NEON GENESIS
EVANGELION 2  #5  " POWERED EVANGELION "






「ようやく着いたか ・・・だけど、良かった。どうやら前回と違って、中途に起動させる事もなく、今回の移送は、無事に完了しそうだな・・・」





 欧州・ロッテルダム鎮守府から北西太平洋・新横須賀鎮守府に回航される国連海軍第十一機動艦隊群旗艦、SCVE−ホフヌング(Hoffnungのブリッジから近づきつつある日本の大地を眺めていた青葉シゲル特佐(特等佐官)は、ほっと胸をなで下ろしながら、そう呟いた。



 正規空母 3、対潜空母 2、戦艦 1、重巡 2、(対空、対潜)護衛艦 7×2、
 高速補給任務艦 1



 新型エヴァキャリアー、ホフヌング(Hoffnungを中心とし、英国艦、仏国艦、独国艦の最新鋭戦力でもって構成されたその機動輪形陣は、現状(T.I.C.以後)における世界最強の水上打撃能力を有している。


 しかし、通常戦力の通用しない使徒群(LNA)が、いつ何時襲って来るのかも分からない不安定な状態での約三万キロにも及ぶ長距離航海は、さすがの剛性の彼の心と言えども、徐々に神経がすり減らされていく困難な任務(ミッション)となっていたのだった。





「・・・ 使うために作られたものとは言え、アクシデントは起きないに越したことはない・・・ 特に兵器というものはな・・・」



「本当に同感ですね、青葉副司令。いや〜、私も、これでどうやらこのまま二度も沈まされるという栄誉を経験しなくても済みそうな気配なんで、ほっと一安心いたしましたよ」





 そう言って、艦長は、片目を瞑ってウインクをして見せた。



 航海中、その心労と激務にもかかわらず、青葉の胃に穴が開かなかったのは、ほとんど、この陽気な艦長がひっきりなしに、青葉に話し掛けて来てくれていた御蔭だったのである。



 彼こそは、まさしく海の男だった。





「おやおや・・・ 艦長は、14年前の移送任務にも参加していたのかい? あの時は大変だったのだろう? 多大な犠牲も出たと聞くが・・・」



「ええ、そりゃあ、もう。ですが、聞いて下さいよ。その初めて沈没した時の理由って奴がですねぇ。敵さんであるガギエルとかいう使徒(エンジェル)にやられたからだって言うんじゃなくて、味方であるはずの弐号機とかいう奴に、踏み付けにされたからだって言うんですから、泣くに泣けないじゃないですか。いや〜、本当にあの時は参りましたよ。有史海軍以来、踏み付けにされて海の藻くずと消えた船なんて、私の乗ってたフォートオースチン( Fort Austin )くらいなもんです。 ・・・まぁ、その時は、誰も死にませんでしたがね。それ以来、私のジンクスとしては・・・」





『艦長、TOKYO-3 ネルフ本部の長門レミ一尉が着艦許可を求めております』





「・・・月曜日には、マーガリンではなく、マーマレードを・・・って、何だって?」



『着艦許可ですよ。青葉副司令が唯一最後まで付き合うからって、馬鹿馬鹿しいマーマレード伝説は、もう止めて下さい! どうやらアレのパイロットを連れて来てくれたらしいですよ。いよいよ、この専用艦隊もらしくなって来ましたね!』



「ほう、あの世界を救った英雄(メシア)をか・・・ ほら、見ろ! こんなにも早くあの彼をこの目で見られるなんて、やはりマーマレードの力は馬鹿に出来ぬものじゃないか! よし、とりあえず、三号エレベータが使えるだろう? C3ブロックに着艦するように指示せよ」



『アイアイサー』





 そんな緊張感のないクルーたちの様子に苦笑を浮かべつつ、ブリッジの左舷側を旋回していく送迎用ローターを遠くに眺めていた青葉は、次第に真剣な表情になりながら、これから第3新東京市にて、こなしていかなければならない新生ネルフの副司令としての激務に思いを馳せた。





 国連欧州軍団(ヨーロッパSS)総本部、アムステルダムDDにおいて、青葉が受け取った辞令は、やはり予め日向が予告しておいた内容を超える物ではなかった。



 そして、その併記された命令の一番冒頭に書かれていた最初の任務は、G.E.D.エヴァンゲリオン Mk.2 シリーズに変る主力エヴァ、S.S.G.パワードエヴァンゲリオンシリーズを、専用キャリアーごと、ネルフ本部、第3新東京市まで移送すること・・・



 どうやら軍事参謀委員会が画策していた伍号計画のスケジュールは、探るまでもなく変ってしまったらしい。



 結局、最重要極秘扱いだったパワードエヴァンゲリオンの実戦投入計画が、このような意味もなく中途半端な時期に至って早められる事になってしまった経緯には、論争の争点だった祝福されし者(Adam's Children の実証が大幅に関与していると見て、ほぼ間違いないのだろう。



 そして、その事実が分かった上で、日向自身は、確実に『Praying Doll』に匹敵する大規模な『何か』をしかける心算なのだ・・・





第十一艦隊を手中に収めて、外洋機動作戦能力を有した

ネルフ



世界を破滅へと導いたアダム級のパワーを単体で叩き出す

パワードエヴァンゲリオン



NダミーやFGパイロットとは比べ物にならないほどの能力を
秘めていると推測される

神の御使い(祝福されし者








 いや、 Praying Doll の目も覆わんばかりの大失敗にもかかわらず、
 これほどの戦力と体制の維持。



 本当にやる気になっているのは、軍事参謀委員会 ・・・

 アレクサンドル・ツーロンと言うべきか・・・





「・・・ マコト、お前は、この流れの中で、一体、何を信じているんだ・・・ そして、何を考えている? 再生か? 破滅か? ・・・ 一人っきりで抱え込む事は、本当に危険だぞ・・・ 構わないから、俺にだけは本音を言えよ。昔みたいに・・・」





 10年前の自分とマヤの結婚式でシャンハイから遅れて祝福に駆けつけた時の日向の忘れられない罰の悪そうな登場シーンを脳裏の片隅に思い出しつつ、ふと気がつけば、青葉は、クルーの誰にも気付かれないように、小声でそう呟いている自分自身を知った・・・






 あの日向は、この俺に助けを求めている・・・



 無意識の内に。



 でなければ、この俺を副司令として、迎え入れようと画策する筈がないのだ







 そういう実証する事の出来ない確たる友への想いだけが、台頭するパワーズエリート(six wings)の在りようについて仄かな不信感を感じ始めている今の青葉シゲル特務特佐の信念と行動を支えていたのだった・・・






NEON GENESIS
EVANGELION 2




Balance of Power


 ・・・ 


POWERED

EVANGELION











「もう青葉副司令は、ご存知ですね。こちらが初号機改のパイロットだった碇シンジ先生です。特務二尉待遇で、先々月の戦闘からネルフに再参加してもらっています」



「お久しぶりですね。青葉さん。マヤさんは、お元気ですか?」



「おおっ、シンジ君かぁ。ふ〜ん、職に就いてから、随分と立派になったもんだなぁ・・・ あの時とは、顔つきが見違えてるぞ!」





 シンジと青葉は、お互いを見詰めながら固い握手を繰り返した。



 最後に顔を合わせたのは、シンジのドイツ留学時代におけるベルリーンなのだから、実質、5年振りといった所であろうか?



 しかし、今のシンジは、あの時に見せていたような憂いの表情を微塵も感じさせず、見た目にも、何処かしら吹っ切れているように、青葉には思えた。



 それは、青葉にとって、とても頼もしくて嬉しいと思える再会だった。





「そして、こちらが、現在パイロット候補生の ・・・ 」



「ハイハ〜イ。琉条・アスカ・ホーネットでぇ〜すっ!! よろしくね、副司令っ!」





  一瞬、時が止まったような錯覚を青葉は感じた。



 予め知ってはいても、やはり驚いてしまう。


 顔も似ているが、声も似ているのだ。



 そして、おそらく性格も似たり寄ったりなのだろう・・・この挨拶からして。





「あ、ああ、よろしく、アスカちゃ・・・ いや、失礼、琉条さん。え〜と、もう聞いているとは思うが、君は、今日からエヴァンゲリオンのパイロットとして、正式に、ネルフの一員として登録される。君の仕事は、パワードエヴァンゲリオンの火器管制担当として、碇シンジ・主パイロットと共に、LNAを警戒・・・」





 驚きを隠すかのように、不釣り合いな事務的態度を貫き通そうとした青葉の様子を見て、シンジは思った。



 青葉さんも、彼女の中に、アスカを見たのだな・・・と



 それは無理からぬ事だった。



 一緒に暮らし始めるようになり、彼女の癖の全てをすみからすみまで知るようになった今のシンジでさえ、未だに、彼女の中に在る昔のアスカを見てしまう時があったのだから・・・











 あの日、焼け落ちた神山神社跡に学校側代表として訪れた時、偶然にも、僕たちは制服姿の長門一尉と出くわす事となった。



 彼女が言うには、LNA-メルキセデクとの戦闘において、アスカがエントリープラグの中に入り込んだ際、アスカ自身にエヴァパイロットとしての有望なシンクロ資質のあるデータが検出されたので、急遽、彼女をパイロット候補生として、迎えに来ていた所だったのだ・・・という事だった。



 近くの喫茶店で、その話をアスカと共に聞いていた時、僕は、驚きのあまりに、飲んでいた紅茶を噴き出しそうになってしまった。



 意味深なアスカが、エヴァパイロットになるという悪夢。



 しかも、唯一の肉親であった琉条ヤスジロウさんを失った、その直後に・・・





 ネルフではなく、貴方の元へ・・・



 かすかな警告と共に、ヤスジロウさんによるほのかな警鐘が打ち鳴らされている。今のネルフを信用して良いのかどうか・・・と。





 それに第一、これでは、あまりにもアスカ自身が可哀想だ。



 未だ彼女は、突然に襲ったショックからも立ち直り切れていない段階であると言うのに・・・





「止めて下さいっ、長門一尉! エヴァパイロットなら、今の所、この僕だけでも十分ではありませんか。14歳の子どもが命を懸けて、LNAと戦わなければいけないなんて、そんな世界は間違ってる! 大体、乗り込むエヴァだって、Mk.2(マークツー)一体しかないのでしょう? だったら、今の彼女に無理をさせずとも・・・」




了承を得られない時は、強制になります。申し訳ありませんが、碇先生。碇先生は、改正民法における彼女の保護者を申し出るおつもりのようですが、現時点の貴方ではこの要請に反対する根拠を持ち得ません。その事実をお忘れなく・・・ そして、同時に、どうかご理解を。私達に残された時間は、あまりにも少ないのですから・・・」





 すまなそうな表情を浮かべる長門一尉は、レシートを持って、そのまま立ち去っていった。



 長門一尉が立ち去った後の店内には、興奮冷め遣らぬ僕と下を俯いたままのアスカの二人だけが、隣り合ってとり残されている。



 そこに流れる音楽は、とてもほろ苦い 80'sのラブソングだった。





「何で ・・・ かな?」



「アスカ・・・ 」



「・・・おかしいなぁ、人前で泣いてる所なんて絶対に見られたくない筈なのに・・・本当はこんな所、誰にも見られたくなんかなかった筈なのに・・・」



「泣きたい時には、泣いてもいい。僕は、ここに居る・・・ ずっと、側に居るよ、アスカ。だから、気の済むまで、泣いて居てもいい・・・ 僕は・・・ 僕だけは居なくならない。最後までずっとずっと君の側に居るから・・・」





 適切だったかどうかなんて分からない。



 僕はただ心に浮かんで来る言葉を正直に紡(つむ)いでいるだけだった。



 瞳を潤ませるアスカを抱き寄せた後の僕は、堰切ったように泣き崩れる彼女の背中を、ただひたすらに摩(さす)ってあげることしか出来なかった・・・





「何で? どうしてこんな事になっちゃったの? だって、昨日まで元気だったのよ? 先生も見てたでしょ? 三人で蛍を見てたじゃない。あんなにおじいちゃんは、楽しそうだったのに。あんなに笑ってたのに・・・ 何で? どうして?」







・・・ あなたは、孫娘を託す人物としては相応しくない ・・・




・・・ あなたでは、孫娘は確実に不幸になってしまう ・・・








 琉条さんの最後の夜の言葉が、不意に頭の中を掠(かす)めて行った。




 事実、その通りであるのかもしれない事を僕は知る。



 僕の想いの中にあるものは、自分だけの都合・・・


 彼女の都合なのではない ・・・




 けれど ・・・



 けれど ・・・ そうであるにすぎないのだとしても、僕は心の底からこうも願う






もしこの世に神様(きせき)という物が存在するのであれば



今、この僕の手の中にこそ、力をお与え下さい。



何が起ろうとも、この娘()を守り、支えてやれるだけの力を ・・・



この娘が将来にわたって不幸にならないだけの力を、
 この無力な僕の手の中に・・・








 傍らでホフヌングの艦長と談笑しているアスカを見詰め続けていた僕が、あの日に起った長岐に渡る回想から現実の艦内状況へと引き戻されていったのは、急襲する使徒(LNA)発見の報を告げて鳴り響く第一種警戒体制のサイレンの音を聞いた、まさにその瞬間なのであった・・・







(Bパートに続く)