NEON GENESIS
EVANGELION 2  #6  " The Next Generation "  side-B








「な、なんやとう!? カレー一杯が4300円っ!! なんやねんな、この鬼のような物価の高さは!? 本当にこれ、印刷ミスやないんですか? ブリズベーンとは一桁も違うやないですかっ!」





「申し訳在りませんが、お客様。当店は欧州仕込みの本格派シェフをチーフとして、全て本物志向の食材で構成されておりまして・・・」




「お父(とう)ちゃん、何でも言う事聞くって言うとったもんなぁ〜♪ 今更、違う店にしようたって、それは無理な話やで〜」



「うるさい、ツバサ! 男に二言はないっ! よう見とれ! お父ちゃんの華麗なる交渉術をっ! ・・・え〜と、ツケは効きますか? わしは今、日本円の現金をほんの少ししか持っとらんのですけど・・・ あ! なんなら、払いは、AU$(ダラー)でも・・・」



「無理です!」



「じゃ、じゃあ、VISA無しのAMEXカードは・・・」



「申し訳在りませんが、当店の信販契約は、VISAMASTER、およびJCBDinersとなっておりまして・・・ いかがいたしましょう? お客様。お取りやめになられますか?」



「ニ、ニクラウスさんのウソツキ・・・ 出・か・け・る・時・に・は・忘・れ・ず・にって、いつもいつも言うっとったやないか・・・ 」







 黙って聞いてれば、何時まででも漫才みたいに話を続けていそうな雰囲気の中で、ともすれば、僕は大笑いしそうなるのをグッと堪えながら、彼ら達に後ろから声を掛けた。







「差し出がましいようですけれど、この場は、私が立て替えておいておきましょうか? 鈴原さん?」



「・・・え!? あっ、ありがとうございます。ですが、構わんといて下さい。そんな見ず知らずの方の御好意に甘える訳には、いきま・・・  ん!? 鈴原やとう? ・・・あっ!! シ、シンジ!? お前、眼鏡なんか掛けとるけど、ひょっとしてシンジか!?」



「ハハ・・・ 久しぶりだね、トウジ。元気だったかい?」



「シ、シンジかぁ! お前、すっかり立派になってもうて・・・」



「先生〜、お待たせ! もう良いわよ」



「あ、アスカ。紹介するよ、こちらは、僕の古くからの友人で、鈴原トウジ・・・」



「なっ! そ、そ、そ、そ、そ、惣流っ!!」



「え!?」



「ルーシーお姉ちゃんっ!!」



「へ!?」






 それは、その日、とても複雑な人間関係が発生した第一の瞬間だったのだった・・・















「・・・そうかぁ ・・・そういう事があったんかぁ ・・・それじゃ、結局、あの娘は、あんなに似とっても、あの惣流自身とは何にも繋がりがなかった・・・ って事なんか? 遠い親戚やったとか、そういう関係なんじゃなくて?」



「・・・うん」






 世界の海水魚の殆どが回遊している事で有名な遊遊館の一号水槽の手前でのトウジとの会話は、今までの二人の身の上から、最終的に僕とアスカが同居する事に至った経緯まで多方面に及んでいた。



 ただ話題にしている肝心のアスカ本人はと言うと、トウジの連れていた子どもたち・・・ツバサ君とアサヒちゃんの三人で、水族館の回遊コースの先をどんどんと歩いている。




 離れ間際に、ボソッと僕に一言、


 「この失態は、イヤリングで手を打つ」  


 ・・・とかなんとか、言っていたような気もするけれど・・・







「・・・ああ見えても、彼女は、きっと無理をしていると思う。僕は彼女の事を守りたいと思っている。けれど、その気持ちの行き着く先は、只の自分勝手な所有欲(わがまま)であるのかもしれない。僕は、僕の事を慕ってくれている彼女の中に、昔のアスカの面影を重ねて満足していたいだけなのかもしれない。 ・・・本当は分からない ・・・分からないんだ。僕はずるくて、臆病で、その上、とても卑怯な人間だから、何時だって本質を誤魔化して、楽な方向へ、楽な方向へと逃げ出そうとしている・・・」



「・・・それが、誰にも言えんかった今のお前の正〜直な気持ちか?」



「ああ」






 水槽べりの手すりに凭れながら、しばらく只黙って腕を組んでいたトウジは、天井を見上げたままに、やがてポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。





「・・・ワシな」



「ん!?」



「いや、わしら家族が、日本に帰ってきた本当の訳・・・ シンジは知っとうか?」



「いいや」



「わしらも、そのパワードエヴァンゲリオンに乗らされるねん。わしはパイロットとして・・・ あいつらは、パイロット候補生として・・・ 二人乗りやって言うとったから、わしはシンジと組まされるのかもしれへんな・・・」
 





 トウジとは対照的に、水槽の方を向いていた僕には衝撃的な言葉だった。



 思わず、トウジの方を振り向くと、そこには首だけで振り向くトウジの悲しそうな顔がある。そのあまりに澄んだ表情に、僕は言うべき言葉を失った。





「だから、余計にこないな事、思うんかなぁ・・・ 人は死ぬ。あっけなく死ぬ。どんなに良い人でも・・・ どんなに素晴らしい人でも、死の瞬間から逃れる事は出来へんのやろう・・・ 何も使徒との戦いに限った事だけやない。うちのヒカリは、交通事故で死んでしもうた・・・ 7年前にな・・・」



「トウジ・・・」



「あっけなく死んでしまう人間の人生(いっしょう)の中で、一番大切な事って何(なん)なんやろ? ・・・精一杯に生きた後、唯一墓場まで持って行ける人の気持ち(ほこり)って、何(なん)なんやと思う? 人を愛するって言う小さな(ちっちゃい)気持ちなんと違うか? 人生を共有出来る最愛の人と子を生(な)して、次世代にその想いをつなげる事・・・ あっけなく死んでしまうわしら(じんるい)に残された、たった一つの希望やないか・・・」



「・・・・」



「惣流が死んだ後、シンジがどれほどに悲しんどったかは、よう知っとる。そして、その後、意識的に言い寄る女性を遠ざけていた事もな・・・ けど、今日のお前は、ずっと笑っとったやろ? ・・・外見だけの事やないで。わしは、お前が名実ともに、昔のシンジではない事を知り、そして、お前を変えたんは、あの惣流似の女の子やという事を知ったんや・・・ それやのに、シンジは、シンジ自身で到達した今の自分(シンジ)を否定したいんか?」



「否定はしないっ!! ・・・でも・・・」






 トウジは、とても優しい男だった。


 自分自身に今降り掛かっている悩みを抑えてまで、僕の馬鹿げた話に付き合ってくれている・・・




 僕は、再び視線を水槽の方に逸らせる過程の中で、過去の経緯を含めてまた一つ、トウジに対して頭が上がらない出来事が増えてしまったのだという事を知っていた。





「・・・遅いわよ、二人とも!」



「そうや、そうや!」

「そうよ、そうよ!」





 あんまりにも僕たちの話が長くなったので、業を煮やしたアスカとツバサ君たちが戻ってきた。





「すまん、すまん。後でタコ焼きとアイスクリームをみんなに一つずつ買うたるから、3:30からのイルカショーの席、取っといてっ! もうちょっとで済むからなぁ・・・」





 手を合わせて謝るトウジに、ブーブーと文句を言う三人がその場を過ぎ去るのを笑って見送ってから、段々と愛想笑いが引いて行く事を自覚してしまったその時の僕の気分は、気がつけば、先程の言葉の続きを一人でに繋げていたのだった。





「今の彼女を見ただろ? ・・・やっぱり心の何処かでは孤独を怖れ、安心を求めているんだと思う・・・ それなのに、僕は迷ってる・・・ 僕はただ、大人なフリをして、アスカを・・・ アスカの事を・・・ 」





「ハハ・・・ 回りまわって、結局、そんな結論かぁ? ・・・もっと素直になりぃや、シンジ・・・ そして、気にするな! わしらには分からへんだけで、彼女は彼女なりの喜びをもうとっくの昔に掴(つか)んどるのかもしれへんぞ? 割合、お前と一緒に住んどるって状況を楽しんどったように見えたけどなぁ・・・ 傍目から見てても・・・」








 気にしてても、なるようにしかならんやろ?


 後悔って言うんはな、後になって悔やむって書くんやで?


 前悔はアカンなぁ、前悔は・・・





 そう言って、笑顔を向けているトウジ。



 やがて、黙り込む僕たちのすぐ横を、クロマグロの大群が悠々と過ぎ去っていった。 




 とても自由に・・・


 一見、そこが束縛のない大海であるとでも思っているかのように・・・




 僕たちエヴァパイロットとしての二人は、ある意味、目の前を泳いでいる水族館の魚たちとは、少しも変わらない立場にあったとも言い得(う)るだろうか?




 己の意志で生き、束縛の無い世界を生きているように見えても、必ずそこには突き崩せない壁がある。EVAというの名の目に見えない強大な牢獄と体制の権威・・・




 僕たちは、その場に否応無く繋ぎ止められた選ばれし囚人なのであり、いまだ逃れる術を持たない哀れな迷い子でもあったのだから・・・














「起きてっ!! アスカ! 早くっ!!」



「ん!? どうしたの?  シンジ先生・・・ 何かあったの?」





 僕は、枕を持ったまま寝ぼけ眼で起きてきたアスカに対して、昼間出会っていたトウジの子どもたち・・・ ツバサ君とアサヒちゃんが、今まさにパワードエヴァンゲリオンを自在に操って、公海を南に向かって逃走中であるという事実を告げた。





「えっ! あの二人が!?  どうして?」



「分からない・・・ 分からないけど、一部の追撃部隊は、もう既に返り討ちに遭ったらしい・・・ とにかく僕たちのエヴァンゲリオンにも長門一尉から正式な保護要請が出てるんだっ!! お願い! 直ぐにネルフ本部に行くから、アスカも10分で用意してっ!!」



「分かったわっ!!」 





 瞬時に、しゃんとするアスカが自分の部屋に戻っていく最中に鳴り響く、リビングの電話のベル。



 おそらく、再び長門一尉からの状況連絡だろう・・・ どうしてあの子たちがこんな事態を引き起こしたのかは、今となっては知る術(すべ)もない。



 けれど、今は起ってしまった出来事に上手に対処しなければいけないし、最悪の事態さえも考えておかなければいけないのだ。



 そう、最悪の事態・・・ 



 その時の僕の頭の中をよぎった思いは、信じたくはないけれども、逃走中のツバサ君たちとの話がこじれてしまえば、否応無くパワードEVAパワードEVAがぶつかり合う初めての実戦になるかもしれない・・・ 



 という悪夢のような戦慄の構図なのであった・・・









(Cパートに続く)