NEON GENESIS
EVANGELION 2 #9 " Turning Point " side-C3
地下道からトンネルを突抜けて環状高速を猛スピードで南東に突きっ切る長門一尉は、右手前方に見えている見慣れた碇先生のマンションの屋上部分が倒壊され、周囲からもうもうたる白煙と黒煙が立ち込めんとしている現状の惨状を見て、実に肝を冷やしてしまっていた・・・
何でもありだった国際無法都市・西上海(UN-City)の文化と気風に染まっているフェイ兄弟は、証拠隠滅とデモンストレーションを意図して、(恐怖させる目的でわざわざ死体を遺留するのでなければ、)現場の爆破をもって任務完了とする趣きがあったのである。
間に合わなかった!?
私は世界の希望(アスカちゃん=祝福されし者)を、むざむざ敵の手で・・・
その最悪の結末に一瞬だけとらわれようとしていた長門一尉では在ったのだが、一方ではまた、現場に近づくにつれてまだ何かが残存していると判断する心の奥底に潜んでいる奇妙な感覚の発生と、高速上から一瞬だけ見えていた緑色光の可視光線に、彼女は言いようの知れない別の恐怖を感じていた。
今まで感じた事のない強力な圧力(プレッシャー)、ないしは殺気(エアー)の発生・・・
わかり易く言うなら、そう置き換えておいても良い。
大雑把なようで居て、実は細心で抜け目の無かったフェイ一家(ファミリー)による結界(トラップ)と迎撃(アンブッシュ)の可能性を考慮して、逆に一階一階、慎重に制圧(クリア)してゆく単独行動の長門一尉は、はやる心を押えつつ、かつては碇(シンジ)先生の部屋があった筈であった12階のフロアへと足を運んだ・・・
そして、すぐさま真正面から予感の正体を知る事になる。
破壊され青空さえも見え行く碇(シンジ)先生の部屋の中を悲しみながら鎮座し、その荒れ狂う大気(ATフィールド)の中心で無制限に佇(たたず)んでいる女性体は、姿形は全く同じではあっても、彼女(長門レミ一尉)には、彼女の知らないアスカ・ホーネットであったのだった・・・
「 ・・・ ダレ? ・・・ 」
「アスカちゃん!? ・・・私よっ! 長門レミよっ!!」
「 ・・・ダレ? アナタハダレナ? ・・・アナタモ、ヒドイコトスル? 」
「アスカちゃんっ!!」
正気ではない彼女(アスカ)の言動と圧力に気圧(けお)された長門一尉は、重苦しい空気層の奔流とその乱立する多重構造(AMP−ATフィールド)の圧迫に真正面から曝されていながら、それでもなお一歩一歩、純粋にアスカちゃん(アスカ・ホーネット)が心配であるという心情から、目に見えて危険な脅威(アスカ)の側(そば)へと足を踏み入れようとしていた。
真実の正体は渚シズカでもある彼女のバーストライン(BAL−ATF)が、放出の止まらないアスカのATフィールド(AMP−ATF)とぶつかり合い、彼女(長門一尉)のオレンジ光のATフィールド(BAL−ATF)を未然に包囲して押し留め、その発生を困難とさせている・・・
じりじりと押し下げられて、一向にアスカへと近づけなくなった事を確認した長門一尉は、逆に追いつめられ、自分の絶対領域(ATフィールド)が有無を言わさず掻き消されて行く恐怖を味わいながら、ある意味、歓喜と感動を感じていた。
プリンセス・・・
プリンセス・アスカ・・・
彼女の根本(構成組体)は、破壊と恐怖に彩られた絶対不可侵な霊性へと進化している・・・
其(そ)は人間(じんるい)の能力をはるかに超える超人類(Blessed People = POE)生誕の証明なのであり、(彼女が)真の意味での大衝撃(三回目)を引き起こす不可欠な主鍵(メイン・ローダー)であり、保管されるべきオリジナル(マスター・ユニット)であるべく期待されている現実をも、この場合、同時に指し示している現象であったのだけれども・・・
「私の名前は、長門レミ!! 貴方様の味方です!」
「 ミカタ? ・・・シンジハ? ・・・シンジハドコ? 」
「碇先生!? ・・・碇先生は亡くなりました! もうこの世には居りませんっ!!」
「 ・・・チガウ ・・・シンデ ・・・ナイ・・・ 」
碇シンジ氏は南洋(ODD)で機体(P−EVA)もろとも爆死したとの返答を聞き及んでから、急速に消え去る彼女(アスカ)の意識(ATF)を肌で感じとった長門一尉は、不意に崩れ落ちるアスカ(ホーネット)の体を慌てたように駆け寄って、その両腕に支えようとした。
つい先刻まで背筋が凍てつくほどの彼女(アスカ)からの圧迫に耐え、辛うじて生命の根本を守り抜いた出来事などまるで何処かの絵空事であったかのよう、腕の中のアスカはあくまでも少女である。
どれだけ強力なATフィールドであったかは筆舌に尽くし難い事象なれども、気絶した彼女にその災禍の意識はなく、例えその意識を取り戻したのだとしても、再現性がどれほどに保証されているのかは、この場合、全くに定かではないだろう・・・
強さと脆(もろ)さの同居した戦闘女神
琉条・アスカ・ホーネット
世界の補完とその存続への命運は、やはりこの少女(BP)の成長の中にこそ収斂(しゅうれん)されているのだ・・・
やがて、うっすらと意識を取り戻しかけ、その自分の衣服が(フェイ特佐に)破られてしまっている事実に慌てたアスカの事を労わろうとする長門一尉は、同性としてただ一言、「大丈夫だから・・・」と声を掛けていた。
災難に出遭うだろうから絶対に外に出てはいけないのだという拘束命令など事前に理解され得る種類のものなのでは無く、無論の事、死せるシンジ先生の事を慕ったアスカの外出行動を未然に防げなかったネルフ(長門一尉)自体に(管理監督責任は別として)道義的な責任などあろう筈もない。
(シンジ)先生にプレゼントされたんだからと言って、長門一尉から怒られていても頑としてエントリープラグの操縦席の中にまで持ち込んでいたアスカの大切な首飾りを(落ちていた)傍らから拾い上げ、そっと彼女の首にかけ戻してあげていた無言の長門一尉は、呆然とこちらを見ている彼女(アスカ)に向かって、『さぁ、もう帰りましょう? アスカちゃん?』とだけ静かに言っていた。
「おじいちゃんにも・・・ 先生にも・・・
(顔を)殴られた事なんて、一度も無かったのに・・・」
自分を取り戻し、少し涙ぐみ始めた彼女に掛けてあげるべき適当な言葉が、未熟な長門一尉には見つからない・・・
長門一尉は、殴られて少しアザになっていたアスカの頬が、もう既に跡形も無く回復しているという事実に気が付くと同時に、組織人(ノイエ・ゼーレ=ヴァイスハイト)として目の前の彼女に対してこんな想いを抱いている自分自身が、とんでもない偽善者なのだろうという感情を強くに自覚していた。
所詮は、自分も父様と共に、彼女を『利用しようとする側(ヴァイスハイト)』の人間の内の一人・・・
敬愛する人物(日向司令)をこの手で殺し、年端の行かない子どもたち(鈴原兄妹)でも平然と戦闘目的に使用し続ける『鉄の女(IRON MAIDEN)』・・・
それでも、なお、こう思う素直な気持ちは許されるだろうか?
私は共に関わる幾数月において、彼女(アスカ)や双子の子どもたち(ツバサ・アサヒ)が、保護状態に置いておかなければならないエヴァ・パイロットである無しという身分に関わらず、失うべきではない『人類の希望(Fortune Children)』である事実を既に知ってしまっているのだ・・・
「私では、碇先生のような家族とは思えないのかもしれない・・・」
どんな時でも彼女(アスカ)達には優しかった碇先生が家庭面から居なくなった事の反動からか、アスカは特に長門一尉との新しい同居生活にはどこかしらぎこちなく、しっくりと行動していなかった側面が存在する・・・
アスカ(ホーネット)は、シンジ(先生)の事が『好き』・・・
シンジ(先生)は、アスカ(ホーネット)の事が『好き』・・・
その二人だけの真実の幻影を信じ続けてくれているだけで、前回の彼女は、たった一人の家族(琉条ヤスジロウ氏)を失っていた深い悲しみにも耐えられ、エヴァパイロットとして碇先生と共に頑張ってくれる事態さえをも、素直に了承してくれていた筈だったのであろうけれども・・・
「だから、友達になりましょ? 少しずつ・・・ ね? アスカちゃん?」
アスカの頬に手を当て、極力不安がらせないように笑顔を見せようとした制服姿の長門一尉の胸の中で、アスカはとうとう本格的に泣き出してしまった。
「馬鹿ぁ? 馬鹿ぁ? 馬鹿ぁ?」
こだまするアスカの泣き声の中で、目を閉じて静かにアスカの事を抱き受ける長門レミ一尉は、心の中でごめんなさいと呟いていた。
既に後戻りの出来ない破綻に向かって歩み出しているのであろう人類社会の中で、彼女(BP=アダムズチルドレン)と言う存在が現世界に現存しているという事の確認は、PE(完全進化)計画に向けての希望であり、宝である。
父様(クロンシュタット教授)の想いと・・・
碇先生のごく個人的な想いとでは、同じ『彼女が大切だ』という言葉を発していても、その意味する所も、目的も、大きく異なっている・・・
それは、それでも彼女を利用しなければならない自分自身への言い訳とも言うべき内容だったのであろう・・・
ごめんなさい・・・
泣き止まないアスカと共にある長門一尉は、もう一度だけ心の中でそっと小さく呟いていた・・・
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