NEON GENESIS
EVANGELION 2  #9  " Turning Point "  side-D2
   


君だけを愛して
Music by T.Kurosawa










「私が
アスカよっ! 文句あるっ!?」







 俄かには信じられない彼女の言動が、僕の脳裏の中では、予想外な言葉の
爆弾となって大幅に増幅されていた・・・





 僕たち人類の敵だった
POE・アダム(Perfect Organised Evangelion "ADAM")の『転移構成( "Mirroring"』だったのだとODD以前の日向司令から教えられている彼女(アスカ・ホーネット)の正体が、アスカに言わせると、他でもないアスカ(アスカ・ラングレー)自身が望んだ、アスカ自身のの姿であると言うのだ・・・












 大切だった
アスカと、その死後に大切になっていたアスカは、姿形が似ているだけの全くの別人物・・・






 
アスカ(ホーネット)なる女性は、超生命体アダムの復元力(S2-POWER)によって人間のように振舞っている奇跡的な均衡形成素体(『転移性ASS理論』に基づく構成統合体・”Blessed People)・・・






 そう言う
理解に落着いていた筈だった・・・







 もし仮に、その言葉を100%に受け入れるのならば、僕は、呆れるほど、改めてアスカ自身に
をしていたと言う事なるのか!?








 いや、だけど・・・ まさか、そんな事・・・










 まともに深く考えすぎていて、精神的によろよろと二、三歩は後退したであろうこの僕の掌(てのひら)を引っ掴んだアスカは、その掌を持って、じれったく思う気持ちが半分、それで居て何かを慈しんで楽しそうになっている気持ちがもう半分になりつつ、ゆっくりと自らの頬(ほほ)に押し当てて、僕からの
感想の始まりを(それでもなお)ニコニコと微笑みながらに促(うなが)している。






 彼女の蒼い瞳とこの僕の黒い瞳が見詰め合う南国の青い空を
背景にして、彼女は「信じようと信じまいと、私がアスカ(ホーネットよっ! 御解りかな? シンジ先生!」と、もう一度、念を押すように繰り返した。








「でも・・・ でも、
彼女アスカは違う・・・ 違う所もある・・・」







「・・・例えば、どんな所よ?」








 彼女の蒼い瞳(
ブルーアイズ)から真っ直ぐに見つめられているままで、違う所は何処なのか?と言う所を真剣に考慮して行きながら、僕は只、短く一緒に過ごしている中で段々と解って来た思いつくままの『アスカ・ホーネット』像を、とりあえず口に出して言ってみた。






 曰(いわ)く、楽器(バイオリン)が弾ける・・・





 料理が出来る・・・





 掃除が出来る・・・





 洗濯が出来る・・・





 裁縫まではどうだか知らないけど、総じて、やる事の一々が非常に
女の子らしい・・・





 頭の良い点やスポーツの出来る点、それに、(明るいクセして)何かの騒ぎから取り残されるなどして
独りっきりを感じていよう物なら、ビックリするほどに悲しそうな表情を見せてしまうセンシティブな面が在った所などは確かに昔と同じである部分を感じさせる物があったにしても、あれは僕の知り抜くアスカの態度ではなかったように思う・・・







 『
アスカ』とはもっとこう・・・






 それでもなお、
天上天下唯我独尊






 と言うか・・・







 
小(しょう)ミサトさん






 と言うか・・・









「・・・言いたい放題、好き放題に言っている
デリカシーの無い口は、この口かぁ!?」






「ア、アヒュカ(
ア、アスカ)!」








 僕の口を両手で
思いっきり真横に引っ張るアスカは、充分に満足してからニヤリと笑って手を離すと、そのままいきなりに僕の首元に抱きついていた。






 背を降ろして彼女の要望に応える形で、僕は彼女の鼓動を感じている・・・






 肢体にも・・・ そしてまた、触れ合う頬と頬の中にも、遥かな昔となってしまった逢瀬の面影を感じて僕の中の時間は止まっていたのだ・・・





 今や歴然とした身長差の存在する彼女の頬へとその場の支配権を委ねて目を瞑るこの僕に、彼女は小さく
「・・・馬鹿ね」と呟いていた。







「昔のシンジが(
意外にも)チェロを弾く特技を持っていたよう、私も出来るだけ同じような趣味で攻めてみても良いかもな〜と、ちょっとだけ思ってた時期があるのよねぇ・・・。 だからかな?」






「・・・家事を任せっきりにしないのは?」






「私はね! 昔から
やれなかったんじゃないわっ!! やらなかったのよっ!! 良い!? そこの所だけは絶対に間違えてちゃ駄目なんだからねっ!!」








 昔と同じよう・・・






 昔と変わらない調子でそれ言うアスカを僕は懐かしんだ・・・






 幾許かの時間が過ぎて後に、僕は只、それしか言えない・・・ それはまるで壊れたテープであるかのように、
同じ言葉をくりかえし尋ね返している。







「・・・
アスカ?」






そうよ!」






アスカ?」






そうだって言ってるじゃないのよ、もうっ!!」









アスカアスカアスカアスカアスカアスカアスカ!」








 僕はもう笑って、泣いていた・・・






 先走る感情の渦の中で、静かに現れて立ち尽くしている紅い目をした『
カヲル君』と『綾波』の存在にも、僕はもう気が付かないし、目にも入らない・・・






 何も言えず・・・






 そしてまた、何も考えられないままに、僕は只、目の前のアスカを抱きしめて欲し、その素肌に唇を寄せて、一筋の涙を零しているばかりだったのだ。







愛情が不変なものであるというテーゼは、単なる幻想に過ぎない。も時と共に変化して移ろい行く不確定な物質であるだろう。自らも・・・ そして相手方もまた、不断の努力を続けていかなければ摩耗して損傷する危うい均衡の上に成り立っている個人的な補完の世界である事も、既に感覚として理解している筈だ・・・。 失われつつあった人類の未来図を全体法則(アダム)の中において解決しようと試みたグループの一味、碇ゲンドウの息子・碇シンジよ! 汝(なんじ)はそれでもなお不確定なリリン(人間)の愛情を肯(がえん)じるか?」







 
ハイ・・・








「貴方の父親が拒絶して怖れていたものを・・・ 人の間にある、形も無く、目にも見えない
の数々を・・・ 貴方は信じようと言うのね? 碇君?」









 
ハイ・・・ 信じています・・・








 僕は腕の中のアスカと共に、声のする綾波たちの方を振り向いてそう言った。







 14年間、たくさん勉強していて辿り着いたその人間としての
在りようを・・・






 僕の中にある熱い
想いの数々を・・・







 僕は声に出して少しずつに彼らに対して語り出していたのだ。









 
弱さ』を武器にして開き直る行為は嫌いです・・・






 『
強さ』を武器にして他人を傷付ける行為は、もっと嫌いです・・・






 背一杯努力して、何事も変えられないまま朽ち果てる名も無き人々と同様、僕達もまたこの世の中に、只、生まれ落ちて死んでいく、一つの
生命(いのち)なのです・・・








 信じれば裏切られるかもしれない・・・






 状況により、条件により・・・






 何かの間違いで自分以外の
誰かから嫌われて見捨てられる恐怖だって多分に起り得る事でしょう・・・






 だけど、それでもなお、人には新たな出会いがあり、楽しさを伴った新しい
幸せを感じて、愛された記憶と愛していた記憶の双方を携えて
経験という名の成長を・・・ そしてまた、関わる全ての人々に向かってまごころという名の心理的ネットワークを繋(つな)ぎ続けているのであれば・・・






 僕たち人類は、刹那な宿運(じゅみょう)の中にも満足して生きて行けます・・・。







 独りでは解らなかった物事が、二人でなら解決出来る奇蹟だってあるんです・・・








 太陽が滅んでも、月が滅んでも、地球が滅んでも・・・








 その時がやって来るまさにその一瞬に至るまで、親を想い、子を想い、友達を想い、恋人を想う気持ちが
真実であるのならば・・・








 永劫に回帰する僕たちの想いの行く着く先は、
調和補完を目指した
完全進化(PEP、Perfect Evolution Plan - No.5)と言う形の箱船(Evangelion Ark)である事を否定していた筈です・・・







 僕はこの少女、
アスカを・・・






 第二適格者(
セカンド)と呼ばれていた身近な女性、アスカ・ラングレーという名の僕以外の他人を好きになり始めたあの時以来、ずっとずっとその事ばかりを考えていました・・・








「記憶は共有されない・・・ 彼女の本質は、アスカ・ホーネットの中にあるid(イド)となるよ・・・ 少女だった頃のアスカ・ラングレーという人物の想い出は、それを知るシンジ君の中でだけで鎖(とざ)され、二人で在るという事の苦しさも、楽しさも、再び一からのやり直しさ・・・ それで良いね?」






「・・・構わない・・・」






「心が離れて行く事もある・・・ 辛い事も再びに繰り返されるかもしれない・・・ 還らないでここで溶け合っていた方が、二人とも癒されて行く事だけは確実よ? 人の間にある『何か』が何時も何時も貴方達の営(いとな)みに微笑みかけてくれるとは限らないと思う・・・」








「構わないわ・・・ 私は、私自身の望んだ事を・・・  あの時代に心を通わせる事の出来た他人(
シンジ)と世間(せけん)の元へ帰って行く自分自身を、多分、絶対に後悔しない・・・」








 そう言ってこちらを振り返ったアスカは、無論の事、笑いながら、
こう付け加えておく事も忘れはしなかった・・・








 まぁ、このシンジが私好みの
良い男(Good Man)になれるかどうかは、まだまだ様子見なんだろうと思うけどね〜







 一見、傍目から
それなりの大人なように見えているのは、身長服装のおかげだったんじゃないのかしら? ひょっとして?








 
「違うと言うなら実績で証明しなさい!」








 何かを言い返そうとするこの僕の『
機先』を制してそう言っていたアスカは、この機会に、レイと、少しだけ話し合っておきたい事があるから・・・」と言い残して僕の腕から離れ、目の前の綾波の手を引っ張って行った。






 こちらを振り返り、少し驚いた表情を見せている綾波と共に何かを語り合っているその姿は、何だかとっても楽しそうに見えている。






 残されたカヲル君と共に在る僕には、その二人だけの会話がごく普通に
楽しそうだったと言う事自体に、とても素敵な価値観があるように思えた・・・







 人の言う事を無視しない
綾波レイと、おそらくは初めてではないかと思える、親しみを込めた態度でレイと呼んでいるアスカの姿を・・・







 何を話しているかまでは聞こえないが、昔とは違って、きっとお互いに
得るものは深かった事だろう。






 あの時代(
T.I.C.)の最後には、到底、触れ合えるなどとは考えられよう筈も無い程度に冷ややかなる一方通行だった二人のEVAパイロット同士の関係は、今、確かに、暖かく変化して胎動しようとする風体(ふうてい)を見せていたのだから・・・











「君のお父さんから、もし仮に碇シンジという男にでも会う機会があったら、ぜひとも伝えておいてくれと言うメッセージを預かっているよ? 聞いてみるかい?」







「・・・
父さんから?」








 二人の話がアスカの気の済むまでずっとずっと続けられているのをじっと待ち続けている間、とても優しい顔をしてそこに『
在る』カヲル君は、そう言ってごく自然な風を装い、この僕を対象とする興味深い過去の話題の幾つかを披露してくれていた。









 参号計画(
人類補完計画)が計画され、推進されていた事の意味を・・・







 セカンドインパクト(
第二衝撃)の時代に、この僕(第三適格者)が生まれていた本当の理由を・・・







 望まれて生まれたと言う事・・・







 母親・
碇ユイの願い・・・






 いつしか心の底から碇ユイの事を愛するようになっていた父親・
碇ゲンドウの目的・・・








 人類社会の再構築と希望・・・






 地球の環境破壊・環境変動にさえ、随時に適応出来る『
生命体』としての人類種存続・・・






 螺旋(
DNA)の法則をも超越する神の御業(みわざ)・・・






 
SSD(スーパー・ソルノイド・ドライブ・・・







 祝福されし者(
BP)への基盤継承・・・






 
エヴァンゲリオン・ハイテック・アロケーション(EHA)プログラミング・・・










「・・・それで?」






『 Sinn Fein (自分の足で立って歩け)! 親は無くとも子は育つ・・・』だそうだよ? 」






「ハハ・・ 父さんらしいや・・・」









 長い間、解らなかったこだわりが僕たちの中にはある・・・






 僕にしろ、アスカにしろ、『
自分』の親からは全く愛されなかったのではないか? という恐ろしい疑問だ・・・






 家族よりも・・・ 子どもよりも、大事な仕事とは一体なんなのだろう?






 愛されたい僕たちの未熟で子供な気持ちを放っておいてまで、それらの仕事には
価値があったのですか? 父さん?







 ・・・そう思っていた時期があるのだ。







 ただ一人の親だから・・・






 振り向いていて欲しくて・・・






 解り合えるきっかけとなる事を、少しでも期待して居て・・・







 
は逃げ出しも出来ず、言われるがままだった当時のネルフ(Nerv)の状況に押し流されるよう、貴方達の作り上げていた作品・・・ 『エヴァンゲリオン』シリーズの強力な支配下(ATフィールド)の元に組み置かれいた、一個の単なる阿呆(あほう)であったのかもしれません・・・









 だけど、今のこの気持ちなら、素直に
こう言えます・・・







 
ありがとう








 そして、
こう告げて、お別れするのです・・・








 
さようなら、父さん・・・



 僕は愛すべき人物を見つけました・・・










 話を終え、こちらに向かって帰って来る
アスカ達を眺めながらに、僕は『心の中』で静かにそっとそう呟いた・・・









 
おめでとう









 カヲル君は、小さく微笑んで手を叩き、そう呟いてくれているようでもある。








 僕は
「ありがとう」と答えた・・・







 理由でもなく、理屈でもなく、そう答えていたのだ・・・








過去他人を変える事は出来ない・・・ でも、未来自分自身を変える事なら、簡単だ・・・ 誰に教えられるでもなく、自分自身で見つけられる・・・ 本当は、とっても簡単な何かである筈なんだよね? カヲル君?」










 『
もう居ない』カヲル君に対して、僕はそう呟いている・・・







 代りに現われる目の前のアスカは、僕の手を取って
こう言った。








「さぁ! 行くわよ! シンジ!!」










 躊躇わない僕は、力強く『
当たり前』のように彼女の手を握りかえして、微笑みかえす・・・









「行こう・・・ アスカっ!!」










 それは、再び
二人で在るという14年前の選択へと回帰する僕たち二人のATフィールド・・・







 
補完による強制的な再構成(Restructuring)によって、全体が存続すると言う事を第一義に目指していた父さん達(E計画)の影響力(EHAプログラミング)からをも離脱して歩み出す、純粋で素朴なる意思(イメージ)力(パワー)・・・







 拒絶する気持ちも、愛し合う気持ちも、きっと全ては、人が持つ約束の『
精神(マインド)』の中へと収斂され行くに違いないのだ・・・







 あの時代に『
同じ物』を『別々』に目指していたアスカ・ラングレーと手を繋ぎ合いながらに、僕は思う・・・








 遅くても良い・・・







 ゆっくりでも良い・・・







 相手を知りたいと願うのならば、まず自分自身を『
知る』と言う事・・・








 『
好きだ』という願いと共に現われる感情が、僕にとっての『全て』だと言う事・・・








 『
解り合える』と言う言葉の意味を、自分本位に取り間違えていてはいけない・・・









 生物の遺伝子(
DNA)の中に内包されていた元々のプログラミングは、男(male)と女(female)の2種類でしかなかった理由を・・・







 
性差(ジェンダー)ではなく、性別(セックス)としてしか継承されない『世界』の意味を・・・








 僕は今、『
信じる』のだから・・・」












D3パートへ続く