NEON GENESIS
EVANGELION 2  #4  " priest of "Fire Fly" "  side-B







「結果は?」



「はい、日向司令の御想像通り、松代コネクションが一枚絡んでいるようです。彼女の出生記録操作に、当時の MAGI-1-(02) と彼等の常用する恩賜財団聖斗会病院が使われていた痕跡がようやくに確認出来ました。あまりにも巧妙に隠しすぎていた事が、この場合、徒(あだ)となったようですね」



「やはりゼーレの生き残りの仕業だったか?」



「おそらく・・・ ただし、まだ確証する事は出来ません。不確定要素が存在します」



「不確定要素?」



「はい、彼女を現在匿っている人物が、ゼーレ系のシンパであったという事実は、確かに確実なのですが、何故かT.I.C.直前に、ゼーレ本体を裏切ろうとしていた形跡が見受けられるのです。ゼーレ崩壊の混乱に紛れて、どうやらその行動は意味を成さないものであったようですが・・・」



「・・・ そもそも、どのような人物だったのだ? 」



「第2新東京政府の諜報活動の総括責任者でした。詳しい報告は、その書類に」





 ここで椅子を返し、初めて長門一尉の方を振り向いた日向は、提出された長門一尉の報告ファイルを気の無い調子で順番にパラパラとめくりあげた。





 だが、その最中に、二番目と四番目に掲載された懐かしい人物の胸像写真に、即座に目を奪われてしまう。





 (ほう・・・ この一件で、よもや加持さんが絡んでくるとは思わなかったな)





 日向にとっては忘れられない顔である。



 ひょっとすれば、密かに尊敬だってしていたのかもしれないし、或いは完全に憎んでいたのかもしれない男・・・



 加持リョウジ






 当然、それら全ては、とっくに過ぎ去ってしまった感情の部類であったのだけれども・・・





「現在出動可能体勢にあるセクションは? 」



警務部103部隊106部隊、および、諜報部工作課3号部隊です」



「諜報部で構わん。俺が直接に出向く。相手は、松代の諜報活動に携わっていた人間なのだろう? プロには、プロをぶつけた方が効率が良い」



「はっ、分かりました。では、そのように手配致します」





 その後、敬礼をして退出する彼女が完全に部屋から出ていったのを見計らって、日向は、マホガニーの机の中から、そっと拳銃を取り出した。





 血塗られた復讐の刃(やいば)・・・


 Colt co.,ltd.  TCP mk.26  ” Peace Maker ”




 何度も助けられ、そして、何度も殺した。


 泣き叫ぼうが、懇願しようが、俺は躊躇はしなかった。




 だから、きっと,最後に使う時は、この俺もおそらく・・・





「だけど、まだだ・・・今は、まだ死ねない ・・・」





 住宅居住地内での戦闘になる事を考慮して、サイレンサーモジュールを装着しつつ、そう低く呟いていた日向の声を聞くことの出来得る人間は、


 残念ながら、もう、『この世』には誰も存在していなかったのだった・・・











「え!?  本当に、ここで良いの?  だけど、アスカ。ここって、
 ひょっとすると神社なんじゃ・・・」



「ひょっとしなくても神社よ。だから、ここが私の家・な・の。さぁ、降りた、降りた。最初に言っとくけどね。結構、階段がキツイんだから、それは覚悟しておいてよね、シンジ先生」





 壱中から車で10分もかからない湖畔の山間部に、アスカの家はあった。




 駐車場の近くに立てかけてある看板には、


 「家内安全、健康第一、縁結びのエキスパート、神山(かみやま)神社へようこそ。和洋折衷、各種厄払いも承ります」


 とデカデカと書いてある事に、まず僕は驚いた。




 また、ぱっと見の質素な規模の割りには、結構広めの駐車場をとっている事から考えて、遠方を含めて相当に氏子が存在しているのだろうと推測されうる事にも意外な思いを禁じ得ない。




 まぁ、何と言うか、商魂たくましいというか。

 別に看板が派手だったからこんな事を思う訳じゃないけれど、神社って、こういう所だったのか?



 ・・・と僕は思った。





 さすがに、平日の今の時間帯では、寂しくも僕のアウディしか停まっていない様子ではあったけれども・・・





「違う、違う、そっちじゃないわ。こっちよう、先生」





 道を変え、トントンとリズミカルに階段を駆け上がっていくアスカの後をゆっくりと付いていく中で、僕は、商魂云々は別として、後ろを振り返ればすぐに芦ノ湖が見えて、また、なんとなくに深呼吸をすれば、すぐさま両隣の木々が発する優しい芳香を感じる事の出来るこの場所を、通り抜けた瞬間に好きになっていた。



 絶対的な安心感隠された包容力の存在と言ってもいいだろうか?



 あのアスカが垣間見せた音楽(ヴァイオリン)の感性は、こういう自然の残された所で培われているのかもしれないなぁ・・・



 なんとなく、そうも思う。



 人間、世知辛い環境の中に住んでいれば、自然と世知辛い人間に育っていってしまうものだ。



 彼女の根底に流れる優しさは、きっと、こういうゆとりある環境に恵まれて
いたからであるに違いない・・・





「こっち、こっち。ここよ、シンジ先生。今日来てもらったのは、他でもない。先生に、ここで、どうしても見てもらいたい物があったからなのよう」





 ようやくに僕が境内のある敷地まで辿り着くと、奇麗な清水が湧き出している手水舎(てみずや)の向こう側、石段を上がりきったすぐ右手に聳え立つ建物の二階の窓から、アスカがにこやかに顔を覗かせていた。そして、元気一杯に、僕を手招きしている。



 僕は噴き出す汗をワイシャツで拭いながら、返事をした。




「見てもらいたい物って、何なのさぁ?」



「とにかく中に入って来てよ。そしたら、すぐに見せてあげるから」





 ニヤリ笑いを浮かべて、アスカは、すぐに顔を引っ込める。



 僕は、何なんだろうとワクワクとした好奇心を表に出しつつ、その意外と立派な造りをしている土蔵の中に入っていった。






 中に入ってみると、そこは、ひんやりとした風が僕の頬を通り抜けていくノスタルジィ空間だった。



 外気の状態に比して、ほどよい通気性が保たれている良い証拠だろう。



 思わず、その伝統ある設計に感心を覚えつつ、少し薄暗い土蔵の中をゆっくりと進んでいってみると、一番奥に畏まった階段の上で、何かを後ろに隠し持つアスカが、ニコニコと笑みを絶やさず、待ち構えていた。





 「さぁ、来たよ。一体、僕に何を見せてくれるつもりなんだい? アスカ 」



 「ジャ〜ン、こ・れ・よ」





 そう言って、おどけた彼女が僕に見せた物は、一冊の古ぼけたアルバムだった。



 手招きをするアスカが、そのまま階段の一番上の段に座り込んだのを見て、階段を上り込んだ僕もつられて彼女の隣に腰掛ける。





 勿論、その瞬間は、別段大した事を思っていた訳ではなかった。





 期待は、なんとなくに大きかったけど、結局、これは、アスカが自分の可愛かった子どもの頃の写真でも見せびらかしたかっただけなのかな?


 まぁ、それならそれで、どんな子供時代だったのかは興味があるけど・・・



 ・・・ぐらいの気持ちで、僕は考えていたのだ。





 しかし、それは、とんでもない浅はかな誤解だった。



 嬉々として、アルバムのページを次々に捲っていくアスカが、今、僕に見せようとしている人物とは、意外にも・・・





「どう驚いた? これって、先生が中学生ぐらいの頃の写真でしょ。だって、どことなく名残があるもの。私、見た瞬間に、すぐに分かっちゃったわ」





 何でも彼女が言うには、ここの掃除を言いつけられて、仕方なく嫌々ながら片づけている最中に、偶然、このアルバムを見つけてしまったとの事だった。



 プラグスーツ姿の僕が写っているだけに留まらず、ミサトさんリツコさん加持さん父さん副司令青葉さん日向さんマヤさんトウジケンスケ委員長クラスのみんな担任の先生・・・そして、綾波 ・・・



 おおよそ、あの当時、僕の回りに存在していた全ての人物が、僕を中心として、そこには網羅(ファイリング)されている。



 これは、アルバムの形は取っているけれども、言うなれば、一目で分かるように工夫された人物相関図に近いような代物だった。



 そして、その探っているものは、ネルフ人脈、もしくは、適格者(Qualified Person) そのもの・・・



 だったら、間違いなくその調査対象は、この僕自身という事か・・・



 だけど、何故?

 どうして、こんな所に、こんな記録が意味もなく・・・





「ねぇねぇ、ひょっとして、この人、先生の昔のガールフレンド
 だったとか?」






 アスカが、指差す写真の先には、綾波が居た。


 その隣には、プラグスーツのも写っている。



 だけど、おかしい。


 何かがおかしい。



 大体、その僕たちのさらに後ろに居て、僕たち二人の肩に手を置いているこの男の人は、一体誰なんだ?



 僕は、こんな写真を撮っていたという事なんて記憶に無いし、第一、こんな人がネルフに居た事なんて、全然に覚えていないぞ?





 僕は、つい思わず、アルバムから、その写真のみを剥がしてしまった。





 何かが思い出せそうな、それでいて何も思い出すことの出来ない、悪魔めいたもどかしさを感じる。



 僕は、14年前の適格者(Qualified Person)時代に、この人と一体、何処で出会っていたのだろう?


 そもそも、この人は、本当にネルフ関係者だったのだろうか?





 ・・・ そんな思考の迷路にはまり込んでしまっていたその時の僕は、隣に居たアスカが、ひっきりなしに何かを喋り続けていた事なんて、しばらくの間、全然に気が付いていなかった・・・





「何よう。この女の人が、誰なんだかくらい教えてくれたっていいじゃない。そんなに私の言ってる事を無視したい訳ぇ? だったら、いいわよ!! 先生には、もう何も見せてあげないんだからっ!!」






 そう言って、アスカは、僕から綾波の写真を引っ手繰ると、目の前で、ブラウスの中に仕舞い込み、いきなりに立ち上がって階段を下りて行こうとした。





「ま、待って、アスカ!!」





 必死になった僕は、立ち上がって彼女を引き止めるべく行動する。



 思わず、咄嗟にアスカの左手を握ったまでは良かったが、振り解こうとして
暴れる彼女に釣られて、僕はその場から階段を踏み外した。



 そして、そのまま運悪く、彼女の上に倒れ込んでいく。





「い、痛ぁ〜い。嫌ぁああ、もう止めてよう!! 最低、こんな事をする先生なんて大っ嫌い。離してよ」



「ご、ごめん、アスカ。だけど、お願いだから意地悪しないで。僕は、どうしても、もう一度だけ、その写真を・・・ もう少しで、何かを思い出せそうなんだ」





 そして、ちょうど、そんな時だった。



 それまで閉まっていたはずの倉庫の扉が、突然にガラリと音を立てて開いていったのは・・・





「誰だぁ!! 人の家の倉庫の中で暴れている不届き者は!!」





 突然の太陽の光に目が眩んだ僕は、逆光に聳え立つ人物を両手を翳しながら仰ぎ見る。



 表情までは分からなかったが、そこに立っている人物は、中肉中背で背筋の真っ直ぐに伸びた、ある意味、一角の風格を思わせる人物であるようだった。




「お、おじいちゃん!?」



「おおっ、やはり心配しとったとおり、その声はアスカだったのか・・・ くっ、それにしても、そこの貴様ぁ!! 嫁入り前のうちの可愛い孫娘に、一体、そこで何をしているっ!! 返答次第では只では済まさんぞっ!!」



「え!? 何をしていると言われても・・・ そんな ・・・ 」





 僕は、最初、突然に現れたこのアスカのおじいちゃんが、何故、こんなにも詰問口調で僕に問い詰めかけてきているのかが、無様にも、よく分かっていなかった。





「言えぬのか? フンッ、己が行為を恥じ入る気持ちは少しくらい残っていると見える。では、私が代りに言ってやろう。貴様、大昔に流行ったストーカーとかいう奴の生き残りだな? その様子だと、昔からしつこく孫娘を付け狙っていたに違いない。どうだ、当たらずとも遠からずと言った所だろう。正直に白状せいっ!!」



「ち、違います。これは ・・・ だって ・・・ そんな」



「だっても、そんなも、かかしもないっ!! 第一、阿呆(あほう)か、貴様は!! そんなあからさまな姿をのうのうと見せておいて、本当に言い逃れが出来るとでも思っているのか? このタワケめがっ!!」





 え!? 姿?




 その言葉に思わず冷静になって、僕は今の状況を返り見てみる。




 そうか。そんな姿と言うのは、僕が、この暴れるアスカの両手を押さえ込んで、彼女が胸に隠した綾波の写真を取り返そうと、無理矢理に服の中に



 手を・・・忍ば・・・



 ・・・・ せようとしている事かぁ? やっぱり?





 まずい。確かにまずい。

 こういう状況は、聖職者の立場として、とってもまずいぞ。



 倒れ込んだアスカのスカートが、少しばかり捲れあがってしまっている所が
 そのまずさに、とてつもない拍車を掛けている。



 ここは、ややこしくても最初から順番に説明していく必要があるだろう・・・



 そうさ、うろたえるな、碇シンジ。



 天に誓って、何にもやましい事はないのだから、ちゃんと話せば、この唐突に現れたアスカの(恐そうな)おじいちゃんだって、きっと、この状態に至った経緯を理解してくれるはず・・・





 喝っ!! 断りもせずに人の倉庫に上がり込んで来ておいて、あまつさえ事もあろうに、私の大事な大事な孫娘を連れ込んで、ひっそりとイケナイ事をしようと企んでいる不貞の輩っ!! 貴様が孫娘の中学校の先生だとう!? 嘘を付くな、嘘を!!」





「う、嘘なんかじゃありません。アスカ、お願いだから、君からも説明を・・・」



「あ〜ん、おじいちゃん、助けに来てくれて有り難う〜  私、もう少しで、この見ず知らずの変態ロリコン男に無理矢理奪われる所だったのよぉ〜 お願い。全然構わないから、成敗してやって、こんな奴。クスクス」



「こ、こらぁ、アスカ。何の恨みがあって、そんなわざわざ状況をややこしくさせるような嘘を・・・」





 恨みなら一杯あるわよ、といった表情をアスカは浮かべている。



 彼女は、彼女のおじいちゃんからは、決して見えないように、こっそりと僕に向かって舌を出した。





「くぬぅ〜、やはりそうか。そうだったのか。人心(じんしん)の荒廃ここに極めリ! いくら軟弱で全然もてそうにない面(つら)だからと言ったって、か弱き乙女を手込めにして、無理矢理に我が物にせんとする外道っ!! そんな性根の腐った輩(やから)は、この琉条ヤスジロウ、断じて許しはせぬっ!! 覚悟せいっ、強姦魔!!」





 その見るからに元気溌剌なアスカのおじいちゃんは、小脇に抱えていた箒を隙も無く構えると、音も無く瞬時に動いた。






チェストォオオオオッ!!







 巻き起こる風と共に、問答無用で、およそ四間(約7.2m)にもおよぶ間合いが、一瞬に詰められていく。



 この歩法は、間違いなく薩摩示現の呼吸だった・・・





「なっ!? 受け止めただとう?」


「おじいちゃんの初撃を? ウッソッォ?」





 身動きもとれずアスカに馬乗りになった状態のままの僕は、思わず、手近にあった熊手に手を伸ばして、その鋭い剣戟を受け止めた。



 二人とも、その行動に驚愕の表情を浮かべている。



 いいぞ。はったりをかますのは、今しかない。



 なんせ、剣筋が読めた所で、僕がその音速の剣戟(しょげき)を受け止められたのは、全くのまぐれであるにすぎないのだから・・・





「お願いですから、話を聞いて下さい、琉条さん。貴方の剣戟は、僕には通用しません。それに、第一、誤解です。僕は、お孫さんの事を・・・」



「・・・ 真剣に考えている訳か? その年の差で?」



「いや、そういうことが、言いたいんじゃなくて・・・」



「では、やはり悪戯か・・・ 惜しい。実に惜しい。これほどの才能を秘めながら、屈折して年少の婦女子を付け狙う卑劣漢に成り下がってしまった人物がこの世に居るとは・・・ おぬし、一体、人生の何処で道を誤った?」



「だ、だから、それは違います。これは言わば、偶然の織り成す不幸な事故
の集大成・・・」



「ああ、皆まで言わずとも良い。分かっている。私は宮司(ぐうじ)ではあるが、同時に心理カウンセラーでもあるのだ。とりあえず原因は分からぬが、何か女性に対して拭い切れないトラウマを背負い込んでいるのだろう? おぬしは?」





 心理カウンセラーを名乗る人なんだったら、

 お願いだから、まず先に人の話を聞いてくれぇえええ!!






 一向に話がその部分から離れていかない展開の中、

 気がつけば、僕は思わず、そう叫んでしまっていたのであった・・・










(Cパートに続く)