NEON GENESIS EVANGELION 2 #10 " Paradise Array " 国連軍事参謀委員会・軍務局長オフィスに陣取るカナン中将は、直系配下(パワーズ)の一人であり、現行統制執行部員(統合管理官)の一員でもあるチャン・チュン・イー特佐率いる特務機関アカシャ(POWERS-Akasa)からの膨大多岐に亘(わた)る報告書の一つ一つに目を通していた。
ODD(「踊り人形」作戦)遂行時に戦死した作戦参謀(スプルーアンス上佐、POWERS-Celerdain)により考案され、同僚の政務参謀(チャン特佐、POWERS-Akasa)へと引き継がれた7枚のMVDディスクは、光り輝くプラスチック別の色彩により、後の世にスプルーアンス・レインボーと謳(うた)われる事となる。 そして、それはまた、特に対ブラジル=アルゼンチン(UBA)無害化戦略を記した2枚目(オレンジ・ツー)と、第二衝撃(セカンド・インパクト)以降、地球上に生じていた対使徒作戦の何たるかを総括した6枚目(インディゴ・シックス)、それに加えて、将来の『世界体制』とその下にある『統合国連軍』の在り方までに言及した7枚目(バイオレット・セブン)の独創性と構造的先見性から、戦略家・ウィリアム・スプルーアンス上級特佐個人の天才性をいや増(ま)せる物であり、その早すぎる夭折を惜しみ行く最大の要因の一つとなっているものだった・・・ 「存外(ぞんがい)、ウィリアム坊や(スプルーアンス上佐)にも茶目っ気が在ったものだな・・・」 「全てのディスクが暗号で綴られていて、正直、引継(解読)に苦労しました」 、と、小さくコメントするチャン特佐の弱(よわ)り顔を脳裏に浮かべながら、常用の伊国製老眼鏡を脇に置くカナン中将は、別室に待機する統括特務部隊長付副官・リバウ一尉に対して、一杯の紅茶(アールグレイ)と中央作戦本部・カールスクルーナ少将への連絡調整(つなぎ)を指示していた。 元々、統括特務部隊(パワーズ)メンバーで無ければ、閲覧しただけでも中身の消滅するディスク構造に加えて、MAGIクラスの大型コンピュータを使用し続けてなお三日の解析期間を要する新型プロテクトが段階的、かつ複合的に組み合わされていたのである。 伝えるなら単純に伝えておれば良い物を、(パスワードも報せずして)このように貴重な研究成果(データ類)を全くのフイにする危険性を冒してあった事の真の理由などは、当にプライドの問題であり、「この程度の暗号が気軽に解けぬ者共など、我が遺産、継ぐ価値無し!」とでも示したかったに違いないのであろう。 構想を手渡し、戦場を離脱させたと言う行為自体が、「自分の後継は、チャン特佐を指名しろ!」と言う組織(WEISHEIT)に対する直截(ちょくさい)なメッセージであり、渡された資料をより実務的に、より解りやすい形で万人に整理報告するチャン特佐は、その彼からの期待に応えるに充分な傑物である事を自らに証左している。 危機に臨んで、なお次善にリスクを分散させる冷徹さと、決して自分のみの安全を図っている訳ではない熱き魂(こころ)・・・ それ故、若き故人(スプルーアンス上級特佐)の能力と人となりを善く知る人物は皆、自らの能力(ちから)を遥かに超えてしまう程の重大局面に陥(おちい)った時、声を揃えて、こう物語るのだった。 「スプルーアンスさえ生きていたら・・・」 と。 主要な統括特務部隊員(POWERS)は皆、出身母体(ほんごく)の軍権を掌握する為に世界へと散り、本部に居残る補佐官(civilian)も同様、軍事参謀委員会(MSC)における新たなる主勢力にのし上がった統制派防衛参議(コスモス)諸将をサポートするに忙しい。 参議官(Commisoner)兼務のまま、軍参委(MSC)・軍務局長ポストを掌中に収めるウィルムット・カナン中将は、実質上、軍政実務の頂点に在り、連合派(フリーダム)諸将が次々に召還・引退・左遷の運命を余儀なくされていく上層部の中、対使徒作戦・・・ ひいては、国連中央軍事機構(UNF)の全てを差配する権力を集中した統括特務部隊(POWERS)の現行司令官でもあり、世界を統べるもの(WEISHEIT)の一員、『総帥』、アレクサンドル・ツーロン首席補佐官の最も大事な右腕の一人でもある。 正面きって『敵対』できる者など、既に10人以下の総枠にまで削減されてしまった大将位級軍人(General、Admiral、Chief Marshal、Space Chief)の地位に居る者達でさえ誰一人として存在しえず、軍政(MSC)が軍令(CSO)に優越し、更には中央作戦本部(CSO)が地方軍(加盟国軍)組織に上位するこの時代にあっては、彼ら(POWERS)の意志行動=国連軍(UNF)であると言っても過言ではないだろう。 破滅への序曲(カウントダウン)・・・ 第三衝撃(サード・インパクト)の危険性が高まったあの危難の日々(T.I.C)より、14年の歳月をかけて、国連『軍』統合はここまでに進化した! 政治、軍事、経済・・・ あらゆる分野に亘(わた)って頑強に抵抗を試みるは、もはやただ『一派』の残党を余(あま)すのみ! かつての『主流』であり、現在なお隠然たる影響力を隠し持つ連合派代表幹事会(フリーダム・ブルー)を組織、後援していた者・・・ ブラジル=アルゼンチン連合共和国(UBA)・第一大統領、ロシュフォール・カールマン・・・ 「叩き潰す! 念入りにな・・・」(カールスクルーナ)少将との連絡が付いた事を受け、リバウ一尉と共に軍務局を退出するカナン中将は、同じ建物の地上部分(MSC)から新設された地下部分(ジオフロント)に存在する中央作戦本部(CSO)ブロックへとつながる高速エレベーターカーゴに乗り込んでいた。 旧世界の象徴である紐育市(ニューヨーク)・旧国連本部ビル(現:軍事参謀委員会)に指し映り行く夕日の残照が、制服に金色の中将肩章を身に付けた初老の国連軍将官を照らし出さんとするまさにその一瞬、静かに動き出す専用カーゴ。 サンモリッツ体制が生み為した国連軍(UNF)統制派軍人の巨星、カナン中将もまた、ゼーレ(SEELE)亡き後の『世界を統べるもの』・ヴァイスハイト(WEISHEIT)の一員である。 動き出した表側(POWERS)と、元よりに動き出している裏の顔(WEISHEIT)・・・ 沈み行く専用カーゴが静謐の地下空間(ジオフロント)に吸い込まれる中にあって、中将は思う・・・ 旧世代の亡霊(カールマン)が何を企(たくら)んでいようとも、今更にして覆(くつがえ)る事など有り得ない。 世界は一統(いっとう)されるのである。 『秩序(コスモス)』と言う名の下に・・・ (Cパートへ続く) |