NEON GENESIS
EVANGELION 2  #9  " Turning Point "  side-D4

   


贈る言葉
Music by T.Kurosawa









 長い長い暗闇の一本道を、僕は只、アスカと並んで、二人で歩いていた。






 途中、思い出したように、僕は、隣の
アスカに対して尋ね掛けている・・・







綾波とは、何を話したの?」








 アスカは、ぬべっと舌を出して、
『アンタは知らなくても良い事っ!』とだけ思いっきりに言い返した・・・。








「女にもね、色々とあるのよ・・・ (
シンジには)解らないだろうけどね・・・」









 意外な真剣さでそう述べるアスカは立ち止まり、繋ぎあっていた僕の右手をぎゅっと握り締めている・・・。






 仰ぎ見る二人の視線の先に浮かび行く代物は、過去に起きていた
二人の出来事を映し出している大掛かりな心象風景(ヴィジョン)・・・







 そこに居る二人が、参号計画(
E計画)推進特務機関・Nerv(ネルフ)の要請する唯一のエヴァンゲリオン初号機、弐号機パイロット(3rd、2nd)として、戸惑いながらも相手を求め合うまでの親密さに至った、未熟で稚拙な『14歳(あの時代)の軌跡』の全てだったのだった・・・










『へろ〜ミサト! 元気してた? ・・・見物料よっ! 安いもんでしょ!?』







『・・・バームクーヘン?』







『ハン! この私が声を掛てんのよ? ちったぁ、嬉しそうな顔しなさいよ? ・・・で、居るんでしょ? もう一人のEVAパイロットが・・・』









『・・・ママ・・・』







『・・・自分だって子どものくせに・・・』









『ねぇ、シンジ・・・ キスしようか・・・ それとも
怖い?』







『怖くないよ、キスくらいっ!!』







『・・・じゃあ、行くわよ? 目を閉じて・・・』









『誰も君に強制しない。自分で考え自分で決めろ。自分が今、何をすべきなのか・・・ まぁ、後悔だけはしないようにな、
シンジ君・・・ 』







『・・・
嘘!










『・・・側に来ないで・・・ 何にもしないで・・・ アンタ、私を傷つけるだけだもの・・・ 私は何にも要らないわ・・・ 』









『・・・
アスカ・・・』







『・・・
嫌っ!!










 
信頼し合うまでの『途中』・・・








 行き場も無く、病室のアスカに向かって、『
いたずら』しようとしている僕が居る・・・








 アスカじゃなきゃ駄目なんだと一方的に懇願し、存在を否定され、彼女を抹殺しよう(
首を絞めよう)と試みているこの僕が居る・・・








 僕は、目を背(そむ)けたかった・・・







 もう既に
起こってしまっている経緯とは言え、逃れようも無く、好きになった女の子の目の前で、自分は、自分の暗闇(マイナス)部分を、また改めて白日の下に暴かれようとしているのだ・・・






 目を閉じ、耳を塞いでも、
無かった事にして貰える訳では当然無く、さりとて、傍らでどんな表情(かお)をしながら愛想を尽かして立ち尽くしているのであろうかも判らないアスカの横顔を、この時まともに見やる勇気もやはり当然に無く、僕は只、一筋の涙を流して、その悪行(ヴィジョン)の勃然に、茫然と立ち尽くしているのみだった・・・。







 長い時間を掛け、声を震わせながらに、僕は哭(な)く・・・









 
幸せになりたい・・・ 









 消え入る声に、心よりの
願いを乗せて、僕は、呟(つぶや)くのだ・・・









 
君と二人で幸せになりたいんだ・・・ アスカ・・・ 








 何も言わず、何も答えてくれないままのアスカは、やがて少し
怒ったかのようにこちら側を振り向いて、ゆっくりと手を伸ばした。







 僕の零し落す涙の頬に触れながら、マジマジとこの僕の気色(
けしき)を見詰め続けていた彼女は、ふいと表情を和らげ、その端整な顔を近づけながらに、こう言う。









「こいつは、おまけよ・・・ 感謝しなさい! 」








 踵(かかと)を上げて背を伸ばした彼女は、顔を横に傾けて、僕の唇に
おまけ』のキッスをして見せてから、にっこりと微笑んだ・・・







 僕は、彼女を抱きしめる事しか出来なかった。









 抱き合う二人の回りには、次々と新たなる風景(
ヴィジョン)が浮かび上がって来る。






 それは、有り得たかもしれない
可能性の平行世界(パラレルワールド)・・・








 僕の中の『
』が、誰にも言えぬまま、心の奥底ではきっと切実に切望していたのであろう、些細なる夢のかけら(ヴァーチャルスペース)だった・・・









『あ〜ん、遅刻! 遅刻! 初日から遅刻じゃ、かなりヤバイって感じだよねぇ〜』







『おお! ミサト先生や! ミサトせんせ〜い! 聞いたって下さいっ!! わしらは、先生(
貴方)のためやったら死ねますっ!!』







『何馬鹿な事言ってんのよっ!? ・・・週番でしょ? お水、換えて来てっ!!』







『平和だねぇ〜』









 恋多き少女『
霧島マナ』や、深窓の図書委員長『山岸マユミ』をも加えて、何時ものメンバーが、何時ものように楽しく笑って過ごせている学園ドラマな『世界』の欠片・・・







 同じ職場の両親同士が親友同士、兼、物心ついていた時からの隣の
幼なじみとなっており、毎朝(どう言う訳だか)この僕の事を迎えに来てくれている勝気なアスカは、オフェンス一辺倒の万能攻撃型運動部アイドル・・・  ついたあだ名が『闘将アスカ』、『碇の嫁さん』、e.t.c.・・・






 転校生として途中からやって来たラクロス部の
綾波は、いきなりにアスカから挑まれ(絡まれ?)てしまった第一中学・二大美少女10番勝負!(トトカルチョ・ブローカー:相田ケンスケ&鈴原トウジ)の好熱演によって、意外や意外の受身(ディフェンス)上手の名コンビで、アスカ以上に明るく気さくなその性格が、誰からも好かれているクラス中の人気者となっていた・・・







 顧問のミサトさんの腕だったのか、才能あるアスカや(水泳部の)霧島マナさん達の助っ人(?)加入の御蔭だったのか、近年まれに見る『
強豪』チームへと変貌を遂げていた女子陸上部の中でもやっぱりみんなの世話役(キャプテン)に推されていた長距離ランナー、洞木さん(いいんちょう)は、責任感あって、強い人・・・







 
トウジケンスケの三人の男子達は、名門だけど今は見る影もない伝統校、男子・女子混合陸上部(駅伝チーム)の組織改変を阻止するために立ち上がっていたOB理科教師・加持さんや、これまた、その伝説チームの黄金期を築き上げていた(と言われる)熱心なOBコーチの大学生(教習生)・日向さん青葉さん両名の利害や策謀関係が一致していた恐ろしき勧誘の罠!・・・ 






 
来れ若人! 一中・美少女、ウハウハ大作戦マーク2っ!!






 にあっさりと騙されてしまって、まんまと逃げようの無い体育会系(猛烈練習地獄)の入部届にサインを書き込んでしまった、人数合わせの『
良い鴨(カモ)』、ないしは、近年まれに見る『三馬鹿』・・・  『弱小』男子陸上部、その1、その2、その3だっただろうか?







 季節の移ろいと共に、色々な想い出があり、加持先生(
加持さん)や葛城先生(ミサトさん)の結婚式を始めとする様々な事件やイベントが、年齢相応な僕たちの学園生活(スクールデイズ)を取り巻いて、14歳の子どもだった僕たち全員は少しずつ賢くなり、そしてまた、ゆっくりと大人の階段を上って行く・・・






 
使徒(ANGEL)も来ず、戦いや争いも無い平和な世界の中で、中学校から高等学校に上がり、そして更には、高等学校から社会人や大学予備門(帝大予科/教養部前期課程)へとその僕達の活動の場が発展的に移り行く中で、仲の良かった市立一中時代のメンバーの大半は、何時の間にか一人減り、二人減り、みんなそれぞれ自分自身の希望に向かって、力の限りに躊躇無く突き進んで行った。








 只一人、幼稚園時代からこの僕と一緒だった少女・・・







 アスカを残して・・・











 
学園』の後には、『その後』も続いている・・・










 両親の勤める帝大本科(
理系2類)へと進級する年頃(21歳)になっていても、僕たち二人は、相も変わらず、子供っぽい喧嘩を繰り返しているようだった・・・






 すったもんだで仲直りの挙句、お互いの部屋ではない、生まれて初めての
二人っきりを楽しもうとする所にまで一気に話が進んでしまっていたのは、行く気の無かった合コン&スキーサークルを口実とする北海道の大雪山系が一番最初だったのだろうか?






 ・・・当然、この僕がスキー場で遭難して、アスカに助けられるというオマケ付なんだけど・・・






 選りにもよって、プロポーズのその日に遅刻をしてしまって、噴水前で、ずっと待ち続けてくれていた彼女(
アスカ)の事を怒らせてしまった社会人としての僕・・・






 焦るあまり、事前に購入していた
給料の3ヶ月分を何処に置き忘れたのかも解らなくなってしまって困惑している僕に向かって彼女は言った。







「・・・
背広の内ポケットよっ! せっかくの指輪なんだから、こういう物は、もうちょっとスマートに貰いたかったけどなぁ、碇シンジ君?」








 何処まで行っても、僕はアスカに頭が上がらない・・・






 ・・・そんな世界(
ヴィジョン)だ。









 落着いて眺めて見てから、改めて、僕は思う・・・







 拗(す)ねても、怒っても・・・






 泣いていても、笑っていても・・・







 僕の
奥底は、全てをひっくるめてアスカの事が好きなんだと思う・・・







 たまらなく
好きなんだろうと思う・・・







 だからこそ・・・







 
愛しているんだと思う、こんなにも・・・










可能性の世界(未来)か・・・ 有り得たかもしれないね・・・ 都合が良すぎるような気もするけれど・・・」







「フフ・・・ どうだかねぇ〜・・・ 私達の
世界でも、シンジがこれ(遅刻)をやったら、私は絶対に許さないだろうと思うけど? 仲良くなっても、二人にとっての特別に大事な日だったのなら尚更よね! ビンタの100万往復くらいなんかじゃ、絶対に済まされないわよ!? 私は厳しい女なんですからねっ!」







 抱きしめる手に、ギュッと力を加えたアスカは、僕の胸の中でそう言った。







 今までの悲しかった
想いの全てが、今ここで一気に氷解して行こうとするな感覚(うず)の中で・・・ 






 あれは
途切れた僕達の世界(せかい)では絶対に起らなかったプロポーズなのだと言う自覚の元に、僕は向かい合う彼女に向かって、「遅刻はしないよ・・・ 君を待たせない・・・ 僕は、そう決めてるんだ・・・」と答えた。







 微笑む彼女は、頬を摺り寄せながらに
「余は満足じゃ!」と言う表情(かお)をしていた・・・









「大体、
アレよね? 私ならこうしたいわっ!! 私はとりあえず第50代・アメリカ合衆国大統領(プレジデント)っ! シンジは、その下僕』!  史上最大、空前絶後の美人独身独裁大統領の出現を軸にして世界は動くっ!! 野望っ! 裏切りっ! ラブロマンスッ! 何から何まで完璧なスーパーレディのおはようからお休みまで心を配りつつも、何時の間にやら許されない恋に身を焦がしている下僕シンジ  嫌! 駄目よ! 私はみんなのアスカなのよ! いけないわっ! シンジ〜  ・・・ってのは、どう? これならシンジだって、格好良く大活躍だけどな〜!!」











 金色(こんじき)の野に降り立つアスカ・・・







 両手いっぱいに手を広げて、この僕を促(うなが)す彼女の提案とともに、切り替わる二人の映像(
ヴィジョン)は、なんとなく勇ましいBGM付きであるようなソレだ!









 
アスカの・・・ アスカによる・・・ アスカの為の政治で『世界征服』?







 僕は、地球を統べているアスカ大統領(女王様)の筆頭・・・ 『
下僕』なの?








 ・・・いや、ちょっと待って!







 そんなに
楽しそうな展開(理想推進)を、そんなに真顔でどう?と言われても・・・






 ・・・本当にアスカは
それが良いの?







 考え直さない?









 苦笑をしつつも、奇妙な
生活感を持って、一応は想像してみる。






 ひょっとして、内でも外でも、事あるごとに
「ハイル! アスカッー!!」みたいな事を、言わなくちゃならなくなるのだろうか?






 お風呂を沸かしても、
『ハイル! アスカッー!!』






 ご飯を作っていても、
『ハイル! アスカッー!!』






 無論の事、彼女を抱きしめたくなっても、
『ハイル! ・・・アスカッー!!』・・・かな?







 ・・・怒られそうだなぁ。






 
「照れがある!」とか、「声が小さい!」とか言われてそうで・・・









 そんなこんなで周りの景色を眺めてみると、次々とシャボン玉(
バブル)のように浮かび上がり行く幻想風景(ヴィジョン)の中には、彼女が主人公とでも言うべき可能性(シナリオ)も、結構ある。








 
自称:冒険探検隊リーダー(本職:大学教授)で、怪しい宗教団体やら危険な秘密結社の連中同士やらとの確執や暗闘が見え隠れしている莫大な第三帝国(NAZIS)の隠し財宝争奪戦などの中、まるでドラマの女インディ・ジョーンズ、あ〜んど、ハンナプトラのように華麗なる活劇人生を繰り広げつつも、最後の瞬間には、石油やダイヤ鉱を掘り当てて、目も眩むような世界一の大金持となっている、ラッキー・アスカ・・・





 助手(
アシスタント)、兼、平隊員で、アスカが冒険(アドベンチャー)に成功してしまってからは、勤めていた大学さえをも一緒に辞めさせられ、常時、その屋敷(アスカ御殿)の住み込み『下僕』執事としても、朝から晩まで一生懸命、甲斐甲斐しく涙ぐましい御奉仕(下働き)を(喜んで?)強要させられている・・・









 
トップモデルとなって颯爽と服飾界を闊歩(かっぽ)している綺麗なアスカ・・・





 その『
下僕』マネージャー(世話係)として、パリ、ミラノ、NYを、何時でも何処でも彼女の思うがままに付き従って(引きずられて?)いる食事係&衣装持ち(裏方さん)な・・・









 
バリバリの新進プログラマーとなって、新型OS”ASUKA”シリーズを開発し、ついにはB・ゲイツやM・アンドリューセンも吃驚!の世界的ソフト会社を起こしている知的で眼鏡な青年実業家、アスカ・・・






 必然性も無いのに、その会社のCEO専用『
下僕』秘書として雇われ、泣く泣く彼女の自由になる裏金(接待費食糧費)作りに奔走させられた挙げ句、あろう事かプライベートでも良い様に扱われている可哀想な、etc・・・・・・











「・・・って、アスカに都合の良い
下僕ばかりなんじゃないかっ!! ヒドイやっ!!」







「でも、ずっと一緒みたいよ? ・・・
下僕でもっ!」









 形だけ抗議したように怒って見せていても、本当は
アスカと一緒である事が嬉しいと言う気持ちが丸解かりなこのの態度であっただけに、見透かされたよう、片目でウインクする彼女の言いように、この時、僕は何も言い返すことができなくなっていた・・・








 腕の中でも、やっぱりすぐさま自慢げに胸を張る少女、
惣流・アスカ・ラングレーの強さ(POWER)を・・・







 
弱さの裏返しとして、何時でも何処でも強くある事を選択した彼女の気持ちを・・・







 『
』は只、『あるがまま』に『理解』して『受け入れ』たく思っている・・・






 
 時を経ても、まるで
太陽のように光り輝いているその変わらない彼女の源泉は、自分の大部分を絶対的に信じている証明とも相成って、周りをも・・・ そしてまた、自らの肉体をも焼き尽くす紅蓮(ぐれん)の炎(ほむら)と為りてなお、今ここに在る彼女(アスカ)の在り様(オリジナル)を構成する、不可分で純粋な要素(個性)でもあるのだから・・・







 
無神経無理解な子どもな気持ちのまま、僕が、このアスカを求めたならば・・・ 






 傷付いた僕達二人の恋愛関係に残されるのであろう相手方への最後の
愛情思いやりの形成は、なんとなく悲しい行き違いや、寂しい仲違いによる解決方法・・・ お互いの存在をお互いが消去し合う拒絶でしかなくなるに違いない事だろう・・・










 
僕は、僕の想いの中に在るアスカをあくまで見ているのであって、彼女の想いがこの僕の想いと全く同一に在ると言う虫の良い思い込みなんて、本当は世界中の何処を探していても有り得る訳の無い、自分本意な『砂上の楼閣(イリュージョン)』でしか無いのだ・・・












 だが、しかし、それでも、彼女は・・・








 それでもなお、再びに相見(あいまみ)える
彼女(アスカ・ラングレー)は、共に触れ合えたこのの気持ちを、精一杯に、その全身で汲んでくれようとしているのだ・・・








 14年前と同じように
『ずっと側に居てくれる』と言っているのだ・・・









 
僕は、彼女の事を泣かせたくない・・・








 彼女の願う事なら何でも
叶えてあげたいとも思っている・・・










 それは、この
続く限り、大事な誓いとなってこのを規定する、大好きな彼女(アスカ)へと向かって行く花束のブーケ(贈り物)・・・ 







 『
』なら、誰の胸の内にでもそっと静かに閉まい置くべき『愛する者』への聖訓(ビーベル)となって捧(ささ)げ続けるのだ・・・












 ひとしきり笑い合う彼女を見詰めて、幸せな気分で空を見上げて、ついでに
ある事実にも気がついてしまった僕は、寂寥感を伴った感情を引きずりながらに、彼女に言う・・・






 腕の中の彼女(アスカ)は、何時の間にやら、一緒に
楽しんでいた筈の状態から一転して悲しみの哀愁へと変化してしまっているこの僕(シンジ)の噤(つぐ)んだ様子を瞳に見止めて、なんと言うか、『不思議』に『不安』そうな表情をしていた・・・








「・・・
時間がずれちゃってるのは、しょうがない・・・ かな?」








時間?」








「・・・うん。僕とアスカの中にある、これからの
時間さ・・・  これらの可能性(シナリオ)は、僕とアスカが、今でも同い年であるという前提ばかりで見せてくれているようだから・・・」









 彼女の髪に触れ、僕は静かにそう言う・・・






 現実の僕達はそうではなく、14歳の身体のままで居るアスカと、28歳の大人な身体へと成長してしまっているこの僕とでは、埋めようとしても埋め切る事の出来ない『
14年分』の『』がある。







 アスカが『
高校生』なら、僕はもう30代の『壮年期』・・・






 今のアスカがこれからもどんどんと
素敵な女性へと成長していくであろう頃合の時分には、28の僕はもう、人生の下り坂・・・







 縮めようとしても、永遠に縮まらない『
14年分』の年月・・・






 エヴァパイロット(
E計画)として・・・  ではあっても、同じ一つの屋根(ミサトさんのマンション)の下、共(とも)に暮らして、一緒に登下校する時さえもあった僕達二人は、ある時期、確かに同い年の同級生だった筈なのに・・・







 僕は、その事実を
淋しいと表現して、一人で拗(す)ねていた。







 どんなに
仲良く近づけるのだとしても、同じ時代時間が過ごせなくなってしまった現実世界(リアルスペース)は、やっぱり辛いよ・・・ と訴えていた。









 それに対する彼女の
回答は、極めてシンプルで、実に彼女らしい物言いとなってこの僕に返ってくる・・・







 彼女は、
口癖のようになっていた何時もの前置きを交えて、こう言ったのだ・・・









 
あんた馬鹿ぁ? 










 
コホンと咳払いして、改めて腰に手を当て直し、ビシッと指差す元気な彼女は、何でこんな簡単な理屈が解からないのかなぁ?と言う単純にじれったさそうな顔をして見せてから、この僕の事を見据え、そしてまた凄んで見せていた。








「・・・せせこましく、年恰好に開きがあるとでも思ってる訳ぇ? ・・・大体、少々の外面(そとづら)や(中身の)違わない年齢差だなんて全然関係無いでしょ!? 大事なのは、(お互いの努力よっ! 心がけだわっ!!」











 憤懣やる方の無いアスカの
怒りは、自業自得だと言わんばかりに続いている・・・






 僕はただ、随分と心が
軽くなって行く気分で、そんなアスカの奔流のように流れ涌き出てくる言葉(優しさ)の数々を受け止めて聞いていた・・・









「・・・そうよ! ・・・そうだわっ!! 考えてみれば、今の今まで
ここに居る事にさえ、気が付いてもくれなかったシンジが悪い! 圧倒的に悪い! トコトン悪い! その罪、万死に値するわねっ!!







「ましてや、何事も
自分から状況を変えようと言う行動を起こさずして、はなっからしょうがないかな?なんて諦めているお気楽さだって、私は許さないっ!! 私をだと思っているの? 私は、『アスカ』よ!? アスカだわっ!! 」








「私が
アスカである事を知っている人間は、今はもうシンジだけなんだから、その最後の幸せへの責任は、異様に重〜いっ!! だから、迷わないよう、あらかじめに言っておいてあげる!  ・・・私が好きなら、)何時だってシンジは努力していないとダメ! 私よりも賢くなってくれて居ないとダメ! 背が高くて格好良い雰囲気である事は必須条件っ! お酒もダメ! タバコもダメ! それに加えて、一日最低三回は愛してるって言う事っ!!







優しくしてくれないとダメ! 叱ってくれないとダメ! 寂しい時にはやっぱり抱きしめて慰めてくれて居ないとダメ! を見て、だけを見て、だけに微笑んでくれるシンジじゃないと絶対にダメ! 私よりも先に死んじゃうなんて裏切り、絶対に許さないっ!!  良い事、シンジ!?  絶対に駄目なんだからねっ!!










 
要求するレベルが低すぎたかしら?







 
でも、まだまだ序の口よ!









 しれっとした笑顔で、
「どうだっ!!」とでも言わんばかりのアスカの嬉しそうな態度を見て、僕は改めてやっぱり、アスカは凄いやと思った・・・







 なおもしゃべり続けようとする彼女の
をそっと人差し指と中指の二本で押さえてゆっくりと主導権を確保する僕は、とりあえずは黙ってくれている彼女に向かって、辛うじてこう言う・・・








「きっと、努力します・・・」







「ふむふむ!」







「・・・だからね?」







「ん!?」







「・・・これは前借だよ、
アスカ・・・  今の君を・・・  今のだけをいっぱいいっぱい感じていられるように・・・  僕は、もう一度だけ頑張れるんだと思う・・・」








「・・・
馬鹿ぁ?  似合わないわよ、そんな台詞(せりふ)・・・ 第一、ならもっともっと大きな事を望みなさいよね! 全くもう! 」










 微笑みながら
呆れているアスカの可愛いは、とても暖かかだった。







 警戒無く委ねられたアスカの
身体は、とても柔らかい代物だった。








 優しく溶け込んでいる
二人の時間の中で、僕は彼女の息吹を・・・  彼女の鼓動を今再びに感じている・・・







 永遠に思えるキスを繰り返していて、永遠に思えるアスカの事を抱きしめる僕は、とても
満たされていた。








 ずっとずっと心の中に描いていた他人(
アスカ)への愛情を取り戻して、僕は涙を出さずに泣いていた・・・










 
もう離さないから・・・









 そんな言葉にはならない彼女への
想い(約束)の丈だけを、何度も何度も繰り返し噛み締め行く世界の中で、僕もまた、もう一度14歳の子供だった・・・






 彼女を抱きしめて、少しだけ、全てが対等だったあの頃に戻れたような気がする
14歳の碇シンジであるにすぎなかったのだった・・・












D5パートへ続く