NEON GENESIS
EVANGELION 2  #8  " THE DAY "  side-B3








 「な、何をしたのよ、先生!? ばかぁ?  バカぁ?  馬鹿ぁ?」








 非常灯に切り替わる二つのパワードEVAコクピット。



 細工通りにアスカのエントリープラグ(Entry-β)だけが、緊急イジェクトされる。







 回線越しに絶叫する彼女(アスカ)の安全を確認し、囲い込むLNA(使徒)が、未だ日向さんの言う『1体』ではなく、『4体』のまんまであるという事実を確実に目視した僕は、全神経を集中して、生涯最後の攻撃的バースト・ライン(BAL−ATFを構築した。





 ここで最低限食い止めないと、残りLNAが無防備に排出された『アスカ』との融合を目指してしまう・・・





 それだけは避けなければならない。





 それを阻止して死んで行く事こそが、僕に架せられた最後の使命であるのだから・・・









 「アスカ・・・ 聞いて下さい。君だけは、僕が守ります・・・ この命を懸けてでも・・・」





 「どうして?  何で私だけ出したのっ!?  まだやれる!  私達のパワード・エヴァンゲリオンは、まだ闘えるわっ!!」








 瞬時に現れた四体のLNA(使徒)との激烈なる格闘戦の末、こちら側はパワードソードに連結する右上腕部のPWS伝達機構をもぎ取られて、心臓部から送り出されるS2−Energyの過負荷(オーバーロード)が始まっていた。





 敵対LNAが現状で健在である以上、こちら側からSSD(Super Sorenoid Driveを止める訳にもいかず、無論の事、S2−Energyの過負荷が増大して行く一方である『』、破壊抗体組織の『再構成』を目的とした莫大なるエネルギー量を必要とするAMP−ATフィールド(PPSPowered Protection Systemの使用に、その主要防御戦法の主体を切り替えて行くという訳にもいかない。





 もはやPPSを使おうが使うまいが黙っていても中枢機関たるSSDの臨界突破は時間の問題となった危険な状勢下に置かれてしまって居てもなお、僕たちは、一時的にこの場から退くことさえも許されずに、現出LNA(攻撃担当使徒群を引き留め、それと対峙する司令部(ODD)命令を強制されている・・・






 予定は変更され、上層部は『ここ』で起こすつもりなのだろう。






 予想外のアクシデントさえも既定の事実として受け入れ、着実に『真なる目的』のみを遂行しようとしているその姿勢と態度には恐れ入る。







 量産型EVA(エヴァンゲリオンmk.2-SR)の全機一斉導入に僅かながらにでも先行しそうな気配である今、この僕が特異点(イレギュラー)として行動する意志を持って参加していたんだとは、露ほどにも予想していなかった事態だろうけれども・・・









 「・・・好きだから  ・・・君のことが好きだから」






 「だから!?」






 「・・・巻き込むわけにはいかない。これは僕に残された・・・ 僕だけにしか解く事の出来ない宿題のようなものだから・・・」









 気が付けば、僕は再びに告白していた。






 父親に見捨てられ、家族の温もりを感じられなかった僕は、みんなの言う『生きている』楽しさや『人を愛する』って事の本当の意味が、実感としてよく解らなかったのだという事・・・






 人を知り、人(使徒)を殺し、人を愛した子ども時代の第3新東京市・・・






 生きて行く人生の目的を知りたくて思い悩んでいた学生時代の放浪の旅・・・






 長い間かかって、幸せが何処にあるのかをようやくに理解出来たような気がした後、僕は母国である日本に戻って来て、人知れず中学校の教師の道を目指した。






 そこに居る『アスカ』を忘れて・・・





 再びに『彼女』を感じさせる人物を好きになろうとは、露ほども思わずに・・・









 「・・・価値の無い僕は、何時死んだって構わないんだとずっと思ってた・・・ 初めて僕のことを好きだと言ってくれた人(カヲル君)は、使徒であるが故に、この僕の手で殺さざるを得なくなっていた・・・ 僕の為に親代わりとなってくれた女性(ミサトさん)は、逃げ遅れた僕たちを逃がす為に殺されてしまった・・・ 最後になって心が通い合えたんだと信じれた女性(アスカ・ラングレー)は、第三衝撃(T.I.C.)における僕のごく僅かな失敗の原因で、永遠にその命を落してしまった・・・  誰も幸せにならず・・・ 誰も幸せに出来ず・・・ 挙げ句の果てに、僕がこの世に生を受けた真なる理由は、父さんと母さんの望んだEVAパイロット(E計画実験体)の予備でしかなかったなんて・・・・」









 価値の無い僕・・・





 適格者(QP)としてののみが、唯一の存在証明(レゾンデートル)・・・





 それでもなお・・・





 それでもなお、死にそびれたその後の14年間が、ただ一瞬、人類社会の1000年の未来を変える『この瞬間(約束の日』の為に存在していたと信じられるのだとしたら・・・






 もし仮に、救えなかった少女(アスカ)と、救われなかった自らの過去を清算し、なおかつ、最後の瞬間に至ってもなお、この僕が本気で愛していたと強く確信する少女・・・ 『アスカ・ホーネット』の逃れようのない運命を救うことが出来る『奇跡(POWER)』が、僕の中にこそあるのだと信じられるのだとしたら・・・






 誰かに「結局、お前の人生は何だったのだ? 無駄に生きた28年間だったのだろう?」と強く問い掛けられたのだとしても、僕は大いに胸を張って、こう言い返す事だろう。






 「他人(ヒト)を愛した人生でした・・・ 満足です・・・ 満足して、逝(ゆ)きます・・・ 」






 ・・・と。









 「・・・ちょっと待って!!  好き勝手な事は言わないで!!  それじゃあ、は?  私はどうなるの?  先生の事が好きだって言う私の気持ちはどうなるのよっ!!」









 ごめんなさい・・・






 ありがとう・・・






 二つの異なる感情が、僕の中を渦巻いて行く・・・






 泣いても叫んでもどうにもならない世界がたぶんにあるって事を、僕のことを真剣に想って言ってくれているモニター越しの彼女の動揺したピンクのプラグスーツ姿に言い放てるほど、僕は大人でもないし、思い上がってもいない。






 滅びの時を免れ、未来を選ばれる生命体を『一つ』にする企て・・・






 伍号計画 (PLAN−No.5 ”Perfect Evolution”)・・・






 これは取り引き(バーター)だったんだ・・・





 僕と日向さんとの・・・









 「解んないっ!  先生の言ってることなんて天才の私には全然解んないわよっ!!」






 遺言だよ・・・ 生と死は等価値だったのかもしれないね、僕にとっても・・・」






 「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、バカァ!!









 囲い込む4体のLNAは、結集してパワードEVAのバーストライン(BAL−ATFを侵食しはじめた。




 4体分の合算されたS2−Energyが強力なATフィールドとなって瞬く間に展開され、それに呼応するかのようにATF戦闘で優位に立つパワードEVAの絶対領域(ATF)は徐々に縮小の段階を余儀なくされ、時間稼ぎとして構築した暫定的防衛前線( Ablative Shield = Burst Activation Line は、もうじき儚きガラスの壁のようにあっけなく砕け散って行ってしまうに違いないのだろう。






 前面ディスプレイ(VCI)に表示された4本の予想突破LNA侵攻ルートは、パワードEVAの行動領域にほとんど『選択』の余地が少ないという事前予測を指し示していた。







 限定的に許容されるS2−Energyの増幅回数は、あと4回・・・






 捨て身で行うパワード・アタック(PWS−PA/フローティング突進攻勢を実行するには、必要かつ十分な時間と機会(チャンス)が与えられていると言うべきなのだろう・・・









 「来いよ、LNA。碇シンジ、最後の生き様って奴を見せてやるから・・・」









 突然の電波障害により、映像も音声も会話の途中でプッツリと途切れる羽目になってしまっていた射出エントリープラグ(Entry−β)との緊急通信用回線モニターの乾いたノイズ画像の照射線をちらりと眺め見てから、僕が思う事はただ一つ






 そこに居る彼女(アスカ)のことをもう一度だけ抱きしめて、いっぱいいっぱいキスしたかったって事・・・







 制御機構としてのアスカがシンクロオペレーション(β−Operation)から全くに抜け落ちてしまった事で、パワード・エヴァンゲリオンの操作率は、約四割程度に低位してしまっている。






 第三次装甲(パワード・ユニットまでの超動的重装甲防御システム(PPS−RA3の全てを放棄して、身軽に強がってみたとしても、一体どれほどの自由度で優勢なLNA群のパワーに対抗する行動が持続し得ると言うのだろう?





 僕は一回目のパワード・アタック(PAに打って出た。





 それは、かつての綾波レイ(1QP)が・・・ そして、鈴原トウジ(4QP)が・・・ 自分にとっての大切な『何か』を守るために行った意識のソレと、ある意味、ほとんど同じ高みにまで昇華していた『決断』でもあったのだった・・・



















 「よくやったな・・・ シンジ君・・・」







 傍らでブランデーのグラスを傾ける『総帥』と食卓で居並ぶ日向マコト・パワーズ上級特佐は、心の中でそう叫んだ。






 最高級のもてなしを受け、決して普段は派手好きではない『総帥』の・・・ 個人的なお気に入り芸術家庇護活動(メセナ)の一環として特別に邸内にまで招き入れられていた『らしい』地元の無名なオーケストラ楽団の奏でる上質なヴェートーヴェンやシューベルトの熱き調(しらべ)を片耳で聴き流しつつ、劇的に変動したODDの『全て』が全く余す所無く映し出されている偵察衛星撮影ODD司令部経由の同時中継(OFT−308海域)スクリーン画像の数々は、ちょっとやそっとの事では全くに動揺の素振を見せた事が無い事で有名であるツーロン・ヴァイスハイト総帥の心情を、大いに脅かすには十分な光景であった事だろう。






 ぜひとも日向にこそ引き合わせたいのだと言う彼の『』が、未だ、ここザルツブルグ(EUオーストリア)郊外の閑静な高級住宅地邸内に到着していないという今、階層のはなれたポジションに座っている上品そうな楽団員や給仕たちを除けば、このゆったりとした室内スペースに存在している戦闘要員は、たった一人、自分だけ・・・






 常日頃の用心深さを旨とするパワーズ=ヴァイスハイトの実質的な『総帥』、アレクサンドル・ツーロン首席補佐官は、ついに信頼する自分の配下の日向に対して、決定的な『』を見せてしまっていたのだ・・・









 「・・・何故だ?  日向上佐・・・」









 日向から静かに突きつけられたサイレンサー付きの拳銃の銃口に対して微塵の動揺も感じさせずに、命を狙われている老練な『総帥』は厳然と言い放った。







 日向マコトは、掛けていたサングラスを取り外しながらに答え返した。









 「強権的な平和の確立を望んだ貴方の画策した全てが、無残にも音を立てて崩れて行く様を、ここで私と一緒に眺めているが良い・・・ 国家権力統制(POWERS)思想の提唱者にして、偉大なるヴァイスハイト(WEISHEIT)、『総帥』、アレクサンドル・ツーロン首席補佐官・・・  いや、9th ZEELE(ナインス・ゼーレ)アドルフ・リデルフェルム・フォン・クロンシュタット教授っ!!  俺は、この瞬間を・・・ 連綿と切れる事のないゼーレの野望に最終的な楔(くさび)を打ち込むこの一瞬が訪れてくれるチャンスを・・・ 14年間・・・ 只ひたすらに待ち続け、そして、自ら工作していたのだ・・・」


















 同士討ちによるダイヤモンドにも似た上空の煌(きらめ)き・・・






 アルファ(A・L・Fa)防空システムも変調をきたした・・・






 4体のLNAをようやくにして打ち倒す事が出来た後、突如としてパワードEVAに最期の止めをさすべく現れた大天使メタトロン(LNA−Metatron、契約の天使)は、投入された上層部のSRエヴァ全13機のSSDに介入し、放っておけば、やがては完全にその『支配下』に置き換えてしまう能力をも保持していた事だろう・・・






 パワードソードを貫き通し、巨大生物(LNA)の断末魔の咆哮を聞きながらに、僕は思う。







 日向さんの言う『望みうる構築の刻(とき)』は、最低限、これで阻止出来たんだろう・・・







 琉条・アスカ・ホーネット・・・






 『アスカ』の生まれ変わりなどではなく、本当は『アダム』の生まれ変わりだったという僕の愛した愛(いと)しい少女・・・






 彼女の住み行く素敵な未来を、僕はほんの少しだけ守った・・・






 最終的な僕の『』を持ってして、その行為は完結する・・・









 『警告しますっ!!  S2−Energyの漏洩によりパワードシステムの暴走が始まっています。連結メインSSD、第二危険水準域を突破!!  同じくサブSSD−02、03、第三危険水準域を突破!!  これを阻止出来ません!!  α−パイロットは、β−パイロットと同様、速やかなる脱出の手続きを取って下さい!!  警告します・・・









 もはやSSDに対するPCS制御は完全に不可能な状態にまで陥り、PESは暴発寸前にあるパワードEVAの全エネルギー伝導回路を遮断出来ない。









 やれるだけのことは、十分によくやった・・・






 ・・・そう思う。







 だから、待とう・・・






 刻(とき)が来るのを・・・






 後は、祈ろう・・・・






 啓かれる彼女(アスカ)の新世界に本物の幸(さち)多からんという事を・・・









 「少しだけ、笑われる理由が解ったような気がするよ、綾波・・・ 愛しいものを守りたいなんて思う気持ちは、他の誰の為にでもない僕達の中にある自分勝手なエゴだったのかもしれないね・・・ だけど、結局、僕たちには、湧き起こるその気持ちを何も止められなかったんだ・・・ それだけが支えとなり得てしまう無知で無能な僕たちのレベルでは・・・」









 メインSSDの赤色ハザードランプが、今ようやくに点灯した。






 時間にして残り約10秒






 そこで終わる。






 全てが終わる。









 「・・・ねぇ、トウジ ・・・ 君は奥さん(委員長)に会えたのかい?  僕も遅くなったけど、久しぶりにそこに居るアスカに逢いたくなったから、今すぐそこへ行くよ・・・ 新聞記者になって忙しく世界を飛び回っているケンスケだけは、まだそこに来ないだろうけど、みんなが揃ったら、もう一度だけ一緒に海に・・・  僕は、昔みたいにみんなで仲良くあの海に行けたら、とても素敵な事だと・・・  ずっとそう思ってたから・・・」










 「そんな事、駄目よ、シンジ・・・  勘違いしないで・・・」







 「・・・!? ・・・ア、アスカ?










 パワードエヴァンゲリオンのSSDが臨界を突破する白き閃光の渦の中で、僕は再び見える筈のない幻影を見た。







 それは、確かに『アスカ』だったと・・・






 僕は感じた・・・・









evangelion2


第八話  「約束の日」



−完−











The Next Story  ・・・ Genesis 1:9 

" Turning Point "


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