NEON GENESIS
EVANGELION 2 #9 " Turning Point " side-B3
「葛城三佐・・・ そんな・・・ そんな馬鹿な・・・ 生きて・・・」
血を吐き、床に崩れ行く日向マコトは、信じられないものを見るような思いで、その近づく女性の『影』に手を差し伸べようとした。
戦闘に不釣り合いなパーティードレス姿になっている目の前の葛城ミサトなる女性の『影』は、静かに日向の落した拳銃を拾いあげ、そして、大事そうにその胸の中へと抱えると、少し寂しげな声を震わせて、こう囁いていたのだった。
「ゼーレに参与した者が赦せなかったの? 日向・・・ 君・・・ 」
「・・・・・・」
「『私』・・・ が好きだったから? 今の貴方は、『世界を統べるもの』の一員として、新しい仲間たち(POWERS)からの信頼と絆(きずな)を勝ち得ていた大切な身の上だったでしょ? このまま目を瞑(つぶ)っていれば、現世における栄誉も栄華も、貴方の欲しいままに与えられていたでしょうに・・・ どうして?」
首を横に振る日向に、葛城ミサトなる女性の影は、「では、何故?」と問い掛け続けている。
彼は、途切れ途切れになりがちな声で、必死に答えていた。
「ケジメですよ。私なりのね・・・」
ゼーレ最高会議による旧ネルフ粛正・・・
それに呼応する日本国政府の緊急命令(A−801)・・・
ギリギリまでお互いに騙し合っていたE計画(ネルフ上層部)と人類補完計画(ゼーレ最高幹部会)のそれぞれに存在する裏側の思惑・・・
打ち明けられ、大口を叩いた私は、「貴方(葛城三佐)の事を守ります」と言った。
ウインクする貴方は、「期待しているわ」と答えた。
それは私にとって・・・
貴方に対する守るべき『約束』となって生き続けていたのです・・・
「復讐(リベンジ)する事も、『約束』の範囲内だったとでも言うの? 『私』は、そう言った?」
「・・・・・・」
「答えてっ!!」
「過去の事です・・・ 抱いている間にも・・・ 抱いている間にも、他の男(加持リョウジ)の名前を口走った事のある貴方を、本当は憎んで・・・ 憎んで・・・ けれども、愛していました・・・ 例え、貴方の心が、私以外の他の男の心(もの)で一杯に充たされて居ようとも・・・ あの瞬間・・・ あの瞬間だけでも、この『私』が必要とされている一瞬は、確かにあった・・・ 『あった』んですよ、葛城三佐・・・」
「・・・・・・」
「守れなかった貴方を・・・ 駆けつけた時には、既に息を引き取っていた貴方を・・・ 悔やんで、私は・・・」
『修羅(強化人間)』となった・・・
『総帥』子飼いの殺人者(ヒットマン)として・・・
目を閉じ、涙を流す日向を、そのミサトは、優しく膝枕に抱きかかえていた。
ハンケチを取り出し、日向の口を伝う赤き血を拭き去りながらに彼の事を労(いた)わろうとする彼女は言う・・・
「生き残った貴方には、幸せになる権利があった筈よ・・・ 『私』を忘れようとは思わなかったの?」
・・・と。
手を伸ばし、目の前のミサトの頬を撫ぜようとする日向は、彼女の膝上の柔らかさに心底、安住していたかのように、いとおしげに答え返している。
「どうしてでしょうね? 解りませんよ・・・ 何処かで何かが『狂って』しまっていたのかもしれません・・・ 一人・・・ また一人と、潜伏した旧ゼーレメンバーを洗い出し、第二・第三衝撃(T.I.C.)の原因を問い詰め、復讐を敢行していても、『修羅(E技術導入型強化人間)』となった私の心が満たされて行く事は決してなかった・・・ 泣き叫び、命乞いをする相手に向かって冷酷に引き金を引いていた私は、気が付けば、もう何処にも『帰れない』男になってしまっていた・・・ だから・・・」
やがて、ミサトは言った・・・
「好きな娘は? 好きな娘は居なかったの?」
日向は、少しだけその質問の意味する所に面食らっていたかの様子を受けていたのだったが、やがて、気を取り直したかのよう、ほのかに笑いながらに、目の前の『彼女』に対して答え返していた。
自分の右手が動かなくなったのと、一体、どちらが先だったのだろう?
目の前の彼女(ミサト)は、確かに『泣いて』いたのだった・・・
「居るには居ます・・・ ですが、貴方にだけは、教えてあげませんよ? 彼女は、貴方以上に美人で、貴方以上に綺麗で、貴方以上に可愛くて、貴方以上に素敵な女性だったとでも言っておきましょうか・・・ その上、彼女は、貴方みたいな『意地悪』な人ではありませんでしたね、決してね・・・」
「クス・・・ 自分から好きだと言ってあげた事はあった? 『彼女』は、本当に貴方の事が好きだったかもしれないわよ? 貴方からの言葉をずっとずっと待ち続けていたのかも・・・ 『私』は、きっとそう思うわ・・・」
「彼女から見れば、私は髭面の汚らしい40代だ・・・ そんな事は有り得ない・・・」
『彼女』は・・・
彼女は私の部下だったから、私の側に居てくれただけです・・・
血に彩られたこの私を・・・
彼女は、とても優しい女性だったから・・・
「・・・日向『司令』・・・ 貴方がこの私を選んでくれたのならば、私は最後まで『人』で居られましたのに・・・」
膝上に抱きかかえる日向の頭部へと彼女の涙の粒が零れ落ちて行く・・・
張り詰めていた物が消え去った日向の死に顔は、あくまでも安らかだった・・・
「ご存じなかったでしょ? ・・・渚シズカ・・・ シズカ・フォン・ナギサ・クロンシュタット・・・ それが私の本当の名前です。私は、父様(とうさま)が組織(ヴァイスハイト=ノイエ・ゼーレ)に近づかんとする貴方に対して仕組んだ万に一つのブレーカーだったのです。貴方のトラウマと深層意識に訴えかけるよう、初対面の頃から、瞳の色を黒色に変えました・・・ 長めの黒髪に変えました・・・ 全てが似ている必要はありません・・・ 声質や容姿・態度を学習しておくだけで、他人が他人になりきれるのです。ましてや、私達の作戦は、想定以上に容易だった・・・ 私は、折に触れ、貴方の望んだ『葛城ミサト』のイメージを思い起こさせる日本人・長門レミを演じれば良かったのですから・・・」
日向の事を抱きしめる『娘』に近づいた『総帥』は、彼女に話かけた。
「彼を愛していたのか・・・」
「はい・・・」
『黒色』のカラーコンタクトを外した『娘』は、背後に立ち尽くしている『総帥』の事を振り返りはしなかった。
『真紅』の瞳・・・
其は、人ならざる者の証・・・
背後のODD中継スクリーンでは、残存LNAに対して本能的な個別戦闘を繰り返しているSR−EVAと、神の子(アスカ)を護衛するかのように付き従いパワード・トマホークを振りかざしているP−EVA弐号機の映像が多元的に映し出されている。
現地司令部の指揮権は、(ODD)発動直前になって『中心点(太平洋)』から『海峡封鎖(アルゼンチン領海域周辺部)』へと急遽『戦略配置転換』されていたため、比較的指揮系統の整った第6艦隊群へと移譲され、粛々と撤兵するための態勢建て直しが図られているようでもある。
神の子(BP)の覚醒は、無かった・・・・
『ヘブンズ・ゲート』は三度(みたび)開かれないまま、全てが『終わって』しまったのだ・・・
「私の命も永くない・・・ 私は全てのからくりを打ち明け、せめて『お前』の将来の事だけでも、誠実な『日向』に後事を託しておきたかったのだがな・・・」
動作の止まった『娘』を見やることなく、破綻した『踊り人形』作戦(ODD)の全容の方を眺めていた『総帥』は、やがて歎息とも溜息ともつかぬ独言を呟くと、その場から静かに立ち去って行った。
『総帥』には解っていたのだ。
『娘』が思う存分に『泣きたい』のであろうと言う事を・・・
「・・・世の中とは、まま為らぬものだな・・・」
声を殺してすすり泣く『娘』・シズカを背後に感じながらに、自動ドアの外に出て行った『総帥』は、己の欲望から生じた『十字架』が、またひとつ消えようの無い『傷痕』を残して行った事態を強くに自覚していた。
『上司』が改めて惚れ直すぐらいの綺麗な服を着てきなさい・・・
私は、『日向マコト』を『本宅(柊の館)』まで招待したいと思っている。
そのように言わなければ、この罪は少しぐらい軽くなっていたのだろうか?
どちらにせよ、私は喜ぶシズカの顔が見たかっただけであるのだが・・・
・・・そんな事を思わないでもない『総帥』・クロンシュタット教授は、ともすれば失意のどん底に押し潰されそうになりながらも、それでもなお、『信念』を捨て去る事の出来ない自分自身の性向をもって、自分は本当に『どうしようもない』男であるのだと思った。
精力を傾けた伍号計画(PE計画)の大部分は、信頼した部下(日向)の裏切りと妨害に出会って、『不成立』のままに破綻した・・・
国連『軍』主導による四号計画(OPD)と伍号計画(ODD)の立て続けの失敗は、多大な財政の裏付けを必要とする物であった以上、主要構成国家・ブラジル=アルゼンチン連合(UBA)のカールマン大統領は、ここぞとばかりに関係各者(ツーロン首席補佐官、カナン中将)の罷免・追放要求・・・ および、政治結社化の著しい統括特務部隊(パワーズ)の解体動議を提出して来るだろう・・・
ODDが不完全なものとして終了した以上、真なる闘争は、連合派(カールマン派)と統制派(ツーロン派)の激突する『国連改革委員会(UNRC)』へと移っていく・・・
嘆いてばかりは居られない・・・
それはまた廊下を通り過ぎ行く老齢なツーロン補佐官(クロンシュタット教授)にとって新たなる闘いの始まり(オーヴァチュア)でもあり、また生涯『最後』の闘争となるものでもあったのだった・・・
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