺様は気が短けぇーんだ・・・ 馬鹿だしYO・・・ 」




「統制派No.2、ウィルムット・カナン中将の首・・・」





 ヒュ〜と口笛を鳴らすフェイ一佐とは対照的に、怪しく光り行く片眼鏡(モノクル)の男・・・




 そいつは、ヘビィーだぜ・・・




 そうつぶやくフェイ一佐の嘆息だけが、沈黙する二人の空間をゆったりと飛び交い、響き回っていた。





「報酬は?」




「月並みで良いなら、莫大な報奨金・・・」




「月並みでないなら?」




「プラス、緑豊かな約束の大地、傷付いた地球に残された最後の楽園・ブラジル=アルゼンチン連合(UBA)の永年市民権。出自を偽造する君(きみ)と・・・ 君の小さな娘さんの分だ・・・」





 それはまたお前の弱点を知っていると言う、形を変えた小さな脅しでもあるのだった・・・





 大統領政庁(パレス)を中心に、首都圏行政庁集中管区(ラプラタ街)8番地(SASS国連軍・南米軍団司令部)と対になる形で、7番地に聳(そび)え立つBA連合(UBA特別高等(武装)警察庁の本庁ビルを退所するフェイ一佐は、統括特務部隊(パワーズの策謀により本国と国連軍の双方を追われる事となった、さる大物将官の密入国を歓待するため、そのまま自ら首都圏第一空港へと出向いて行ってしまった古くからの盟友(パトロン、フェルディナンデス・オノダ・イクハラ特高警察庁長官の指し示した工作内容を思い出しながらに歩み出し、ただ一人ほくそえんでいた。





「 (条件面は、)悪く無い!・・・ か・・・ 」





 長官直属部隊として、様々な自由度を担保する外国人傭兵、フェイ一家(ファミリー)も、無敵(パーフェクト)であるが故に重宝されて来た根無し草(ヒットマン)に過ぎない事を、次兄・エンライは誰よりも熟知していた。




 引き分けだった西上海(W.Shanghai)では弟(シャオピン)が死に、失敗に終わった第三新東京(Tokyo-3)では兄(ツァートン)を失う結果と相成った今、部隊運営には再興する無敵神話の彩(いろど)りが必要であり、残された次兄(エンライ)を長(ちょうてん)とする新生特殊部隊(キラー・コマンドー)の手始めとしては、(汚名返上と言う意味において、)十分すぎてお釣りが来るほどの特務命令が舞い込んで来てくれているのである。




 西上海時代から、連合派・UBAコネクション(オノダ長官)と直接に繋がっている魔術師(マジシャン)フェイ・エンライならではの信頼感と言っても良い。




 例えそれがどんなに達成困難な工作任務(ミッショッン)であるのだとしても、完遂させる事こそが彼らの本領であり、故国を捨て、外道を求めざるを得なかった彼ら(JS-9)の魂に戻るべき退路など、元より存在しないに等しい現状であり、現実であったのだから・・・





 駐屯地(アジト)に帰還するための送迎公用車(Renault/Brazil)に乗り込みながら、気が付けば、行政区7番地(MP-38も、8番地(SASSも、相当な大活況状態を醸し出しており、水面下の世界情勢は、決戦前夜へと大きく傾いていると言う事を、フェイ一佐は当事者の一方として知っている。




 遠征機動軍的性格を持つ国連待機部隊、ランベルト・ブラウニー大将の南米軍団(SASSは同盟(連合派)結束の象徴として、その確かなる実力と共に、大きく機能するだろう・・・




 拠点防衛軍的性格をその特徴とする特高警察(MP-38は、旧知のオノダ長官がその全てを牛耳っており、揺るぎない・・・




 彼らの指揮し得る総兵力は、最大動員数1400万の規模にも達しており、近隣同盟軍と共に緊急展開能力を兼ね備えた世界憲兵としてのその実態は今や、度重なる使徒との戦い(OPDODD)に疲れ果てた『国連軍(欧州北米東亜西亜』以上に、『国連軍(南米阿州大洋州』なのである。




 『統制権』を手中に収めた中央軍事機構・統括特務部隊(パワーズの権力基盤を再度にひっくり返す日は近くなり、選別者としての政治結社(パワーズに恨みを持つ軍事関係者は、続々と新国連軍・BA連合に加担している。





 過去を問わない自由の盟主、ブラジル=アルゼンチン(連合派・・・




 正義と平等と博愛を目指した人類共同体・国際連合(統制派に対抗しうる最後の希望・・・




 人類に与えられると言う約束の楽園を支配する守護勢力(ガーディアン)は、統制派(アレクサンドル・ツーロンか、連合派(ロシュフォール・カールマンか・・・





 

「イカレてるぜ・・・」







 (軍事統合を見越して、)南米軍団(SASS)・ブラジリア防衛軍事演習に直行するであろう特高警察庁陸上幕僚監部・中央管区防衛総隊司令部所属の回転翼機(ヘリコプター)飛行隊群の編隊移動を眺め見てから、フェイ・エンライ一等佐官は、そっと、そうつぶやいていた。




 それを指し示し、を伝えたい言葉なのか、偽悪めいた彼に聞いても、彼は決して真実を語らなかった事だろう・・・




 高速道路を走行中、ガラス越しに映り行く自分自身と、その先に見えている自走砲連隊の訓練移動が重なり合う中、再びに苦笑する彼の瞳には怪しい光が宿り灯(とも)されていた。




 E技術を援用した死せる日向(マコト上級特佐)とは異なる技術にて強化されたフェイ三兄弟、最後の戦士、フェイ・エンライ特務一等佐官・・・




 その瞳は、『決意』する男特有のソレであった事は否(いな)めない。





 

「イカレてるぜ・・・」







 もう一度、そうつぶやく彼もまた、魔術師(マジシャン)とあだ名される最強の強化人間(ジョーカー)であり、狂戦士(バーサーカー)フェイの名を冠している国連軍人(ヒトデナシの内の一人だった・・・












(Bパートへ続く)