小峰邸の歴史
History of Kominetei
(これはけっこうまじめな歴史である)
97年2月12日、小峰邸インターネット接続計画の一環として画期的な、元祖「小峰邸のページ」がついに世界に向けて公開された。当時、小峰邸インターネット接続計画横浜特別支部付属情報発信センター横浜本部長(現在の小峰邸環境整備推進計画横浜特別支部付属情報発信センター横浜本部長)のA.K.氏によって、発信されたものだった。
当時の「小峰邸のページ」は1ヶ月1000円使い放題という超激安悪質プロバイダー「IN○ER○INK」上にあったそれは、夜11時をすぎると閲覧することができなかった。現在の「小峰邸のページ」から比べると、技術的には劣るものだったが、その後の進化はすさまじいものがあった。そして今では、同一人物の「某PCマニアのK」により最新の技術が用いられている。
そしてその年の4月、小峰邸にとって奇跡的な事件が起きた。今では完全な歴史の1ページとなってしまったが、この時初めて小峰邸の「畳」が公開されたのである。当時のH.K.氏は、A.K.氏に向けたコミネットメールの中で次のように語っている。
「ところで小峰邸情報。
4日に小峰邸に君が行ったらしいので知っていると思うが、部屋のきれいさにただ唖然としてしまった。
あの小峰邸、畳が見えるどころか、100l畳の上でごろ寝可能というかつてない状態。 まるでクリーンルームのよう。」
(97/4/6 From H.K. To A.K. より抜粋)
当然この状態が維持されるわけが無く、1ヶ月後には、元に戻ってしまった。 しかしこれを機に、小峰邸住民による「小峰邸クリーン化計画」が持ち上がった。
そして、5月14日、2号管理者にとって、その後の人生を大きく狂わせる事件が起きた。なんと、懸賞で「デジカメ」が当たったのである。これにより「小峰邸デジタル画像情報センター」ができたが、その日付で、次のようなメールがコミネットを通じて小峰邸住民に送られた。
「from
小峰邸インターネット接続計画本部、小峰邸クリーン化計画本部
今度上記両本部長の意向で、3つ目の本部、「小峰邸デジタル画像情報センター」を創設することを計画しましたが、3つの本部をつくるのは、経営工学の視点からも非効率となり時代の流れに合わないので、本日をもって3つの本部を統合した、
"小峰邸環境整備推進本部"
を新たに設立しし、業務効率化を図ろうかと思います。
これにより今までの数々の壮大なプロジェクトは、一つにまとまり、小峰邸のより総合的な環境を整備するという、小峰邸史上最大にして最強の計画を推進する組織が完成します。
この崇高な理念の元に、小峰邸、総合情報処理センター浦安本部、情報発信センター横浜本部をインターネットで結んで仮想的に統合した、未来型の情報処理環境が整備され、ここに従来型の人間の総合交流が入る、まさに時代を超越した最大のネットワークが完成します。
その人的交流の拠点となる最大にして最強のの拠点、”小峰邸”には、月水金の可燃ゴミ、火曜日の不燃物の日を軸に、小峰邸を4月初頭並みの環境水準に維持することを最終目標とし、小峰邸利用者に協力を求めていく方向です。」
(97/5/14 コミネットメールより抜粋)
ついにこの日、”小峰邸環境整備推進本部”が設立されたのである。この本部の内部組織として、次のようなものが設立された。詳しくは、小峰邸語録参照
・小峰邸
(これ本当に入っているかどうか疑問。本来本部であるべき)
・神津邸
(誰もが2度以上訪れたことのないミステリアスな場所)
・PASCALプログラミング課
(Atsushiはこの課のお茶くみ係りからデバッグ係に昇進している)
・コンピューターウィルス対策室
(3月にできた。小峰邸情報ネットワークを外部からのコンピューターウィルスから防御するために作られた組織)
・横浜特別支部
(Atsushiの活動拠点)
・コミシン誕生会特別実行委員会
(毎年12月に盛大なパーティを主催する組織)
・総合情報処理センター浦安本部
(実質これが本部ということになっている。)
・情報発信センター横浜本部
(横浜特別支部とどう違うんだろう?)
・試験対策情報統合中央本部
(最新の電子ネットワーク技術を用いて、来る試験に対応すべく、その情報を集中的に管理する画期的なシステム」ちなみにAtsushiはこの組織の情報収集隊大隊長)
このほかにも多数の闇の組織があるといわれている。 これらは現在も草の根で活動中である。
(参考文献 小峰邸の歴史(全3巻)、受信トレイ、送信済みアイテム...)