NEON GENESIS
EVANGELION 2 #9 " Turning Point " side-C2
「先生・・・」
部屋に入り、シンジの愛用していた小さな書斎を呆然と眺めるアスカは、そっとそう呟いた。
「踊り人形」作戦海域(タヒチ海上)におけるシンジ先生の死・・・
劇的に変遷する伍号計画(ODD)に追い討ちをかけるかのよう、作戦終了後に発覚する事となったネルフ副司令・青葉シゲル特務特佐グループによる国連軍(POWERS-Nerv)集団大脱走事件・・・
主(あるじ)の居なくなったコンフォートマンションから、警戒厳重となるネルフ本部(ジオフロント)内へと強制的に居住所を移送され、新しい体制の下に新しいエヴァンゲリオン(P-EVA参号機)を使いこなすべく、猛訓練を強いられているアスカ・ホーネット・・・
ピリピリとした緊張感が漂う全体の中、アスカたちに関わる大人たちは皆が皆余裕という代物を失っており、ここ3週間程度における身の回りの急激なる状況変化(窮屈さ)は、祖父を失ってパワード・エヴァンゲリオンの専用パイロット(6QP)に選ばれた時以上に、アスカの心情を束縛していた・・・
「先生のウソツキ・・・ 一人にしないって言ったじゃない・・・ ずっと側に居て欲しいって言ってたじゃない・・・
私はここよ? ここに居るのに・・・」
シンジ先生がひっそりと座っていた古めの堅椅子(アンティーク・チェア)の背もたれ部分に手を掛けながらに、アスカは思う。
居ない(消えた)だなんて、今でも信じられない。
要領の悪そうなシンジ先生の事だもん・・・
きっと何処かで、「いや〜参ったよ。みんな僕の事を置いていくし、待っててもなかなか助けに来てくれないもんだから、一体どうしようかと思っちゃって・・・」だとか何だとか言ってて、頭を掻きながら笑ってるんだわ・・・
遺体が見つからないからこそ、信じられる。
・・・信じていたい。
きっと何時かは帰ってきてくれると言う事を・・・
「・・・何でそんなに本ばっかり読んでるの?」
「僕達にはね。時間が無いんだ・・・」
「 時間?」
「学ぶ時間。知る時間。科学、経験、信条・・・ 世界は正しさで満ち満ちているけれど、それを受け入れる僕達自身はどうなのだろう? 解らないから(誰しもが)不安になる。知らないから騙されてしまう。世界の理(ことわり)と護るべき自分が何なんだって言う事を・・・。 だからかな? (出来るだけ、いっぱいの知識に触れていたいと願うのは。)」
素で返される時のシンジ先生は、ある意味、別人であり、取っ付き難い人だった。
憂いを帯びたその表情の中にある何かを心配したようなその態度・・・
エヴァパイロットの先輩だとか、帝大(第二新東京帝国大学)出の高等師範(第二新東京高等師範学校)出身だとか、そう言う諸々の枝葉ではなく、もっと深い所に在る人間としての知性や悟性・・・
けれども、アスカは知っていた。
本能で知っていた。
どんなに偉ぶろうが、格好付けて大人っぽく振舞って居たかろうが、絶対的に先生(シンジ)は、アスカの言いなりなんだって言う事を・・・
「ふ〜ん、それは、それは・・・ けどね! 当面の私達にとっては、(この私の)空いたお腹をどうにかしてくれる方が、よっぽどの大問題だと思わない? 世界の理(ことわり)よりも! 」
「え!? あ! もう、こんな時間なの? ゴメンゴメン、土曜日だと思って油断したなぁ・・・」
頭を掻きながら椅子から立ち上がってアスカに謝るシンジ先生に向かって、なんとなく言い足りない想いを抱いてしまった強気なアスカは、腰に手を当て、人差し指で差し示しながらに、ビシッと言ってやったものだった。
「全くもう・・・ 今晩は、私とアサヒで用意しておきました! だって、私は子供じゃないもんっ! 時間を守らないシンジ先生なんかよりもずっとずっと大人で、出来る女性なんだからねっ! 判ったぁ!?」
「え!? あ、うん・・・」
「この親切で可愛くて、大人なスーパー美少女のお手を煩(わずら)わせてしまった上に、普段から子供扱いで見下そうとしてるなんて、なんて罪深い先生なのかしら? 江戸時代の日本(ジャパン)なら切腹ものよ? 今度からは、呼びに来る前に片づけちゃうからね? 大体、シンジ先生は、ポケッポケッとして居て、この私の魅力と才能をって・・・ きゃっ!?」
腕を組んでプイッと背を向けるアスカは、不意に重力が無くなる感覚に驚いている。
アスカを軽々と抱きかかえて、片目でウインクをするシンジ先生は、ぬけぬけとこう言ったのだ・・・
「せめてもの償いです・・・ このまま食堂までお連れして行っても宜しいでしょうか? アスカ姫?」
「・・・もう、馬鹿ぁ・・・」
そのまま食卓まで抱きかかえられて、アサヒやツバサたちに「二人はアチチなのね!」だの「このラブラブフィールドには、よう入って行けませんわ・・・ どうします? アサヒさん?」だのと散々にからかわれていた出来事が、つい昨日の事だったような気がする・・・
おじいちゃん(琉条ヤスジロウ氏)が焼死して、呆然となった彼女(アスカ)を必死で慰めようとしてくれていたのは、どんな時でも『碇シンジ』だった・・・
下手な冗談を言おうとして失敗し、それでもなお、傷心したアスカの心を和ませようと、一杯一杯に小さな努力を繰り返していた・・・
洗練された慰め方でなくったって、唐突に肉親の居なくなったアスカの心には、その毎日なんとかして不器用にでも慰めよ(関わろ)うとしてくれていたシンジ先生の思いやりのある心根が、とても嬉しくて頼もしくて、何時の間にやら大好きに感じられていたものだったと言うのに・・・
「馬鹿ぁ・・・ どんなに勉強してたって・・・ どんなに賢くなってたって、私の気持ち(こころ)が解っていないんじゃ、しょうがないじゃない・・・」
自分がこんなにも泣き虫だったとは知らなかった・・・
きっと、そう・・・
何時も、そう・・・
大事なものは、失ってみてから初めて解るものなのかもしれない・・・
先生!?
扉が小さく開く音がして我に帰ったアスカは、何時も通りにシンジが「ただいま」と言いながら微笑んで帰ってきたのかと思って、ビックリした。
涙を拭いて、急いで玄関まで確かめようとして、アスカの足は自然と駆け出している・・・
だが、しかし、喜び半分期待半分で襖(ふすま)を開けたというのに、その真正面に見えている玄関口内にドカドカと入り込んで来てしまっている複数の男たちは、何時だって優しかったシンジ先生とは似ても似つかない顔をした、見るからに危なさそうな見知らぬ暴漢連中だったのだった・・・
「おい・・・ 統制派(パワーズ)の連中はアレかぁ? 馬鹿の集まりかぁ!? こんなションベンくせぇ餓鬼一匹に本気でいれあげてるなんてな? しかも、野放しときている・・・ 度し難い阿呆(あほう)供だな・・・ 」
部屋の中のアスカの姿を確認すると、取り出したバタフライナイフをペロリと長い舌で舐めているリーダー格の男を中心として、物言わない2人の男達が、右手を振りかぶって携帯用の伸縮式警棒を伸ばし始めている。
揃って伸び切った機械的な警棒の音とナイフ男たちのニヤニヤ笑いに本能的な『恐怖』と『危険』を感じたアスカは、このシンジ先生のマンションの中で唯一、鍵のかけられるアスカ自身の部屋に自力で逃げ込もうとした。
「小猫(アスカ)ちゅわ〜ん〜 何で逃げるでしゅか〜」
傍らに控える男達が投げた警棒の一つが、動き出したアスカの行く手を素早く遮り、振り返ったアスカは、あっと思うまでもなく、ナイフ男の信じられない猛スピードの接近を受け、壁まで叩き付けられるかのように押さえつけられつつ、形の良い顎下を締め上げられながら片手一本でジリジリと吊り上げられている。
突然の事で声も出ない。
ナイフ男は、宙づりでジタバタと手足を動かしている手の中の苦しそうなアスカの様子を眺め見ると、心底満足したかのように、いやらしくニタつき始めていたのだった。
「オノダの野郎(フェルディナンデス・オノダ・イクハラ・B/A連合・特高警察庁長官)っ!! 何が『世界を革命する力』なんだかなぁ? ただの非力な『ガキ』なんじゃねぇか、これじゃあよう・・・」
同意を求めてお供を振り返るナイフ男は、勝ち誇ったかのようにアスカの事を支配する。
傍らの食卓の上へと、まるで宅急便の荷物であるかのように軽々しく放り投げられたアスカは、一体何の事態が起っているのかよく理解出来ないままにナイフを目の前に突き付けられて、その肢体の自由を脅かされた。
「何よっ!! アンタ達っ!! 何しに来たのよ!? ここはシンジ先生のマンションよっ!! 出て行きなさいよっ!!」
「俺様はなぁ? (この期に及んで)自分の立場と力がよく分かっていない気の強い女と馬鹿な女が、非常〜に大好きなんだぜ? だからなぁ・・・」
アスカの長い髪を乱暴に引き掴み、無理矢理に起こさせて顔を近づけるナイフ男は、威嚇する仕種で、ゆっくりとニタつきながらテーブルに突き刺したナイフを拾い上げ、未成熟でもスタイルの良いアスカの全身全体を嘗め回すように視姦しようとしている。
その性的に乱暴な行為は、現実に暴力的な男達に組み敷かれた事が無い未経験のアスカにとって、シンジ先生がそばに居るのとは違う、本当の意味でのおぞましさと屈辱を感じさせる行為以外の何物でもなかった。
「ヒャッハッハッ・・・ 犯してやるぜっ! 有り難く思いなっ!!」
「・・・オノダ長官は、『発見次第直ちに殺せ!』との御指示でしたが?」
「(終わったら)殺さないとは言ってないぜ? それでオノダ(長官)の面子も立つんだろ?」
上司の病気を本気で止める気などさらさら無い彼の部下たちがナイフ男に追従してくぐもった笑い声を発し、基本的には『少女』であるアスカにとって死の宣告にも等しい暴力の宴が今まさに始まろうとしていた。
「日本に配置されたカナン直系のパワーズ(POWERS)は確か日向上佐でしたな・・・ 彼は最近ツーロン補佐官に反逆して返り討ちに遭ったのだとか・・・」
「極悪人には似合いの末路さ・・・ 何とも思わねぇよ・・・」
「ですが、少し寂しい気がしますね・・・ 奴ら(JS−13)にきっちり答礼してやる事が、特佐がごねもせず呆気なくこの任務をお受けになられていた真の目的だったと、自分は理解していたのですが・・・」
「日向が死んでも長門が居るだろ? スケールは小さくなっちまったが、痛快じゃねぇか。奴等が駆けつけた時には、奴等の汚された宝物(アスカ)の死体が、壁から釣り下げられてコンニチハしているんだからよぉ・・・ 何ならアレかぁ? ビデオにでも撮っといてやるか? 親愛なるパワーズ・ネルフ(JS−13)様ってよ」、etc・・・
何をしようしているのか理解出来ず、何を言っているのかが解らなかった・・・
上着を破られ、跨った男の下卑た笑いを見ていると、アスカの心の中には怒りさえも生じて来る。
ただ一つだけ判った事は、胸をはだけさせられた事によって、胸にぶら下がっているシンジ先生からのプレゼントの方へと、奴等が急速に目を向けているのだと言う事・・・
アスカの小さな胸のブラジャーを剥ぎ取ろうとしたその手は、胸の中に控えめに光輝いている宝石(ポラリス)を見て止まっていた・・・
「なぁ? 日本のガキは、みんな金持ちなのか? このダイヤ、よく見りゃ本物だぜ!?」
アスカの口を無理矢理に押さえつけていたその手が離され、奪い取った宝石の方に男の注意が行っていたその隙を利用して、本来であれば、この時のアスカは逃げ出すべきであったのかもしれない・・・
だが、しかし、アスカは、必死になって首飾りを取り返そうとして、その奪い取った男の手の方へと逆に飛びついてしまった。
それは、彼女(アスカ)にとって運命の別れ道だった・・・
「返してっ!! 先生から私へのプレゼントよっ!? 返してよっ!!」
「痛ててて・・・ このクソガキっ!! 噛み付きやがったなっ!!」
噛み付かれた男は、噛み付かれたまま後ろへと立ちあがると、よほど腹が立ったのか腕を振り回して、乱暴に、噛み付いているアスカの事を殴りつけ、蹴り飛ばした。
呆気なく振り解かれてすぐ側にあった壁にまで叩き付けられてしまった半裸のアスカは、どこかの打ち所が悪かったのか、それ以降、ぐったりと壁にもたれて気絶してしまっている。
男は大して痛くも無かったくせに、アスカに噛まれた手をさする仕種を大仰に行うと、奪い取ったアスカの宝石をしみじみと眺め見ながらに、こう言った。
「高価な代物は、邪な気持ちを奮い起こしてガキの為にはならねぇ・・・ だったら、これを没収してやるのが大人の優しさってもんだよなぁ? ヒャッハッハッ、俺達って、ひょっとして教育者? 先生になれるかもしれないぜ?」
「特佐が先生ですかぁ? ・・・こりゃあ良い。さぞかし真実に満ち溢れた教育になるんでしょうねぇ。今から想像出来てしまいますよ、どんな事をしたいのか」
「だろ? だろ? だろ? 道を誤っちまったかな? 当面は、このガキ一匹(の体)で満足してやるけどよぉ・・・」
悪びれた様子も無く、言いたい放題・やりたい放題に振る舞っている『力』ある彼らは、自分たちよりも『非力』なアスカが事ある毎に「先生、先生」と連呼した事も、ある意味、『中傷』の対象だった。
「気絶しているんじゃ、面白くねぇ・・・ 起こしてから犯してやるか? このツァートン先生様が、じっくりと、絶望的によぉ、ヒャッハッハッ・・・」
『力』を過信し、『力』に溺れるものは、己が行為の醜聞や無様さに気付く事は絶対になく、指摘されても、より大きな力による『矯正』が為されない限り、自らの非道を制する事も無く『愉悦』し、このように、支配した属性(アスカ)を思うが侭に『陵辱』し、『嗜虐』し続けようとするものなのだろう。
彼らはまた『狼藉者(Vulgarian)』でありながら、自らの『戦闘力』と『実績』によってのみ評価される類の実に特異な人種(兵士)であり、(能力さえ高ければ)『人格』や『品性』はあまり問題とされない極度に閉鎖的な社会集団(特務機関員)に属している奇特な身の上でもある。
軍隊(暴力組織)の中で守られながら肥大化し、尊大化した自我(エゴ)は、一般常識的に言っても、常に哀れなる被支配者層(弱き者)の犠牲や献身を一方的に要求し、狙われた『ターゲット』の心を理不尽に貪(むさぼ)り尽くすまで止(や)むる事はない。
その行為の『理不尽さ』を真実に掣肘する者は『この世』に無く、逆に利用して悦び、中には高額の報酬を与えて優遇し、重宝せんとする輩(やから)が、この世の中には残念ながら跋扈(ばっこ)している・・・
それは、彼らが世界の暗闇に住居する住民であり、(殺人技術という特殊分野において)比類無き一等の『力(POWER)』の持ち主であるからに他ならなかったからだ・・・
俗に言う、道義的な『善悪』を別として・・・
「さぁ、アスカちゅわ〜ん。お勉強(×××)の時間でちゅよ〜 死ぬ前に、先生様が世間と大人を、ゆっくり、ゆっくりに教えてあげまちゅからねぇ〜」
ゆっくりとニタツキながら、倒れ込んだアスカに近づいてゆく侵入者たちのリーダー、フェイ特佐は、脳内において、目の前の見目麗しき少女(アスカ)をどう料理して(犯して、殺して)やろうかという個人的な『煩悩』と『悦楽』に浸り切っていた。
気絶し、微動だにしなくなった『アスカ』に、その暴力の魔の手から逃れる術(すべ)はない!
だが、しかし、涎(よだれ)さえも垂らしながらアスカに厭(いや)らしく近づき行くフェイ特佐は、(今までそうしてきたよう)嫌がる女性を無理矢理に強姦する自分の想像図に熱中するあまり、その最初に起った自分の身体の『違和感』の正体にまでは全く気が付かなかった。
短く甲高い、カツン、カツン、という音が響き渡り、いきなり一様に部屋の中の空気の比重が『重く』なったようにも感じられる。
獲物(アスカ)に近づいている筈の自分が逆に『遠ざけ』られ、正常なら両肩から重力方向に垂れ下がっている筈の両腕は、全く在らぬ方向へと捻じ曲げられてしまっていたのだ。
「りょ、緑色光ぉ!? こ、こいつは・・・・」
グェという声を上げ、二人の部下と共に、瞬時に反対側の壁にまで吹き飛ばされたフェイ特佐は、アスカを中心として緑白く光り出している同心円上に集光する『光輪』が、臨界点を突破して急激に『暴発』しようとている超常的な光景を、まるで車に轢かれるヒキガエルであるかのように押し潰されながら眺め見ていた。
それが統制派(パワーズ)の追い求める『AMP−ATF』の一防衛形態の発現である事など、無論の事、『使徒』や『アダム』の事情に明るくなかった彼らが知る由もない。
『生まれてこの方、何にも悪い事をした事が無いこの俺達が、何でだ?』
と厚かましくも最期の彼らがそう言い残したかどうかは定かではないが、『法』でも『武力』でも討伐する事がおそらくは不可能であったのであろう国連軍(連合派)の悪漢、フェイ・ツァートン一味は、彼にとってマンツーマンの戦闘力において『絶対的』に負ける筈が無かった小娘(アスカ)の『力(POWER)』によって、『液化(LCL化)』して、『消滅』する・・・
否応無く翻弄されるアスカ・ホーネット・・・
目に見える形で『転移』していると確認された彼女の『アダム』能力・・・
その限定的な『爆発』はまた、将来に起り得る『戦闘使用』の可能性から、碇シンジの琉条アスカに対する想いと願いを完璧に踏みにじるかのような『覚醒』の仕方なのであり、日向マコト上級特佐の示唆した『発動の完成(メタモルフォーゼ)』を呼び起こすであろう、より確実な『引き金(ローダー)』となって発動する緑色光の小さな『暴発(きっかけ)』となるものだったのだった・・・
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