NEON GENESIS EVANGELION 2 #9 " Turning Point " side-D5
長い長い一本の小道(プロムナード)を、手をつないだアスカと共に並んで歩んで行く僕の目の前には、何処までも澄き通っていて全てが吸い込まれて行くような真夏の青い空へと続いて行く一本の大木(たいぼく)があった・・・ 瑞々(みずみず)しい青葉な木漏れ日に手を翳して立ち止まり休み、遥かに通り過ぎ行く遠方の白い雲団の在り方を眺め見やるこの僕の傍らには、大好きなアスカ(ラングレー)がそっと静かに寄り添ってくれている・・・ しばしの沈黙の後、僕は、触れ合える彼女との距離間(絆)を確かめるかのように彼女の掌(てのひら)を握り直して、只一言、独り言のように、『こう』言う・・・ 「色んな事があったね・・・」 「これからだって色々あるわよ? なんせ、私達は私達なんだから・・・」 微笑む彼女(アスカ)に、僕(シンジ)の方も微笑みを持って返していた・・・ 旅路は終わった・・・ 現実が待っている・・・ ここが僕達二人の終着点・・・ それは感覚ではなく、理性の認識と言うべき代物だった・・・ 「依存していたい訳ではありません。だけど、大切に想っています・・・ とても大切に想っています・・・ 」 どんな物事にも『終わり』があって、そしてまた、新しいその次の『始まり』へと続いていく連綿な世界の理(ことわり)を理解出来る程度に、僕達二人は、もう既に『大人(おとな)』な人間(ニンゲン)に『為れた』のだから・・・ 時には、身を切るよりも辛く悲しい人生が待ち受けているのだとしても、前へ進み行く努力だけは、決して放棄してはならない。 『さよなら』を引き伸ばしたくて、年齢の離れた『同い年』の彼女を抱きしめて離さない『僕』が居るのであっても・・・ 立ち止まってはならないし、振り返ってもいけない・・・ 抱きしめられた彼女の名前は、アスカ・・・ 惣流・アスカ・ラングレー・・・ 天才弐号機パイロットとして途中からやって来た、まるで気まぐれな『台風(我侭)』で・・・、 それで居て、まるで虚空に輝く孤独な『太陽』であるかのように、意外な『寂しがり屋』さんな一面を兼ね備えてしまっていた『強気』な彼女(アスカ)は、14年前のあの夜の『関わり』以来、この僕にとって『永遠』に大切な、たった一人の『女性(ひと)』と相成っていた・・・ 「 ・・・カヲル(タブリス)も、言ってたでしょ? 今の私はid(イド)の中の私・・・ 『私(アスカ)』の記憶は、『私(アスカ)』の中では継承されないわ・・・ 貴方は、私にとって、全くのシンジ先生になるの・・・ シンジじゃないわ・・・ 」 「アスカ・・・」 「フフッ・・・ な〜に、解かってた事に悲しそうな顔をしてるんだか! ・・・でもね! 私は、こう考えてる・・・ きっと神様が応えてくれたのよね! ほんのちょっとだけ違う自分になって居て、ほんの少しだけ素直にやり直したいかもって言う私の本音の気持ちを・・・」 しばらくの間、何かを考え込んでいた様相のアスカは、唐突にアスカパンチだと言って僕の頬を軽くに触れてみせ、そしてまた気持ちを切り替えたかのように最高の笑みをもって笑っていた・・・ 超絶天才美少女は、何時だってモテモテよっ!? だけどね。それだけじゃ、駄目なのよ・・・ モテてるだけじゃ、私の欲しいものは永遠に手に入らないわ・・・ 才能でもない・・・ お金でもない・・・ 普通の人間が、ごく普通に産み生(な)せる、たった一つの大切なもの・・・ 見付けてくれるでしょ? シンジ? 私は、貴方と一緒に居たいと願ったのよ? 「これからも私(アスカ)が居なくなったように感じるかもしれない・・・ だけど、彼女(ホーネット)は私(ラングレー)よ? 私(ラングレー)は彼女(ホーネット)なの・・・。 記憶(こころ)が忘れても、体(からだ)が覚えているわ・・・ シンジの全てをずっとずっと憶えてる・・・ 」 アスカ・・・ 「死が別つ、意地悪な魔法(『第三衝撃(T.I.C.)』)をかけられた二人ではあっても、それからの私達は決して『終わり』なんかじゃなかったから・・・・ 何度でも『逢える』・・・ 何回だって『巡り合える』・・・ 得られなかった『幸せ』な日々を目指して、何度でも・・・、何度でだって『頑張り合える』・・・ 」 アスカ・・・ 僕は・・・ 「栗色の髪をした可愛いお姫様の未来(これから)を救える人物は、お姫様の事を本気で好いてくれている騎士(ナイト)だけなんだからね・・・ 格好悪くても良い・・・ なさけなくても良い・・・ 私を愛して・・・ 私だけを愛して・・・ 私はシンジを待っている・・・ ずっとずっと待っている・・・」 愛してる・・・ アスカ・・・ 「離さないで・・・ 逃げないで・・・ 良い事も、悪い事も・・・ 嫌な事も、好きな事も・・・ 『私(アスカ)』は『私(アスカ)』となって、『シンジ』と共に在るわ・・・ だから、勇気を出して、私を『・・・・』して・・・。シンジが私を想って『・・・』してくれないなら、私がこっそり戻ってきて、シンジの事を『・・・・!』だって、引っ叩いてあげるわっ!!」 聞こえない・・・ 聞こえないよ、アスカ・・・ 止まらない涙を、彼女には見られたくなかった・・・ 段々と消え始め行く彼女の存在が、この僕の悲しみをより深くに誘っている・・・ 抱いている先から遠ざかる彼女の実像を、僕は未練がましく追い求めようとしている・・・ こんなにも伝えたい想いがいっぱいあるのに・・・ 大切だって気持ちを・・・ かけがえの無い一番の女性は、君なんだって言う感情を・・・ 僕は只、捕まえられない彼女を想って泣いていた・・・ 光り輝く永遠のアスカを想って、心の限りに泣いていた・・・ 「私の声が聞こえないの?」 両手を伸ばして微笑んでいる彼女の後ろに聳え立つものは宇宙・・・ そして、太陽・・・ 地球を背後に背負っている僕(シンジ)は、もう既に『覚悟』を決めている。 瞬(またた)く光が二人を包み込む新世界の中で、僕は、やっとの思いで『聞こえないよ、アスカ・・・』と小さく繰り返した・・・ 段々と反対方向へと遠ざかり行く彼女は、優しい想いでこう答え返している・・・ 「・・・それは、シンジが馬鹿だからよ!」 愛してる! 愛してる! 愛してる! 愛してる! 愛してる! 届かない彼女の声に・・・ 小さくぼやけて行く彼女の輪郭に、僕は再び当たり前な言葉を投げ返し、繰り返した。 暗闇が支配して、彼女の姿が完全に見えなくなるその瞬間まで、あらん限りの力を持って僕は愛してる事を叫び続けている・・・ 薄れ行く意識の中で、彼女の声を聞いた・・・ 『・・・私もよ! シンジ!』 或いは、錯覚だったのかもしれない・・・ でも、僕の耳にはそう言ってくれている彼女の言葉がはっきりと聞こえた・・・ それは、それだけで充分な事だったのだった・・・ |