NEON GENESIS
EVANGELION 2  #7  " Honest Family "  side-C








 アスカの様子がおかしい・・・



 それは日を追うごとに明らかな行動と態度になって現れた。





 原因は分かってる・・・



 アスカではない、もう一人のアスカ・・・





 惣流・アスカ・ラングレーの存在を、何時の間にか、今ある彼女にも知られてしまっていたのだ・・・





 14年前の写真を持ち出し、この人は誰? と訊ねる『アスカ』に対して僕は、有効な回答を持ち得ない・・・





 おどけた仕種・・・ 自信に満ちた表情・・・



 改めて見せ付けられるそれらは、もう今は亡き人のもの・・・



 だから、その変わらない・・・  



 変わりようも無い彼女の微笑みの全ても・・・



 トウジ達を交えて作り上げていた、中二時代の色褪せない想い出の数々も・・・



 今の僕には、とても痛かったのだ・・・





 僕は、決って「今は忙しいから・・・」「今日はもう遅いから・・・」「明日はキチンと答えるから・・・」と、何時も逃げ回るように回答を避け、彼女に対する大事な『何か』をズルズルと引き延ばし、結果として違和感を抱いたままで居るこのアスカの気持ちを、とても深くに傷つけてしまっていた・・・







「・・・それじゃあ、ここの関係代名詞が何を指し示しているのかを、みんなにも答えて貰おうかな? え〜と、今日は25日だから、まず最初は、出席番号・・・ 25番・・・ 琉条さん・・・」



「・・・」



「・・・琉条・・・さ・・・」



「アスカ! 当たってるわよ、87ページ・・・」







 共にあの時代を駆け抜けていた同い年の女性・・・


 惣流・『アスカ』・ラングレー



 あの時代と共に生まれたという年下の女の子・・・


 琉条・『アスカ』・ホーネット





 二人のアスカ・・・  大切なアスカ・・・





 そっぽを向いたままに窓の外を見詰めている目の前のアスカの事を、うっかり僕の授業を聴いていなかったのだと勘違いした回りの親切そうな女の子たちの姿が、教壇の上からも、よ〜くに見えている。




 こっそりと小声で教え合っているよくある光景に見て見ぬふりをしながら、気を取り戻す彼女の答えをじっと黒板の前で待ち続けているのだけれども、その実、本当の僕は、出来れば、この場の雰囲気から一刻も早く逃げ出してしまいたいと言う、教師にあるまじきとても情けない誘惑に駆られているぐらいが関の山だった・・・







 ここでチャイムが鳴らないだろうか?



 彼女のアスカに対する興味が、唐突に止んではくれないだろうか?



 もう一週間なんだ。全部忘れて欲しい、アスカ・・・





 思い浮かんで来る想いの数々は、そんな逃げの感情ばかりだ・・・



 それは僕の中の弱さでもあり、狡(ずる)さでもある。





 実際の話、自惚れ思い込み(投影)でなければ、この問題を契機として、ここの所(シンクロ率を含めて)操縦成績の芳しくないアスカの保護者でもあったこの僕には、先に生きた一人の大人として、それなりの義務(ふるまい)を行う必要性さえもが生じていた事だろう・・・



 過去の経緯を含めた真実の全てを告げる事によって、彼女の興味や疑問に少しづつでも答えてあげる事が出来るのであれば、それが一番に良い・・・





 ・・・それは分かっている。





 けれども、彼女に対するそれらの忌憚(きたん)の無い告白には、必然的に3つの現実が、否応なく付随していた・・・





 僕の中のアスカを捨て去るということ・・・



 目の前のアスカに対する今ある僕の気持ちを、より解る形で明確にしておかなければいけないということ・・・



 結果として、今のアスカも失う事になるかもしれないということ・・・






 今の僕には、いまだ、そうするだけの勇気が無く、決心も無い・・・






 明確にしさえしなければ・・・



 うやむやにさえしておければ、最低限、彼女は僕の側に居てくれる。



 頼りにさえもしてくれるだろう・・・






 今ある彼女の存在を必要としているのは、改めて僕の方であるという事を 僕は、僕の想いの中で思い知る。






 そして、そんな保護者にあるまじき僕の気持ちを見透かしているかのよう、ゆっくりと振り返り、僕の姿を一瞥にする彼女の瞳と視線・・・





 時計の秒針が二回りほど回ったのかもしれない時間の後、ただ一言・・・





 Lier (ウソツキ)・・・・







 頭の中が真っ白になるほどに、衝撃の波が襲って来た。







 一体、何事が起ったのだ? と訝(いぶか)しぶり始めたクラスのみんなが少しずつにざわめき出し、向かい合う僕たち二人のひそひそ話へと変化して行く雑音さえも、もう遥か遠くに聞こえてしまえるほどに、僕の胸は痛い・・・







 それが、ようやくに答えてくれた彼女からの言葉だったから・・・



 逃げ場の無い世界の中で吐かれてしまった彼女からの答えだったから・・・







 しかし、それでもなお、僕はアスカアスカに対して話せない・・・



 ・・・いまだ、話したくはなかったのだった。
















「道が違うわよ・・・ ツバサとアサヒを迎えには行かないの?」  







 右ウインカーの作動音がカチカチと律動的な響きを響かせている十字路の真ん中あたりで、助手席のアスカは言った。



 それは、右折をする為に、向かって来る対向の赤いスポーツカーをやり流し、何時ものツバサ君とアサヒちゃんたちを送り迎えする新富士見町第三小学校の校門前とは、通り5つ程手前になる道・・・ 中心部に通じる現在の市道5号線から、山間部の郊外へと向かって行く同17号線に針路変更した時の言葉だった。



 ここしばらくの僕たちは、訓練用の特別メニューの都合のおかげで、午前を普段通りに学校で、午後からは、ネルフ本部の特設シミュレーション場にて一日の大半を過ごすという変則的な二重生活を強いられている。



 それらはまた、小学校低学年であるが故に授業が元々午前中で終了してしまうツバサ君とアサヒちゃんとたまたまかち合う時間帯でもあり、「堅苦しいから嫌!」と言う本人たちのたっての希望もあって、ネルフからの専用送迎ハイヤーの用意を全てキャンセルにして貰い、その代り、4人一緒に僕のアウディに同乗しながらネルフ本部へと向かって行くという行動形態が、特に決っている訳でもない毎日の日課となりつつあった、ちょうどそんな時期でもあったのだった。







「・・・本部(ネルフ)には行かない。ツバサ君たちには、別の車を用意して貰ってる・・・」



「何で?」



「・・・」



「そんな事にも答えてくれないのね? ヘイヘイ、シンジ先生の考えは、何時だって、何時だって、ご立派なことで〜  あんまりご立派すぎて、下々の私共(わたくしども)には、何を考えていらっしゃるのか、全然分かりませんわね? オホホホ・・・」






 シートに深々と体を沈める彼女の当てこすりを左耳の半分で聞き流し、僕はそのまま少し先を流した所の安全な路側帯へと車体の幅を寄せる・・・



 ハザード(警告灯)を出し、ギアを何時ものニュートラルではなくパーキングに換え、サイドブレーキをも引き終わった頃、驚きの表情は見せつつも少し怒ったままの感情を維持している彼女・・・ アスカは、何でこんな所に止めるのか? という、彼女にしてみれば、当然、当たり前の質問をした。







「・・・アスカ・・・」



「な、何よ・・・」





 きっとそれらは、最初っから答えなどあろう筈も無い感情の総体・・・





 ただ黙って前方のフロントガラスをじっと見詰めたままでいると、何台かの車が後方から僕たちの側(かたわら)を過ぎ去り行き、そのまま前方へと流れ行くというごく普通の道路状況の様子さえもが、何故だか特殊なスローモーション再生を見させられているかのような妙な気持ちに変って来る・・・・





 気が付けば、僕は、無意識のうちに傍らの彼女の白い掌(てのひら)を握り締め、まるで独り言を言っているかのよう、只ひたすらに、大人しく座り込んだままの彼女に対して話し掛けていたのだった・・・







「僕は、今から写真の彼女に会いに行くよ・・・ アスカ・・・ 午後の訓練をサボることになるけど、僕と一緒に来てくれるかい?」



写真の人? 今から!?」



「うん・・・」



「・・・良いの? ・・・私 ・・・邪魔するかもよ?」



「一緒に来て欲しい・・・ でも、それだけじゃない・・・ 聞いていて欲しいんだ、アスカには・・・」







 散々に悩んだ末に下した最後の決心・・・



 僕からの『回答』・・・





 直接に踏ん切るきっかけは、アスカからの行為だったかもしれないし、違うのかもしれない。





 僕は、ただ、シートベルトをしたままのアスカの唇にキスをしていた・・・





 その柔らかい彼女の感触を確かめるかのよう・・・



 そしてまた、失われるかもしれない大事な宝物を、未練がましく何時までも愛(いつく)しんでいるかのよう・・・





 今はただ受け入れてくれる彼女を前にして、僕の気持ちは、更に確実なものとなる。





 蝉の音さえも静かに透き通り行く夏色の空はどこまでも青く高く澄み渡り、ウインドウの先にくっきりと浮かび上がる入道雲の雲影は、明確な白さと雄々しさを惜しげもなく僕たちの間に曝(さら)け出していた・・・ 







 問題は簡単なのかもしれない・・・



 でも、実行することは難しい・・・




 この世に生きる誰もがそれぞれの悩みを抱えて生きているのだとしたら、 自分だけが正当化出来る物でも無いこともまた真である筈だろう?



 人がその一生の中で行える物事など、所詮は限度限界があるのだよ、碇君・・・








 僕は、ただそう言って別離(わか)れた独国留学時代の恩師、クロンシュタット教授の言葉を思い出していた。







 限界があるから、人は精一杯に頑張れる・・・ 



 時には、協力もし合える・・・




 君自身が悩みを抱えて生きているのだと言うのなら、何も一人っきりで悩んでいる必要は無いのだよ?




 人は、一人きりで生きている訳ではないのだからね・・・








 ・・・そう言っていた筈だった。







 甘えても良い・・・ 頼っても良い・・・



 けれども、威張っては駄目だ・・・ 傷付けても駄目だ・・・ 



 知らずして諦める事は、なお悪い・・・





 自分の中に在る弱さを隠してどうする?



 繕ってどうなる? 



 開き直るんじゃない! 肯定し、共棲するのだっ!!








 ・・・・優しくもあり、時には厳しくもあったクロンシュタット先生。





 人は対等であるということを熱心に講義なされていた先生は、遠く日本に居るこの僕が、教師と人の道(ライン)を大きく踏み外して未成年の教え子の事を深くに愛してしまっているのだと知れば、一体、何と言うのだろうか?







「・・・君は一体、何と言う事をっ!!  ・・・我が子の成長を夢見、教師を信じて子どもを学校に託してくれている親御さんたちに対して、君は教育者として、一体何と言い訳するつもりかっ!! 人倫の何たるかが分からないのなら、もういい! 教師など辞めてしまえっ!!」







 新教徒(プロテスタント)の独国人らしく、倫理と言う事には一段と厳しかった先生であるのならば、きっとそう言うだろう・・・





 アスカの唇から離れ行き、何かを振り切るようハンドルに手を掛け、乱暴に車を再スタートさせていたこの時の僕にでさえ、真実を知られれば誰からも許される訳はない好意であろうという事ぐらいの予測は、最低限、保ち続けられていたのだから・・・・















 久しぶりに来る共同墓地は、明るい日差しに満ち溢れていた。





 ここは第3新東京市を見下ろす丘陵地にあり、T.I.C.以降、墓苑として大規模に切り開かれる以前には、豊かな森林の残された綺麗な憩いの場所だった。



 あの時代、蜘蛛のような形をした第9使徒(マトリエルを倒す為に出動した僕たちEVAパイロットが、ようやくにして使徒を倒したのは良いのだけれど、都市の電源がいまだ回復せず、構わないから回復するまで外で待ってろ!という司令部からのあまりと言えばあまりな待機命令により、なかなか進まない3機のエヴァンゲリオン格納準備を、星空を見上げながらじっと待たされ続けていたあの小高い丘と言った方が、少しは分かりやすいだろうか?





 あの時に星を見上げた僕の側には、綾波が居て、アスカが居た・・・



 今はもう二人ともこの世には居ない・・・







「こんな所で待ち合わせだなんて、ちょっと変わった人なのね? その・・・ にそっくりでもあったアスカさんって。 ・・・惣流さんだったっけ?」







 まさか墓地にまで連れてこられるとは欠片も思っていなかったのであろう傍らのアスカが、墓苑入口のゲート前で少々面食らったような表情を浮かべている。



 予めに電話で予約を入れておいた花束をセンターの中の売店係員から受け取り、少し広めの階段を二人で並んで歩いて行ったその先に、今日の目的地・・・ アスカ流に言うと待ち合わせ場所・・・ は存在した。







 他と同様に規格だった墓標の立ち並ぶ、ありふれた墓苑の一角・・・







KAJI RYOUJI 1984-2015


KATSURAGI MISATO 1986-2015


AKAGI RITSUKO 1986-2015


・・・ ・・・


AYANAMI REI 2001-2015


SOURYU ASUKA LANGREY 2001-2015









 一瞬にして永遠が失われている実感など、今に至っても湧く訳が無い。





 各墓前の前にそれぞれの花束をお供えしながら、改めて僕はそう思う。





 けれど、そこに眠っているとされている人たちは、間違いなく、誰よりも僕にとって大切だと思える人たちだったのであり、短い間、かつ、それぞれの思惑がそれぞれにどうあろうとも、ほとんど身内と呼べるほどに親しい間柄になれた人たちだったのだ。





 少なくとも、こことは別の墓苑にて、既に存在している母さんのお墓の中に合同する形で葬られている、最後まで何を考えているのかが分からなかった実の父親なんかよりは、よっぽど僕にとっては・・・







KAJIに、KATSURAGI・・・、え〜と、AYANAMIに、SOURYU・・・ !?・・・ 惣流?・・・」




「・・・惣流・アスカ・ラングレー。 僕と同じで第三衝撃(T.I.C.)時点での初代に当たるエヴァンゲリオン・・・ ノーマルEVA弐号機(EVA02)のパイロットだった女性だよ。今のアスカから見れば先輩になるのかな?」




「・・・パイロットだった? じゃあ・・・」




「・・・ウン・・・」







 一体、何から話せば良いものなのだろう?





 僕はただ、僕の顔を見上げるアスカの事を微笑んだ後、目の前のアスカの墓標の前に座り込み、傍らの彼女に対して、ほんの少しずつではあるのだが、偽りの無い過去の事実の一端を語り始めた。







 僕自身が、実の父親に見捨てられた子どもだった事・・・



 使徒(Fixed Numbers Angel、FNA)と呼ばれる生命体の脅威が発生するや否や、今度はそれに対抗する為、一転して身近に呼び寄せ、僕に勝手の解ろう筈のない汎用人型決戦兵器・・・ ノーマル・エヴァンゲリオン初号機(EVA01)のパイロットに仕立て上げられていたという事・・・





 保護者として僕の親代わりでもあった作戦課長・・・ 葛城ミサト三佐との出会い・・・



 絆を求めて、ただ黙々に任務を遂行する同い年の女性・・・ 綾波レイとの出会い・・・



 誤解やすれ違いもあったけど、結局は、親友になれたクラスメート・・・ 鈴原トウジ相田ケンスケとの出会い・・・





 そして、僕は、選ばれたパイロットである『彼女』とも出会った・・・










「・・・ここに本物の遺骨があるのは、惣流さん・・・ だけなんだ。後は全員、墓標だけ・・・ 二週間にも及んだ当時の第三衝撃(サード・インパクト・クライシス)は、現状で伝えられているものよりも、もっともっと酷い代物でね。お世話になった葛城ミサトさんやアスカも以前見た綾波さんその他の旧ネルフ関係者に至っては、それを確認出来る遺体や遺品らしき物は、とうとう何一つ回収出来なかったよ。みんな一瞬にして消えてしまった・・・」









 貴方達は行きなさい。ここは私が・・・ 



 ん? 大丈夫よう〜 私は後からちゃ〜んと追いついちゃうから・・・ 



 ね? だから、二人とも、そんな顔しな〜いの。



 日向君達も、もうすぐ応援に駆けつけてくれる筈だしぃ〜





 ・・・シンちゃんアスカ 



 ・・・これだけは忘れないでね ・・・私達は家族なのよ・・・








 何故だ!? どうしてだよ、綾波っ!!


 止めろ・・・ 止めろよっ!!


 父さんが言ったからと言ったって、そこまでする必要が何処にあるんだっ!!





 貴方には、永遠に解らないわ・・・





 僕が・・・ 僕が生きて欲しいと望んでもっ!?




 私が私である為に必要なまでのこと・・・ 邪魔しないで・・・





 綾波っ!!




 さよなら・・・ 碇君・・・









 良い? アンタはね、どう足掻いても『馬鹿』・な・のっ!!




 アスカ・・・




 私とこうなれたからと言ったって、私を自分の女だとは思わないこと!


 まぁ、馬鹿は馬鹿なり、必死に努力してよね!って事よ。


 そうすりゃ、将来、罷(まか)り間違って私と釣り合う『一歩手前』ぐらいの男にならないとも限らないんだしね・・・






 一歩手前』・・・ なの!?




 そう! 『一歩手前』! ・・・ YOU SEE?





 
うっ、アイ、キャン・・・ノット・・・スピーク・・・








 ねぇ、シンジ・・・



 何? アスカ・・・





 明日はもう、私達だけなのね・・・



 そうだね・・・





 ・・・ ・・・



 ・・・ ・・・





 ・・・ねぇ・・・



 ・・・ん・・・





 これだけは予めに言っておいてあげる・・・ 


 私は、アンタの側に居てあげるわ。ずっと、ずっと、最後まで側に付いててあげる・・・


 どう? 嬉しいでしょ? 特別サービスよ?





 ・・・アスカ・・・





 ・・・ばか ・・・泣かないでよ。こんな事くらいで・・・ 


 この先の話が続かないじゃない・・・





 ゴメン・・・ でも、本当に嬉しいんだ・・・





 アンポンタンな馬鹿シンジには、私の事がとっても『必要』・・・


 だから、私は居てあげる・・・


 ウン、完璧ねっ!! 私の論理に一点の曇りも無いわっ!!










私は、シンジの側にずっと居るわよ。最後までねっ!









 駄目だ、あれは再生しているのか?


 ここまでにやって、傷一つ付かないなんて・・・





 馬鹿っ! こんな所で迷ってる場合なんかじゃないわっ!!


 それに完全無欠な形成体なんて無いっ!!


 不自然な物性は、何処かしらに歪みを持ってるものよっ!!


 正常な状態じゃないわ!






 こいつもATフィールド!? ・・・違う、まただっ!!




 緑色光!? 押し戻されるっ!?






 耐えて! アスカ!


 ・・・まだ槍は・・・ 切り札は使えないんだっ!!





 コンチキショー、優等生っ!!


 ここで力を貸さなきゃ、化けて出てやるっ〜!!









 さぁ、今よ! ここしかないわ、シンジッ!!



 今度こそ決めるっ!!  アスカッ!! 退(ど)いてっ!!






 シンジッ!!



 アスカァッ!!










「・・・好きだったの?」




「大事だったよ・・・ 居なくなってからは、より一層に・・・」




「でも、外国に留学もしていて、帰国してからは難関の高等師範(二東高師)にも一等で入学したシンジ先生の事を、出会った時から一貫して馬鹿扱いだっただなんて・・・ 人を見る目が無かったんじゃないの? 惣流さんは・・・」




「ありがとう・・・ 『アスカ』は優しいね? でもね・・・」







 多少の知識を身につけた所で、馬鹿はやっぱり馬鹿だったのさ・・・


 彼女は、嘘を言っている訳じゃなかったよ・・・








 言葉にはならなかった本音の想い・・・







 当時からして、ドイツの大学を飛び級で卒業していた理系工科(工学部)の少女、惣流・アスカ・ラングレー・・・




 高校、大学・・・ それぞれの進路を無目的にただ凡庸と文系法科(法学部)の道で駆け上がり、やがてアスカも通った留学先のドイツの総合大学の中で、今度こそ本当になりたい(と思える)職業に出会い・・・ そして、二年間の放浪の末、教育科学生(高等師範)の道に転じた男、碇シンジ・・・





 本来はクロスしなかったであろう天才と凡才の軌跡が、エヴァンゲリオン搭乗者という特殊状況のおかげで、14歳の一時期、一瞬・・・ 本当に一瞬だけ交わってしまっていた、ミサトさんを交えての三人だけの共同生活・・・







 楽しいこともあった。笑い合えることもあった。



 だけど、些細な原因で生じる喧嘩もそれ以上に沢山あった・・・





 何時も何時も正しいと言い張るのは彼女の方で、間違えているのはこのの方・・・



 保留だと言い、自惚れるなと言った彼女は、ある意味、同等以上の期待だって持ち合わせてくれていたのかもしれない。






 今なら解る気がする・・・



 彼女の求めるものが一体何であったのかと言う事を・・・












馬鹿! 何でアンタが・・・ アンタなんかが・・・










 泣かない彼女が、ある日に泣いた・・・





 冷たくされ、馬鹿にされ、感情が激するあまりに、そのか細い首筋さえも絞めてしまった事もある。




 そして、失踪する彼女の気持ちなど何一つ解らないままに、子どもだった僕の中の時間は過ぎて行った・・・







 勃発するT.I.C.の前半戦・・・ 綾波レイの死・・・



 ゼーレの介入・・・ ネルフの抵抗・・・





 最終生命体・POE(Perfect Organized Evangelion)アダムの


 変体(メタモルフォーゼmetamorphose)・・・





 出撃前に過ごした二人だけの夜・・・



 T.I.C.の終結・・・







 大切なことに気付いた後には、護ることさえも出来なかった。




 彼女と交わした約束の全ては、果たされないまま未然に終わっていた。




 彼女に釣り合う『一歩手前』の男になるということ・・・




 だから、僕は・・・









「・・・ねぇ ・・・聞いても良い? 何で惣流さんだけ、その・・・ タンポポ(Dandelion)が混じってるの? 少し、変じゃな〜い? 普通、お供えの花と言ったら、もっとこう見栄えのする・・・」




「良いんだ、これで・・・」




「どうして?」




「彼女が、一番に、この花の事を好いていたから・・・」







 何処に行っても、幸せに育つ花・・・


 The Fortune Children are from the SUN ・・・






 そう言って、かつての彼女は微笑んだ。






 エヴァンゲリオンの事も、ネルフの事も・・・ み〜んな関係無くなって、二人が18歳になってたら、一緒に免許を取りに行こうか?



 自動車ぐらいなら、シンジにも取れるでしょ?



 なんか北国の方に、丘一面にタンポポが咲き乱れてる所があるんだって、加持さんが・・・ 加持さんが、そう言ってた・・・



 きっと綺麗なんだろうなぁ・・・






 ・・・アスカ・・・ 僕は免許を取ったよ・・・


 今の僕は、もう28歳さ・・・








 私のことが好きなくせに!


 素直じゃないわねぇ、バカシンジは・・・





 そう言うアスカだって、相当な物だったじゃないか・・・


 僕は、随分と苦労したんだよ?








 ねぇ、シンジ・・・


 今更、信じないかもしれないし、冗談に聞こえちゃうかもしれない。


 だけど、そうじゃない・・・ そうじゃないの。




 私は単に自分がどういう人間であるのかを自分自身で知っているだけだから・・・


 ただそれだけの事だから・・・




 だから、さっきまで言っていた事とは全然関係無くても、


 最後の最後まで私の事を好きで居て・・・




 そうしてくれたら、私は、きっと貴方の事を・・・



 これだけは本当よ・・・ 嘘じゃないわ・・・








 ゴメン・・・



 ごめんなさい、アスカ・・・



 きっと僕は、君に似た彼女のことを好きになってる・・・





 寂しく悲しくて・・・ 



 長い間かかって仕事の生き甲斐を見つけてからも、心の何処かはやっぱり、淋しくて悲しくてどうしようもなかった・・・





 君との約束を何一つ守れなかったこの僕に、言い訳する権利なんて無いよね。





 だけど、ごめんなさい・・・



 ごめんなさい、アスカ・・・



 君に生き写しの今ある彼女・・・ アスカが側にいるだけで、僕は君との失われた時間が取り戻せる・・・



 そんな気がするんだ・・・





 約束を守れず、君の事を忘れようとしている今ある僕を許して下さい。



 君の前では最後の最後まで馬鹿だった僕の事を許して下さい。





 今日を最後に、僕はもう、このお墓にも訪れない心算だから・・・








 ようやくにして、お墓の前を立ち上がる僕は、言葉無く傍らに立ち尽くしているアスカの左手を力強く握り締めた。



 気が付けばお墓に訪れてから相当数の時間が経っている訳だし、重要なシミュレーション訓練をエスケープさせて、今日一日、このような手前勝手な話に長々と付き合わせた事を、目の前の彼女に対して頭を下げて謝りたい気分だってある。





 彼女のお気に入りの喫茶店にでもこの後、立ち寄って、美味しいかき氷を奢るって言うのも良いかもしれないなぁ、アスカも喜ぶだろうし・・・


 そんな他愛も無い事を僕は考えていた。





 けれども、声を掛け、このまま家に帰るか、何処かに立ち寄るか、それとも大遅刻だけれど、これからネルフの訓練場に向かうかのいずれかの選択肢をアスカに対して訊ね掛けようとしたその瞬間、振り返る僕の目の中を真っ直ぐに射抜いている彼女は、そんな事よりも、今までの打ち明け話の継続の方を強く訴えかけた。






 惣流・アスカ・ラングレーという女性に対するこの僕の気持ち・・・





 彼女は、決して僕の中の曖昧さを許さなかったのだ・・・








「正直に話してくれたから、昔時分の先生が、パイロット仲間だった私に似ている惣流さんの事をずっとずっと好きだったと言う事は、十〜分によく分かったわっ! でも、今は? 今はどうなの? 今でも死んじゃった惣流さんが忘れられない?」



「・・・今かい?」



「そう今は? 私よりも好き?」



「今は、誰よりもアスカの事が一番に好きだよ・・・ それは嘘じゃない」



「本当に?」



「本当さ」









 それを答えたいが為に散々に悩んで来たのだから、嘘じゃないよ


 僕は君の事が大好きなんだ・・・






 そう言い掛けて、僕は口を噤(つぐ)んだ。





 それは目の前の彼女に対して言うべき言葉ではないような気がしたからだ・・・







「今言った言葉は、絶対に嘘じゃないのね? 誓える?」



「誓えるよ、アスカ・・・」



「何があっても?」



「ああ、絶対に嘘じゃない・・・ にはならない」








 何度でもそう呟き、何度でもそう確かめる・・・





 この言葉だけは真実であって欲しい。



 その想いだけが、彼女の手を握り続けている僕の中を支配した。









「それじゃ、キスして! 今すぐここで! 天国の惣流さん達にもよ〜く見えるようにね」








 一瞬、何を言われているのかが分からなくて、僕は危うく彼女に対して今何と言ったのかをもう一度繰り返し聞き返す所だった。






 だが、次第にぼんやりとした僕の頭の中でも、目の前の彼女の言わんとしている要望の事実が、次第に明瞭となって来る。




 何のことはない。




 それは彼女の方から求めた、偽り無い『証明』の儀式だったのだ・・・








(Dパートに続く)