NEON GENESIS
EVANGELION 2  #4  " priest of "Fire Fly" "






 「これは、まさしく、AMP(アンプ)・ATF ・・・ 」




 スクリーンを通じて、日向と対峙している男の表情には、まず驚きがあった。


 有りうべからざる事態・・・



 現に発生しているにもかかわらず、この場合は、そう言い切ってしまっておいても構わないだろうか?


 シンジの乗り込んだ初号機改(Evangelion-mk.2)のコアが、LNA−メルキセデクの一撃に貫かれようとした瞬間から生じていく、緑色光の多重防壁 ・・・ 



 それは、生じた瞬間に、領域内の初号機改(G.E.D.)を再活性化させ、劣勢な戦況を覆す最大の要因となっていたのだ・・・




 「お前は、mk.2 (マークツー)にも、パワードシステムの搭載を許可していたのか? あのムルマンスク博士、御自慢の神の領域(Last resort)を ・・・ 」


 「いや 」


 「では、何故?  mk.2 の原形が、いくら同じ系統の SSDに属しているとは言え、シンジ君のような第一世代(First Generation)のパイロットたちでは、パワードシステムの介在無しに、その特性を最大限にまで発揮する事が出来ない・・・ そう結論づけられていたはずじゃなかったか? 少なくとも、『シュツッツガルト』に出向した旧『ネルフ』の連中からは、そう聞いていたんだぞ、この俺はっ!」





 驚きの表情を浮かべたままの男とは対照的に、日向の表情は、あくまで冷静だった ・・・





 「・・・ 答えを聞く前に、まずこれを見てくれないか 」






 手元のコンソール操作と共に画面に浮かび上がるポップアップウィンドウ。

 続いて現れる栗色の髪の少女の映像とプロフィール。





 その映像を直視したその男は、以前の日向と全く同じ反応を示した。





 「こ、これは、アスカちゃんじゃないか!?  ん、い、いや、違う。そんな訳はないな。だったら、これはアスカちゃんに似ているだけの全くの別人・・・ 」





 スクリーン越しに、日向は頷く。


 mk.2周辺に生じる現象と時間軸を全く同一にした少女の生理的データの変動、および空間エネルギーの転移。


 それらが指し示している事実は、たった一つだった。





 「AMP・ATFを構築していたのは、mk.2じゃない。彼女だ。意志によるものか、発動された偶然によるものかまでは、まだ分からんがな・・・ だが、空恐ろしくなるまでの、この能力 ・・・ 」


 「 ・・・ 大本命・・・ 祝福されし者(Adam's Childrenである事だけは、ほぼ間違いない ・・・ という訳か? 」


 「 ・・・そうだ 」



 「口先だけだった信濃の『Praying Doll(四号計画』も、まったくの無駄には終わらなかったという訳なんだな。少し安心したよ」





 向こう側に居る男は、そう言いながら、日向から転送されてきた映像をリプレイした。




 従来型のBALタイプBurst Activation Line ATF )とは、根本的に論理が異なるATFが瞬時に展開されていった様子が、もう一度だけポップアップウインドウに映し出されていく。




 メガトン級のパワーを制御しきる彼女は、関係者の間で密かに存在が噂されていた本物の『神の御使い』である事には間違いない・・・確実に。





 だが、何故?  


 どうして、今まで調査保全機関、JS−13( "Iscariot" )の定期報告リストに、彼女は載らなかった?


 JS−13( "情報部13課" )は、全てのクォリファイド情報(QPI)を掌握している筈なのに・・・







 男は、映像を眺めながら、そんな疑問を感じた。





 琉条・アスカ・ホーネット・・・




 これほどの能力を示す候補生は、出生時点から何重にもチェックされるはずであり、世界中の情報機関とその連絡網を掌握しているパワーズ系の『JS−13( "実働部隊" )』には、それらを分析するための心理的・医療的専門スタッフが常時勢揃いしている。



 JS−13( "Iscariot" )・・・ ひいては、その背後に在るパワーズ( "POWERS" )本隊の直截な庇護の下、安心して最高水準の研究分野をひた走っていられる彼らE技術顧問団(プロフェッショナル)が、職務怠慢にも彼女だけ見落としていたのだ・・・


 とは、この場合、到底考え難い。





 これは偶然ではなく、故意に・・・



 そう何らかの理由によって、故意に、その存在が隠されていたとしか思えないような案件だったのだ。





 「実行犯の目星は?  もう大方の見当は付いているんだろう? お前の所では」


 「さぁな。目下、全力で調査中 ・・・ 今は、そうとしか言えん。実際、見当も付かないというのが本当の所だがな・・・」





 男は、無表情な日向が自分にへたくそな嘘をつこうとしているのだという事ぐらいは、即座に分かった。


 万事この調子でいくと、より正確な調査のためにシュツッツガルトのLUNA-2 (ルナツーと日向の管轄下にある MAGI-4(マギフォー を一時的にハイパーリンクさせておきたいという先の提案からして、実に怪しい。


 おそらく、それはこの一件とは何の関係もない別目的があってのことだったに違いないのであろう。



 今の日向は、決してバカが付くほど正直者だった昔の日向などではないのだ。彼は、葛城三佐が死亡したあの事件(T.I.C.)以来、すっかりと人が変ってしまっている。


 そして、その変容してしまった日向を前面に押し立てて、いいように背後から操っている人物こそが、世界を動かすあの男・・・


 国連軍統括特務部隊、『パワーズ』の理論面を支えている統制派(コスモス)の実質的指導者、


 アレクサンドル・ツーロン、国際連合事務総局・首席補佐官・・・





 「なぁ、マコト」


 「何だ?」


 「そちら側の事情は理解した。Fab.25(シュツッツガルト)のLUNA-2、Sレベル情報にアクセスする権限は、この俺からでも譲渡出来ると思う」


 「すまない。恩に着る」


 「だがな・・・マコト、その代わりと言っては何だが、この際だ。かつての戦友(とも)として、一言だけ言わせておいてくれないか?」





 何を今更・・・



 そう言いたげな表情で日向は、スクリーンを見詰めている。


 男は、しばらく躊躇った後、そんな日向の態度を表面上は無視する姿勢で言葉を繋げていた。





 「本国(にほん)を離れ、欧州(EUSS)に居るからこそ見えて来る本質(しんじつだってある・・・ これまでの俺たちは、あまりにも、歪み過ぎだったんじゃないのか? 潜伏したゼーレ残党を炙り出す為とは言え、外様(ネルフ出身の俺たちにとって、彼ら(ツーロン補佐官、カナン少将)と彼ら(ロシュフォール大統領、ブラウニー大将)の対立は、基本的に無関係な立場にある筈だ・・・  大体、思い出してもみろよ。お前は葛城三佐から、俺は冬月副司令から・・・ 知りたくも無い第三衝撃(T.I.C.の真実を知らされた俺たち二人は、もう二度と間違った選択に手を染めて居てはならない・・・ E技術を、このまま隔離(ふういん)させておく道を探る事が、俺たち生き残った者の責務・・・」





 日向は、そんな真摯な彼からの忠告を途中で遮って、鼻で笑った。





 「青葉一等佐官(一佐 ・・・ 俺には、お前が何を言わんとしているのかがよく分からないな・・・ だが、ただ一つだけ今の段階においても言えるであろう確実な情勢は、Opreation ” Praying Doll(四号計画) ”の正式停止承認(あとしまつ)を受けて対応する今後の軍参委令(国際連合軍10月人事において、統括特務(パワーズ系の直轄新組織『ネルフ(POWERS-Nerv』が改めて誕生するという事・・・ お前は、そこの副司令だ・・・ この意味が分かるだろう?・・・」



 「補佐官(ツーロン)は、アレ(パワードを投入する気になった・・・ か?  馬鹿なっ!! 早すぎる・・・」



 「今後の事・・・ せいぜい自重しておくんだな・・・ 結局、お前が『統制派(パワーズ』の枠内に留まっている以上、『総帥』に楯突いていた所で、何も良い事はない・・・」



 「待て、マコト」



 「・・・俺は、『総帥』を信用している。日和見主義者(おまえ)よりもなっ!」



 「マコトっ!!」





 二人のかつての友、いや、漢(おとこ)達は、長い間、お互いを睨み合った。



 先に裏切っていたのは、一体、どちらの側か? 



 あの日以来・・・ 士官学校で席を同じくして以来、お互いがお互いを理解しあっていたはずの二人の男に生じた決定的な亀裂・・・



 一方は、片方に裏切りの感情を抱き、

 もう一方は、もう片方の融通の効かない正当性を憎んだ。





 「・・・そうか。そういう筋書きなら、俺はもう何も言わん。無駄だからな。
  10月に直接会おう、第3新東京市で。全てはそれからだ」



 「 ・・・・・・」



 「だがな、最後にこれだけは言わせてくれ。俺は、これでも、特務に居残ったお前の味方のつもりだった・・・ どんなに遠く離れていても、どんな時であっても、どんな事があっても、その気持ちに変わる所はない。昔も。今も。これからも。ずっと、ずっと、ずっとだ・・・ 後生だから、その気持ちだけは忘れてくれるなよ、日向上級特佐





 プツン ・・・



 そういう音が聞こえて来るようなスクリーン映像の幕切れだった。


 真っ黒になったスクリーンを前にして、日向はと言うと、身じろぎもせずに、
 佇んだままの状態で、そこに居る。





  フン、どんな時でも、どんな事があっても・・・か・・・





 数分間の時間が経過してから、下を向きながら貝のように押し黙っていた日向は、ようやくに何事かを呟き始めた。





 「 俺のやろうとしている事の全てを知った後でも、本当に、お前は、
  そう言ってくれるのかい? シゲル? 俺は、少しだけその事に興味
  があるよ・・・」






 以前と違い、例え室内であっても何故かそのサングラスを決して外そうとはしなくなった日向は、自重気味の笑いをわずかながらに浮かべた。





 低く乾いた、とても空虚な、それでいて、同時に言葉にならないほどの怖さを見る者に感じさせるような不思議な笑い・・・





 その笑いは、副官の長門一尉が、日向の指令通りの報告書を携えて司令官執務室にやって来るまで、止むることなく続いていたのであった。








NEON GENESIS
EVANGELION 2




a deliberate truth

 ・・・ 

priest of "Fire Fly"











 「ヤッホー、シ〜ンジ先生。聞いて、聞いて。今日はねぇ・・・ 出来れば、この後、私の家に一緒に来て欲しいの。どう? 都合は大丈夫? 都合が悪いのなら、まぁ、私は、無理にとは言わないんだけどね・・・」





 ・・・ という、目に見えてにこやかなアスカの提案を僕が聞いたのは、今や僕たちにとって、二人だけの木曜指定席と化している放課後の音楽講堂の中であった。





 人の顔を見るなり、「都合は大丈夫?」、「まぁ、無理にとは言わないけどね」等と言っておきながら、断られる事なんて微塵も考えていない表情を浮かべている所が、まぁ、アスカらしいと言えばアスカらしい。





 僕は、抱えて来たチェロケースをとりあえず身近な机の上に置きながら、彼女に向かって返事をした。





 「それは全然構わないよ。どうせ、この後も暇なんだから・・・ だけど、どうしたのさ? 突然、今になって家に来いだなんて言われたら、僕だって吃驚(びっくり)・・・ あっ、ひょっとして、この前の夜の事で御両親に何か言われたの? アスカ? だったら、この僕がちゃんとした説明を・・・」



 「フフ、大丈夫、な・い・しょ・よ。それは分かってる。先生は、こう見えても地球を守ってる秘密公務員なんだもんね〜 だけど、これはあの日の事とは関係が無いの。だから、何があるのかは、先生が直接家にやって来てからのお・楽・し・み





 アスカがEVAに関する秘密を厳守してくれるのは良いんだけど、秘密公務員って、何なのさ? 


 どうも一部に誤解があるなぁ・・・





 と思わないでもなかったその時の僕が、そのまま言葉を繋げようとするのを、アスカは表情と言葉の両面から遮った。





「さぁさぁ、もう来てくれる事に大決定したんだし、練習も早目に切り上げなきゃいけないんだから、この話はこれでお終い。時は金なり。天才少女、老い易く学なり難しよっ!!  今日は、ドヴォルザークユモレンスク。先生の準備が出来次第、すぐに合わせましょ。  私ねぇ、この曲も好きなんだぁ〜 」






 嬉しそうにヴァイオリンを構えるアスカの向かいに座った僕は、彼女にばれないように溜息を吐きつつも、言われるがままに、そのチェロの調律を開始した。




 しかし、そのように調律に意識を集中しているフリを装いながら、密かに真正面の彼女を眺め見てみようとしてみると、なんとなく、この僕と同じで相手に気取られぬよう、チラチラとこちら側の表情を伺い知ろうとしているアスカの様子が目の前に飛び込んで来る。




 そんな隠れ忍んだ彼女の様子に、ついついちょっとした意地悪心が湧き起こったその時の僕は、視線が彼女と絡んだ、まさにその瞬間を狙って、彼女にニッコリと微笑みかえしてみた。




 すると、案の定、瞬時に顔を上気させて、アスカは横に向いてプイッとしてしまう。





 ・・・一体、こういうアスカの家で何があると言うんだろう?



 楽しい事だったら良いなぁ・・・







 不謹慎にもそんな事を思ってしまう僕、碇シンジ。



 今や完全に横を向いてしまった彼女の小さな可愛い唇を、なんとなくに見詰め続けている内、僕の脳裏には、LNAとの戦闘が終了した後に起こった彼女との忘れられないハプニングが思い出されて来た。




 ど! どぉ!? これでも無視出来る? 出来るって言うんならやって貰おうじゃないっ!?




 フフッ、シ・ン・ジ ・・・ どう? こんな感じ? 




 なんならシンジ様って呼んであげようかぁ? シンジ先生っ!








 きっと僕は、何時だって『彼女』の存在に助けられている。



 あの時も、あの日も、あの瞬間も、


 そして、今に至るこの瞬間もずっと、ずっと・・・





 触れられたくない過去の領域に土足で踏み込まれてしまっていたLNA−メルキセデクとの水際決戦の後、弱まっていた僕の心が崩壊の一途を辿らなかった原因は、元気いっぱいな『彼女』が、戦闘の後も僕の側に居てくれて、意識なく明るく振舞ってくれていたおかげだった。




 ・・・ それは確実に分かっている。




 そして、同時に、彼女は、決して僕の望んだ惣流・アスカ・ラングレーなのではないという事も、嫌というほど同等に・・・





 あの後、触れ合えば触れ合うほどに、彼女は彼女である事がよく分かった。




 ・・・ そう、同じ顔、同じ声、同じ性格を持ってはいても、やはり彼女は彼女だったのだ。





 体を動かす事が大好きで、仲の良い友達同士でおしゃべりする事が大好きで、勉強だってついでにちょっとだけ大好きだけど、がむしゃらにやると言うほどでもなく、そして、何よりもまず愛用のヴァイオリンでクラッシクを演奏する事が、今の時点で、とっても、とっても大好きな、自他共に認める(・・・と本人は言い切っている)スーパー天才少女 ・・・ 琉条・アスカ・ホーネット



 アスカと似通っている部分もあれば、異なる部分も当然に存在している赤の他人・・・


 それが目の前に居る、現在14歳となった彼女(アスカ)の掛け値なしの正体・・・





 それが分かっていると言うのに、何故だろう?


 僕は、どうしてアスカに似ているというだけで、こんなにも彼女の事が気に掛かり、そしてまた、引かれ始めているのだろうか?


 真実の彼女は、僕の教え子、かつ年下の女の子であるにすぎないというのに・・・







 「フフッ、どうしたのかなぁ?  ボッ〜としちゃって。先生の方こそ、
  一体、何処を見てるの・か・な? まぁ、私ぐらい魅力的な女の子に
  なると、それも当然、しょうがない事だけどねぇ〜」







 少し怒った顔で、そして、半分ニヤリとした表情で、ヴァイオリンを弾く手を休めたアスカが、僕に話し掛けて来た。





 気が付けば、最初に出会った頃に比べて

 「何処見てんのよっ、変態!!」

 と理由も無く、悪し様に言われなくなった分だけ、二人の関係は非常に好転していると言える。



 さらには、否応なくエヴァンゲリオン mk.2 (マークツーの専属パイロットとして国連軍に再登録された後、念願叶って配属されたこの教育職をすぐさまに解雇されてしまうのではないか? という不測の事態を僕は密かに心配していたものだったのだが、ようやく昨日の段階になって、差し換えられた第3新東京市教育委員会、および新規発行となる国連軍施設庁人事部局第三課、その双方から、通告どおりネルフ時代と同様の勤務体系と待遇を保証する旨の人事通知書(じれい)が届いていた。




人事通知書

  地方教官ニ任ズ。
  
  教育職ニ級十七号棒ヲ給スル。
  
  神奈川県第三新東京市立第壱中学校教諭ニ補スル。

  
  特例ニヨリ特別職兼務ヲ許可スル。


第三新東京市教育委員会




人事通知書

  日本国六等軍事官(二等尉官待遇)ニ任ズ。
  
  特別職四級八号棒ヲ給スル。
  
  国際連合軍事参謀委員会特務機関ヘ出向ヲ命ジル。

  
  特例ニヨリ教育職兼務ヲ許可スル。


            日本国内閣総理大臣

               小松島ユキノジョウ 男爵





 紙切れ2枚の事であるにすぎないとは言え、その辞令に基づき、全てが動いている。




 例えば、それまでと変わらない日常を保証してくれる公的文書、



 三東教委301号と軍参委506号







 その2通からなる公文書の効力のおかげで、僕は、使徒(LNA)が再復活してしまった今の現状でも、望まない生活のみに浸りきる最悪事態だけはどうやら避けられそうな状勢にある。





 無論、師籍と軍籍に二重登録され、想定外となった二つの道(しょくむ)をこなされなければならない事については、これから想像以上の負担が強いられてしまいそうな気配ではあるのだが、これは僕自身の方から望んだ苦労(くろう)であるのだから、言っても詮無き事だろう。




 未来に起こり得る最悪の事態なんて、今の僕には関係ない。




 だからこそ、今だけは・・・ 




 何も起こらない平穏の今日の日だけは、そんな些細な末梢事よりも、社会的に、こうして僕が彼女の先生であり続けられる身分に居られる事を、素直に喜ぼうじゃないか・・・





 ボッ〜としていた事の言い訳をアスカに対して必死に取り繕っていた僕は、その時、瞬時に切り替わっていく思考の海の中で、漠然とそんな想いを噛み締めていたのだった・・・








(Bパートに続く)