NEON GENESIS EVANGELION 2 #9 " Turning Point " side-B4
「誰でもそうなるかは自信がありません・・・ ですが、僕たちが忘れたら、彼女たちは消えてしまう・・・ 消えてしまうんです・・・」 目を閉じれば思い出す、ミサトさんの勇姿を・・・ エヴァンゲリオン弐号機を誰よりも上手に操っていたアスカの活躍を・・・ 不器用であったかどうかは別として、皆それぞれが、それぞれに一生懸命だった・・・ なのに、何故? 何故、彼女らは、死ななければならなかったの? 真実の歴史から抹殺されてしまっているのは、何故? 最後の使徒(POE・アダム)を倒した人物は、僕とアスカだったんだよ・・・ なのに、何故? 彼女は、初めから『居なかった』かのように扱われたんだ? 誰よりも英雄(スター)でありたいと望んだ大切な彼女は記録の上からも抹消され、生き残ったこの僕だけが国連『軍』へと転籍されて、人類の未来を救った英雄(ヒーロー)として祭上げられた・・・ そこにネルフは無かった・・・ 『ネルフ』さえも『存在しなかった』かのように扱われたんだ・・・ 父さんが作り上げていた『特務機関』ネルフでさえっ!! 「・・・彼女(アスカ君)の真なる父の名は、キール・ローレンツ・・・ 補完計画の美名の下、優勢な立場から、自らの遺伝子(DNA)を後世に残しおきたいと考えついた科学者達(ゼーレ)の思惑によって最優先されている第二位の適格者(2QP)・・・」 「戦後に排除されたキール閥により、最高の知性とバランスの取れた身体能力・・・、および水準以上の美貌や容姿を操作(コーディネイト)されていた彼女(惣流・アスカ・ラングレー)は、薄々に感づいていた・・・ 表面上のにこやかさはどうあれ、養父(ちち)からも、新たなる養母(はは)からも、自分は愛されていなかったのだという事を・・・」 「愛されない彼女の望んだ代償は、『闘争』・・・ その結果として、誰の目からも明らかになる『ステータス』・・・ 心情的に孤立する彼女に、真の意味での『家族』や『友人』は必要なかった・・・ 彼女は自分を羨望し憧憬する『第三者』が居れば、それで良かった・・・ 誰かからの『憧れ』であれば・・・ 誰かにとっての『一番』であるのであれば・・・ 彼女は、必要とされている自分自身を感じて行ける・・・ 彼女は君達に出会うまで、適宜に実力以上の力(POWER)を発揮する強き女性(リリン)だったよ? ・・・世界を救う優秀なるエヴァ・パイロットとして、同世代の何百万人もの候補者の中から選ばれている事実は、名誉を重んじる彼女にとって当然の『誇り』となって生きていた・・・ 努力してパイロットになっている訳でもない『君』や『綾波レイ』という存在が産み為した実績に、その想いを『否定』されてしまうまでね・・・」 僕は・・・ 僕はアスカの事を愛していた・・・ 彼女がエヴァ・パイロットだったから『彼女』を愛したんじゃ無い・・・ 「シンジ君・・・ 君は何時かに言ったね・・・ 『人殺しなんて出来ないっ!! 人を殺すよりも、殺される方が良いっ!!』と。 ・・・だけど、彼女は違う。彼女は『自分が殺されるくらいだったら、他人を殺したとしても何とも思わない』側の人間だ・・・」 「貴方と彼女では、『感覚』も『性向』も違い過ぎる・・・ なのに、貴方は彼女の事を愛していると言う・・・ 果たして、あなた達の間に、本当の意味での『愛』は在ったの? 在ると思ったものは、『錯覚』ではなかったの? 当時の彼女の『恋人』は、得られる筈も無かった父性や優しい兄の愛を感じさせてくれる『加持リョウジ』だった筈よ? 何故、何も出来ない貴方が『そこ』に居るの?」 ・・・解らない・・・ 「頭の良い彼女は、この計画(E計画)の中核となる『碇シンジ』を蔑み、『綾波レイ』に対しては本能的な警戒心を抱いていた・・・ 彼女は、14年前のネルフ時代、綾波レイや加持リョウジと仲良くなりかけていた身近なシンジ君の事を、理由も無く絶対に気に入らなかった事だろう・・・ 嫉妬、虚栄心・・・ 人為的に表現されるものが例えなんであれ、『奪われる』彼女は、自分の他の男(加持リョウジ)に対する好感情を隠しもせずに、他の女の子(綾波レイ)に注意が入っているシンジ君の事を許さない・・・ 彼女の正体は、人類の贖罪とその後に在る始まりへの回帰を望んだ人類補完計画委員会(ゼーレ党)・委員長キール氏の血族であり、最もリリンなるものの『片方』の主役だった・・・」 「・・・だけど、碇君 ・・・『奪う』貴方は何をしたの? 独国ネルフ(ドイツ)時代からの支え(加持さん)を失い、傷ついた彼女は、拒絶する態度とは裏腹に、本当は目の前の『貴方』にも助けを求めていたわ・・・ なのに、貴方は彼女に『何』をしたの? 『何』が出来たの?」 僕は改めて『彼女』を傷つける事しか出来なかったよ。 愚かな少年のままだったこの僕は、彼女にとって大事なものを『否定する』だけの存在だったから・・・ 彼女の本当の『涙』を見るまで、僕はその愚かさに気が付かなかったんだ・・・ 「子どもだった当時の貴方の行った行為は、弱まった彼女の精神に付け込んで、その清らかな肉体を犯していただけ・・・ 傷つけ合う貴方達に愛なんてなかった・・・ 本能的な性欲だけを処理したいのなら、それは私でも良かったんじゃないの?」 違うっ!! 「僕でも構わなかったんじゃないのかい?」 違うっ!! 「もう一度言うわ・・・ 貴方は卑怯よ・・・」 ・・・違う・・・ 胸をはだける綾波とカヲル君に総括されるこの僕は、目を閉じて膝を屈した・・・ 押し潰されそうになる『悲しみ』に耐え、彼女らの言いようの全てに相対している。 許して貰えたかどうかは判らない・・・ 病床の『アスカ』に近づこうとしたその行為が、世間的に見て、決して格好の良いものではなかったと言うのなら、それはそうかもしれない・・・ だけど・・・ それでもなお、当時の僕には『アスカ』の存在が必要だった・・・ この僕を傷つける彼女が、実はこの僕と同じような物を追い求めている大切な少女だったと『理解』したから・・・ 閉ざされる彼女のフィールドが、この僕のフィールドと重なり合う奇蹟を信じて・・・ 開かれる彼女の心が、この僕の心と触れ合う『最後の夜』まで・・・ それは遅すぎる愛の交歓だった。 「僕たちがあの晩・・・ 第三衝撃(T.I.C.)の最後の一夜に肌を重ね合っていた理由は、このまま明日死ぬのはあまりにも寂しすぎるから・・・ そう言う理由だった・・・ 『もう大人にはなれないだろう』と思った僕たちが、それでもなお、少しでも大人に近づこうとした、それは大切な『儀式』だった・・・」 『錯覚』よ・・・ 『幻想』だね・・・ 「『錯覚』でも・・・ 『幻想』でも・・・ 『祈り』でも・・・」 目の前の二人の事を両手で抱き寄せながらに、僕は答える。 当時とは変わらない姿をした二人の少し驚いた表情が、一人だけ『大人』な体となってしまっているこの僕の有り様を『責めて』いるような気がして、不思議な気持ちだ・・・ 『これもまた、ATフィールド・・・』 そう考えると、僕は少しだけ彼らよりも『大人』となってしまった自分自身の姿が恨めしくて、悲しかった・・・ 「この手で殺し、また見殺しにもした14年前の君達を・・・ 友達となり、好きになれていた筈であろう過去の君たち(Angel)をこの両手に『感じている』奇蹟と同様、腕の中に残る彼女(アスカ)の温もりは、本物だった・・・ なのに、彼女だけが、もう居ない・・・ 『居た』という記録さえも、戦後(TIC後)の社会からは認められて来なかった・・・ 」 「・・・シンジ君」 「『消え行く』事を避け、『共に在る』事だけをあんなにも望んでいた彼女(アスカ)の存在を仕舞い込み、同じ顔をした違う『アスカ』を好きになった・・・ 彼女(アスカ)に逢いたい気持ちを、違う彼女(アスカ)に摩り替えて、僕は『幸せ』を感じていた・・・ 真実のアスカ(ラングレー)は、もう居ない・・・ つかの間のアスカ(ホーネット)にも、もう逢えない・・・ 僕は・・・ もう・・・ どちらのアスカにも嘘つきで、謝れなくて・・・ だけどね、僕だって、本当は・・・ 」 僕は、この時、泣いていたのだろうか? 多分、泣いていたのだろう・・・ 二人は、この僕の流した涙を指に受け止めると、この僕の事を確かに抱きしめ返していたのだ・・・ カヲル君は言う・・・ 「君が何の事を言っているのか僕には理解出来ないが、ひょっとしてアスカ君との事でとてつもない『勘違い』をしているのならば、はっきり言って、君を信じた『あの時』のアスカ君が『可哀想』だと思うよ? だってね・・・」 カヲル君だと思っていた人物は『綾波』となり、綾波だった人物は『カヲル君』へとすりかわる・・・ 僕の唇にキスをする『綾波レイ』は、悲しそうな表情をしながら、こう言った。 「約束を守らない貴方は、全てを『失う』わ・・・」 「綾波・・・」 「『失う』のよ・・・」 彼女が振り返る視線の先には、『アスカ』が居た・・・ アスカ!? いや、違う・・・ あれは『琉条・アスカ・ホーネット』という名の僕の愛した14歳の少女(Adam's Children)の映像だったのだった・・・ |