NEON GENESIS EVANGELION 2 #9 " Turning Point " side-D1 「ぐ〜てんあ〜べんと(Guten Abend !)、馬鹿シンジ? ご機嫌は如何かな?」 「・・・アスカ・・・」 手を栗色の髪に触れて掻き上げ、彼女は笑った・・・ 沈み行く太陽が全ての光景を茜色へと染め上げて行く黄昏時の世界の中で、僕は、僕の側へとゆっくりに近づいて来た少女・・・ アスカの事を抱きしめて、涙を流している・・・ 湖面に反射した太陽の斜光にきらめく腕の中のアスカは、とても温かく・・・ そして、眩(まぶ)しかった・・・ 「頑張ったシンジだけへの特別大ご奉仕っ!! ってね。 ・・・言いたい事があるんでしょ? 今なら聞いてあげられるわよ? ・・・このスーパー・ビューティフルなア・ス・カ・様がねっ!!」 「 ・・・良いの? くだらなくて笑っちゃうかもしれないよ?」 「くだらなくはないわよっ! どうせ私の事なんだからっ!」 クスッと笑った彼女は、「それじゃまぁ、最初は、私に似ていると勝手に思い込んで悩んでいる、何処ぞのお馬鹿さんあたりの『その愛と苦悩(く・の・う)!』な〜んてテーマで、どうかしら? 弁解するのなら今の内よ? シンジ先生?」と言った・・・ 「ほんの一瞬疑っていました、アスカ・・・ 愛し続ける勇気を・・・ 僕は・・・」 変わる世界の中で、僕は、繰り返し、手に届く彼女を抱きしめて、その耳元に囁(ささや)いている。 君に還(かえ)れて良かった と・・・。 背の変わらない昔のままの彼女と真正面から向き合う機会を与えられて、僕は、僕の内面にさよならするその時が、終(つい)ぞにやって来た事を思い知るだろう。 もう思い残す事も無い・・・ アスカが逝ってしまったあの日から・・・・ ううん・・・ すぐ傍の震えるアスカの温もりへとひた走っていたあの夜(T.I.C.前夜)の一瞬から・・・ きっと僕の心の奥底では、この結論へと辿り着く以外の選択肢など、最初から選びよう筈もなかったに違いないのだから・・・ 「振り返り見ると、始まりと終わりは、ずっとずっと同じ所に在ったのかな? ・・・不思議だね・・・ 大好きな君の所にもう一度還(かえ)って行くまで、僕は多くの勘違いを繰り返していたし、随分と通らなくても良い遠回りを歩んでいたような気がするよ、アスカ・・・ 本当は・・・ 本当は、たったこれだけでしかなかったと言うのにね・・・」 「・・・シンジ・・・」 「軽蔑してくれても良い・・・ 怒ってくれても良いよ・・・ 気が付けば、僕は大切な14年前の約束を忘れて、貴方以外の女性(おんなのこ)を新たに好きになっていました・・・ 彼女の名前はアスカと言います・・・ 琉条・アスカ・ホーネット・・・ 本当に、何から何まで、全く瓜二つの少女でした・・・ 容姿も、声も、性格も、怒り方や笑い方の仕草に至るまで、何もかもが・・・ 彼女が僕の中の寂しさを埋めてくれていたのです・・・ 僕は彼女に本気でした・・・」 「フ〜ン、そうなんだぁ?」 横を向いて、何故だか悲しそうにこの僕と目を合わさないアスカは、髪の毛で目の表情を隠しながらに、そう言った。 もしこの時の僕が『エスパー・シンジ』か何かで、全ての人間の機微を見渡せる物凄い能力の持ち主であったというのならば、目の前のアスカが、口元あたりで何かの笑いをじっと我慢しているような、そんな何時もの悪戯っけのある小生意気な表情へと変化してしまっている光景を、絶対に見逃しはしなかった事だろう。 だが、現実の僕にそのような能力は無く、僕は現に彼女の採りつつあった目の前の態度を見て、「ずっと好きでいる」と約していたこの僕に対する怒りや悲しみが込み上げて来て、打ち震えているのだと思った・・・ 目を瞑(つぶ)り、抱きしめる腕に力を加えながらに、僕は続けている。 『(僕はもう)終わっても良い! ・・・だけど、離れて居たくはない。一緒に居たいんです! 見失いたくないんです、アスカ・・・』 と・・・ 「自分の中にある感情に敗北したこの僕は、二人のアスカに対する裏切り者です・・・。今更かもしれないし、遅すぎるかもしれない・・・。だけど、チャンスは欲しい・・・。この地(天国)にて、今度こそ・・・ 今度こそ、貴方(アスカ・ラングレー)と共に在(あ)れるのならば、僕は、それでも・・・」 「フフッ・・・ 残されるアスカ(ホーネット)の事はもう良いって〜の? 後悔しない?」 「貴方(ラングレー)の事が好きなままで居る部分を残したこの僕の在り様では、大切になった彼女(ホーネット)を幸せにする事が出来ないでしょう・・・ 僕はもう戻らない方が良い・・・ アスカの為にも、アスカに対しても、それがきっと一番の・・・」 「 ・・・あんた馬鹿ぁ? それじゃあ、私が不幸になっちゃうじゃない! 」 『呆れた!』という感じと『はぁ〜、もう、(私が居ないと)シンジは、やっぱり駄目駄目ね!』という感じを足して二で割って三掛けたような目の前のアスカは、器用に肩を竦(すく)めて見せてから、もう我慢が出来なくなったかのように真正面から再びにクスクスッと笑っていた。 ややあって、手を伸ばし、大人な身長となっていたこの僕のおでこを、人差し指を使って”ちょこん”と小突いて見せてから、彼女は言う。 「アダム(POE)だとか、伍号計画(PE計画)だとか、一体、アンタがあのメガネ君(日向マコト)から何、余計な事を吹き込まれているのか知らないけどねぇ〜」 呆気にとらわれているこの僕に向かって、彼女は更なる追い討ちを掛けるように続けている・・・ 不意に、抱いている僕の腕の中からすり抜けた彼女は、僕との距離感を少しだけ離しておきたいかのような仕草で反対側に向かって歩き出すと、ややあってから、徐(おもむろ)にクルリとこちらの方角を振り向き直し、自信と強気が綯交(ないま)ぜになっているかのような何時もの表情(おももち)を全面で帯び始めつつ、こう言ったのだった。 「 ・・・私はね! シンジの元に戻って来ると言ったのよ? そして、ちゃ〜んと戻って来た、帰って来てあげていた・・・ いい? よく判るよう、最初にわざわざシンジ先生って、はっきり呼んであげてたんじゃないのよぅ〜!! ・・・ねぇ、シンジ ・・・ この意味が解らないの? 本当に解らないの?」 自信満々な彼女を中心として、僕たちの目の前に『青空』と『珊瑚礁』の世界が一瞬にして開けた・・・ 崩れ落ちる旧世界の欠片が、僕とアスカとの間に降り注いだその時、彼女は、片手を腰に当て、もう片方の手を手前に流れるように振りかざして、当たり前のように宣言する。 啓かれる僕は、その言葉の意味する所を信じられない思いで反芻した・・・ 「私がアスカよっ! 文句あるっ!?」 |