オーディオベーシック「ケーブルクロスレビュー」掲載記念
我が電線奮戦記

 何とまあ、慌ただしい時間だった。
 しかし、それだけに何と中身の濃い経験だったことか。
 「オーディオベーシック」に「ケーブルクロスレビュー」というコーナーがある。これは4人の評論家及び読者代表が色々なケーブルを評価する、というものなのだが、人による評価の違いがクッキリ現れて大変面白い企画である。前回が電源ケーブル、前々回がRCAピンケーブルであった。まあ、当然今回はスピーカーケーブルだろう、ということは容易に予想できる。しかし、レビューを自分がやることになろうとは誰にも予想できはしまい。そりゃそうだが。

 その依頼は唐突だった。
 11月5日、呑んでいたため少々遅い時刻に帰宅した私は、とりあえずメールチェックを行った。すると、「緊急のお願い」と題したメールが届いていた。「漫遊記」の時に大変御世話になった編集者、今ではオーディオライターとして活躍されている炭○○○ラ氏からであった。
 「?」とメールを開いてみると、心臓が跳ね上がる音を聞いたような気がした。それもそのはず、レビュアーに欠員が出てしまったので、私にレビューして欲しい、という旨の内容だったのだ。
 驚いた。残っていた酔いは何処かへ消えていった。しかし、即座に「これは面白い」とも思った。自分の好きなケーブルをたくさん試すことができる。しかも自分のシステムで、だ。いつもならばこうしてウェブ上でレヴューすることが、雑誌で掲載されるわけだ。こんなに面白いことはない。目立ちたがり屋の血がザワザワと騒いだ。まだ酔いも残っていたのかもしれない。
 ただ、日程がタイトなことだけが気にかかった。24本ものケーブルが火曜日に届いて、よく月曜の午前中が原稿締め切りなのだ。一週間ある、というわけでは決してない。平日は仕事なので全く動けないのだ。真夜中に大音量を出すことは、さすがにできない。つまり、土・日しか活動できないわけだ。実際たった二日間でできるのだろうか?大体、今の仕事の状況から、その土・日すら突然仕事に変わる可能性だって十分にあった。そうしたらどうするんだ?何せ24本だ。
 などと、3分くらい考えたかもしれないが、手は自動書紀のごとくメールを打っていた。
 「やります。よろしくお願いします。」
 男気というやつなのか、まずは引き受けるのだ。あとはどうにかなるはず。そう自分を信じ、事に当る決心をしたのだ。

 今回は前の「漫遊記」と違って、部屋を片づける必要は全く無い。準備といえば、「どのスピーカーで試聴するか」「ケーブルを結線しやすいような状態にセッティングしておく」ということくらいか。とは言え、前者は多いに迷うところだし、後者はどうしたら良いのやら。
 まずどのスピーカーで聴くか。何せ「D-105」「ブルー」「すーぱーらわん」と三機種存在するのだ。悩ましいところである。考えまくった末、「すーぱーらわん」に決定した。
 理由はどちらかと言えば市販製品に近いから、ということだ。バックロードホーンだったり、ダクト調整が未完成のフルレンジバスレフでは、結果があまりにも偏ってしまうかもしれないからだ。まだ「すーぱーらわん」ならばそれ程偏らないはず。
 しかし、「すーぱーらわん」もそのままでは使わない。足回りを固めておかねば。
 それが前に「Do It Yourself!」のコーナーでも紹介した、カーボンフェルトでの対策だ。結果は前述したように大成功だったが、実はまだ対策はそれだけではなかった。一つはウーファー、トゥイーター共に「制振ワッシャー」を使ったことである。これでさらに引き締まった音になり、特にトゥイーター側によく効いた。つまり、ウーファーの振動がかなり高域成分に影響を与えていたのだろう。澄んだ、このトゥイーター特有の音が甦った感じだ。
 次に、スピーカースタンドの対策。かなり振動がびんびんスタンドに伝わっていたので、これを鎮めるため、鉛テープを柱部分の裏に貼り付けた。これでかなり振動は軽減され、さらに少々重量も上がったので一石二鳥だ。前から見れば鉛テープは全く見えない。
 インシュレーターは試行錯誤の末、8月の北陸でもらった、フィンランドバーチの切れ端を使うことにした。テクニカのコイン、黒檀など試してみたのだが、今一つだったのだ。おそらくフィンランドバーチの制振効果がかなり高いのだろう。また素材の持つ音色も自分の好みだったに違いない。
 最後のおまじない代わりに鉛インゴットをスピーカーの頭に乗っけて対策完了。これで何処からでもかかって来い、である。
 ギリギリまで忘れていたのが、「何を聴くのか」であった。うっかりしていた。試聴盤選びは当たり前だが大変重要だ。いつも試聴として使っている「ルパン」「ギター・スタンダード」「レニクラ」「UA」「ジョン・ステッチ」「カインド・オヴ・ブルー」「リサ・エクダール」「峠の我が家」「ワルツ・フォー・デビイ」「ローリン・ヒル」「ジュエル」「クリスチャン・マクブライド」「村治佳織」「スクエアプッシャー」の中から、最初の3点を選んだ。理由は本誌にも書いてある通りだ。本当は女性ヴォーカルや、テクノっぽいものも試したかったのだが、現在自分が一番注目している「ベース」「ギター」に重点を置きたかったのだ。マクブライドのベースソロも捨てがたかった。ただ、ベースだけ、というのもあまりにも偏っていると思ったので今回は外したのだ。レニー・クラヴィッツはロックの中でも音が良いし、ロックも聴くという人なら持っている確率が高そうだったから、ということもある。実際にはジョン・ステッチも聴いていた。これは本当に高音質で、聴いていて楽しい音楽だからだ。本文で「ピアノは云々…」という部分は実はこのソフトを聴いての感想だったりする。

 さあ、今度こそ本当に準備は万端だ。もうファイティングポーズもバッチリだ。
 ケーブル24本、どいつから料理してやろうか。


 土曜日。前日からアンプの火は入れたまま。しかしこのままでは結線がしづらいではないか。忘れていたが、何せスピーカーケーブルというやつは一番結線が面倒臭い。ピンプラグとかならば文字通り抜き差しだけで済むのだが、いちいちぐるぐると端子を締め直したりする手間は、意外に時間がかかるものである。
 とは言え、当初考えていた「アンプをラックの一番上に載せ変える」ことは止めにした。それも面倒だし、ラインケーブルの長さがギリギリにしているため、そう言った融通は利かないのだ。と、言うわけで、ラックごと前に50cmくらい出すことにした。さらに、今回使わない「D-105」を片方隣の部屋へ緊急避難させることで自分の通り道を作った。こうしないと跨がなければラックの後ろへは行けないのためだ。これで結線はかなり楽になった。
 実は心配の種は他にもあった。風邪である。今回の風邪はひどくもならなければ良くもならない、という大変嫌なものだったのだ。咳だけが2週間くらい続くバッド・コンディションの中、マスクをして作業に当った。仕事に差し支えてはまずい、という気持ちも強かったわけだ。しかしマスクというのは意外に音が変わるものなのだ。高域が鈍って、こもった感じになる。そんなわけで、試聴の時はマスクを外し、作業の時は着けることにした。なんだか慌ただしいな。

 いよいよ最初のケーブルを試すときがやって来た。
 段ボール2パッキンで我が家にやって来たケーブル群を、まずは入っていたリストの順番に整理した。誌上にも掲載された、あの順番である。そして紙を数枚用意する。これは当然メモ用である。A4の紙にケーブル名を4つずつ記載していく。大体このくらいのスペースがあれば十分だろう。何かしら、重大な仕事に赴く気持ちが沸き起こるのを胸一杯に感じた
 最初のケーブル、JBL「JSC500」からである。
 アメリカン・スピーカーの雄、JBLからケーブルが登場したのは面白い。何処が作っているのだろうか。被膜のビニールも綺麗なブルーで、これまたJBLっぽくてナイスだ。
 メモにはこう書かれている。
 「ハッキリ、クッキリ、ドラムもカンカン!」「ベースは適度に締まる、多少大ざっぱ」「音場は平面的だが、全体的に前にグイグイ出てくる」「分厚い割にはカラッと」「どんなJAZZもブルーノートになる」「ロックは迫力!ドンシャリ気味」「とにかく楽しめる」「欠点を笑い飛ばす魅力」
 これを元に本文を書いたわけだが、まあ大体本文に書くことができたと思う。値段の割には魅力が大きく、冗談抜きでJBLサウンドが楽しめることが素晴らしいケーブルだった。やはりブランドの看板に偽りは無し、である。本文に「笑ってしまうほどベタな…」と思わず書いてしまうほどだった。また、4芯にした上級タイプも出ており、是非とも試してみたいものだ。

 大変気分よく次のケーブルに移ることができた。最初のケーブルが今使っているシャークワイヤーの「ミュージカルNo.2」とそんなに変わらない音に聞こえてしまったら、きっと時間をかけまくって比較試聴していたに違いなく、嫌な気分になっていただろうからだ。これだけ違いが出ていればOKだ。次もうまく行くに違いない、とまさしくルンルン気分(ふ、古い…)で作業に掛かった。
 お次はスペース&タイム「Prism KLARA-8N」だ。
 最近まで同社の「Omni 8N」を使っていたのだが、締まった低域と、シャキーンと伸びた高域は特徴的だった。「高解像度」というのを分かりやすく、安い値段で試してみるには一番手っ取り早いケーブルだと思った。フルレンジである「D-105」にこれを使うと、フルレンジとは思えないほど高域が伸びて聞こえてきたので、「ケーブル浮気性」の自分にしては長い時間使っていた。
 Omniの方が単線(7本)だったのに対し、KLARAは撚り線である。前者がキャブタイヤだったのに対し、後者は平行線だ。価格は前者が¥1000/m、後者が¥800/mとなっている。
 さてこのケーブルについてのメモだ。
 「細かな表現力がある」「ブラッシュが心地よい」「シャープ系の音」「倍音が良い」「ギターの弦がこすれる音が良い」「キラキラと散乱」「低域は量感は少ないが伸びている」「奥行きもJBLと比べると出てきた」「シンバルがちょっとざらざら」「ロックはハイ上がり、ちょっと暗い」「やや重たい音のこのスピーカーとは相性が良い」「手軽にオーディオ的快感を」
 まあ大体本文にこれらのことを書いたので、特別付加する内容もない。Omniに比べると、やはり撚り線のせいなのか、意外に低域も出ているが、高域への伸びは少し劣る。ただやはり似た傾向の音、この会社の音であることには違いないだろう。ここは8N銅線をかなり安価で使っているが、このクール系の音が8Nのイメージとして定着しがちだ。実際にはそうでもないのだろうが。

 3番目。オーディオクラフト「QLX」
 これも少しの間使っていたことがある。かなり細いキャブタイヤで、さらに内部は4芯スタッカードと呼ばれる構造で、2本ずつまとめて結線するわけだ。届いたケーブルはYラグとバナナプラグで端末処理していたので、こちらでまとめる必要はなく、楽だった。スピーカー側をバナナで、アンプ側をYラグとしたが、ちょっと問題がある。我がアキュフェーズE-406Vのスピーカー端子は、姿こそごつくて高級そうなのだが、バナナプラグには未対応、Yラグもよほど大きくないと入らない、という実際には裸線しか結線できないものなのだ。よって小さなYラグはただギュッと挟み込むだけということになる。まあ仕方がない。
 このケーブルについてのメモはこうなっている。
 「ノイズ感少ない」「細かい音が良く出ている」「きつくならない」「とにかく中庸サウンド」「もう少しベースは量感欲しい」「ロックはとにかく聴きやすい、余分なものが無い感じ」「オールマイティ」「バランスの良い音だが、もう少し個性も欲しいかな」
 普通の音、ということだ。結局。悪く言っているわけではない。自分の好みは個性派だから、ある意味仕方がないのかもしれない。優秀な音だと思うので、このクラスのスタンダードと言っても良いのではなかろうか。本来はケーブルは癖など無いほうが良いはずなのだ。この「ケーブルクロスレビュー」のコーナーでは「ケーブルレビューならこの人」と言っても良い福田雅光さんが当然トップバッターを張っている。この人が自作を「ステレオ」誌で行うときは、このケーブルを内部配線にしたり、トゥイーター用に使ったりしている。この癖の無さと、繊細さを買っているのだろう。特別「高域が伸びている」という印象を自分は受けなかったが、いかにも「伸びているぞー」という音ではないわけだ。
 ここで昼になった。飯、飯。なんか猛烈に腹が減っていた。でもまだ3本しか終わってないのだ…どうなるのだ?ちょっと不安がこのとき訪れるが、まあとにかく飯。



 焼きそば食って腹を満たしたら今度は眠気が…集中には睡眠も必要。15分ほどの仮眠を摂った後、再び作業に取り掛かる。今度は4番目。キンバーケーブル「4PR」だ。
 ところで試聴にかける時間は、一本につき大体30分弱である。複数枚のCDを取っ換え引っ換えするわけだから面倒には違いない。試聴する曲だけをCD-Rに録音しておこうかと思ったくらいだ。実際そうすればよかったかもしれない。「よっこらしょ」と立ち上がってCDをかけ替えるのはなかなか手間なものなのだ。順番としては本紙に載せた順に聴いていったが、レニー・クラヴィッツを聴く前にピアノのジョン・ステッチを試したりしていた。
 長い曲が多いせいか、どうしても時間がかかってしまいがちだった。違いが分かりづらければどうしても時間をかけてチェックしてしまうし、一聴して違いの分かるものは逆に楽しくて長いこと聴いてしまう、という状態に陥ってしまったのだ。
 少し話がそれたがキンバーケーブル。送られてきたサンプルは妙に短かった。大体のサンプルは長すぎるためにとぐろを巻いた状態で試聴していたのだが、これは2mもなさそうだ。しかもここのケーブルは細い被膜線を何本も撚り合わせている、という特徴があるのだが、この「4PR」は各チャンネル4本ずつ、つまり合計8本もの線がふやけたラーメンのようにぐちゃぐちゃと撚り合わさっているのだ。しかも色は黒と茶色。…もう少し美しくできないものなのか。短さと相まって少々見栄えの悪さが気になった。まあ長いなら長いで、「リング」などのホラー映画に出てくる幽霊の髪の毛を想起させてしまうが。これの上級タイプは黒とブルーで結構綺麗なのに。
 ま、それはともかく試聴だ。
 「目の覚めるようなスッキリ系の音」「それ程細かい音ではないが、きつさにリアリティを感じる」「メリハリがある」「ベースは量感が薄いが、はじく音が良く出ている」「コンガの響きが良い」「ブラッシュがもっと主張していれば」「ロックはハイ上がりでサ行目立つが、意外にうるさくない」「全体的に薄口の音だが、これを好む人は多そう」
 つまりは低音がもっと欲しい、と思ったわけだ。あと厚みも欲しかった。ただこれ嗜好の問題もあるので、「好む人は多そう」と書いたのだ。こういう薄口の音が流行りといえば流行りだからだ。この音が好きな人は、自分ならば絶賛しまくる厚手の音を「ふやけている、ぼやけている」とか言うわけだろう。

 それでは次のモニターPC「コブラ2.5S」に移ろう。
 何か昔からある、いかにもスピーカーケーブルでございます、という姿をしている。透明のシースに銀色のケーブル。昔、学生の頃ここのもうワンランク下のモデルを使っていたことがあったっけ。あの頃はまだケーブルの個性、みたいなものはよく分からず、また聴き取る耳も持っていない時代だった。イメージとしてはモニターPCのスピーカーケーブルは「クラシック向け」だ。だから自分の好みとは合わない、と思っていた。実際に聴いてみると…
 「ギターは今までとは違う鳴り方」「しなやかで柔らかく瑞々しい」「美音系、艶」「弦のこすれる音は控えめ」「奥行きの表現も上手い」「ベースはズーンと、量感が出てきた」「少々の緩さには目をつぶる」「ブラッシュは爽やか」「女性ヴォーカルがいい!」「ロックも意外にマッチする」「きつさの無いことが良い方向へ」「やるときはやる、という感じ」「音楽の美味しさを引き出してくれる大らかさ」「このスピーカーには合わないという先入観は覆された」
 なかなか良かったのである。確かにゆったりした感触で、クラシック向けなのは間違い無さそうなのだが、決して眠い音調ではない。色気があったのだ。何とも心地よい美音を奏でるケーブルなのだ。これは女性ヴォーカルがハマるだろう、とリサ・エクダールをかけてみた。…もううっとり。彼女の息遣いがコケティッシュでセクシー。「きゃ〜、リサちゃん可愛い〜」と独り言を発してしまいそうになったほど。危ないところだった。女性ヴォーカルファンは必携のケーブルだ。ゆるゆるの音になってしまうかと思われた「すーぱーらわん」が、見事に歌っている。

 次はベルデン「スタジオ814」という新製品だ。
 ベルデンというと、ド定番オレンジと黒のネジネジ線「497」や、金銀の芯線が硬めの透明シースから透けて見える「727」を思い浮かべる。2つとも使ったことのあるものだ。497は標準ケーブルと言っても良いオーソドックスな持ち味で、結局これに帰ってくる人も多いと言う、癖の無いケーブルだ。727は物凄く太いケーブルで、音も見た目通り図太い。そのかわり高音が伸びず、大人しい音になりがちだ。今度の新製品はどうか。見た目はこれまでと違って、芯線は錫メッキされていないし、キャブタイヤだ。随分現代的になったものである。さて音の方は。
 「ギターはやや硬く、引き締まっている」「情報量多く、緊張感を感じる。」「ドライ」「ベースは量感と締まりのバランスが◎」「ドラムは迫力十分」「ピアノの音は少々人工的」「ロック向け、JAZZでは欠点だった部分が良い方向へ作用」「マッシヴな低域」「もう少し明るさが欲しい」
 かちっと引き締まった乾いた音はまさにロックが似合う。響きが少ないのでJAZZのようなアコースティックなものには少々弱いが、迫力で聴かせる。ロックしか聴かなかった時代ならば買っていただろう。まさにアメリカン・ロックだ。
 おお、もう3時か。Jリーグ中継の時間だ。またまたしばし休憩…


 サッカーも見終わり、暗くなりかかってきたので少し慌て始める。
 何せやっと7本目、S/Aラボの「SP2020」だ。
 それにしても何と地味なケーブルだろう。つや消しチャコールグレーの細い平行線。ここのブランドで有名な「ハイエンド・ホース」シリーズは黒いがツヤツヤしていて太いのでインパクトがあるが、これは業務用と言っても良いくらいだ。実際の業務用は結構カラフルだが。
 しかし音は違った。
 「硬めの音だが、艶がある」「ハイエンドっぽい音」「立体的な表現が上手い」「低域の情報量がこれまでのものより多い」「ベースはピチカートがリアル」「良く下まで伸びている」「好きなベースの鳴り方」「ピアノもガツン、と」「ブラッシュは力がこもっている」「レンジ広い」「ロックはバスドラのキックが見事」「特に不得意分野はなさそう」
 華のある音を出してくれたのだ。ここのケーブルは電源ケーブルとしてしか使っていないが、やはり音の変化はよく似ている。ギュッと締まった低域、艶を乗せた高域、情報量の多さ。これらの要素は見事に共通しているのだ。見た目は悪いがこれはコストパフォーマンスの高いケーブルだと思った。そう言えば細い割には意外にたくさんの芯線が詰まっていた。ここに秘密があるのかもしれない。好みを分けるのはおそらくこの「ハイエンドっぽさ」か。

 次は最近日本に上陸したQED、「SA」だ。
 透明のシース、ただ中身はよく見えない。硬いので単線であろう。ちょっと変わったバナナプラグが両端に付いていた。バナナ未対応のアキュなので、そのまま端子に突っ込んでネジを回す。壊さないようにせねば。まあ、芯線を直接端子にねじ込むよりも楽で良いのだが。
 「ギターは間接音をよく拾っている」「少々アコースティック感が薄れる」「鮮やかだが、少々カンつく」「低域薄い」「ベースは薄口だが、引き締まっていて聴きやすい」「スネアドラムの乾いた音が印象的」「コンガが際立つ」「ロックはドライでやや痩せている」「全体的にもっと低域の伸びが欲しいところ」
 これは結局キンバーと同種で、薄味なのだ。ただ、高域の鮮やかさは特徴的だ。しかしこのハイ落ちの「すーぱーらわん」からここまで派手な音が出ては、普通の市販スピーカーにはちょっと、ハイ上がりすぎるのではなかろうか?まあ組み合わせの問題だろうか。
 と、言うわけであんまり好みではなかったので次に行く。

 古河電工の「μ-T22」だ。
 これは太く、鈍い紺色の堂々とした体躯のケーブルだ。¥1500/mと言うことを考えれば、見栄えだけならお買い得とも言える。日立と並ぶ、日本が誇る電線メーカーだ。端末が少々ぐちゃぐちゃになっていたのだが、一応このまま試聴する。
 「ギターは潤いがある」「程よい切れ込み」「音場の見通しがよい」「癖少なく、安心できる音」「艶が足りないか、色気というか…」「低域少しブーミー」「ベースはゴーン、と来る」「ブラッシュ控えめ」「ドラムのアタックは力強い」「力感ある」「パンチ力」「パワーと繊細さを合わせ持つ」「ロックはハイエンドの伸びが少ないのが聴きやすい」「サ行もかすれない」「男性的」
 少し汚れた端末のせいかもしれない。高域の伸びがどうしても足りない、と思ったのだ。そのかわり、低域の力強さは大きな長所だ。「男性的」と本文にも書いたが、筋肉質のタイプと言って良いだろう。ボディビルダー的なそれである。
 いつしか晩飯の時刻になっていた。よろよろしながらカレーを喰らう。げっぷ。カレーの匂い。

 さて続いてはオーディオテクニカ「AT7315」である。
 最も身近にあるケーブルブランドがテクニカだろう。大型電気量販店にだってテクニカのケーブルはメーター売りしている。他にはモンスターくらいか。¥1000/m以下でかなりの種類があるので、昔はよく色々試したものだった。特に「LC-OFC」だの「PC-OCC」といったいかにも音がよく聞こえそうな名前の素材を使って安価にだしていたので使いやすかったのだ。しかし「PC-OCC」の音はやけにハイ上がりで、シャリシャリしたものだったことを覚えている。
 このケーブルは初めて見るものだった。新製品なのかな、とその時は思ったが、どうやらカーオーディオ向けらしい。銅線の外側をメッキ線が包むように巻いてある。このメッキ線を剥いて接続しようかと迷ったが、メッキ線と一緒に撚って接続した。その結果は…
 「テクニカらしいシャカシャカサウンド。ただ奥行き感はよく出ている」「弦の響き自体は綺麗」「ベースは少し奥から聞こえる」「ブラッシュはさらさら、シャリシャリ」「厚み不足」「軽い」「乾きすぎ」「ロックはボーカルが引っ込みがち」「ちょっと汚れた感じは悪くない」「情報量不足」
 良いことをほとんど言っていないのだが、仕方がない。ひょっとするとテクニカ、という固定観念がそう聞こえさせているのだろうか?と疑いたくなるほどだった。テクニカさんには大変申し訳ないのだが、このケーブルはちょっと…と言う感じだった。しかし、この軽いドンシャリな音はまさにテクニカらしさであり、この音も若いカーオーディオ層には好かれているのだろう。勝手な推測なのだが、このキャラクターを決めているのは「PC-OCC」ではないか?と言う気がする。ちなみにテクニカで一番聴きやすいケーブルは最も安い価格帯に属する、¥200/m(¥150/mだったかもしれない)のOFCを使ったものだ。

 11番目である。シャークワイヤー「SP20122R」
 同じシャークワイヤーの「ミュージカルNo.2」をリファレンスとして使っている。これは薄いグリーンのキャブタイヤで4芯スタッカード線なのだが、同じ値段で「SP20122R」は全く違うものだ。細い透明シースに収められた一本一本が髪の毛より細い線材には銀コーティングが施してある。これは違う音が出て来そうだ。
 「ギターは独特の艶と響きを感じる」「低い部分が不足しているが尚魅力的」「ベースは量感不足だが、このケーブルに求めてはいけない」「スネアドラムのはじける音」「うるささがない」「ロックは今まで目立たなかった音が聞こえる」「エレキも別人が弾いているよう」「レニーの声にも少し色気が」「中高域の特徴で買うケーブル」
 やはり個性派であった。モニターPCもそうだったが、銀という素材は音を艶やかにするのだろうか。どちらかと言えばクラシック向けだ。好きな言葉ではないが「癒し系」と言おうか。とにかくうるささが無く、高域が売りではあるが派手さはない。ドンシャリ系の「ミュージカルNo.2」とは好対照で、やはり同じ価格でも2種類存在するには理由があるわけだ。ここのブランドは実際には高額品が多く、銀線を使っていたりもする。と、いうことはこちらの方がこのブランドらしい音なのだろうか。「シャーク」などというイメージとは程遠い音のような気もするのだが…
 そんな状態でもう次の日になろうとしていた。早いぞ、おい。せめて半分の12本はやりたかった。あと一本だが、これ以上やっては近所迷惑である。無念。ま、明日がある。明日はもっと効率的にできるに違いない、きっと…
 ぐっすり眠ることができたのは言うまでもない。お疲れさん、自分…



 朝だ。活動の時だ。
 何せまだ13本のケーブル試聴と、さらに原稿作成という大仕事が残っているのだ。相変わらず風邪は治らず、咳が止まらないのだが、そんなことはどうでも良いのだ。
 さっさとトーストを平らげ、試聴にとりかかるのだ。

 アインシュタイン「ニュー・グリーン・ヴィヴァーチェ」である。
 ゴムホースだ、これは。鈍い緑色をしたゴムホースの中に、ケーブルが詰まっているのだ。いかにもどっしりとした感じ。実際の重さも大したものだ。さて音の方はどうか。やっぱり重たい音なのか。
 「ギターのつま弾く様子が力強い」「パーカッシヴ」「ドラムのはじける音」「ベースはやや物足りない」「はじく音は出ているのだが、その下が弱い。しかし、このはじく音は魅力的」「ロックは力強く、メリハリがある」「高域の伸びと適度なメリハリが持ち味」
 実を言うと、ちょっと評価に困ったケーブルであった。まずリファレンスの「ミュージカルNo.2」に戻してから試聴をしたのだが、「これ」という特徴がなかなか出てこなかったのだ。やはり一晩明けてしまって、テンションが高まっていなかったのだろうか。アンプは付けっぱなしにして冷やさないようにしていたが、自分のウォーミングアップがまだまだだったか。いかん。
 そんなわけで、このケーブルを聴くには時間を要した。メモの言葉は、産みの苦しみから出た表現だったのだ。耳を凝らす。凝らしてみて分かった。このケーブルはとにかく、ドラムの音が違っていた。「スパーン」と心地よい鳴り方をしていたのだ。そこに目を(耳を?)つけたわけだ。実際、このケーブルについて、他の評論家先生方のコメントは私とは随分違っていた。クラシック向けのような評価であった。しかし、いくら特徴が分かりづらかったとは言え、自分の感じたのはドラムの「スパーン」だ。決してゆったりとした表現ではなかった。これは自信を持って言える。

 のっけから少し疲れてしまったが、次はモンスターケーブル「Z1R」
 これは「スワンa」時代に使っていたことがある。それより前にはベルデン「スタジオ727」だったので、低域は引き締まり、高域も伸びが出てきたことを思い出す。バランスは良いケーブルだと思う。
 「ギターは潤いに欠けるが、カッチリと鳴る。」「ドラムはずんずん」「大ざっぱか?」「中低域指向なのか、その下の帯域が弱い」「ベースは少しもやっとし、エレキっぽい」「ピアノの帯域は力強いが、やはり右手側の色気が足りない」「ロックは低いところでもやもや」「明るいサウンドは良い」「レンジは欲張っていないが、厚みで聞かせるタイプ」「今となっては値段が高いか」
 悪いケーブルではないと思う。音楽を明るく楽しく聴かせてくれるのだ。ただ、この価格ならばもう少し頑張って欲しいとも感じた。厚い中域はまさにジャズの熱気を伝えてくれる。しかし、低域、高域はどちらも物足りなさを露呈してしまった。一番最初に聴いたJBLのように、「他の欠点を笑い飛ばしてしまえる魅力」があれば、文句はないのだが…それには今一歩足りない。値段も高い。愛着のあるケーブルだったので今回の試聴は少し残念な結果だった。

 ¥2000/mのケーブルが続く。やはりこの価格帯は商品数が多い。アクロテック「6N-S1051」だ。
 メイド・イン・ジャパンのオーディオ用ケーブルとしては最も定番的と言えるアクロテックだが、今まで使ったことはなかった。別に避けていたわけでも何でもなく、そう言えば無かったっけ、という程度のことだ。この「1051」は、名古屋名物「きしめん」のように平べったく、その平打ちのシースに直接芯線が入っている、という誠に単純極まりない構造。見かけは「ちょっと高いんじゃない?」という感じもする。音の方はどうか。
 「ギターは柔らかく、聴きやすい」「高域への伸びがあり、艶をやや付加した感じ」「刺激的ではない」「弦楽器によく合う」「硬さと柔らかさのバランス」「ベースは意外に下まで伸びている」「驚きはないが、いい音、と思う」「ロックも特に大きな不満はない」「大きな欠点が無いのでオールマイティに使える」「ケーブルで色付け、と言うことを考えなければこれで十分」
 思ったよりも良い結果だった。感じたのは「ああ、普通にいい音だなあ」ということ。アキュフェーズのアンプとの相性も良いのだろう。「普通」というのはマイナスの捉えられるかもしれないが、意外に難しいものだ。バランスが良く、そういった中で少々高域にスパイスを効かせた音は、リファレンス的なもの、と言ってもいい。ケーブルに興味のある方は、これを基準にして、そこから先は自分の好みを探っていく、ということもできるのだ。アクロテックの中では安いケーブルだが、今までそれ程興味の沸かなかった同社の上級ケーブルは一体どんな音がするのだろう、と思わせてくれる魅力があった。

 気を良くして次も同じ価格、オルトフォン「6.5N-SPK300」
 昔からのオーディオファンにはカブトムシのようなシェルが付いたカートリッジで有名なオルトフォン。代理店である「オルトフォン・ジャパン」はケーブルの研究にも熱心で、現在ではアクロテックと双璧とも言える、ケーブルブランドとなっている。今回試聴するケーブルは、チャコールグレーメタリックというなかなか渋い色をしたキャブタイヤだ。中には6Nと5N銅線をブレンドした芯線。
 「ギターは艶やか。少々硬めか」「音がパーッと拡がる」「響きが多い」「ベースはピチカート音が良く出ている」「量感も程々」「ブラッシュは力強さとしなやかさが」「ピアノのタッチも力強い」「ロックはヴォーカルのパワーが際立つ」「音に芯が入っているので、華やかさはあっても決して軽くはならない」
 「すーぱーらわん」との相性はこのクラスではNo.1だ。ハイ落ち気味のこのスピーカーにも、華やかさを演出してくれる。まずそこが素晴らしい。ぼやけた低域も見事に締めてくれる。そして何よりも、全体に「力強さ」がみなぎった、ということだ。だから高域がただ伸びて、低域がタイトになっただけでは薄口になってしまうところを、そうならないどころか逆に厚く感じさせてしまうところにこのケーブルの真骨頂がある。
 実際、現在「ミュージカルNo.2」からリファレンスケーブルの座を奪ったのはこの「6.5N-SPK300」なのだ。今までそれ程注意して聴いていなかったピアノのタッチが目覚ましく変わった。力強さと高域への伸びが加わったことで、「これがピアノの音だったんだ」とあらためて意識させられた次第。ケーブルだけでもこんなに変わるのだ。
 さてさてそろそろ一休み。遅い昼飯を頂く。



 (続き)さあ、集中、集中。日曜日はサッカーもないし、この仕事だけやればいいのだ。
 ¥2000四天王(?)の最後を務めるのがサエク「SPC-700」だ。
 これは太いブルーの平行シースに芯線がぎっしりと詰まったもの。いかにも太い音がしそうだ。太すぎるのでアンプ側の端子に結線するのが一苦労。かなり太いケーブルでも繋ぐことのできるアキュの端子だが、さすがにやりづらい。いかん。随分タイムロスになってしまった。幾分疲れを自覚しながら試聴。
 「ギターは柔らかめ、情報量多く、刺激少ない」「ちょっともたついた感じが」「音場見通しよい」「ベースの胴鳴り音が凄い」「かなり下まで伸びているので、大型スピーカーで試したい」「ドラムとコンガが力強い」「ドンシャリ気味」「ロックは中低域強いせいか、もたつく」「ラウドネスをONにした感じ」「中低域の量感に支配される」「スピーカーとの相性か、やや鈍重」
 やはり見た目通りだった。中低域主体のまろやかな音だ。とは言え、ベルデン727のように高域が弱いわけではない。大口径ウーファーを搭載した大型フロアタイプであれば、こういったケーブルの方がスピーカーの潜在能力が発揮されるのではないか。あるいは、自分の「ブルー」ならば少々大人しい中低域をモリモリ出すこともできよう。とにかく、とかく中低域がブーミーになりがちな「すーぱーらわん」には不向きであった。

 次はIXOS「604」
 これは¥2100/mなので、「¥2000四天王」に加えても良かったかもしれない。4芯スタッカード線で、バイワイアリングでの使用もできる。今回は2芯ずつ撚って使用。ちょっと端末の芯線が短すぎるのが、これまた結線しづらい原因となった。
 「ギターは一聴地味だが、音場の奥行き・前後感が凄い」「スチールっぽいギター」「大げさな感じ無く、箱庭的な鳴り方」「ベースは大人しいが、低いほうまで良く出ている」「かちっとした感じ」「ブラッシュはさわさわ…」「ロックも大人しくなる。暗い鳴り方だが、うるさくならない」「小型スピーカー向け、スピーカーが消える」「シンプル」
 まず「シンプル」だなあ、と感じた。音質の評価でこのタームを使うことが良いのかどうか分からなかったのだが、とにかくこのケーブルの印象はこれだ。イクソスは英国のブランドだったはず。やはりこれが英国調なんだろうか?音数が少なく感じるのだが、物足りなくはない。むしろ好ましいものと感じた。これならば長時間聴いていても聴き疲れしないだろう。何でもかんでも全て出す、というのも考えてみれば芸が無い。うまく音を選んで出している、という印象を受けたのだ。

 続いてはJPSラボ「Super Blue」
 コストパフォーマンスが高かった¥2000シリーズだったが、それぞれ様々な工夫が凝らされていた。対して、このケーブルはごく普通のキャブタイヤだ。芯線もメッキ線であまり高級感が無い。シースが水色、という特徴はあるが。大して太くもないし、音の方はどうだろうか。
 「ギターは奥ゆかしい?和楽器のよう」「不思議とマイナー調に?」「ベースは量感薄い。締まっている」「楽しい曲でも何故か物悲しい曲に」「ドラムのアタックはシャープ」「基本的には高解像度タイプなのだろう」「ロックはヴォーカルが引っ込む」「サラリとしすぎ、粘りが欲しいところ」
 本当に不思議なケーブルだった。本文でも「アメリカ製のはずだが、日本の侘び・さびに興味でもあったのだろうか」と書いたのだが、ギターがギターに聞こえない。何かの和楽器に聞こえてしまった。何だか上品にも感じた。一体どうなっているのだろう。これは日本人の誰よりも「禅」に詳しい日本かぶれの開発者が作った、「ジャパニーズ・サウンド」を醸し出すケーブルに違いない。いや、そうに決まっている。…やっぱりこんな風に聞こえてしまったのは俺だけかな。

 何だかよく分からないが次行ってみよう。カルダス「クロスリンクSP 1S」だ。
 高級ケーブルメーカーのカルダスだが、¥3600と、この会社としては比較的安価な切り売りケーブルもラインナップしている。藍色のシースをまとった姿は現用しているピンケーブル「クロスリンク 1X」と瓜二つだ。ピンケーブルの方はメリハリのある、ジャズ向けのサウンドだ。スピーカーケーブルの方も、アンプと自作スピーカー切替機の間に使っていたことがある。スピーカーと直接繋いで聴くのは初めてだ。
 「ギターはメリハリ、縁取りの濃い音、深みはあまりない」「ベースは力強いピチカート、量感より締まりを重視」「厚い、と言うより太い音。とは言え、締まっているので鈍くは鳴らない」「ピアノは明るい鳴り方。快活」「ロックはドスンと来て、前に出る。」「元気、活力」
 やはり同じ傾向の音だった。傾向としては好きな鳴り方だ。陽気で、元気を与えてくれるようなサウンド。聴いたことはないが高級タイプはこういう音ではないとのこと。やはりいかにも「ハイエンド」な音が出るのだろう。一番ローエンドなタイプにはこうした分かりやすいアメリカン・サウンドを配しているのも何となく理解できる。この音が好きな人は多いはずだからだ。これも長所と短所がはっきりしているケーブルなので、好き嫌いは分かれるだろう。自分は好みだが、確かに大ざっぱすぎるかな、と感じないではない。そうするとこの¥3600と言う価格にも少し疑問が出てくる。しかしあと¥1000安ければ間違いなく「買い」だ。

 さてさて続いていこう。XLO「Type600」だ。
 カルダスからそうだったのだが、ここから先のケーブルは全て端末処理されているので結線が楽だった。これで一気に作業速度が速まり、試聴がしやすくなった。さてこのケーブルはいかにも単線、という硬いもので、ベルデンの427ほどではないにしても、2本を撚り合わせている。それぞれのシースの色はグリーンと白だ。これに透明の被膜を被せ、端末処理をしている。
 「ギターは細かい音まで良く出ている」「透き通った音」「物静かな感じ」「ベースは訥々とした感じ。」「ずぅーん、と静かに余韻を残す」「膨らみはないが、下まで伸びた低域」「ピアノはスピーカーが1ランク上がった」「シンバルの余韻」「ロックは少しくらいがクオリティの高い音」「あまり音数が多いようには聞こえないが、そのレベルは物凄く高い」
 正直言って驚いた。確かにここから値段は少々高くなっている。とは言え、まだ4桁であり、「ハイエンド」にはまだ遠い。しかし、これを聴いて「ハイエンド」に近づいたことを意識してしまったのだ。高価なケーブルの世界へ、ほんの少し足を踏み入れてしまった気がした。果てしない、何処までも深い深い世界…おお恐い。
 このケーブルは余韻の表現が秀逸だったのだ。これを聴くと、これまでのケーブルがいかに表面的にしか音を出していなかったことを思い知らされた。大げさだが、このときは本当にそう感じたのだ。「無音」と思われていた部分も、まだ「余韻」という音が残されていたのである!これはショックと言っても良かった。しかも一つ一つの音のレベルが高い。おいおい、いくら何でもスピーカーは変わってないんだぜ。そんな訳ないだろうが。と自分にツッコむ。しかし、これは事実なのだ。いや、本当に参った。
 そんなこんなで呆然となりながら、もう晩飯の時間であった。余韻…


 さて、いよいよ大詰めなのだ。あと4本。しかし、夜は確実に迫ってきている。時間はないのだ。

 オーディオクエスト「Type4」
 これもYラグが両端に接続されていて、結線は楽だ。同社お得意の単線で、こたつケーブルのような被膜で覆われている。結構良い配色である。
 「いかにもハイエンド!な音」「一音一音に高級感が」「ギター自体の価格も上がった感じ」「音数多め」「全てが瑞々しい」「潤いに満ちている」「ここまで来ると少々化粧過剰か。でもいい→よくデきるキャリアウーマン?」「ベースの胴鳴りとつま弾く様子が、眼前にリアルに!」「厚みがもう少し欲しいがそれは贅沢」「ロックはあくまでしなやか。」「バスドラのキックが凄い、ズドン!」
 前のXLOに続いて、これも「ハイエンド」の馥郁たる香りを漂わせたモデルだった。こちらは直接音勝負、といった趣で、とにかく出てくる音全てが芳しい。そして瑞々しさに溢れている。少々派手に感じたが、決して嫌みにはならない絶妙さは、さすが専門メーカーというべきだろう。オーディオクエストは気になるブランドではあったが、ローエンドとも言えるモデルでこれほどの音が出てくるとは、やはり素晴らしいかもしれない。できれば「欲しい!」と思わせてくれるケーブルだ。そしてまた、決して手の届かない価格でもないところがいいではないか。もし、手近な店に置いてあったら買っていたに違いない。キリッとしたキャリアウーマンの魅力にハマってみようかな、などと。
 本当はこのケーブルでもっと色々聴いてみたいところだが、時間がない。涙を飲んで、次だ。

 シルバーソニック「T-14」
 これは一見、価格の割にはシンプルな、普通の細い単線キャブタイヤに見える。もう少し何か装飾を施せばいいのに、と余計な御世話を考えてしまうほどだ。
 「幽玄の世界が。静けさまでを表現」「間の取り方上手い」「弦の艶やかな濡れた感じ」「音場前後感良く出る」「ベースは『ぼわん』、量感出ているのにもやつかない」「ドラムセットが見えた!」「ロックはちょっと痩せ気味。惜しい」「中域が薄いのが残念」
 これも「うまい」ケーブルだ、と感じた。何せ、「無音」までを出しているのだから。当然本当の「無音」というわけではなく、例えば演奏者が全員次の音を出す前の段階、それが目に見えるようなのだ。そういう臨場感が本当に良く出ている。音場感が良い、とはこういうことを言うのだろう。また、ベースに代表される低域の表現が独特だった。「ぼわん」と量感主体で、決して引き締まっているわけではないのだが、それでも低価格ケーブルのように「もやもや」したりせず、クッキリと出ているのは驚かされた。こういう鳴り方もあるのか。緩いようだけど心地よいのだ
 なーるほど、などと思いながら、次に行こう。

 アナリシス・プラス「Oval Twelve」
 これは見た目もなかなか独特だ。透明の楕円形シースからシールドっぽい網線を見ることができる。外見だけでなく、構造も独特のようだ。しかし透明、と言うのは最初は綺麗で良いのだが、汚れてくると曇ったりしていかにも汚く見える。こまめに拭いたり、と掃除を頻繁にする人ならばよいが、自分には合わないなあ…などとケーブルを外見で判断してはいけないが。
 「ギターはこすれる音をよく描く」「ややきつい傾向だが、このほうが本物らしい」「艶は少ない」「ベースはあまり低いほうまで伸びてはいないが、ハッキリくっきりしたピチカート」「ストイックな鳴り方」「もう少し響きがあってもいい」「ロックは少しキンキンするが、耳障りというほどではない」「いわゆる高解像度系、ハイスピード」
 まあ、「今風」の高解像度なケーブルなのだろう。きつめの音を好む人は良いと思う。しばらく艶やかな音を聴いてきたので、この音は随分そっけなく、色気不足とは感じた。ただ、ギターの音もそうなのだが、これが本物に近い音なのかもしれない。響きも今一つ物足りなく、デッドだな、とは思ったが実際の音はそんなに響き渡るものでもなかろう。本文ではキャラクター付けをちょっと考えて「厳しい神父」などと書いたが、この例え、外見とはまた違い過ぎたなあ。

 それにしても、以前はこういう「ハイ上がり気味の、高解像度が売り」の音が好きだった。クールな音というのだろうか。最近はもっと艶やかな音が好みになっている。「キレ」を優先させていたのが「コク」を多く求めるようになっているのだ。この二つの要素は当然相反するものなので、両立は難しいが、できれば何とかうまくまとめたい、と思っているのが最近の目標なのだ。行き当たりばったりのようだが(実際そうだな)、色々考えているのだ、一応は。
 話が少し逸れたが、いよいよ最後である。やっとここまで来た。時間はというと、午後8時30分。ふう、なんとか終われそうだ。振り向けばベッドの横にはこれまで試聴したケーブルの山が。休憩の代わりに、これを片付けようか。一つ一つに「いいもの聴かせてくれてありがとう」とお礼を言いつつ、段ボールにしまう。さあ、残るは一本のみだ。(続く)




 (続き)厳かに私は最後のMIT 「T2s」をセットした。
 このメーカーはスピーカーケーブルだろうが、インターコネクトケーブルだろうが、電源ケーブルだろうが、全て途中にターミネーターを装着している。だからここのケーブルは電線というより「機器」という印象を持ってしまうのだ。電源ケーブルの「Z-CORD」が特に有名だが、あれに付いているやつよりも二回り以上大きいターミネーターを、このスピーカーケーブルは持っている。スピーカー側に近い位置に付いているので、少し浮いてしまうことになってしまった。これで良いのだろうか。しっかり床に付いていたほうがいいような気もする。まあ仕方があるまい。あと、Yラグがあまりに小さすぎて、アンプ側はどうせ挟むだけだからまあ良いとして、スピーカー側も直接付けられなかった。市販スピーカーの端子には詳しくないのだが、そんなに小さいのだろうか。とにかく、最後の試聴。
 「一音一音に主張が込められているよう」「硬くも柔らかくもない」「レンジは広い」「ベースはかなり低いほうまで良く伸びている」「ピチカートも弾む」「何も足さず、何も引かない。ただ磨き上げる」「ロックは低音の出方が良い」「優秀な音。一つ一つの音を磨き上げ、力を注入させて出している」「ターミネーターの威力?」
 さすが最後を飾るケーブルだった。一聴別に取り立てて言うことはないようなケーブルなのだが、よくよく聴いてみて、「はっ」と気が付いた。全てが優秀だったのだ。これは凄いことだ。それに気付いてからは感心することしきり。本当に音の出し方が「上手い」としか言い様のないものだ。音の一粒一粒を丹念に磨き上げ、光り輝く玉にしているようだ。それを担っているのがこのゴツいターミネーターなのか。これはジャズとかロックとか、おそらくクラシックとかそういうジャンルなど関係はない。どんな音でも良く出してくれるはずだからだ。いやはや、恐れ入った。どちらかと言うと一発どかーんと個性の強いものに魅かれがちな自分ではあるが、こういうケーブルを聴くと素直に「良いなあ」と思ってしまうのだった。

 さあ、全て聴き終わった。時計の針はまさに午後9時を指そうとしているところだった。ひとまず「ふうううううう」と一息つき、階下へ降りてお茶をずずずずずとすすり、そして戻ってどたどたどた机に向かった。そう、これで終わりではない。原稿を作成せねばならないのだ。
 メモがある。だから文章をまとめるのはそれ程苦しい作業ではない。とは言うものの、何せこの文章がそのまま掲載されるのだからいい加減なことはできない。一つのケーブルにつき150字以内、と決められているのでそこに留意すればよいのだ。やはりと言うべきか、どうしても制限字数をオーヴァーしてしまい、削るのに苦労した。全体的にそっけない文章になってしまったのは、そういう理由がある。本当はもっと情感たっぷりに表現したかったのだが、助詞や接続詞を削ったりシンプルにしていったらあのような文章になった。しかし、結構これも面白い作業ではあった。限られた中で最大限のことをする、良いではないか。
 心がけたことは、「なるべく分かりやすい表現をしよう」ということだった。まあ、いつものこのサイトのように書けばいいのだ。あとは、「なるべく自分を出そう」ということだ。簡潔な文章とは言え、自分のカラーというものを表現したかった。完璧にできたとは言えないが、ある程度は自分を出せたと思う。
 順番に書いていったので、終わりの方のケーブルについての擬人化、「無口な人」「キャリアOL」「厳しい神父」「ベテラン職人」という表現、書いてからは「全部のケーブルについてもそうしたいものだな」と思ったが、さすがにできなかった。時間もないし、全てにそういった擬人化ができるかというと難しいだろう。高級なケーブルにはそう言った表現をしたくなるような個性がある、ということだろうか。

 全てのケーブルについての原稿を書き終えたのは、11時半くらいだったろうか。しかし、まだ「試聴後記」が残っていた。アドリブで書いたのだが、正直な話、しんどかった。しかし「あれも書こう、これも書こう」などとダラダラ書いていたらいつの間にか規定の400字を軽く超えてしまっていたのだ。「いかんいかん」とまた削除作業をして、掲載された文章になったのだが、随分削ってしまった。例えば、どのケーブルが気に入ったか、というところだ。S/Aラボ、オルトフォン、カルダス、オーディオクエスト、MITを挙げていた。文章からもそれは判断できると思う。おそらく、疲れていなければもう少し気の利いたことも書いていただろう。何か通り一遍で、当たり前すぎることを書いて終わってしまったので、少々この辺は悔やまれた。
 しかし、もう夜も遅いし、明日は仕事だ。風邪を長引かせてもいけない。「えい」とばかりにまとめた原稿を編集部へメール送信した。「送信」をクリックする前に、もう一度文章を見直してしまったのはやはり慎重なのか、単に気弱になっていたのか。
 これで締め切りは守った。本当にギリギリだった。危ないところだったと言っても良いくらいだ。一仕事終えたあとの睡眠はなかなか心地よいものだった。

 私が書いた原稿が掲載される「オーディオベーシック」が、思っていたよりも早い日にちに発売されることを後で知り、「本当にタイトな進行スケジュールだったのだな」とつくづく思わされた。締め切りを守って良かった良かった、と言う感じだ。

 しばらくスピーカーケーブルは最後に試聴したMITを付けっぱなしにしていた。何を聴いても素晴らしく良く鳴らしてくれるので手放したくなかったが、これは仕方がない。ケーブルの山を全て送り返した後、再び元に戻したときのつまらなさと言ったらもう。容易に手に入るものだったら買っていたかもしれない。やはり何かハードを入れ替えたくらいの効果があるのだ。あらためてそう思った。結局は前述したように手に入りやすかったオルトフォンを使っている。MITには明らかに及ばないものの、コストパフォーマンスは圧倒的に高いものだ。

 いよいよ発売日。駅前の書店で何故か妙に照れながら、背表紙がゴールドの、「オーディオベーシック」21号を手に入れた。「本当に俺がこの中にいるのかよ?」
 いた。まさに自分の文章だった。
 「かなり直されるのではないか?」と実は少々危惧していたのだが、ほとんどそのままの文章が掲載されていた。一字一句同じ、というわけではないが、そのままに近い。素直にうれしかった。一つ悔しかったのが最後のMITで「これには驚かされる。これはもう、…」というくだり。「これ」が二度出るのは文章としてみっともなかった。うーん、気付かなかった、無念。
 4人のレビュアーの末席に私が載っていたが、3人は皆評論家だったことに驚いた。いつもは読者代表は2人なのに。いや目立つなあ、おれ。そんなこともないか。顔写真はそれ程多くはない自分が写ったデジタルデータから2枚くらい選んで送ったものの1枚だ。ただ、実は2年前のものなのだった。実際はそれ程変わっていないつもりだが、もしかしたら少々今の方がふっくらとしているかもしれない。ショックなことだが。
 本当に得難い体験だった。レビューが掲載されたというより、やはりケーブルを24本一度に聴き比べた、ということはやはりなかなかできるものではない。こういうチャンスを下さった炭○さん、編集部の皆さまに、ここでお礼を述べたいと思う。(完)