NEON GENESIS
EVANGELION 2 #7 " Honest Family "
それは、ある意味、唐突で・・・
そして、とても幼く、とても無邪気な質問だったのかもしれない・・・
「ねぇ、アスカお姉ちゃんって、何でそんなに若いの? 先生やお父さんは、確か同い年だって・・・ ねぇ、アスカお姉ちゃんは、一人だけ全然、年を取ってないように見えるよ ・・・何で?」
「どうしたのよ? アサヒ? 急にそんな訳分かんない事を・・・ はは〜ん、解った! 私がエヴァパイロットで、何時も何時もシンジ先生と一緒に居るもんだから、必要以上に大人びた人に見えてるんだぁ〜 ・・・フフ、子供の目から見ても全然違和感無し(カップル)!って事かしらね? でもね、私はまだ14歳よ。先生とは、ちょうど半分の14歳違い。おかしい?」
「へ? 14歳(fourteen)なん!? うわっちゃ、引いてもうた・・・」
その時、すっとんきょに大きな声を上げたのは、ちょうど今、ばば抜きでアスカが持っている7枚のカードの内、端っこから二番目のJOKERだけを見事に引き当ててしまった、アサヒの傍らに居るツバサの方だったのだった。
「なっ、何よ、二人とも・・・ そんなに変? この神々(こうごう)しいまでに滲(にじ)み出る美しさは、14歳以外の何物でもないでしょ?」
「だって・・・ なぁ?」
「うん・・・ そうよねぇ・・・」
髪をかき上げ、お得意の悩殺ポーズを付けるアスカの前で、二人は顔を見合わせつつも訝しげな表情のみを見せている。
さすがのアスカも、この時の二人が言わんとしている事の意味に対してだけは、ほんの少しも理解する事が出来なかったようだった。
「どういう事? 私にも分かるように説明してよ?」
やがて、アスカの疑問に答えて、押し入れに適当に押し込んであった荷物の中から二人が取り出してきた代物は、鈴原トウジが所有していたのであろう一冊の立派なメモリアルアルバムだった。
ベッドで体を起す女性に寄り添い、二人の赤子を抱え込んだままに破顔する軍服姿の鈴原トウジや、桜並木の映えているブリスベーン日本人学校・初等教育部門Gコースに初々しく入校しようとしているツバサとアサヒの姿などが、それらには写っているのである。
けれど、そんな鈴原家のメモリアルの数々を捲っていくと、後半の方のページは、およそトウジやその妻、鈴原ヒカリが出会っていた頃・・・ 若かりし彼らがシンジ達と同じ市立第壱中学の生徒だった頃の写真群で、その全てが埋め尽くされていたのだった。
意味も無くふんぞり返っている剛直そうな聞かん坊・・・ トウジさん
どうやらクラス委員長でもあったらしく、なにやら本気でトウジさん達の事を怒ったりしている事もあるけど、別の写真では、それ相応の最高の笑顔を見せている女性・・・ トウジさんの奥さん、ヒカリさん
そして、それらの写真に彩りを添える彼らの仲間らしきキャラクター、
何時か見た14年前の先生とメガネ君と
『あと一人』・・・・
『生意気女・惣流、今日も無実の罪で先生の事を苛めるの図。ああ、可哀想』
『違うわよ、これは素直になれない可愛いアスカが、碇君にありがとうを言ってる所!』
『でしゃばり女・惣流、頼まれもしないのにシンジと浜辺でポーズをつけるの図。ええかげんにせいよ。わしはヒカリが撮りたかったんじゃ!』
『私の大親友アスカと碇君、茅ヶ崎の海岸にて・・・ (2015、夏)』
よくよくじっくりと見てみれば、本当は、微妙ではあっても、何らかの差違というものが、これらの写真群には存在しているのであろうか?
見るからに照れた表情を見せている黒髪の女性やシンジ先生たちと背中を隣り合わせにしながら大胆にポーズをつけている碧眼ハーフの女の子・・・
そこに居るのは、まさしく14年前に溶け込んだアスカ自身の姿?
だが、しかし、それよりも何よりも・・・
「違うわ・・・ 私じゃない・・・ 私、こんな水着、持ってないもんっ!」
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「前回の件は、失態だったな・・・ 日向上佐・・・」 (02)
「・・・面目ございません。SGパイロット達の潜在能力を私は見誤っておりました。私の完全なる判断ミスです。それ以上のものでも、それ以下のものでもありません・・・」
「ホゥ・・・」 (06)
「フン、何時に無く、殊勝な心がけだな・・・ だが、まぁ、良い。この会合はお前の立場を糾弾する場でもないし、今回に限っては、使徒(LNA)側から新たなる最終コンタクトを試みてきた件など、我々には予想外だった貴重な側面もある・・・ それに、フォース(4QP)の手駒を失ったとは言え、我々にはサード(3QP)が・・・ そして、何よりもまず神の御使い(アダムズチルドレン)とSGフォース(4QP-2)が我らの手元にある限り、『望みうる構築の刻(とき)』など何時でもこちら側のイニシアチブで引き起こせるのだ・・・ FGフォース(4QP)の損失など気に病む必要はない・・・」 (04)
「ホノルル(パールハーバー)鎮守府、サンディエゴ鎮守府、ブリズベーン鎮守府、ポートモレスビー警備府、および新横須賀鎮守府・・・ 後方主要軍港にまで分散回航した欧州・大西洋軍(EUSS)、アフリカ共同防衛機構軍(AFSS)の主力部隊を加え、前回と同様に、北部管区太平洋軍(EASS)、中部管区太平洋軍(NASS)、南部管区太平洋軍(OCSS)の出動体制は整ったようだ。後は封印地域に対する安全保障理事会の裁決を待つだけとなっている・・・ 形式だけのな・・・」 (05)
「現体制下における大動員令が可能な作戦も、ODDで正真正銘の最後となります。参号(人類補完・E計画)、四号(恒久保全・V計画)・・・・ 我欲強き者と愚か者共に振り回されたかつての流れは、ここで完全に断ち切らなければならない。この伍号計画(完全進化・PE計画)は、人類種(われわれ)にとって最後のチャンスとなるものなのですから・・・」 (07)
「真相を嗅ぎ付け、意図的に協力を拒否した疑いの濃いブラジリア(SASS)や、単純に財政事情が逼迫した”だけ”であるバグダート(WASS)の扱いはどうする? 表向きの理由は、共に隣国加盟国同士間の対立が激化したという事だった筈だが・・・」 (08)
「(国連)総長に為り損ねたカールマンの恨みは、そこまでに深い・・・ と言う事だな・・・ だが、だからと言って、意志の不統一と結果的な戦力の温存を認めてはならない。これが悪しき旧ゼーレになり代って各国組織に食い込んだ『我々』の最後の仕事となろう。ODD後の世界を新たなる善き時代へと進化させる為に・・・ そのための指導的懲罰機関、パワーズ(POWERS)だ・・・」 (04)
「2016年・・・ 機は熟した。臥せておいたカードの一枚をここでいよいよに翻(ひるがえ)す事については否やはない・・・ だが、しかし、それは同時に・・・」 (03)
「・・・結果としてのパワーズ、アルファ=システム、ジーメンスADL・・・・・・ ひょっとすれば、ここに居る何人かの正確な存在さえをも、ロシュフォール・カールマン大統領のUBA特務機関(Celeste)に特定されてしまう可能性があるでしょうか? ・・・あまり良い言葉ではありませんね。毒を持って毒を制すという言葉は・・・ 揉消すにも所詮限度はありますよ。御存知のように、Iscariot(JS−13)も決して万能という訳ではないのですから・・・」
「・・・・」 (04)
「・・・・」 (06)
「・・・・」 (07)
「・・・ああ、そうかもしれんな。我々もそう思う。しかし、これは使徒のみを相手にしておればよいネルフ(Nerv)・・・ お前の産み為したノスタルジィ機関とは違うのだ。時には理想通りに事が運ばない事もあるだろう・・・ 六枚羽(Six wings)が持つ本来の意味を忘れた訳ではあるまい? ・・・期待しているぞ、No.09(ナンバーナイン)日向特務上級特佐。勿論、同志としてだ・・・」 (02)
「・・・出過ぎた事を申し上げました。お許しください、ムルマンスク博士、カナン少将・・・ 」
やがて、同時音声のみによる頂点会議が終了し、彼らのみが理解し得る合い言葉の斉唱と共に、林立するボードが一枚一枚と消灯していく中で、日向の真正面に位置する01ボードだけが、逆に目に見える立体映像へと切り替わっていった。
「・・・日向よ」
「・・・総帥・・・」
「アーネスト・リュイシュン、ジムヤート・セバストポーリ・・・ 感謝している・・・ あの時点でのお前が動かなければ、今の形での完全なる伍号計画(PE計画)は、まずあり得なかった話となっていた事だろう。それほどまでに、旧ゼーレ(SEELE)メンバーの及ぼす力は大きかった・・・」
「・・・・・・」
「この時期における謹慎(たいじょう)は、お前にとっては不本意かもしれない。だが、伍号計画の中核・・・ 発動されるODDは、もはやお前が居なくても完遂可能な筈だ・・・ もし良ければ、記録に残る訳ではないこの計画最大の功労者・・・ 日向マコト上級特佐を私の別邸にまで招待したいと思っている、今までの感謝を込めて・・・・ 私と共に、これからの善き時代の幕開けを祝おうではないか、日向よ・・・・・」
「全ては総帥の御心のままに・・・ パワーズ(POWERS)の一員である前に、今の私は貴方様の忠実なる僕(しもべ)であり、手足でございます。そもそも否やがあろう筈が無いではありませんか? ODDにおけるP−EVA部隊の指揮は、私の配下、青葉シゲル特務特佐に任せておいて、いささかも問題はなかろうと心得えます。・・・ルツェルン(Luzern、スイス連邦)に伺えば宜しいのでしょうか?」
例えそれが立体映像であっても、恭しく頭を下げ、恭順の意志を示そうとする日向に対して、『総帥』と呼ばれる男は、軽く首を横に振りながらに答えた。
「違う・・・ ザルツブルグ(Salzburg、EUオーストリア)だ・・・」
「・・・ザルツブルグ!?」
「ああ、屋敷の詳しき所定については、もう既にコード640Dにて転送してある。閲覧パスワードはお前も知っている通りの何時もの物だ。頼む、私は、お前を信じ、お前にのみ託しておきたい詳細事があるのだ・・・ 他のメンバーの前では話せない・・・」
「ハッ!!」
ただ一言、『待っている』と呟く総帥の残像が目の前で消滅して行くのを確認した後、二時間にも及んだその長き定例通信の全てを終了し終えた日向は、静かに立ち上がり、彼の城でもあるネルフ司令室の窓の外を見た。
天蓋から差し込む暖かき陽光が日向の顔を照らし行く窓の外を・・・
望めば叶うと信じていたあの頃の想い出を・・・
気が付けば、無意識のうちに胸の十字架を触っている自分自身を知って、 彼は、また一つ自嘲ぎみな笑みを浮かべる。
変わらない想い・・・
変えられない生き方・・・
それは日向にとって忌まわしき過去でもあり、
また始まりでもあったのだった・・・
ふふっ、昔は、嫌々やってた筈だったのになぁ・・・
当番制とは名ばかりだった葛城家の家事仕事全般が、脳裏の中に浮かんで来る。
女性二人に、男性一人という構成で、何故、僕だけが?
・・・という思いを、その当時は(本当にかなりの程度まで)抱いていた筈だったのだが、今にして思えば、自分一人のためだけにではなく、気負わないで回りの誰かのために何かをしてあげられるというふれあいは、それはそれだけでも十分に楽しいことであったのだ。
ボルシチ (ロシア風ビーフシチュー)
カツレータ (ロシア風ロールキャベツ)
世界中を旅して回っている時に何時の間にやら自慢レベルにまで急上昇してしまった得意料理の数々を、計『4人』分、お皿の上に盛り付けて行く休日の台所・・・
披露する意味も無く、埋もれたままだった僕の真価を発揮する機会が訪れて、僕は、この時、少しだけ有頂天になっていた事を否定出来ない。
フフ〜♪ フンフ〜ン♪
思わず鼻歌も出かけるぐらい綺麗に出来あがった料理の数々を運ぼうと、お皿を両手に持ったまま、すぐ真後ろを勢い良くクルリと振り向いた僕は、僕を見詰める6個の瞳にぶつかってしまった事にすぐさま気が付いたのだった。
「・・・先生」
「あっ、アスカ、ツバサ君、アサヒちゃん、お待たせ〜 時間はかかったけど、ようやく出来たよ! 一杯あるから、みんなで運ぶのを手伝ってくれる?」
「・・・ウ、ウン。だけど、その前に、ちょっと・・・」
「ん?」
MASTER・DEEDの青いエプロンの紐を解きながら返事をする僕の目の前に居るアスカは、何故か凄く言い難そうな様相を浮かべている。
僕は、熱々のボルシチ(シチュー)の鍋を運ぶ為に、大きな熱遮グローブを手のひらにはめ付けながら、それから一向にその先を喋ろうとしなくなったアスカに対して、特に考えるでもなく答えた。
「どうしたの? 何かあったの? アスカ?」
「え!? あ、あのね・・・ 実は、その・・・ 聞いておきたい事が・・・ (無きにしも非ずと言うか、何と言うか・・・)」
「何を?」
しかし、その時、能天気にお鍋を持ったままに立ち尽くす僕と、(考えてみれば)らしくないほどに言いよどんでいるアスカとの間を、ドタバタと後ろから駆けて行ったツバサ君とアサヒちゃんの感嘆する大きな声が偶然にも重なった。
「うわぁああ・・・ えっらい待ったされただけあって、むっちゃくちゃ、美味そうやんかぁ!? これみんな、ほんまに先生が一人で作ったん? こういうの作るのって難しいんとちゃうんかなぁ?」
「本当に凄い・・・ プロみたい・・・」
「あ、こらぁ! 二人とも、つまみ食いは駄目だってば!!」
テーブルのお皿をつつきながら「そやかて、見るからに美味そうなんやもん!」と言うツバサ君の嬉しい御返事に、思わずちょっとだけ顔を綻ばせながら、僕は、年長であると言う事と聖職に携わる者としての威厳に懸けて、最低限譲れない一線を切り返す。
「つまみ食いだってそうだけど、二人とも、ネルフから帰って来てからこっち、ちゃんとお手々は洗ったの? 当然、石鹸を付けてだよ?」
・・・と。
そうすると、「勿論、洗ったよ。ほら!」と、その手のひらを同時に突き出すツバサ君とアサヒちゃんの子どもらしい可愛い姿があったのだった。
勿論、そのお絵描きクレヨンの付着している手のひらあたりを見てみれば、二人とも元気の良い返事とは裏腹に、いいかげんにしか洗っていないという事なんか、とっくの昔にバレバレだ。
「ハハ・・・ まぁ、良いか。でも、こういうのは、ちゃんと食卓に運んで、みんなで頂きますを言ってからにしようよっ! それに、もう一度、今度は僕の見ている前で、しっかりとその両手を洗う事! それぐらいは、ねっ? アスカ」
思わず、片目でウインクしながら、僕はアスカに同意を求める。
「え!? ウ、ウン。あ・・・」
お鍋をテーブルに置き直して、とりあえず二人を洗面所に連れて行く僕は、この時、何かを言いたかったアスカの事を少しだけ置き去りにしていたのかもしれなかった・・・
食卓を囲む僕たちは、とても賑やかだった。
少し前から家族構成が4人となり、単純比較して数的には二倍の人数となっていたのだが、気持ちとしてはそれ以上の効果があっただろう。
砂糖の代わりにジャムを入れるという一風変わったロシアンティーをみんなに対して振る舞いつつ、僕はかつてのパイロット保護者としての模範・・・ ミサトさんが、とても家族というキーワードに拘っていた事実をなんとなくに思い出した。
「ただいま」を言える家族・・・
「おかえりなさい」を言える家族・・・
それは、側に居る者。
そして・・・ 護るべきもの・・・
これもミサトさんの言う家族の形の一種であるのならば、今の僕は本当に本物の『家族(ファミリー)』を手に入れたのかもしれなかった。
僕とアスカとツバサ君とアサヒちゃん・・・
世代も違えば、生まれも違う。
その繋がりは、EVAシリーズの進化形・・・ パワードEVAシリーズの現存適格者(クォリファイド)という只一点にあり、その事実がなければ、永遠に結びつく事はなかったであろう一成人一少女一双子で構成される珍妙なるユニットでしかない・・・
けれど、アスカは、焼死する前夜のヤスジロウさんから・・・
ツバサ君とアサヒちゃんは、目の前で戦死した旧友、鈴原トウジから・・・
そして、正式には、特務機関POWERS−Nerv (パワーズ・ネルフ、通称ネルフ)の通達と、日向司令および長門一尉からの個人的な要請により、僕たち4人はここに居る。
それは、ある意味、故人に対する責任と約束でもあったろうか?
僕にとっては、勿論、それ以上の重さがあったのだけれども・・・
「あ、あのね、先生・・・」
「あ、アスカ。ごめんね。お風呂が沸いてるかどうか見てきてくれる?」
「・・・ウ、ウン・・・」
甘え・・・
そう甘えもあったのかもしれない・・・
皿洗い等の後片付けも終わり、やがてお風呂と風呂掃除も終わったとても落着いた段階になってから、「そう言えば、あれは、何を聞くつもりだったの? アスカ?」と思い出したように聞き返してみても、彼女は、「・・・何を聞くつもりだったのか忘れちゃった! おやすみなさい、先生」と答える・・・
僕は、この時、この日以後からのアスカの様子が、微細に変化してしまったのだという事の意味について、もう少しだけ真剣に考えるべきだったのだ・・・
彼女が、僕に対して抱きつつある疑義の存在を。
それは、後から振り返り見て、この僕が一番好いている『彼女』に対して、如何にいいかげんな対応であったのかを思い知らされる格好の証明となっていったのだった・・・