NEON GENESIS
EVANGELION 2 EX. #1 " Gloria Mirage "
「父さん、見てよ。今日も満点だったんだよ。クラスでも一番さ!」
「そうか、よくやったな、キョウスケ・・・」
「父さん、聞いてよ。僕は開成に進学する事に決めたよ」
「ほう、偉くまた進学校を選ぶんだなぁ・・・ 大丈夫なのかい?」
「大丈夫さ! だって、僕は父さんの子どもなんだもん! 見ててよ、父さん。父さんの後は、この僕が立派に継いで見せるから」
「ハハ・・・父さん♪」
「父さん・・・」
「・・・父さん」
とにかく手の掛からない子だった・・・
そして、全く反抗するという事を知らない子供だった事を私は覚えている・・・
「ごめんなさい、父さん。僕は士官学校には行きません。例え、琉条の伝統を崩す事になっても、僕は京都帝大の葛城博士に・・・」
「そうか・・・だが、何時からその事を決めていたんだ?」
「高2の夏から、ずっと・・・ ごめんなさい。市ヶ谷(いちがや)の推薦枠を勝ち取って喜んでいる父さんの姿を目の前にして、とてもこの事を言い出せなかったんです」
「ハハハ・・・ いや、気にしなくても良い。琉条の伝統等たかが知れている。何も琉条の家に生まれた者全員が軍人にならなければいけない等と決っている訳ではないよ」
「ごめんなさい・・・」
「・・・こら、キョウスケ」
「はい」
「お前は、その決断を何よりも自分自身の意思で決めた筈ではなかったのか?」
「何よりも僕自身の意思で決めました」
「だったら、他人に謝る必要が何処にある? お前はお前の人生を豊かにする為に、自ら行動して行けば良いのだ。何も私の意向を深読みする必要などない・・・ お前は私の操り人形なのではないのだからな・・・」
「・・・でも・・・」
「自主、自尊・・・ それこそが琉条の伝統だと思いなさい。そして、これからのお前がどのような道に進もうとも、琉条キョウスケとして生きる誇りだけは、決して忘れないようにな。必要もないのに他人に軽々しく謝ったり、流されたりするような人間にだけは絶対になってはいけないよ」
「・・・父さん・・・」
「真に主体的な自己を持つ人間は、他人の自己をも当然に尊重する。自分勝手で傲慢すぎる人間は全くの論外だが、お前のように他人の気持ちばかりを考えて自分自身を抑え付けているような人間だって、本当は困り者なんだぞ。優しさは、時に人を傷付けるという事も覚えておきなさい。その点に思いが至らなかった事だけが、私の自慢の息子、唯一の欠点だな・・・」
「・・・だけど」
「私は、お前が満足の行く人生を送ってもらえれば、それが一番に嬉しい。お前は、お前の信じた道を精一杯に生きる事のみが、私に対する親孝行なのだと思えば良いのだ」
「ありがとう・・・ 父さん・・・」
6年後の第二衝撃(セカンド・インパクト)・・・
それは地獄だった
「表面の発光をとめろ! 予定限界値を超えているぞ!!」
「アダムにダイブした遺伝子は、既に物理的融合を果たしています!!」
「ATフィールドが全て解放されていきますっ! 駄目です、押さえ切れません!」
「槍を引き戻せ!!」
「だめだ、磁場が保てない!」
「沈んでいく!」
「構成原子のクオーク単位での分解に集中しろっ!!」
「凄い! 歩きはじめた・・・」
「コンマ一秒でいいっ!! 奴自身にアンチATフィールドに干渉可能なエネルギーを絞り出させるんだ」
「すでに変換システムがセットされてます、カウントダウン進行中」
「SSDとARTがパッシブリンクされて行きます、解除不能っ!」
「羽根を広げている、まずい!地上に出るぞっ・・・!!」
破壊・・・ 恐怖・・・ 終焉・・・
それは、一握りの我侭(わがまま)によって齎(もた)された未来の地球・・・
物知らぬリリンなるが故の業(カルマ)だったのであろうか?
世界の大半を死滅に追いやってまで、我々は一体何を勝ち得ると言うのか・・・
「違います、父さん! 人は自分の過ちに気付く事が出来ます。ここで終わりなんかじゃないんです。僕たちの未来を築くのは、やはり僕たち・・・ 生きる意志を持った僕たち人間なのですよ・・・」
「・・・そのためのゼーレ ・・・そのためのゲヒルンなんです。 ・・・少なくとも僕とフューリアスさんにとっては・・・」
「・・・第二衝撃(セカンドインパクト)が不完全なもので終わった以上、いずれ第三衝撃(さんかいめ)は起り得ます・・・ そして、僕たちは全力でこれを食い止めなければいけない。お願いです、父さん。父さんも自らの意思でこれに参加して下さい!」
当時、日本戦略自衛隊特殊情報学校(中野学校)の主任教官兼教育部長であった私は、それ以降、准将を飛び越えて少将に昇進し、第2新東京市(旧長野広域連合市)に新設される国家保安委員会中央第2調査部別室の室長として迎え入れられた。
葛城門下生であったキョウスケの転移性ASS理論が、ゼーレ本体・・・それもかなりの上層部の後援と支持を得ているという事は、その時になって初めて知り得たのだった・・・
「この娘(こ)が生まれ来る未来には、明るい希望だけを見せていてあげたい。大丈夫、人は人の形のままに進化する事が出来ます」
大学院時代に知り合った2歳年上の妻、シュティフィ・フューリアス嬢の大きくなったお腹を摩りながら、キョウスケはそう言った。
「この娘にはアスカと名付けるつもりです。琉条・アスカ・ホーネット・・・ ええ、女の子である事はもう分かっているんです。だから、きっとこのシュティフィに似て美人になってくれますよ」
それはキョウスケにとって、あるいは幸せの絶頂だったのかもしれない・・・
「・・・どうしたのだ? キョウスケ? そんなに慌てて?」
「駄目です、父さん・・・ 僕たちはもう駄目です・・・ せめてアスカだけでも・・・」
「おいおい、久しぶりに電話を掛けるなり、一体何を馬鹿な事を言い出すんだ?」
「詳しい説明は後ほど・・・ 野尻湖畔のあの場所で待ってます。明朝6時半頃に来て下さい」
「お、おいっ! キョウスケ」
翌朝、野尻湖から望む朝日に照らされた妙高山は、神々しいまでに綺麗だった・・・
「・・・・・・ました」
「な、何だとっ!! 冗談も大概にしろっ!!」
「御子息、琉条キョウスケ博士と琉条・シュティフィ・フューリアス博士御夫妻は、昨晩、御孫女のアスカ・ホーネット嬢と共に亡くなられました。飲酒を含んだスピード超過の転落事故との事です」
「馬鹿なっ! 何を言うかっ! 酒の飲めないキョウスケが飲酒運転など・・・」
「公式の警察発表ではそう喧伝される予定です・・・ あくまでも公式の話ですが・・・」
朝靄の中に現れた男は、キョウスケではなく、私の特殊情報学校時代の最後の教え子、加持リョウジだった。
「琉条教官・・・ いや、琉条少将。これは琉条博士から私が予めお預かりしていた物の全てです。博士は御自分の粛正がある事を予め予期され、特に私を信用してこれを預けて行ってくれました。内容まではさすがに理解出来ませんでしたが、何でも転移性ASS理論の中核を占める重要なコピーなのだそうです。これを博士は、来るべく時期が来るまでゼーレにもネルフにも渡さず、少将自らの手で管理、封印しておいて欲しいと・・・」
今後の尽力を確約した加持が去った後に、私は泣いた。
ここ、妙高山を望む野尻湖の大地は、私が特務一尉に昇進した時に年休を貰い、病気がちだった英国人の妻、ハルエ・ハーミーズと息子キョウスケ・・・・ 私達一家が揃って家族旅行を行った初めての土地なのであり、唯一の思い出の場所であったのだった・・・
「シンジっ!!」
「アスカぁ!!」
ボロボロになった紫と赤色の巨人がロンギヌスの槍を12枚の羽を持った巨大生物に対して突き立てている姿が遠くに見える。
今、最後の使徒・・・ アダムは崩れた。
同時に、それに対抗していた二体の巨人たちも・・・
私は、その戦いを崩れ落ちた独房の鉄格子から、ずっと眺めていた。
「終わったよ、キョウスケ・・・ お前の望み通り、第三衝撃(サードインパクト)そのものは起らなかった。人類は神に勝ったんだ・・・ 神の力を借りての薄氷の勝利だったがな・・・」
功労者であるべきキョウスケ家族を巻き込んだゼーレ内部の粛正の嵐は、結局、最後の最後まで私の身には及んで来なかった。
私の諜報工作能力を今だどこかの誰かが必要としていた・・・という事なのだろう。その結果として、ネルフとゼーレは、第三衝撃(T.I.C.)直前、互いに不信感を増幅し、兵力の移動を伴った深刻な内部分裂を興じる事となる。
私が、そうなるよう、密かに工作し続けていたからだ・・・
「そして、私が祝福されし者(BLESSED PEOPLE)を奴等よりもまず先に処分してしまえば、全ては終わりという訳なんだな? キョウスケ・・・」
静寂・・・・・・
そして一瞬の閃光の後に、三度の衝撃波が来る。
それは崩れ行くSSDの転移が、時を置かずして始まっている事の証明だった。
凝縮する光の空間が導く先には、果たしてキョウスケの理論を実証する物は居たのだ。
それが幼き赤子であるという現実が待っていようなどとは、さすがの私にも想像付かない事であったけれども・・・
「お前がそうなのか?」
バー、バー
私が抱きかかえると同時に光の発光は止まり、その赤子も泣き止んだ。
私は、ただ惹かれるように、その赤子の顔を覗き込む。
その瞳は、とても綺麗な碧瑠璃色(ラピス・ラズリ)の瞳であった・・・
母親譲りであった我が孫・・・
アスカ・ホーネットと全く同じに・・・
じぃじぃ、じぃじぃ
只ひたすらに惚(ほう)けていた私の頬を、気が付けば、その赤子は無邪気そうにその小さな手で摩っていた。
私は、ただその赤子を抱きしめ返す事しか出来なかった。
「・・・私にはこの子を殺せない・・・ 殺せないよ・・・ キョウスケ・・・」
それが、2015年に起った事の全てだったのだった・・・
*
「・・・何か言い残しておく事はございますか? 琉条少将?」
「何も無い・・・ 殺せっ!」
鈍く響いたサイレンサー特有の小さき銃音が発せられた後、かつて琉条ヤスジロウと呼ばれていた老人は倒れた。
「日向司令、松代コネクション−04、琉条ヤスジロウ少将が、第三適格者(サードクォリファイド)、碇シンジ氏に宛てた遺言書がこの奥の書斎で見つかりました。ご覧ください」
その人となりを示すように真っ直ぐに綺麗な字で書かれた遺言書を一言も言葉を発しないまま、ただ黙って眺めていた日向マコト特務上級特佐は、やがて冷笑を浮かべたままに、その遺言書を破り捨てた。
「何を血迷った事をほざく・・・ ゼーレの偽善者が罪滅ぼしのつもりか・・・ フンっ、まぁいい。お前の望み通りにアダムズチルドレン(祝福されし者)は、シンジ君の元に預けておこう。私の目的とも合致する事だしな・・・・・・ だが、それ以外は駄目だ。お前とお前の息子が残した遺産は、全て私が頂く・・・」
「日向司令、ありましたっ! 間違いありません。2010年発行のゼーレ認証コードと一致しています。琉条キョウスケ博士御自身の複製によるMVD-DISKです」
「よし、よくやった。それさえ手に入れば、この神社に存在する保管資料になど、もう何も用は無い。忌々しい松代コネクションの息の掛かった隠れアジトと共に、全て焼き払ってしまえっ!!」
「ハッ!!」
やがて燃え盛り行く神山(かみやま)神社を背に、ただ一人、正面鳥居から撤退していく日向自身を長門一尉は階段の下にて出迎えていた。
「御座いましたか?」
「・・・ああ」
「では、総帥には?」
「何も問題は無いと伝えろ・・・ それと、長門一尉」
「はい」
「これは琉条氏自身が認めている事だ・・・ 彼女は絶対に間違い無い。きっと彼女は本物の第三衝撃(よんどめ)を繰り返す不可欠な鍵(キー)となろう。お前はこの後、何食わぬ顔をして彼女とQualfied
Person(碇シンジ氏)に近づき、これを全て我らのみが監視出来る範囲内に繋ぎ止めろ・・・ EVAパイロットとして、ぜひとも必要であるという口実を使ってな・・・」
「はっ!!」
ごく自然な面持ちで敬礼をする長門一尉の横を日向上級特佐は、僅かな動作で頷きを返しながらに通り過ぎてゆく。
それは紛れも無く、全てを知り得ている者同士のみが持つ阿吽(あ・うん)の呼吸であったのだった・・・