NEON GENESIS
EVANGELION 2  #3  " Destrctive Angel "







 「確か、貴方は琉条さん・・・ ですね。すいませんが、琉条さん。先刻まで貴方と一緒に居られた碇先生は、今、どちらにいらっしゃっるのです? お手伝いをお願いしたいのですが・・・ 」





  (そんなのこっちが聞きたいぐらいだわ、教頭先生)





 避難民の世話役でてんてこ舞いになっている教頭先生の質問に対して、シェルターの片隅で一人寂しげに座っていたアスカは、そう思った。



 あれから、既に小1時間の時が経っている。



 地上にある職員室から地下五階のシェルターにやって来るまで、幾ら長く見積もっても15分とかからない距離である筈だった。それなのに、未だ変態英語教師・碇シンジは、その姿をアスカの前に現さない。


 さすがのアスカも、ちょうど「何やってるんだろう?あいつ・・・」という思いに、少しだけとらわれ始めていた所であったのだ。





 「 ・・・ そうですか。では、碇先生のお姿をお見掛けしたら、向こう側のAブロックまでやって来るように、貴方の方からも伝えておいてください。お願いしますよ、琉条さん」





 膝を抱えながら黙って頷くアスカに対して、何処となく奇妙な思いを感じつつも、基本的に忙しい身であるが故に、そのまま立ち去っていく教頭先生。



 その去り行く背中を見つめながら、アスカは、何時の間にか、こう呟いていた。






 ( ・・・ 私 ・・・ どうしちゃったんだろう ・・・)







 不安恐れ痛み ・・・




 実は、先刻の地震発生以後、どうにも止まらない感覚が、アスカの中には渦巻いている。






 本当は、誰かに側に居て欲しかった。


 誰でもいいから側に居て、この止まらない不安を受け止めていて欲しかった。



 「大丈夫だよっ! アスカ!


 さっきのようにただ優しく微笑む、その一言を・・・





 なのに、それが分かっていない、あの変態バカ教師と来たら ・・・








 「ふん、何よう、あんな奴・・・ こっちから願い下げだわ・・・」





 膝を抱えて蹲(うずくま)るアスカは、その時、何故、これほどまでに碇シンジという教師の存在を意識してしまうようになったのか、自分自身でも、よく分からなくなってしまっていたのだった・・・










 「はい、そうです。 19:15、市立第壱中学校にて、碇氏との接触に成功しました。そちらの状況はいかがですか? ・・・ はい、分かりました。至急、本部に帰還致します 」





 あれからすぐに緊急手配されたVTOL機に乗り込んだ僕たち。



 携帯で本部と連絡を取り合う長門レミ一尉の姿を横目で見ながら、僕は、未だ逃れられない宿命下にある自分自身を呪っていた。





 父さん、綾波、ミサトさん、リツコさん、加持さん・・・



 ・・・ アスカ  ・・・





 何も終わっていない。


 結局、何も終わってなんかいなかったのだ。




 知人友人最愛の人・・・




 その全てを失った後に得られたはずのせめてもの・・・


 本当にせめてもの平和なる日々。





 だが、かりそめの平和は、今再び破られてしまった。


 復活する使徒 Lost Number's Angels (LNA の手によって ・・・






 浮上するVTOLの窓から垣間見える壱中の校舎は、とても小さな建物である事を僕は知った。





  あれは・・・



  あれこそは、間違いなく僕の望んだ職場だったというのに・・・






「 ・・・と言う訳なのです、碇先生。G.E.D.初号機改(G.E.D - mk2 series 01)の起動システムは、基本的に今までのエヴァンゲリオンと変る所はありませんのでご安心下さい。ただし、改良型SSD (Super Sorenoid Drive type Gの搭載により、そのシンクロ安全性が高められ、機動能力に至っては、なんと従来機の10倍の性能を・・・」



「 ・・・ そうですか」





 連絡終了後、僕の乗り込む改良型エヴァンゲリオンの概要をレクチャーしてくれる長門一尉に対して、僕はおざなりの返事を繰り返す。





 意欲?


 そんなものはある訳がなかった。





 だから、僕は振り向きもせず、VTOLの窓に映り込む彼女の姿に向かって心あらずの返事をする。




 そして、そのやる気のない姿勢は、彼女にも雰囲気として十分に伝わっていったのであろう・・・ 熱心に説明を続ける彼女は、その後一瞬だけ、僕に対して不快げな表情を見せていた。





「碇先生!! しっかりしてください。貴方は、かつて世界を救った英雄パイロットなのでしょう? だったら、使徒群(L.N.A.)の復活したことを知った今、率先して行動を起すべきでは・・・ あっ、い、いえ、何でもありません」





 話が英雄云々に転びかけた時、僕は初めて、傍らの長門一尉の方を振り向いた。



 きっと、その時の僕も、とても形容し難い顔をしていたに違いない。




 少なくとも強い調子で言いかけていた彼女の勢いは止まり、二人の間には沈黙が流れる・・・




 そして、それっきり何も言わない長門一尉に対して、僕の方もそれ以上何も話そうとはしなかった。




 いや、本当は、口を開こうという気力さえなれなかったという方が正確だったのかもしれない。




 現存適格者(QP)が、今や世界中で二人しか居ないという厳然たる事実・・・




 そして、その結果としての誤った英雄観の流布・・・




 それは、僕の方こそが良く分かっていた事実だったのだから・・・











エントリープラグ挿入!!



LCLシステム、オールグリーン!! A10神経回路接続開始!!



操作補助機構(シンクロ・サポーター・フレーム)作動!!  シンクロ率、起動境界域を突破!! 初号機パイロット、準備良し!! いつでも行けます!!




初号機パイロット、聞こえるか? 状況を報告する。目標は、現在、伊豆半島沖40 kmの地点に存在。それに対し、我々の海上防衛ラインは新下田−館山間で構築された。しかし、これを突破されることは、ほぼ確実な情勢にある。故に、目標上陸後、迎撃ポイントとして、以下の候補地が・・・





 リアルさの感じられないオペレータの音声



 持続していかない思考意識の複合体




 だが、それに比例するかのように高まりつつある心の深淵部・・・






 ここは、まさしくエヴァンゲリオンだった。


 そして、それは、それ以外の何物でもなかった ・・・







「頼んだぞ、シンジ君」



「ええ、分かっていますよ、日向さん ・・・ いや、日向司令」





 左方部前面モニターに映り込む日向さんに向かって、僕は返事をする。




 昔の面影とは、全然異なる印象が見受けられる髭面の日向マコト『パワーズ』特等佐官・・・




 まぁ、当然といえば、当然かもしれない。


 あれから14年・・・ 人が変って行くには十分な時間だ。




 しかし、人は変るのだとは言いつつも、あの一番温厚に思えた日向さんから、昔の父さんが持っていた雰囲気と言ったようなものを感じとってしまうのは、一体、どういう訳だろうか?




 あの時・・・



 ミサトさんが死亡していたという事実が発覚したあの時、僕達の目の前で、声をあげながら泣きはらしていた同じ人物とは、到底思えない雰囲気がするのだが・・・






最終安全装置解除!!  G.E.D-mk.2シリーズ、01(ゼロワン)、七番ケイジから三番射出口へ移動せよ!!






 出撃のために三番射出口へと移動する鋼鉄(くろがね)の巨人




 そのコクピットの中に佇む僕は、ここに至って、ようやくに意識を戦いへと集中させていく・・・




 流される僕は、経験上、知覚していたのだ。




 この際、使徒(LNA)に勝利しない事には、何も始まらないという事を。




 例え、その先にあるものが何であれ、ここで勝てなければ、結局、全てが終いになってしまう・・・





 急激に上昇するリニアレールの加速を体に感じながら、その時の僕は、なるべく使徒に勝利した後の出来事だけを考えるようにしていた。












 「ん!? ・・・ 気の所為か。 一瞬、扉が開いたような気がしたんだが・・・」





 教頭先生は、かすかな音と同時に、栗色の髪の幻影を見たような気がした。



 遠くに聞こえる地震の音は、鳴り止む事もなく続いている。



 今、この時期を選んで、わざわざ危険な外部へと出て行こうなどと考える奇特な人間は、少なくとも、この地域の住民の中には誰一人として居ない筈だったのだが・・・




 「山城先生、こちらにいらして下さいませんか?  どうやら空調設備がいかれているようでしてねぇ。私じゃ、全然直せないんですよ」


 「ああ、いいですよ。すぐに行きます、大淀さん」




 顔なじみのPTA会長、大淀アキラ氏の要請に、教頭先生は気軽に応えようとする。


 微妙な違和感を感じないでもなかったが、当面の優先順位から考えるとその出来事は、取るに足らない些細な出来事であった。


 それもそうであろう。


 そもそも29年前と14年前の非常事態宣言の後に一体何があったのか? という事を鮮明に記憶している教頭先生世代の人間の常識としては、この時期、本当に外へ出ていった人物が居ようと考える事からして、そもそも全くに考えられない非常識な事柄であったのだから・・・













  ゲート237から出撃した僕は、LNAが予想よりも早く第3新東京市に接近しているとの報告を司令部から受けた。



 狙撃ポイントは、諸々の条件を考慮して、海の見えている『新箱根峠第138防衛塁跡地』である。



 そこは、偶然にも、同時に壱中の校舎群がよく見えている地点でもあったのだった。





(ケリは、ここでつけてやる、LNA・・・ あの校舎を戦場になんかさせない・・・ あのシェルターの中に居る琉条さんや教頭先生たちを守れるのは、今は僕だけだ)






 月光の広がりが世界を包む中、

 ややあって、水平線上に、LNAの影が見えてきた。





 考える間もなく、僕は、即座にポジトロンライフルの引き金を引き、迫り来るLNAに対して、遠距離先制攻撃弾を叩き込む。




 その華やかに青い熱光線の軌跡は、轟音を響かせながら、LNAのATFを貫き、真っ直ぐにLNA本体内部へと吸い込まれていった。





 (命中したか? ・・・いや、耐えた。ダメだ、二撃目を撃たないと・・・)





 LNA側からの反撃をmk.2(マークツー)のATFを全開にして防いだ僕は、撃倉を入れ替え、第2撃目の準備をする。



 どうやら、LNA側の熱光線(はんげき)は、mk.2の防衛領域(ATF)を貫く程の効果にまでは到らないようだ。



 この防御方面に関する圧倒的優位性がある限り、今の時点ではこの僕のエヴァンゲリオンの方が(戦術戦闘において)有利な立場に立っていると言えるだろう・・・



 決めるなら今だ・・・



 今のこの距離(タイミング)でしかない・・・







(これで終わりだっ!! LNAっ!!)







 Horizontal axis、Virtical scope、etc ・・・



 全てのターゲットマークが真ん中へと揃う中、準備の整った僕は、迷わず第二射目の引き金を引いていた・・・













 『機構障害(サポーター・フレーム・ノイズ)、Sフィールドに上昇


 『グラフ反転!!  初号機パイロット、精神汚染、Yに突入!!





 「ふん、敵わぬとみての精神干渉( Psycho Wave Attack・・・か・・・  このLNAにも、引き継がれていたとはな ・・・ 小賢しい技だっ! 」



 「いかがいたしますか? 日向司令」





 進言する長門一尉に対して、目だけで頷き返す日向マコト。



 彼らの全身は、まず一番に、こう語っていた。





 敵対LNAは、完全体(POE)として現れたのではないっ!


 これは人類(われわれ)にとってのチャンスなのだっ!!



 ・・・逃す手は無い!






 「・・・決っている。運用する初号機パイロットは、見ての通りだ。期を見て、オペレーティングシステムの主導をダミーシステム(Nダミー)に切り替えろ!! 単調歩行するmk.2(マークツー)が、LNA本体に取り付いたと同時に、SSDを遠隔リバース!! 逆流するSSDのエネルギーで以って、LNAを排除する!!」



 「・・・ それは、自爆と言うことですか?」



 「そうだ」



 「その場合、初号機パイロットの生命と周辺地区に点在する避難シェルターの安全の保証は限りなくに近づきますが、本当によろしいのですか?」



 「構わん、やれ!! 」



 「はっ!!」




 くどいほどに聞き返していたのは、或いは、遠回しに再考を促していたのかもしれない。



 しかし、日向からの命令が mk.2(マークツー)の自爆破棄と決定された以上、復唱する長門一尉にためらいなどない。




 彼女らは、何よりもまず職業軍人であったのだ ・・・

 『パワーズ』という名の ・・・










 歪曲していく意識の中で、僕は見た。


 目の前の使徒(LNA)は消え去り、唐突にプラグスーツのアスカが僕の目の前に現れた映像(ヴィジョン)を・・・




 だけど、一体、何故に!?

 何のために?





痛い ・・・ 痛いよう、シンジィ・・・


「アスカ!?」






 しかも、泣いている・・・ 泣いているのだ・・・


 僕のアスカが・・・



 あの時(14年前)のままの血を流して・・・


 剥き出しの心も、体も、言いようもなくズタボロになりながら・・・






どうして? どうしてなのぉ? シンジィ・・・

こんな所に私を一人になんかしないで。

私は、ここよ。ここに居るのよ・・・



「 アスカ ・・・ 」






・・・寂しいよう・・・


「 ・・・ 」




痛いよう・・・ シンジィ


「 ・・・ 」




どうしてぇ? いつも側に居てくれるって言ったじゃない。

何処ぉ? 何処に居るのシンジィ・・・









もういい・・・  充分だ・・・


止めろ!!

 止めてくれ、LNA!!



なんだって今さら、こんなアスカを・・・




お願いだ・・・ 

お願いだから、止めてくれ。




忘れたんじゃないっ!

・・・忘れていた訳じゃないんだ、

アスカの事をっ!!













 果てしなく広がる内的宇宙の中で、僕は泣いた・・・






 

目を閉じ、耳をふさいでも、 Hallelujah のメロディは、
 消え去ることなく、僕の心の中に届いて来る。









 

必ず側に居ること、二人で生きていくこと・・・






   お互いがお互いを解り掛けてきたあの夜に・・・


これからはいっぱいいっぱい幸せになれるんだと信じられた
あの朝の太陽を二人で迎えて・・・


それは、もう大人にはなれないだろうと覚悟した僕たち二人にとっては、
何物にも代え難い大事な誓約だった。








なのに、今、僕は何処に居る?


ただ生き残ったと言うだけで英雄(えいゆう)だと持ち上げられ、


英雄を望んだアスカには何物も与えらずに放置され、




僕は、一体、何を説明出来(はなせ)ると


言うんだっ!?









好きよ、シンジ ・・・ 愛してるわ、シンジ・・・



なのに、何でなの?

意地悪しないで姿を見せてよ・・・

お願いだから







アスカ・・・  僕はここに居るよ・・・






シンジ、シンジ、シンジ、やっと見つけたわ、私のシンジ。

どうして私を・・・



ううん、いいの、それはもういいの・・・

ちゃんと戻って来てくれたから・・・・



私を今まで一人にさせたって事は、

特別に許してあげるわ







・・・ アスカ ・・・






その代わり、もう何処にも行かないって、約束して。

そして、今度こそ、私を離さないで。



結局、全てに見捨てられた私達(QP)だったけど・・・

それでも二人でなら・・・



きっと二人でなら、これからだって生きて行けるわ



そうでしょ? 



あの時のシンジだって、そう言ってたじゃない










 止まらない涙。大切だった思い出。叶えられなかった望み。








 心地よく僕を誘(いざな)うアスカの声に、

 何かがどうでもよくなりつつあることを僕は自覚する。



 これは幻覚なのか・・・ 真実なのか・・・






 だが、どうでもいい。本当にどうでもいい。



目の前に居るのがアスカであって、

そのアスカがこの僕を迎えてくれているのだ・・・




 これこそが真実・・・

これこそが真実の世界だったのだ・・・





 僕は信じたい・・・







ごめんね、アスカ。

今すぐ、そこに行くから・・・

それで許してくれる?



うん、早く来てぇ、シンジ・・・

ここは、寂しいの







鳴り止むことのない Hallelujah(ハレルヤの中、

再び手を取り合う僕たち。





心が体から溶けていく気分を味わいながら、

僕は、アスカと共に静かな眠りについてゆく・・・





その時、アスカの瞳が怪しく光り始めていたことにも、

そして、また同時に、異様なほど不快げに聞こえて来る笑い声が、

その時のアスカの口から鳴り響き始めていたという事にも、



 全く気付くことはなく・・・








(Bパートへ続く)