NEON GENESIS
EVANGELION 2 #9 " Turning Point " side-B2
「この電子戦の世の中に手旗信号とはね・・・ 人類の敵は、あくまで人類であったと言う事か・・・」
戦闘発令所(CIC)から艦橋(ブリッジ)の方に上がって来たスプルーアンス上佐たち参謀連中は、揃ってカールツァイス製のレンズで出来ている双眼鏡を眺めながらにそう呟いた。
手旗信号と光信号を組み合わせたモールス信号の伝達により、広域情報から切り離されて先の読めない危険区域内に放り出されてしまっている第一艦隊群内での動揺を押え込み、かろうじて統一的な艦隊運動を維持し得たのである。
味方識別信号(ODD−Sign)が当てにならなくなった今、彼らは、自分たちの構築した制権要撃の要、アルファ・システム(連動型攻撃衛星群)に何時『敵対分子』として狙撃されるのか全く判らない位置関係に在り、内心では、自分たちを安全にこの場(戦場)から離脱させてくれる神様であるのならば、とりあえず誰にでも祈り倒しておきたい気分である事を全くに否定出来ない・・・
だが、彼らは彼らの矜持の赴くまま、何時までも他力本願な行動に身を委ねている訳にもいかなかった事だろう。
彼らこそは、現代に蘇った能天使・パワーズ(POWERS)・・・
何よりもまず自分たちこそが行動し、世界をリードする神の尖兵であるべき使命を帯びている『彼ら』だったのだから・・・
『撃てぇ(FIRE)!! 』
全弾が『打ち落とされる』と言う事がほぼ『確実』であろう大気圏離脱型戦域弾道ミサイル(BMDS)を使用したグエン大将の気休めの先制攻撃命令だけが空しく響き渡っている戦闘ブリッジ内において、スプルーアンス上級特佐達は、それでもなお、現状におけるベストな『ODD』の決着のつけ方を模索すべく、あらゆる手段を試みて、駆使していた。
今となっては、ここより始まるBP(アスカ)の守りとしてP−EVA(弐号機)の影響力も保持しておきたい所だし、対宙攻撃さえも可能となる切り札・L−オプション(ポジトロンライフルSR)と、対指向性光線防御の切り札、BAL−ATフィールドを常備しているSR−EVA(量産型EVA)の戦闘転用も、所定のポジション(クロスコア/SR−13構想)から『フル回転』せざるをえない状況に変化している事態が、頭の中ではよく解っている。
だがしかし、彼は、『ある事実』が起こり得るのかもしれない可能性を念頭において居て、それらの決断への『全面的』な転換に躊躇していた・・・
それは、作戦参謀(パワーズ)としての彼ではなく、組織員(ヴァイスハイト)としての彼をして、『被害を少なくする』と言うごく当たり前の軍事行動への転換が、この場合、補完遺伝子(琉条アスカ)の決定的な『メタモルフォーゼ』を自ら放棄するに等しくなりはしまいか?・・・ と言う要らざる不安感を増幅している結果に他ならなかった・・・
「・・・チャン特佐 ・・・貴方は『神様』を信じていますか? 」
「信じているのかもしれませんが、ほぼ100%意地悪でしたね・・・ あんまり他人にお勧め出来る良い神様ではありませんでしたよ? この私の神様(ジーザス)は・・・ 貴方の所は違うのですか?」
「旗色が悪くなって以降の上司命令をどう思います? 軍人にとって上司の命令は、絶対です・・・ 」
「正しかった例(ためし)がありませんな・・・ 理不尽です・・・ 」
しれっとして双眼鏡を覗き込んでいるチャン特佐の言いようがあんまりにも真剣に受け答えてくれている代物だったので、返答を期待せず無意識のうちに話し掛けていたスプルーアンス上級特佐の方はと言うと、この時、思わずチャイニーズな彼の横顔を見回しながらに、破顔しかけていた。
"Control your own destiny or Someone
else will."
「要するにまぁ、『自分でやれっ!! 』って事ですかね。何処の世界も・・・」
「ハハハ・・・ 違いないですね。だからこそ、我々のような『正直者』が苦労する・・・」
諜報工作と謀略戦争の傑物とも仇名されている政務参謀のチャン特佐も、この時、笑いながらに作戦参謀・スプルーアンス上佐の事を振り向いていた。
また一つAmeriaマシーン(アルファシステム)の閃光が、彼らの上空を通り過ぎ行き、(第7艦隊群の進駐する)南西方面の水平線上に幾本かの火柱(ファイヤーウォール)が吹き上がっていく死線の中で、全人類の幸せとその革新を夢見ているパワーズ(POWERS)の元にある『彼ら』の進むべき道は、自ずから定められている。
逃げない事・・・
| (STAND UP) |
立ち向かう事・・・
| (FIGHT) |
強くある事・・・ | (and POWER) |
だからこそ・・・
「ヴァイスハイト(WEISHEIT=ADL)の上席に名を連ねている者・スプルーアンスとして、誇りあるパワーズ(POWERS)の一員である貴方(チャン・チュン・イー)に命じます。ODD戦線からただちに撤退して下さい・・・ 」
「理由は?」
「『保険(INSURANCE)』ですよ、失敗した時のね・・・」
元々強襲揚陸艦からの改造であったブルーリッジの後部デッキから軍用ヘリコプターが飛びたっていき、スプルーアンス上級特佐たちパワーズの居残り組は、回転翼(ローター)の巻き起こすその風を一身に受けながら、『ディスク』を受け取って神妙な趣で乗り込んでいたチャン特佐たちの方に向かって敬礼をした。
一瞬にして上昇するヘリコプターの中にいるチャン特佐たちも、スプルーアンス上佐に向かって返礼を返していた。
頼みましたよ・・・
確かに・・・
他人に認識出来る言葉を交わし合わなくても、通じ合う彼らには、彼らの音声がきっと聞こえていた事だろう。
やがて、しばらくの間、誰言うと無く、衛星軌道上から狙撃される可能性を考慮しつつゼロ高度の低空進路を進み行くヘリコプターの軌跡を見送っていたパワーズ参謀部員たちの居残り組は、気を取り直したかのように、一人、また一人とブリッジに繋がる鉄板のタラップを踏みしめながら、ODD司令部の各々の持ち場の方へと返って行っていたのだが、最後尾に位置していたスプルーアンス上佐が艦内に入り込もうとしたまさにその瞬間、彼は信じられない『光景』を視界の中に見せられてしまっていた。
前方の海域が歪(ひず)んでいる!?
私達の『意思』を感知したのか!?
何故だ?
何故、奴等には、ここだと判ったんだっ!!
『オブジェクティブ・ディメンション・パワー(ODP)感知!! 総員、第一種迎撃体制!! 対使徒(LNA)戦闘、近接戦用意!!』
空間の歪みが実体化すると共に瞬時移動(テレポート)して来た使徒(LNA)に向かって、敢然と唸りを上げた各国の、ファランクスCIWS(シーウス)、ゴールキーパーCIWS、フィールリンクCIWSなどの対近接戦闘兵器が瞬時に反応して、襲い掛かっている。
だが、平均分速10000発にも及ぶ高速な装弾筒付徹甲弾(タングステン合金弾)を浴びせ倒していても、只の一発として『当たっていない』し、あろう事か、回りの力場(ATフィールド)にさえ『かすってもいない』のである。
それどころか物の数分もしない内に、イージス護衛艦・タイコンデロガ( "Ticonderoga" )、ミサイル護衛艦・バーミンガム( "Birmingham" )、対潜護衛艦・トライバル( "Tribal" )などの随行する主要艦船が次々に撃破され、撃沈されて行くその姿に、スプルーアンス上佐は、本能的な『恐怖』と『畏敬』の念さえ感じた。
『禁忌(Taboo)』
・・・そう表現してもいい。
縦横無尽に海面上を疾走するそのエイ(devilfish)型の巨大生物(LNA)は、まさしく海の王者という形容に相応しい海魔の化身(リバイアサン)だったのであった。
「・・・お前が俺の死なのか?」
SHRRRRRRRRRRRR!
”ブルーリッジ”を飛び越え、総高57mに及ぼうかと言う大ジャンプを繰り広げながら、こちら側の対応をきりきりまいさせているその海洋型攻撃担当使徒(LNA)は、眼下のスプルーアンス上級特佐の事を眺め見ながらに『笑って』いた。
パワーズ(統括特務部隊)による世界制覇・・・
その後にある統一管理政策(地域軍備一斉放棄案)・・・
使徒の撲滅と共に各国政府および地域間連合代表部に残されていた軍権と兵権の全てを取り上げ、国権の発動たる軍隊の無い平和な世の中をこの地球上に構築する世界初めての統一的な試み・・・ ツーロン補佐官、カナン中将を筆頭とする統制派(コスモス)の世界戦略目標・・・ 『パワーズ計画』は、もうすぐ、そこまで・・・ すぐそこまで実現可能な範囲内にまでやって来ている所だったというのに・・・
加粒子砲の収束音が聞こえ、唸り出す使徒の咆哮が、旗艦”ブルーリッジ”の進駐する海域全体を一瞬にして包み込んだまさにその瞬間、スプルーアンス上級特佐は、空から舞い降りて来る制服姿の『青い髪の少女』の不思議な光景を併せ見た。
少女が微笑んだ瞬間・・・
やがて暖かく両手を差し出しているその彼女は、大人な女性の外見のソレに変化していた。
小さい頃に死に別れになっていた大切な女性の姿・・・
水商売の経験があると言う理由で、見初めた父がアフリカ戦線(第3次世界大戦)で死亡すると共に、格式ある厳格な高級軍人の家系であった父方の祖母から冷たく離縁され、幼かったこの私の養育権を取り上げられたまま「無教養のアバズレ」だと親戚筋からも爪弾きにされてしまっていた美しくも、優しい彼女・・・
死ぬ間際になって、ようやく面会の許された病床の彼女は、微笑みながら、『私』と『父』の事を愛していると言っていた・・・
「母さん・・・」
一瞬にして消滅する閃光の中で、参謀大学始まって以来の大天才と呼ばれ続けていたスプルーアンス上級特佐は、子どもの頃に返った自分のハイキング姿と、楽しそうにこちら側を見守っている父と母の姿を眺め見ていた。
逞しい父・・・ 優しい母・・・
ちょっとオドケた自分・・・
それは浮き上がる命の灯火を救い上げる綾波レイをして、
「絆・・・ 綺麗な世界・・・」
そう言わさしめるに十分な、『紅き魂(ビー玉)』だったのだった・・・
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