NEON GENESIS
EVANGELION 2 #4 " priest of "Fire Fly" " side-C
「ワッハッハッハ。そうか。そうでしたか。いや〜、うちの孫娘のおかげで、とんだ災難でしたなぁ。こら、アスカ!! お前からも、ちゃんと謝りなさい。先生の事を変態呼ばわりしたんだから」
「だ、だってぇ・・・」
「だっても、カカシもない。そういうウソツキ娘には、こうじゃ」
「い、痛ぁ〜い」
僕は、その光景に微笑ましいものを感じた。
僕自身が、様々な痛みと共に成長していく過程の中で、肉親の愛情というものが、たぶんに縁遠かったからなのだろう。
このアスカとおじいちゃんのアットホームな関係には、何とも言えない憧れにも似た感情を感じていた。
「ところで、碇先生?」
「ハイ?」
「先生は、先生になられる前に何か武道でも嗜んでおられたのですかな? なかなか剣筋が宜しいように御見受け致しましたが」
「い、いえ、教職試験のため高等師範の授業で習わされた程度です。お恥ずかしい。全ては我流のようなものですから・・・」
まさか、EVAパイロットの全員は、剣道も、柔道も、空手道も、合気道も、一通りの護身術と言う護身術は、(近接戦闘イメージに役立つとかで)嫌々ながらに習わされているのです! とも言える訳がない僕は、その質問をもっともらしく聞こえる範囲で、適当に濁した。
「ほう、いや、なかなか・・・ それで、示現剣の初撃を受け止めるなど、大した物ですなぁ」
「先生って、本当、見かけによらないわねぇ」
単なるまぐれとはったりをそこまでに恐れ入れられたら、こちらもなんとなくに恐縮してしまう。
今更、大部分がはったりであったとはいえない僕は、思わず、照れ隠しの気持ちもあってか、目の前におかれているお茶碗のお茶を一気に飲み干そうとした。
僕自身が、真性の猫舌であったという事実など、すっかりと忘れて・・・
「アヒヒヒヒ、アフォイ。アヒュキャ、ボヒュ、ネヒョヒヒャ。
(アチチチチ、熱い。アスカ! 僕、猫舌!)」
「はぁ〜、本当に、見かけによらないわよねぇ、先生って」
呆れた表情を見せつつも、即座に手身近な布巾でシャツに溢した玉露を拭き取ってくれたアスカの顔と、そんな僕とアスカの行動を見て、楽しそうに微笑んでいるアスカのおじいちゃんの顔が、その時の僕の目には交互に焼き付いてくる。
僕も頭を掻きながら照れ笑いを繰り返してしまった。
それは、なんとなくに心が和む瞬間だったような気がする・・・
けれど、その時の僕は、この時、目の前で笑っているアスカのおじいちゃんの目の奥底が、最初から最後まで、この僕をじっくりと品定めをするような眼光を見せていたのだという事実までは、残念ながら全然に気が付かなかったのだった。
二人から無理矢理に引き止められて、結局、アスカの家に一泊する事になった僕は、布団に入り込んで天井をボッ〜と眺めている最中に、ふと、この日に起こった出来事が、一体何であったのかを考え込んでしまった。
琉条家に存在するネルフ時代の僕の写真
僕と綾波の後ろに写っている第三の人物の存在
この二つの疑問点の真相を琉条ヤスジロウ氏から聞き出したいという目的が、まず第一にあって、教え子たるアスカの家に泊まり込む事を了承していた筈なのだが、今の今まで料理の手伝いだの、男手を必要とする境内掃除の手伝いだの、アスカのTVゲームのお相手だのといった全然予想もしなかった諸事万般が降りかかって来てしまった御蔭で、琉条氏とは、まともなお話をする機会が全然に訪れて来なかったのだった。
まぁ、しょうがないか。
明日からは、何かの理由をつけて、この神社に通うようにしよう。
そうしたら、その内、ごく自然に聞き出す機会も訪れて来るだろう・・・
何も無理に焦らなくても、あのおじいちゃんだったら何でも教えてくれそうな雰囲気だったようだし・・・
・・・だけど、もう一つ、しっくり来ない気がするなぁ・・・
この胸の奥にある靄々とした焦燥感は一体何なんだろう?
僕は、何か重要な事を見落としているのかもしれない・・・
結局何の解決もしないままに、そのまま、うつらうつらと微睡み(まどろみ)かけていた僕は、不意に、あの時に感じた違和感の正体が何であったのかを思い出して、ハッと布団から跳ね起きてしまった。
そうだ! そうだった!!
僕は馬鹿だ。何で今まで気がつかなかったんだろう?
あの意味深なアルバムの中には、アスカを思わせる写真が、ただの一枚だって載せられていなかったんじゃなかったか!?
そうだよ。綾波は、ちゃんと載っていたぞ!
そう、存在を忘れていたようなクラスメートまで細かく網羅されているほどに、一分の隙もない構成だったあのアルバムの中で、当時の僕にとって、最も身近な家族の一人であり、かつ、最後には最も愛する存在となっていたアスカのニュースソースだけが、物の見事に欠落してしまっている。
それとは対照的に、綾波パートには、約5ページほど、重点的に割かれていた筈だ・・・
これは一体どういう事であるのだろう?
製作者に何らかの意図があって、最初からわざとそうした事であったのか?
ひょっとしたら気付かなかっただけで、何か他にも秘密があったんじゃ・・・
一旦、その事について考え出したら、それから一向に眠れなくなってしまったその時の僕は、こそ泥のような真似はいけないとは思いつつも、とにかく布団からひっそりと抜け出し、襖の向こう側に眠っている二人を起さないように神経を使いながら、噴出する疑問の源泉である神社の倉庫へと向かって行ったのであった・・・
昼間の時とは違って、倉庫には、どうやら鈎が掛けられているようだった。
しかし、満月の夜のおかげで、手元は意外なほどに明るい。
備えられた錠前自体も旧式の仕組みであり、この程度のものなら、僕にだって針金一つで簡単に開けてしまう事も可能だ。
どうやら、二人に気付かれない内に、素早く中を探るぐらいの事は・・・
「そこまでにしていただきたい」
「りゅ、琉条さん!?」
僕は、驚いた。
何時の間に、背後を取られていたのかも分からない。
そして、僕の背中に冷たく押し当てられたものは、昼間の箒などという可愛いらしい代物ではなく、明らかにそれと分かるほどの重たい銃火器であったのだ。
「りゅ、琉条さん。僕は・・・」
「動くと撃ちます、碇先生。これは、貴方に防がれた示現の剣ではありませんし、ここには貴方を守るはずのATフィールドも存在しません。撃たれた瞬間、おそらく貴方は死ぬ事になるでしょう」
警告の最中に、セーフティロックが解除されていく音が聞こえて来る。
彼は、間違いなく本気だった。
「ここにあるものを本格的に探ろうとしてはいけません。人間、知らない方が幸せな事もあります。第一、考えてもみなさい、碇先生。貴方は、第三衝撃(T.I.C.)を生き残った数少ない幸運な人の一人なのではありませんか? 欲張ってはいけません。これ以上、一体、何を望むべきものがあると言うのです? 生ある貴方は?」
「真実を ・・・ 」
「はぁ?」
「ここまでにして、貴方が守り隠そうとしている秘密を・・・ そして、僕の知らなかった・・・ 知り得るはずもなかったアスカに関する、その全てを・・・」
「知ってどうするのです?」
「・・・決着を。琉条さんが何処までに僕たちの事を御存知なのかは知りませんが、僕は、セカンド・クォリファイド(2QP)たる惣流・アスカ・ラングレーという少女を愛していました。そして、僕たち二人は、お互いに、共に生き、共に在る事だけを14年前に望んだのです。アダムを倒す前日に、二人だけの夜に、二人だけに分かる儀式で、そっと、それを誓いました。けれども、彼女は死に、そして、僕は彼女の死んだ今となっても、こうして無様に生き残り、未だに自らの意志では死ぬことさえも出来ないで居る・・・」
「自ら? 何故、自ら死ねなかったのです?」
「彼女(アスカ)が死ぬ間際に残した言葉を心の何処かで信じていたかったから・・・ そして、このままで彼女が終わるはずはないのだという虫の良い否定を、心の何処かで信じ続けていたかったから・・・ だけど、今は、違います。勝手な想いであるとは思いますが、貴方のお孫さんであるアスカが、僕のすぐ側に居てくれる・・・ いや、好意を持って居てくれた・・・ だから、もう死ねないんだ。死ぬ事は出来ないんだ・・・ そうも思えて来るのです・・・」
「 ・・・・・・・ 」
「ですから、お願いです。貴方が、この件に関して真実に近い立場に居るのであれば、教えて下さい。ネルフであろうが、ゼーレであろうが構いません。彼女が、僕にとってのアスカであるのか、そうでないのかを・・・ 僕は、もうそれを知らない事には、一歩も先には進んでいけない・・・」
「・・・言い換えるのならば、碇先生。貴方は、そうやって無様に生き残っている今の間だけは、どうしようもなく私の孫娘(アスカ)に心を惹かれている・・・ そういう想いを、今、ここで公言なさっている訳なのですね? 私の孫が彼女(セカンド)を感じさせるほどに似ているから・・・ そして、或いは、アスカ自身が彼女(セカンド)であるのかもしれないという、ごくごく個人的な理由で・・・」
「・・・否定はしません。僕が愛していたのは、アスカなのですから・・・」
虚空に浮かぶ満月に雲が差し、倉庫に映る僕と琉条さんの二人の影は、不意に消えた。
暗闇の支配する真夏の空間の中で、しばしの静寂が流れていく・・・
永遠に思える二人の沈黙に幕が下りたのは、上空の雲間から、ようやくに月身が顔を覗かせた、その瞬間だった。
「・・・失礼ですが、碇先生。私には、貴方が、御自分で想像なさっているよりも、相当に身勝手で、我が侭な御人であるようにしか私には感じられませんね・・・ 残念ながら、貴方は、私の孫の将来を託す人物としては、どうやら不適格な人格を持っていらっしゃるようだ・・・」
背中に突きつけられていた銃口が降ろされていく気配を、僕は背後から感じた。
不適格な人格を持つ僕は、琉条さんから判断して撃つにも値しない、くだらない人間であったとでもいう事なのであろうか?
「・・・もし仮に、百歩譲って、アスカが彼女(セカンド)であったとして、アスカは、自分の事を惣流アスカであると名乗りましたか? 私の孫は、あくまで琉条・アスカ・ホーネットという名の14 歳の女の子です。それ以上でも、それ以下でもない。老い先短い私にとって唯一の生きる希望・・・ 研究者であった、今は亡き息子夫婦の唯一人の忘れ形見。それが私の孫の本当の正体・・・ そういう事で御納得していただけませんか? 碇先生?」
「それは分かります。いや、分かっているつもりなんです、琉条さん。ですが、理性で分かる事と感情で分かる事は、全く別の話だ。僕は、どうしても彼女に関する真実を知っておきたい。ここまでに匂わされたら、誰だって・・・」
「・・・真実がどうであれ、今のアスカは、間違いなく貴方の事を好いている。なのに、貴方の方はと言うと、決してそういう気持ちでいる訳なのではない。このままでは、本当に、私のアスカが可哀想だ。貴方が何時までも変わりなく好いている対象は、私の孫としてのアスカなのではなく、アスカ(セカンド)という名の過去の亡霊なのだから・・・」
「違う!!そうじゃないっ!!」
そのあまりと言えばあまりな言葉に怒りを感じた僕が、勢いよく後ろを振り返ると、意外な事に、琉条さんは、拳銃を降ろしたままの状態で、さめざめと泣いていた。
声をあげるでもなく、何かのリアクションをとるでもなく、ただ静かに、両眼から涙を零していたのだ。
あまりの変容に、僕の怒りは行き場を失い、気勢の方は、全く完全に削がれていってしまった。
「あの娘(こ)をあの娘(こ)たらしめているものは愛情です。貴方にはそれが・・・ ない・・・ 別の人物(セカンド)であって欲しいと思っている・・・」
「琉条さん・・・ 」
「私の口から今申すまでもなく、時が充れば、やがて貴方は自ずから真実に近づく事が出来るでしょう。貴方がサード(3QP)であり、いまだネルフ側のパイロットとして働き続ける以上、それは逃れられない宿運なのです・・・・・・ あの娘も、己がキーとなる現実からは、到底逃れられない運命にある・・・」
「逃れられない運命・・・僕と・・・ アスカに ・・・」
「碇先生、貴方は、密かに、こう考えた事はありませんか? この広い世の中で、貴方とあの娘が出会ったのは、本当にただの偶然であったのか? ・・・と。結局、私がそうならぬように、いくら望みをかけていたとしても、やはり貴方とアスカは、私の気付かぬ内に出会ってしまっていました。だからこそ・・・ だからこそ、その出会いが避けられないほどの運命にあるのであれば、せめて私は、成長した貴方があの娘の心の支えとなれるほどに大きな存在である事を期待していた・・・」
「今のままの僕では、アスカの支えになる存在にはなれませんか?」
その僕の問いに対して、琉条さんは、苦笑を浮かべつつ、こう答えた。
「貴方は、まず自分自身の支えとして、あの娘の事を必要としているのでしょう? そんな人物が、どうしてあの娘の内面を支えて行ってやれます? 人を支えるという事の意味を軽くは考えないで下さい。今のままの貴方では、孫娘は確実に不幸になってしまう・・・」
首を振る琉条さんは、とても悲しい眼をしていた。
その言葉は、確かに真理なのかもしれない。
だけど、僕は、それでも・・・
「申し訳ありません。僕は増長していたようです、琉条さん。けれど、お願いです。気持ちは・・・ この気持ちだけは疑わないで下さい。今の僕は、彼女なしでは到底生きていけない。それほどまでに、僕の中のアスカは大きい・・・」
「・・・碇先生。私は今でも貴方が孫娘の将来を託すに足る人物だとは思いません。ですが、それでも、あの娘は貴方の事を望むでしょう。だから、私の方からもお願いします。これから先、何が起こっても、あの娘の事を信じてやって下さい。ここに来た貴方がサード(3QP)であり、アスカは既にエヴァンゲリオンに乗り込んでしまっているのだと言う事実に気付いた瞬間(とき)から、私はもう自分自身の覚悟を決めました。貴方がここにやって来た以上、きっと奴等だって、ここに辿り着くのは時間の問題であるに違いありません。ですから、もし今後、私の身に何かあった場合には、アスカは、奴等(ネルフ)ではなく、貴方の元へ・・・ お願いします。あれは、本当に心の優しい娘なのですから・・・」
「琉条さん、それは、一体、どういう・・・」
「おじいちゃ〜ん、せんせぇ〜、一体、そこで何をしてるの〜?」
パジャマの上にカーディガンを羽織ったアスカが、遠くの屋敷の縁側から僕たちに声を掛けて来た。
「月見じゃよ、アスカ」
と破顔して答える琉条さんの顔には、もうさっきまでの鋭さは見られない。
「だったら、私にも言ってくれれば良かったのに〜」
とサンダルを鳴らしながら近づいて来るアスカと共に、草むらに潜む夏蛍が、次々に乱舞していった・・・
「わぁ、すご〜い。綺麗よねぇ〜」
満月と蛍の光に照らされる中、僕たち三人は、三者三様の面持ちで、その場にただ呆然と立ち尽くす。
何時までも・・・ 何時までも・・・
時果てることなく、何時までも ・・・
結局、何が真実であったのかは、何一つわからなかった。
琉条さんは、核心を逸らかしつつ、僕に示唆のみを与えていた。
あくる日になって、朝食で顔を突き合わせても、彼は初日に見せたような好々爺(こうこうや)の態度を崩さず、それ以降、何の言質も僕には取らせてくれなかった。
これは経験の生み出す格の違いという奴なのであろうか?
それでも、ただ一つだけ気になった事は、僕のアウディの助手席に、嬉々として乗り込んだアスカの姿を見て、ちらりと寂しそうな表情を見せた事ではあったけれども・・・
「碇先生、大変です。緊急事態です。今、琉条は・・・ 彼女は何処に居るんです? すぐに教えていただけませんか?」
「彼女なら放課後の掃除当番ですから、今は運動場に居ると思いますよ。だけど、どうしたんです、大和先生? そんなに慌てて。何かあったんですか?」
僕は、おざなりな軽い気持ちで、そう問い掛けた。
あんまりにも大和先生の慌てぶりが可笑しかったものだから、逆に、大変さのリアリティを感じなかったという事もあったのだが、昨日の晩から今に至るまで、考えるべき事象があまりにも多すぎた所為でもあっただろう。
しかし、そんな僕のぼんやりとした気持ちも、大和先生がもたらした悪報の内容を聞いた瞬間には、すぐさま消し飛んでいた。
原因不明の出火による神山神社の炎上、消失。
そして、宮司、琉条ヤスジロウ氏の焼死体発見の報・・・
それは、僕が今までに聞いた中でも、最も予想外で、かつ、最も最悪なニュースだったからであった・・・
evangelion2
第四話 「変らぬ日常」 ・ 完
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