NEON GENESIS
EVANGELION 2  #7  " Honest Family "  side-D 
 





 「・・・・キスして」





 アスカは、そう言った。



 真っ直ぐに僕の事を見詰めているけれど、その奥底にある機微までは分からない。






 アスカ』の墓の前で、『アスカ』にキスをするという事・・・





 その予想外な戸惑いと混乱が、一瞬の躊躇へと繋がり、


 僕の全ては、止まっていた・・・







「したくない? それとも、出来ない?」




「・・・いや」




「・・・そうよね? 簡単な事だわ。ここに来る間にもやってた事だしね・・・ 第一キスくらい、今時、取りたてて騒ぐような事じゃないもんっ!」








 目を閉じ唇を突き出す彼女の背中に手を回し、内心の動揺を押さえ切るよう、その華奢な体をごく自然な動作で手繰り寄せようと心がけてみても、内的に震えるその先の行為が全くに進まない。



 僕との身長差のある彼女の頭越しには、振り返ればアスカの墓が否が応にも見えて居る。





 SOURYU・ASUKA・LANGREY・・・



 そこに居る彼女は何故だか悲しそうな顔をしていた・・・








「ごめん、アスカ・・・」




「・・・出来ないのね、ここじゃ・・・ 大好きだった惣流さんが見てる?」




「ち、違う・・・」








 違わない事こそが真実である。



 自然と口を衝いて出たかつてのアスカに向けたその言葉さえも、目の前のアスカに聞かれてしまった。



 言い訳なんて出来る訳が無い。







「もう一度だけ言うわね? ・・・私の事が好き?」







 これが最後だとその目が訴えかけている。



 僕はただ彼女の体を抱きしめながら、大好きだと答え返している。





 けれど、ただそれだけの事だった。



 何も出来などしない。



 何も進みなどしない。





 彼女は只ごく自然な行動だけを求めていると言うのに・・・









「先生が・・・ 先生が私の事を好きなんだって事くらい、とっくの昔に知ってたっ! 分かってた! でも、何よっ! これは何よっ! 馬鹿にしてるっ!! 私の事を馬鹿にしてるわっ!!」







 アスカ・・・







「私に何を見てるのっ! 私に何を見てたのっ! 私は私よっ!! 先生の知ってる惣流さんなんかじゃないのにっ!! なれる訳ないのにっ!!」







 違う・・・ そんな事・・・







「やめてっ!!」







 アスカ・・・







「気安く呼ばないでよっ! 馬鹿っ!!」








 正直に話した後には、嫌われても良い・・・



 そう思ってた納得なんて、大嘘だ。







 その時の僕は、僕の腕から離れようとして力一杯に暴れる彼女の事を全くに手離せなかった。



 顔を殴られ、胸を殴られ、足を踏んづけられていても、決して離す事など出来はしない。



 ここで手放してしまえば、彼女は永遠に離れてしまう。



 さすがに、その事態だけはよく理解していた・・・







「・・・どうして? ・・・どうして離さないのよ、馬鹿ぁ・・・」







 力無く泣き崩れる彼女を抱きかかえ、僕自身の無様さと無力さに果てしの無い自責の念が蘇る。





 目の前の彼女に嫌われるだけで、こんなにも僕の心は悲しい。





 手後れである事は解ってる。



 厚かましい事でもあるだろう。





 それでも僕は今一度のチャンスを望んでいた。



 それだけが僕の中に残されていた唯一の希望だったのだから・・・














 すっかりと遅くなってしまった昼下がりの墓苑の中を只ひたすらに麓(ふもと)に向かって歩いている僕たちの間に、会話など無かった。



 途中、時折さえずる小鳥の鳴き声だけが僕の両耳には大きく届いていたような気もする。





 好きだよ・・・



 信じられない・・・





 結果として結論は持ち越しとなり、話はまた改めてと言う事になってしまった。



 何度繰り返しても同じ台詞が出て来てしまう無限回廊・・・



 閉塞して行く彼女との状況の打開に、一体幾許の手段が僕の中には残されているのだろうか?



 そんなものはありはしない・・・





 そして、この時、階段を降りる僕たち二人を待ち受けていたのは・・・







「!? 日向さん・・・」



「話は終わったのか? シンジ君」








 ・・・だけではなかった。





 見慣れない制服を着込んでいる白人の男性が、その傍らに居る。



 あの左肩に取り付けてある金モールの印は、確か参謀飾緒(aiguillette)・・・








「はじめまして、Mr.碇Miss.琉条。私は現在、統括特務部隊・北米統括班(POWERS−NAから国連軍中央作戦本部(CSO)作戦局第一課長に選出しているウィリアム・スプルーアンス上級特佐です。一週間後の11月16日の日付を持ってネルフ(POWERS−Nerv)本部から異動なされる日向マコト上級特佐の代わりに、作戦局に在勤のまま、ネルフ職員並びにEVA搭乗者(QPの方々に対して直接、作戦命令を発する権限が与えられます。宜しくお願いします・・・」








 流暢な日本語の挨拶の後、今回僕とアスカがネルフの特別訓練をサボった件に関しては不問に付しておくが、EVAパイロットとしてのアスカには俄然興味があるので、今からでも詳しい話を彼女から直截に聞いてみたいと思います・・・ 



 と日向さんに対して、そう語り掛けていたスプルーアンス上級特佐が、時折、何かを確かめるように僕の方を振り返るアスカの事をネルフ本部にまでエスコートして行こうとする様を眺めさせながら、僕は僕の方で日向『司令』からアスカに関する事でとても大事な話があると打ち明けられていた。






 だが、スラックスの制式ズボンに手を入れながら斜に構えている日向さんは、スプルーアンス上級特佐がアスカの事を連れ去り、もう既に墓苑の中では僕と二人だけで取り残されている状況になっていると言うのに、一向に肝心な話と言うものを話し始めようとはしない。





 結局、この時の口火を切ったのは、僕の方だった。








「知っていたのですね・・・ 何時から見ていたのですか? 日向さん・・・」




「君が彼女を抱き寄せていた辺りからだ・・・」








 それは、それだけにとどまらず、かなり前の段階から僕たち二人の事を監視していたという事実の裏返しだった。



 相も変らず、僕たちEVAパイロットにはプライバシーなどという物は存在していない事がはっきりと窺い知れる。



 今更その程度の事など、どうでも良い事ではあるのだが・・・








「試みに聞いておく・・・ 彼女の年齢を知っているか?」




「知ってます・・・ ですが、そんな事は関係無い! 僕は彼女の事を・・・」




「・・・13歳だ」




「愛・・・ え!?」




「彼女の現時点での正確な年齢は13歳で、2015年の4月に生まれたと言う公式登録データは全て改竄だろう・・・ いや、アスカ・ホーネットとしては正しいと言うべきか・・・」








 何やら話の方向性が見えにくくなって来てしまったような気がする。





 4月生まれだと言っていた中2の彼女・・・



 琉条・アスカ・ホーネットが、実は、いまだに13歳のまま・・・





 この矛盾(paradox)の意味する所とは一体・・・







「一体、それはどういう事ですか・・・」




「・・・シンジ君 ・・・いや、第三適格者(3QP)・碇シンジ。これ以降の話に踏み込む為には、君や私・・・ 否応無くかつての参号計画(人類補完計画)に関与せざるを得なかった者としての『諦観』・・・ そして、『覚悟』が要る。君には真相を知る権利と真実から目を逸らす自由が共にあると思うのだが・・・  続けても、構わないか?」




「愚問です!」




「ならば、その心意気はそれで良い・・・ だが、このまま話を続けて行くのであれば、もう一つだけ、一人の先人として君に聞いておかなければならない事がある・・・ 君は彼女の為なら死ねるか?」




「え!?」




「心から愛した女性・・・ 琉条・アスカ・ホーネットという一人の女の子の為であるなら、君は嘘偽りなく君の命を投げ出す事が出来るのか? ・・・と聞いているんだ。言葉や方便だけではなく・・・」








 理由も無く、僕の背筋に戦慄が走って行く瞬間を僕は自覚する・・・





 それは、この時、言葉を一旦区切りながら、僕の前では久方ぶりにサングラスを外そうとしている男・・・





 ネルフ司令・日向マコト上級特佐の口から直接に奏でられている、14年前の第三衝撃(T.I.C.)時点に端を発っした第一、第二適格者(Qualified Person)両名の喪失アダムズチルドレン(Blessed People)の生誕・・・ および人類補完計画(E計画)その物の進行頓挫に関係する衝撃の告白の始まりだったのだった・・・









evangelion2


第七話 「家族として」


−完−











The Next Story  ・・・ Genesis 1:8 

" THE DAY "


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