NEON GENESIS
EVANGELION 2 #10 " Paradise Array "
原因が何なのかは、忘れてしまった・・・
忘れるくらいなのだから、多分、大した原因(コト)ではないのだろう・・・
けれども、アスカは、その日、朝から不貞腐(ふてくさ)れて口を聞いてくれようとはしなかったし、ソッポを向いて振り向いてもくれない。
その日は、そんな喧嘩を繰り返した夜だった。
満月の輝(かがや)きに導かれるよう、一人になって浜辺へと座り込んだこの僕は、星空と南海の狭間で、その身を揺蕩(たゆた)う・・・
何をするでなく潮騒に引き付けられた魂(たましい)は、その美しい幻想(ふうけい)に魅入られたように慰(なぐさ)められ、しばし、その身を忘却の彼方へと追いやっていた。
どれだけの時間が経過したのかは分からないけれど、「この光景(みなも)を、彼女にも見せたいな・・・」、そういう自然な感想も湧き起こり始めたつい矢先に、小枝を踏み折って立ち尽くす誰かの気配を感じて、僕はゆっくりに振り向いている。
それは、もちろん、僕以外の他人(もうひとり)・・・
アスカだった・・・
しばし無言のまま見詰め合った後、プイッと横を向くアスカは、それでもズカズカとやって来て、この僕を背もたれとでも言うように、後ろに回って座り込む。
お怒り継続中!の装(よそお)いで、隣り合った背後の彼女は、小さくポツリと呟いている。
「・・・謝らないわよ」
「・・・うん」
何を聞くでなく、何を語るでなく、僕達は、其処に在った・・・
南国の夜風は、あまりにも心地よく、小さないがみ合いなど、全く押し流してくれそうな雰囲気(いきおい)で二人の心に中(あた)ってる・・・
僕はただ、前だけを見詰め続けて、背中合うアスカからの言葉を待っていた。
おかしな話だけれど、背中(うしろ)の彼女(アスカ)が、続けて何かを言いたそうな素振(けはい)を見せている事くらい、その時、充分に察せ(かんじ)られていたからだった。
「・・・こいつは、独り言っ! ああ、嫌(ヤ)ダ、嫌(ヤ)ダ! どこかの誰かに聞かれてなきゃ良いんだけどっ!! 」
ようやくにして語り始めるアスカの『言い分』の全てとは、こうだった。
どこかの誰かは、アスカにだけ、とっても、とっても意地悪な人であるらしい。
どこかの誰かは、解ったフリして、実は何にも解っていないアンポンタンに等(ひと)しかったりするので、見ていて、とっても、とっても腹が立つ。
どこかの誰かは、平気なフリして、無理をする。許せない・・・
どこかの誰かは、優しいフリして、私(アスカ)に対して嘘をつく。特別扱いの心算なのだろうか? 許せない・・・
だから、謝らないし、絶対に許してなんかやらない・・・
私が子供じゃないんだって、
私は子供じゃないんだって、理解するその時まで・・・
「何時だって、そうよ・・・」
背後に感じる彼女の息吹が、何時の間にか、こちらに向かって、近付いていた。
月光に乱舞する海面(みなも)を見つめ続けて、僕はただ、アスカからの全てを受け入れる。
右肩と左わき腹から回された彼女の両手は、僕の胸の前で小さく、堅くに握り締められていた。
「・・・私だけが好きなんじゃないっ! ・・・私だけがっ!」
「・・・アスカ」
抱きしめる彼女の両手に、僕は僕の右手を携(たずさ)えた。
伝わった想いと伝わらなかったかもしれない想いの狭間で揺れ動く彼女(アスカ)は、額(ひたい)を押し付けて、縋(すが)る様にその先を語っている。
それは出撃(ODD)前、マンションの屋上において、彼女から直接に告げられていた筈である彼女(アスカ)に関する『夢の続き』だった・・・
「・・・私、何時かに言ったわよね? 夢を見るって・・・ そんな日の朝だけは、自分が堪らなく不安に・・・ 不安定になっちゃうんだって・・・」
「夢の中の私は使徒に(おおきく)なって居て、みんなから嫌われてるの。怖いって・・・ 化け物って・・・ 私、助けてって言ってる。逃げないでって叫んでる・・・。でも、誰もが『私』を放(ほう)って、逃げてゆくの。私が怖いって・・・ 近付くなって・・・」
「起きたら起きたで、何だか無性に腹が立ってて、イライラしてて、押えようとすればするほど頭が痛くなって来て、何だか何もかもがどうでも良くなって来て、壊れちゃえと思えば、何だって壊れるような気がして、自分が自分で怖かった・・・ 夢が怖いんじゃない! 全てが現実に・・・ 全てが現実となってしまいそうな自分の違和感(ちから)が・・・ 自分の異変(からだ)が、驚くほどに『恐かった』・・・」
「昔はおじいちゃんが居て、「ただの夢じゃぞ?」って笑いながら、慌てて特製の精進料理(くすり)を用意してくれていたりした事もあったけど、それでも記憶だってとんでたし、部屋の中がメチャクチャになってる時もあったし、時には自分が自分でない感覚に負けそうな気持ちにもなったりして、私(アスカ)が、何時かは消えちゃいそう・・・」
「私、不安なの! 苦しいの! 味方が欲しいの! シンジ先生と出逢ってからは、不安なんて、全然無かったわ! 傍(そば)に居て、優しく微笑んでくれるだけで凄く、凄く安心出来てたっ!! ・・・なのに、何で!? 何で、私を見て居てくれないの?・・・ 何で、私達は喧嘩してるの? 一人になんてしないでよ、バカ・・・ バカ・・・ バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、シンジ先生の馬鹿っ!!・・・ 」
「嫌(きら)わないでっ! 私を見てっ! 使徒(LNA)みたく、怖(おそ)れられて退治されるだなんて、私は、嫌(いや)・・・」
泣き出しそうな彼女は、問う。
先生(このぼく)は、敵か? 味方か?
と。
普段なら夢と現実が交差していると、一笑に付(ふ)する程度の問い掛けであった事だろう。
けれども、僕は知っている。
アダムの身体に、アスカの心・・・
その裏に在る精神(スピリッツ)は、『アスカ・ラングレー』・・・
彼女(アスカ・ホーネット)と言う個体(そんざい)は、そもそも心配するに足る問題点を抱えたまま、この世に生を受け、この僕と出逢っていたのだ・・・
「心配しないで、アスカ・・・」
彼女の頬(ほほ)に触れ、僕は僕だけの『真実』と向き合いながら、彼女に向かって諭(さと)すように語り尽くしていた。
僕は君だけの味方だよ・・・ と。
何があっても、アスカ・・・ 君だけの味方なのだから・・・ と。
「言葉なんて要らない・・・ 信じさせてよ・・・」
泣き笑う彼女に近付いて、その唇にキスをした・・・
そのまま抱き寄せて、押し倒し、組み敷いたアスカの全てを黙らせる。
顔を上げ、長い間見つめ合った砂浜の中で、乱れた栗髪の少女は、覚悟を決めるかのように、そっとその瞳(ひとみ)を閉じていた。
『これがこの僕の望みであるのなら、叶えば、消えてしまう・・・』
失われたアスカとの逢瀬を・・・
乳房(ちぶさ)に触れ、再びにその唇を求めた時、不意に過(よ)ぎったその想いが頭の中でこびり付き、離れない・・・
目の前のアスカが虚構であったのであれば、その瞬間、夢幻から目覚めてしまうような不可思議で不明瞭な感覚(あくむ)にさえ、惑(まど)わされ、囚(とら)われてしまう。
『肉体が魂の容(い)れ物である』と言ったのは、誰なのであろう?
霊長の僕達(「じんるい」)は、斯様(かよう)な程度に、肉体そのものに執着し、固執・拘泥して行く『物質(そんざい)』であると言うのに・・・
「来て・・・」
愛(いと)しくて、激しい・・・
全ては真夏の夜(よ)の夢と喩(たと)う程の南国の孤島において、僕たち二人は結ばれた。
それは、この島に漂着してから、2週間目の満月の夜なのであった・・・
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