書架からぽとり

 

お盆なので、それにふさわしそうなものを2,3混ぜておきます。

1997年8月頃抜き出したもの


『愛するということ』 エーリッヒ・フロム 紀伊國屋書店 1,262円 1991/3

世界的ロングセラーの新訳です。オリジナルは1956年、邦訳は1959年に出ています。それの新訳です。(1991年) 旧版も大変素敵な本でしたが、これは訳がいっそうこなれて、とても読みやすくなっています。

オリジナルのタイトルは "THE ART OF LOVING"(愛する技術)です。
愛されるための技術ではなく、愛するための技術です。「愛するための技術」なんていうと、女性週刊誌のえっち特集のようなものを想像しました?それはあなたは頭の中が海綿でできているからです。(笑) もう少し高尚な本です。

人を愛することに技術などいるのか、と思うでしょう。ある種の達観、またはお悟りにまで達している人にはそのような技術は不要です。しかし、この世の中のほとんどの人には必要な技術だと思います。世の中で行われている恋愛ごっこ。あれは恋愛でも何でもありません。あんなものは春先の猫と同じで、ただの発情。または自分を少しでも高く売るための商品取引、あるいは自分の寂しさをまぎらわせるための大人のおもちゃとしての恋愛ごっこでしかありません。

愛されるための技術ではなく、愛するための技術であることが重要です。愛されるというのは、いつだって受動的です。そのようなものを自分でコントロールしようとしてもできるはずがありません。やったところで、後で手ひどいしっぺ返しが待っているのが常です。 しかし、愛することは自分の側からでもできます。

この本は少し堅い話が続きますが、がんばって最後まで読み通してください。きっと何か感じるものがあるはずです。


『良寛に会う旅』 中野孝次 春秋社 2,000円 1997/6

自分の好きな人が住んでいた町や場所を訪れたいという気持って何なのでしょう。

しかも、実際にはもう何十年も前、あるいは何百年も前の人であっても、そこを訪ねて行くことにどのような意味があるのでしょう。これはきっと、その人が自分にとってはただの過去の人、歴史上の人物ではなく、今、現在、「生きている人」だからなのでしょう。

本書から引用します。

 

托鉢によってその日の糧を得て、みずから薪を拾い水を汲み、みずから炊事する。あるのは最小限の食事の道具と、寒をふせぐにも足らぬ寝具だけ。他に何もないこういう草庵住いとは、現世における人間の生存形態としては最も簡単な、極限にまで単純化したものと言っていいだろう。ひとがみなより快適な生存を求めて多くの着物、道具、家具を所有し、より豪華な住宅を求めるのがふつうな中で、あえて身をこのような貧しく苦しい極限に置くとは、それ自体が一つの思想実践である。が、人類の中にはときとしてこういう、人間の持って生まれた欲望に逆らって、わが身を虚空のなかにひとり浮かばせるような実験を試みる精神が出現する。

良寛は托鉢をしながら、その日の糧だけを得て、後はひたすら瞑想と、それによって知り得たことを書き記すことで生涯を終えました。

   

つきてみよひふみよいむなやここのとを
   十(とを)とおさめてまたはじまるを

人は、あるとき、自分が存在していることの不思議さに途方に暮れてしまいます。
そして自分なりの意味を見いだし、精一杯生きて行きます。何かに気づいたとしても、それを伝えることはできません。言葉にはならないことだからです。
まりをつくとのと同じで、ある人が十までついでも、それを次の人に受け渡すことはできません。次の人はまた一から始めるしかないのです。

私が良寛に感動するのは、徹底的に受動的になれた人だからです。多くの人は、他人に何かをしてあげるとき、いつも何らかの見返りを期待しています。直接的なものであれ、またはもっと大きな世間の評判とかいったものであれ、いつでもなにがしかの見返りを期待しています。本当に自分自身を消して、誰かのために何かをするということなどできないのです。そのできないことをやりとげた、たぐいまれな人が良寛です。

良寛さんが好きで、彼の書いたものに共感して、一度、良寛が暮らしていた町に言ってみたいと思う人にはよい案内書になるはずです。


『精進百撰』 水上勉 岩波書店 1,900円 1997/2

この前、倉敷に行ったとき、禅寺で精進料理を御馳走になりました。
ここは一般には食べさせてもらえないのですが、知人が住職と昔からの知り合いであったので無理を言って作ってもらいました。席に着くと、長さ40センチほどもある長い竹の箸が置いてあります。裏の竹藪から切り取った竹を使い、住職が削って一人一人に作ってくださったものです。この箸はおみやげにいただいて帰り、今でも揚げ物などをするとき重宝しています。

この寺を紹介してくれたのは料理の先生をしている知人であったので、おいしいとは思っていましたが、予想をはるかに越えたものでした。見た目はシンプルなのに、ちょっとしたところに工夫が凝らされており、このまま京都あたりの名の通った店で出せば、相当な金額が取れそうな料理なのです。最近とみにけばけばしくなってきている懐石料理などより、ずっと品もよく、全部おいしくいただきました。

昔、祖母がいたころ、うちでも年に1,2度、「精進の日」があり、精進料理だけの日がありました。最近は、特別そのような日を設けてはいませんが、これだけおいしく作れるなら、精進料理の日を復活させてもよいかなと思っていたら、たまたま、書店で水上勉氏のこの本を見つけました。

著者がみずから作った精進料理を写真とともに、作り方を紹介しています。これがまたどれもおいしそうで、普段、洋風の食事に慣れてしまっている私たちにはとても新鮮に感じられます。レシピ....、精進料理に「レシピ」は似合いませんね。なんて言うのか知りませんが、作り方を読むと、味付けなど、もっとおおざっぱなものかと思っていたら、これが驚くほどこまやかに神経を使っています。先の禅寺のものも、見えないところで気を使っているので、あれほどおいしいものができたのでしょう。

実際に自分で作ってみると、意外なほど難しいものです。シンプルなだけにごまかしが利きません。少しでも手を抜いたり、いいかげんにつくると、ストレートにそれが出てしまいます。どこかの料理人が、「料理は心や!」と叫んでいますが、確かに当たっていると思います。


『礼儀作法入門』『私流 頑固主義』山口 瞳 祥伝社 600円 1975/1976 


山口瞳氏というと、私には昔から横町の隠居というイメージがありました。小うるさいことを言うオヤジではあるけれど、だれもが一目置いていて、何か困ったことがあると相談にのってもらいに行くという、そんなおじさんです。

この本で、そんなおじさんが、若い人に実践的で愛情にあふれたアドバイスをしてくれています。何年もかかって身につけた極意を惜しげもなく披露してくれているのです。

礼儀作法というのは、知らないためにおずおずしているのが一番みっともないのです。知っていて、それを破るのはむしろ自然体に見えるものです。堂々としていれば、周りの人も何とも思いません。そのあたりの呼吸まで含めて指南してくれているのが、普通の礼儀作法の本とはちがいます。とにかく、一読するだけで、ずいぶんトクしたと思える本です。

たとえば、この中のひとつに「酒の飲み方」という章があります。日本酒を盃で飲むときの方法です。

うちは両親とも飲んべえなのに、私は元来、アルコールは強くなく、特に日本酒はダメなのです。そのため、盃で飲むことなど正月のおとそくらいしかありません。
この本を読んだのは20代半ばでしたが、ある人に料亭につれていってもらい、ここに書いてあった方法で、ひょいとお酒を口に入れると、ついでくれた人の顔色がはっきりと変わったです。いかにも飲み慣れているという風に見えたらしいのです。これには私のほうが驚きました。

山口瞳氏の全集が出ていますが、この2冊は入っていなかったのではないでしょうか。文庫では今でも入手可能だと思います。


『アリアドネからの糸』中井 久夫 みずず書房 2,800円 1997/08


専門は精神科医でありながら、専門以外の分野でも数多くの評論、エッセイなどを書いておられる中井氏の新しい本です。エッセイ集としては3冊目です。

中井先生の本を読ませていただくときは、自ずと背筋が伸びて、手も30センチほど伸ばし、「読書をするときの姿勢」として子供の本に紹介してあるような姿勢になってしまいます。寝転がって読むのは畏れ多くてできません。

この本は、今までのエッセイ集とは少し異なり、謎解きの楽しみも存分に味わえます。 「詩」にまつわる興味深い話、「文体」についての大変触発される話など、全編、よくまあ、これだけ中身の濃い話で埋められるものだと感心します。

『記憶の肖像』『家族の深淵』(みずず書房)もお薦めです。


『スパイ・ブック』 朝日新聞社 オレグ・カルーギン 4,700円 1997/8


スパイ活動は有史以前からあり、「世界で二番目に古い職業」と言われているそうです。
この本は、スパイが実際に使っていた道具類を豊富な写真を使って紹介しています。 また、数多くの実話をもとに、興味深いエピソードも満載です。

スパイの道具には、マジックのタネとして使えそうなものがいくつもあります。中でも、マジシャンにとっては仕掛けのあるコイン、たとえば二つに割れるようなコインがありますが、これなど実際に、スパイはこの中に小さなフィルムなどを隠すのに使っていました。カチッとはめてしまうと、見た目は普通のコインとまったく区別できません。

私もマジック用のこのようなコインをポケットに入れていて、うっかり、自動販売機で使ってしまい、悔しい思いをしたことがあります。見た目はただの500円玉なのに、実際には1万円もしたのですから。

暗号解読、小さな武器、カメラなど、特殊な道具類ばかりで、ながめているだけでも興味はつきません。

でもスパイになる人って、金のためだけじゃなれませんね。ある種の確信犯、または殉教者に通じるくらいの信念がないととても無理です。こんな割の合わないショウバイもないでしょう。

 


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