NEON GENESIS
EVANGELION 2  #8  " THE DAY "








 僕はどうやって帰ったのだろう?




 気が付けば、玄関の中に居り、靴を脱いでいた。





 何も考えたくはない・・・



 何も思いたくはない・・・




 ・・・とにかく疲れた。





 日向司令から直接に伝え聞かされたアスカに関する真実の全容は、何も知らない僕の胸の内に秘めておくには、あまりにも大きくて、重い・・・





 酒に託(かこつ)け、気を紛らわせようと心がけても、酔う事さえも出来ない。




 ましてや本人そのものを前にして話をする事なんて、到底出来る筈も無い。




 伍号計画の中で、僕とアスカに課せられた真の役割・・・




 僕達はただ、抗(あらが)う術(すべ)を持たない哀れな『木偶の坊(でくのぼう)』であるにすぎなかった・・・






 「アスカ・・・ 居るのかい?」






 リビングに電灯が点いている事を知り、僕はその中に居るのかもしれない彼女に対して、とりあえず声をかけてみた。




 0時を過ぎた碇家に明かりが点(とも)っている事など、本当は珍しい事だ。




 玄関にも確か彼女の白いスニーカーが置いてあったようだし、同時期、スプルーアンス上級特佐から本部に呼ばれていた筈の彼女も、同じよう、つい最近に帰っていたのかもしれない・・・






 「・・・アスカ?」






 アスカは居なかった・・・




 その代り、そこに居たのは、眠っているツバサ君とアサヒちゃんだった。




 可哀想に、誰も帰ってこなかった今日の晩御飯は、二人でお湯を沸かして、カップ麺を食べていたらしい。




 二人の背中には、どうやら家に帰って来たアスカが掛けて行ったものであるらしいアンパンマンの毛布もある。




 僕は、順番に二人を二段ベットの上と下に運んで行き、そっと布団を掛けてあげた。






 「・・・お父ちゃん・・・」






 それはツバサ君たちの内にある素直な言葉・・・




 魘(うな)されて怖い夢を見ているかもしれない二人に・・・




 今まで「寂しい」だなんて、一言だって外部(そと)には洩らした事のない二人に・・・




 僕は溜まらずに声を掛けた・・・






 「何も心配は要らないよ・・・ お父さんは・・・ お父さんは、何時でも君たち二人の事を見守っているから・・・」






 子を想わない親は居ないだろう・・・




 そして、親を慕わない子は居ないものだ・・・





 実の父親に捨てられ、遠縁の親戚に預けられたこの僕には、他所の家庭で育てられる疎外感は人一倍、十分によく分かっている心算だった。




 僕が感じたような居心地の悪さを二人には決して感じて欲しくなくて、僕は二人に対して、様々に努力した心算だった。




 ・・・だけど、それらはあくまで『心算(つもり)』だったのだろう。




 本当は彼らだって記憶ある本当の父親・・・ トウジの方が良いに決ってる・・・




 僕では、単なる偽りの男であるにすぎないのだ・・・




 それも最低の類(たぐい)の・・・





 僕の手を握り、眠ったまま安堵の表情へと変化して行くツバサ君の姿に、少しだけ救われた想いを感じながら、僕は二人の眠っている子供部屋のベッドを後にしていた。





 ゴメンね





 その言葉だけを、一言小さく呟いて行きながら・・・















 アスカが居ない・・・




 けれど、僕は、確かに彼女が使った形跡のある風呂場と脱衣所を見た後になってから、ふと、靴を残したままの彼女が行きそうな場所が・・・ 一人になりたいと感じた彼女が好き好んで行きたがるような、そんな彼女だけの秘密のお気に入りの場所が、この僕のマンションには、たった一つだけ存在するという事実をなんとなくに思い出した。




 ベランダ横に備え付けられている鉄パイプの非常階段を使って登って行く、このマンションの屋上・・・




 背が届かなくて簡易階段の手すりにさえ触れられなかったツバサ君たちを散々に羨ましがらせながら、彼女は、かつて一人でスタスタと登って行った事がある。






 「凄く良い景色だったわよ?  今度は二人で登ってみない?」






 登りたくても登れないからブーブーと文句を言っているツバサ君とアサヒちゃんの相手をしている僕に向かって、屋上から帰って来た彼女は、実に楽しそうに、そう耳打ちをしていた筈じゃなかっただろうか?




 ・・・確信がある訳じゃない。




 けれど、どういう訳だか、ともすれば人よりも高い所に登りたがる『傾向』を持っている彼女は、理由も無く、そこに居る・・・




 僕は、そう思う。




 そして、実際、彼女はそこに居たのだ。






 「・・・先生?」




 「・・・アスカ・・・」





 振り返る彼女の瞳に、昼間に見せていたような怒りは感じられなかった。




 驚きの表情を浮かべている彼女に対して、ホッとした安堵感から何も声を掛ける事が出来なくなっていたその時の僕は、夜景を眺めていた彼女のすぐ側に行き、後ろからそっとその体を抱き締めていた・・・





 虫の良い話だろうか?




 彼女の領域(フィールド)に違和感無く近づいて居ると言う事・・・




 僕はまだ、本当は彼女から、そのはっきりとしなかった態度を許してもらっている訳ではなかったと言うのに・・・






 「どうしたの? 高い所は嫌いじゃなかったの?」




 「アスカに会いたくて・・・  無理して登って来たんだ ・・・ おかしいかい?」




 「・・・ウソツキ・・・  それにズルイわ、そんな言い方・・・」






 彼女の呼吸を身近に感じ、近づく度に自覚する。




 その風に揺れた栗色の髪・・・




 小さくて、可愛い唇・・・






 好きなだけじゃ足りない・・・




 愛してるだけじゃ足りない・・・




 僕は明確に彼女の事を『欲しい』と願い、『抱きたい』とさえ思ってる。




 だが、それは許されない想いの全て・・・




 僕は今、どうにもならない恋をしようとしている・・・







 「 ・・・機会があるなら聞いてみるが良い・・・ 彼女は、その(大人びた)体の発育に比して、いまだ初潮(First Period)段階にさえも至っていない・・・  いや、そもそもこのまま推移するのであれば、将来に渡ってあるのかどうかも疑わしい。外見上、女性体に見えている彼女の身体諸器官に、真の意味での女性的な機能が形成されるかどうかは、約束の日における『Metamorphose(メタモルフォーゼ)』が、我々とは違う意志によって起こり得るかどうかにかかっていると言えよう・・・ 」






 「 ・・・極端な話、EVAパイロット(QP)として認定されている彼女の存在は、あまり重要な物では無いのだ・・・  我々が必要としている資質は、あくまで彼女の内にある神の子(BP)としての資質・・・  違う言い方をすれば、偶然の奇蹟が産み出していたかけがえの無い個体組成( ONLY ONE )・・・ 」





 「 ・・・使徒(LNA)と新生命体(EVA)に関する権限を一手に引き受けるNerv司令の立場から補足すれば、約束の日までの彼女は、ただ無事に生きて居さえしてくれれば良い・・・ そして、約束の日を過ぎた後の彼女は、形成組体(B−PRODUCTSE−PRODUCTSが、一部分でも残ってくれていれば、それで良い。生死さえも問わない・・・   だが、シンジ君・・・ 君にとっては、そうではないだろう? 君は、『アスカ・ホーネット』という一人の女の子・・・ 今ある彼女の存在そのものの形を絶対的に必要とし、欲している筈だ・・・ 」





 「 ・・・あるいは、LNAの群体出現状況によっては『延期』の選択もあるにはあるだろう。だが、シンジ君・・・ 私はあえて、こう言おう。問題の根本(こんぽん)が解決とならない限り、ODD(こんかい)においても、彼女が消えるか、君が消えるかだ・・・  解っているな?  君が死ねっ!!  それが彼女を・・・ 君にとってのアスカ・ホーネットを、我々が画策している伍号計画(PLAN-No.5)の頚木(くびき)から、密かに制定メンバーの誰からも気付かれずに救い出せるであろう、唯一にして最善の方法であるのだ・・・ 」








 きっと、この後の未来に僕は居ない・・・




 君は・・・






 全てが終わった後にも『人間』として生きて行くであろう君は、手短なこの僕を相手にするような擬似的な恋愛『ゴッコ』とは違う、本当の意味でのまともな恋をして世界を知り、この先に現れるであろう僕以上の人たちと素晴らしく楽しい人生や幸せな未来を掴んで行く事だろう。






 ・・・そう信じてる。




 だから、この瞬間は・・・




 この手を伸ばせば届きそうな温もりの一瞬だけは譲らない、




 何処の誰にも・・・




 今のアスカは、僕だけのものだ・・・







 「・・・先生」




 「・・・ん?」




 「私はもう子どもじゃない!  私を見ているシンジ先生が、私の中に一体何を望んでいたのかは、もう解ってるつもり・・・  だけど、そんなのはイヤ!  このままじゃイヤ!  私の中に、ずっとずっと違う女の人を見ているなんて耐えられない!  ・・・私を見て・・・ 私だけを見て・・・  私は私なのよ・・・




 「アスカ・・・」






 全ての言葉は嘘になりそうな気がした。




 抱きしめる手に力を加えてみても、僕の想いを伝える術はなく、目の前のアスカに対する愛おしさは、激しく募って行くばかりだ・・・




 きっと僕にとっては、最初っから『理由』なんてどうでも良かったのかもしれない・・・






 「・・・私・・・ ずっと考えてた・・・  何で私は先生の事が気になるのかな? って事・・・」




 「・・・答えなんてあったかい?」




 「優しかった先生の事を好きになれたから・・・ って事も、勿論あると思う・・・  だけど、それだけじゃない・・・ それだけじゃないの!  私は、先生の側に居るだけで安心出来るって事を知ったから・・・  馬鹿だと思う?  だけど、私は、自分が何時か消えちゃいそうな感じがして、ずっとずっと怖かったから・・・」






 兆候・・・




 アスカの話の中には、日向さんの言う『兆候』を示唆しているものがある。




 時間は、僕たちを待ち続けていてはくれないのだろう。




 この僕、碇シンジが望むようには・・・





 だから、僕は、只一言、涙を堪えながらに、こう答え返していた。






 「側に居て・・・ これからも、ずっと僕の側に居て、アスカ・・・  他には何も望まないから・・・」






 満天の星空の中で行われる祈りにも似た心境・・・





 ウン・・・





 やがて、そう小さく頷いた彼女を目の前にして、僕は同時に、こうも思う。






 ・・・人を好きになる事など、誰にでも出来る。




 それは自分の想いの中から発する物である以上、悩む程の物であるのではなく、思いの外、簡単に踏み出せる『一歩目』の行為であるのかもしれない・・・




 だけど、他人に好きになってもらえるかどうかは『祈り』だから・・・




 だから、この僕は幸せであるのだろう・・・






 例え、この先、命を失う行動が『予定』されている身の上であっても・・・








 「ずっと、一緒よ・・・  シンジ先生・・・」






 もう迷わない・・・




 それが僕の胸の内にある、小さな決意だった・・・












GENESIS1:8 











 国連軍特別人事令−第138号

(軍参委・対使徒決戦第二次連合艦隊編成)






 
国連海軍第二次連合艦隊

(軍参委令・「踊り人形」作戦(ODD)専任司令本部)







 連合艦隊(UNGF−2)司令長官、兼、ODD司令本部長

 グエン・バン・ホー  大将




 同・参謀長、兼、同・本部次長

 ヨハン・エーリッヒ・フォン・ラムスドルフ  少将




 連合艦隊・特別兼任幕僚部員  ( 統括特務部隊・統制執行部員 )
 (UNGF−2ODD−GHQ




 同・参謀(作戦)

 ウィリアム・スプルーアンス  上級特佐




 同・参謀(政務)

 チャン・チュン・イー  特佐




 同・参謀(潜水)

 アイユーブ・マフディ  特佐




 同・参謀(航空)

 ゲンダ・マクガレイズ  特佐




 同・参謀(群務)

 ムハンマド・アリー  特佐




 同・参謀(術科)

 ラム・チェンイン  特佐




 同・参謀(情報)

 ジェーシー・ブローニング  特佐






 補給統制監

 アブドゥル・アジズ  主計少将




 警務監

 ドレイク・ドレーメル  憲兵少将




 衛生監

 モニカ・マクドゥーガル  軍医准将






 UNGF攻略第一任務部隊




 第11機動艦隊群

 ロナルド・マックモーリス  中将




 第一特務隊(P−EVA隊)・ネルフ司令代行

 青葉シゲル  特佐






 UNGF遊撃第二任務部隊




 第12機動艦隊群

 フランク・ハルゼー  中将




 第二特務隊(SR−EVA隊・無人制御)

 ウィリアム・スプルーアンス  上級特佐 (兼任)






 UNGF遊撃第三任務部隊




 第13機動艦隊群

 ジェフリー・フレッチャー  中将




 第三特務隊(SR−EVA隊・無人制御)

 ウィリアム・スプルーアンス  上級特佐 (兼任)






 UNGF主力部隊




 第一艦隊群

 グエン・バン・ホー  大将 (兼任)




 第六艦隊群

 ハンナバルト・J・キンメル  中将




 第七艦隊群

 ダグラス・ウォルフォヴィッツ  中将






 UNGF先遣部隊




 第27支援業務艦隊群

 オルトリッチ・バルマー  准将




 第8潜水集団

 オーシェコルン・クレッチマー  一佐




 第10潜水集団

 フィリップ・フレーベル  一佐




 第15潜水集団

 スティーブ・フカマチ  一佐






 地上基地航空総隊 (SS空軍ポリネシア方面隊)




 第203航空集団 (アピア/西サモア)

 ルイ・ガセット  一佐




 第215航空集団 (ヌクアロファ/トンガ)

 レフ・モーパッサン  一佐




 第239航空集団 (スバ/フィジー)

 ジャック・キルビー 一佐






 ・・・ ・・・ ・・・










 「・・・なっ! 本当なのか?  本部長グエン・バン・ホー大将が止むを得ず(選ばれた)だとぉ!?  あの人は大型艦の類(たぐい)なんて一度も指揮した事が無いし、乗った事も無いと言うバリバリの陸軍普通科(歩兵)将校なんだぞ? 本当に司令長官はグエン大将で決りなのか?  順次と経験から言っても、南米軍団(SASS)のブラウニー大将の方が順当だろうに・・・」





 「まぁ、将官級なんだ。畑違いでも、統合軍制である以上、それなりにこなすだろうよ・・・ しかし、次長となった戦略空軍のラムスドルフ少将と併せて、まさに『お飾り』だな・・・ この布陣では、軍事参謀委員会はツーロン補佐官、そして、前線司令部の実質はパワーズ(POWERS)・・・ それも俊英・スプルーアンス上級特佐に近いグループが切り回す事、見え見えだからな・・・」




 「だが、いくらOPD(Operation "Praying Doll")以降、連合派(カールマン派)の将校連中に逆風の風が吹いていたのだとしても、この人事では一見にしてあからさまだ・・・ 大洋州軍団(OCSS)のゴールドティンガー中将や欧州軍団(EUSS)のサーキス中将も、本来であればとっくの昔に中央(軍参委・中本)勤務に呼び戻されて居てもおかしくないくらいの経歴や実績の持ち主なんだぞ? かつての主流・・・ 連合派に対する冷遇は、日に日に強くなって行くばかりじゃないか・・・」




 「ツーロン補佐官の総員抑制令のおかげで、カールマン(大統領)の側近中の側近、ブラウニー大将は、三期連続で上級大将への昇進を据え置かれている・・・  カナン少将との局長レースに敗れ去ったサーキス中将は、出身母体の欧州(アムステルダムDD)から何処ぞへと横滑りに異動させ(遠ざけ)られるらしい・・・ その一方、今度の軍事参謀委員会・定期総会(ニューヨーク)では、いよいよ補佐官連中の全面的な支持を受けた、軍務局長、兼、防衛参議官・カナン『中将』誕生の筋書きって訳だ・・・  これからは統合局(パワーズ)に加えて、軍務局兵務局の両方を押えた統制派(ツーロン派)の一方的な天下なんだとよ・・・ 俺達もこの世界に生きている以上、付いて行く『』だけは間違えないようにしておかないとな・・・」









 2029年発行の国連軍特別人事令の内容が、次第に『誰の目にも』明らかになるにつれ、日向の掌握している若手パワーズ・ネルフ(Nerv)司令部員の間には、得も知れぬ緊張感がひた走っていた・・・






 大規模作戦の展開に名を借りた10月人事の恣意的な調整・・・




 その裏にある懲罰人事と対抗人事の横行と思惑・・・




 これはどの道、『ただ』では済まない・・・







 「おい・・・ その頭と言えば、ウチの大将とODD司令部との関係の方は、これから一体どうなるんだい? 一時期、パワードEVAの管理不備問題で、日向司令には上からの直截な懲罰があるって専らの噂だったろう? 」





 「日向司令の責任問題かぁ?  それが、なんとまぁ、今をときめくツーロン首席補佐官””のブレーンとして、安保企案室長SSM、特別指定職、少将級軍務秘書官)へと(二段階飛び越して)大抜擢なんだとよ・・・  その上、今の青葉副司令が司令代行に収まって、ODDが発動された後には全員、スプルーアンス作戦参謀の直令指揮下に入るってシナリオまでもが、もう既に決定済みらしい。形式上、今作戦のみ中央作戦本部(CSOのマックモーリス中将が艦隊司令(お目付け役)としてやって来る不自由さがあるにしても、実際の話、(終了後なら)今まで通りに、第11機動艦隊群その他を『ネルフ』として『自由』に使える権限と権利を留保したって所が正解だな・・・」





 「ひぇ〜、あやかりたいねぇ・・・  信濃司令を放逐した時から、ただのお人ではないと思っていたが、実に、ここまでになるお人だったとはねぇ・・・  どうやったかは知らないが政治将校が本筋である以上、首席補佐官と直接に繋がっている軍務秘書官の座なんてパワーズ(POWERS)エリートの本流も本流じゃないか・・・  秘密のベールに包まれた旧『Nerv』出身の肩書きってぇのは、伊達じゃないねぇ・・・」








 ヒソヒソ話が行われている彼らの傍らを、まるで何事も無かったかのように何の躊躇いも無くツカツカと廊下の向こう側にある司令執務室へと通過して行く日向上級特佐と長門一尉の御一行に一旦最上級の敬礼を施しながら、彼らは冷静に己の身を振り返り見て、否が負うでも自分達に降り掛かって来るのかもしれない、きな臭い火の粉の影に心を痛めていた。






 高官同士の代理戦争なら、他所でしてくれ・・・




 俺達は今、使徒退治(ODD)の方に忙しいんだ・・・






 それは、もし『』あらば、ほぼ確実に『統制派集団(コスモス』の一部門と見做されるであろう、パワーズ・ネルフ(旧国連軍第一戦略情報本部)職員達の心からの声なのであった。













 「連合派(カールマン派)は一時よりもその勢力が衰えたりとは言え、SS本隊の方に信望者の多い純粋な武力集団だ・・・ もし本気で暴発する気があるのならば、ODDにおいて生じる一時的な軍事空白を絶対に見逃す筈はない・・・ MAGIネットワークと抑止力としての戦略空軍は、3時間の限定において、実質上『使えない』に等しいのだからな・・・」




 「・・・知っている」




 OPD(四号計画の最大の失敗は、新型使徒(LNA)の持つ能力を第三衝撃(T.I.C.)基準の段階で過小評価していた点にある・・・ いくら頭の中で全てを理解している心算になって居ても、現実の事象はその遥か上を行っている事態だって、世の中、別段に珍しい事じゃない・・・ 追いつめられたネズミ(連合派)は猫を噛むぞ? ましてや、このネズミは俺達よりも大きいんだ・・・」




 「・・・この状況の有利さを利用して、例え一時的に軍権を握れる誘惑に駆られたとしても、連合派の幹部には、サンモリッツ宣言の2016年以降、あらゆる分野に渡って巨大になり過ぎた国際連合機構国連軍部隊の双方を統制する気概と能力に欠けている・・・ カールマン大統領とブラウニー大将は賢いお人だ・・・ いくらSS部隊内部での支持を浸透させていたにしても、それはあくまでコップの中だけの事・・・ 使徒(LNA)のある『』、先手を打って事を起こす愚かしさというものを、必ずや思い出される事になるだろう・・・」




 「それは彼ら(連合派)に事を起こされたとしても、一向に構わんという自信の表れなのか? 日向『軍務秘書官』? 」




 「そう受け取って貰っても結構だ・・・ 青葉『司令代行』・・・」








 12月1日(いっぴ)付けで国連軍中央作戦本部(CSOに復帰する事が内定した副官・長門レミ一尉を後ろに引き従えている日向マコト上級特佐と、その目の前の執務机に憮然と座っている青葉シゲル特佐との間で行われている司令事務引継ぎの手続きは、お互いが20年来の友人同士であるとは傍目には信じられないくらいに冷ややかに始まった。




 それは、状況の把握出来ないままに只一人、日向の乗っ取っていた特務機関・パワーズ・ネルフの中に取り残される形となった青葉シゲルの方に、意に添わぬ面が大であったからだった・・・






 「お前が俺を『新ネルフ』に呼び戻しておいた理由は、いざという時の為の後始末を俺に押し付けて、組織(WEISHEIT)に対する影響力を保持し続けたかったからか?」




 「・・・いいや」




 「では、何だ? 冗談か?」




 「何時ぞやの答えにはなるだろう・・・ 俺は友人だからだと思っている・・・」







 あまりにも簡潔で予想外な答えが真っ直ぐに返って来た為に、彼はしばしの苦笑の後、一体どう対処したものかと一瞬だけ日向の後ろに付き従う長門一尉の方を見やった後に、とりあえず愛用の煙草(ロスマンズ)を咥(くわ)えようと自分の胸ポケットの一つを弄(まさぐ)った。




 だが、この時ばかりに見つからない・・・




 見つからないまま本格的に煙草の箱を探し出そうと奮闘していると、間髪入れずに、スっと自分のタバコの箱を差し出して来る日向の珍しい姿に、青葉はさらに驚かされる事となった。




 彼は何時に無く、ライターですぐさまタバコに火を付けようとしている長門一尉の素早い行為を指だけで制止すると、自分の愛用のジッポウ(ライター)を差し出して、青葉の煙草に火を付けていたのだ・・・






 「パワードEVAは、切り札だ・・・  大事にしろよ・・・」






 そう言って、持っていた煙草の箱をそのままごく自然な動作で青葉の胸ポケットにねじり込むと、日向は呆気にとらわれたままの青葉を置き去りにしつつ、3ヶ月間程、その牙城としていたネルフ司令執務室を一人で静かに去って行った・・・




 それ以上は『何一つ』として、青葉には語ろうとせずに・・・




 続いて、敬礼をして日向の後に続こうとした長門一尉を呼び止める青葉の目には、ある意味、困惑の色さえも生じていたかもしれない。




 いや、友としての悲しみ憐憫だったと言う方が正解に近かっただろうか?




 彼は日向マコトという『何か』を企んでいるのであろう士官学校以来の自分の長年の友人が、最後の最後まで青葉に対して心を開かず、『何も』直接に言わなかった事を非常に残念に思っていたのだ・・・






 「君の上司・・・ 日向マコト上級特佐は、昔から先輩だろうが後輩だろうが、誰に対しても誠実な男だった・・・  とても真面目な男だったんだ・・・」




 「・・・存じております」







 日向・・・




 その言葉で、ドアのノブに手を掛けて退出しようとしていた長門一尉の動作が止まった・・・




 青葉はドアの手前で静止したままで居る彼女の姿を視界の片隅に目視すると、そのまま構わずに話を続けた・・・





 「部下としての君の立場から見て、奴の行動をどう評価しているのかまでは知らない・・・  だけど、かつての優しい・・・ そして、思いやりのあった温厚な性向は影を潜め、目的の為には非情な手段を選んででも強引に介入して行くネルフ(Nerv)あがりの『冷血漢』・・・  ツーロン首席補佐官の統制(パワーズ)思想に触れてからは、自分の領域を踏み越えて各国組織の専有管轄権にも口を出すし、意に添わぬ相手を蹴落とす事にだって全くに躊躇はしない・・・ そんな作られた偶像は、日向マコトと言う男の本来の役割ではないんだ・・・ この俺にとってはな・・・」





 「・・・・・・」





 「無論、俺だってネルフあがりのパワーズだ・・・  盲目的にツーロン補佐官の言(げん)には同調しなくても、彼の言う『非常手段』という物の重要性は十分に心得ているし、今、再びに壊れかけている世の中が、一体どんなに危険な水準にあるのかということも、よく知っている・・・  だが、奴の場合は思想じゃないだろ?  あいつの場合は自分の責任でもない『ある人』の死を境に、180度性格が捻じ曲がってしまっているだけだ・・・ そもそもが馬鹿なんだ・・・ いくら諭しても、頑として自分だけを責めて、責めて、責めて・・・  無茶をして、無理をして・・・ 」





 「・・・何故、今頃、そんな話を、この私に?」





 「・・・筋違いである事は解ってる。けれど、もう奴の中では、俺の声さえも聞こえていないかもしれないんだ、長門一尉・・・ だが、西シャンハイ機関(JS−13)以来、ずっと労苦を共にして来た君からの声ならば、あるいは・・・ 」





 「・・・・・・」





 「すまない。由(よし)の無い事を言ったようだな・・・ 忘れてくれ・・・」







 彼女は、日向(司令)の愛人(Mistress)ではないのか?




 職員の間では、密かにそう噂され続けている裏付けの無い世間話(ゴシップ)ではあるのだが、ついついその噂に引き摺られる様な気持ちで、手前勝手に話し掛けていた。




 真っ直ぐに振り返る複雑に悲しそうな長門一尉の表情を見た青葉は、心の底から自分の読み込みの『甘さ』と、他人の事情と気持ちを考慮に入れていなかった自分自身の『軽率さ』を悔いていた・・・






 「・・・日向司令は、私の恩人です・・・  私は、あの人の『』であるのならば、どんな物事でも完遂させる事でしょう・・・  実行部隊(JS−13)を経験していない貴方では、きっとその気持ちが御解りになられないかもしれません。ですが、それだけの事です・・・  それ以上には、あの人の方でも・・・  失礼します・・・」






 再度に改めて毅然とした敬礼をして司令室を退出して行く長門一尉の後ろ姿に、青葉はもう何も声を掛ける事が出来ない・・・






 それは、日向や青葉たち、POWERSオフィサー(国連軍統括特務部隊士官)の仕事にも直接に関わって来る軍事参謀委員会(軍参委)の策定した作戦計画としては、おそらくはかつての四号計画(PLAN-No.4, OPD "Victory"の規模にも匹敵するであろう大計画・・・





 『伍号計画(完全進化、PE計画)』の戦闘作戦計画(ODD)ファイルの策定目的とその完遂目標の全貌が、軍参委(UNMSC)の直接の上位議決機関、国連安全保障理事会(UNSC)の決議において最終的に討議・採択される予定となっている『特別』な日の朝の出来事だったのだった・・・













(A2パートに続く)