「あなたはいくつマジックを知っているのですか?」

1998/9/20

一般の方にマジックを見せたとき、「いくつくらいマジックを知っているのですか?」とたずねられることがあります。私自身、実際のところ、自分がいくつ知っているのか見当もつきません。まあ、タネだけを知っているという意味なら、数千やそこらはあるでしょう。細かく数え上げれば、万に手がとどくかもしれません。しかし、このようなことは全く意味がないのです。これに関してはおもしろいエピソードがありますのでご紹介します。

昔、デビッド・デバント(David Devant,1868-1941)という、イギリスが世界に誇る偉大なマジシャンがいました。演技者としても、著者としても、講師としても一流であった人です。彼がある劇場に出演しているとき、若いマジシャンが彼を訪ねてきました。

そのときデバントは彼に、「あなたはいくつマジックを知っているのですか?」とたずねました。若者はしばらく考えて、「だいたい300くらいです」と答えました。それを聞いたデバントは、「私ができるのは8つだけです」と言ったのです。若者はデバントが自分をからかっているのか、何か悪い冗談を言っているのか戸惑いました。しかし、これは冗談でも何でもありません。実際、デバントはこの数年間、8種類しかマジックをやっていなかったのです。

デヴァントが彼の著書の中でいつも言っているのは、「タネを知っていることと、それをどのように見せるのかはまったく別物である」ということです。

アルバート・ゴッシュマンというマジシャンも同じことを言っていました。ゴッシュマンはハリウッドのマジック・キャッスルというナイトクラブで毎晩数回のクロース・アップ・マジックのショーを6年間見せていました。彼のレパートリーは、塩の瓶、スポンジボール、ライジングカード他、7、8種類です。それを毎晩見せ続けて、6年間もやっていたのです。

アマチュア・マジシャンは数多くのタネを知ることに躍起になっていますが、いくらタネを知っても意味はありません。自分が人にきちんと見せられるものがどれだけあるかが問題です。いつでも、どこでも、どのような条件の下でも演じる自信のあるトリックを数種類持っていたら、何も困ることはありません。

本を何冊か読めば、すぐに数百のタネを知ることはできます。また、最近のようにビデオがこれだけ氾濫している時代ですから、有名なプロのレパートリーをコピーすることも簡単です。しかし、いくら本やビデオでタネを知っても、それを人に見せられるか、そしてそれでウケる自信があるかというとどうでしょう。タネを知っていることと、自分がそれを演じられることの間にはとても大きなギャップがあります。そのギャップを自分の力で埋めることができたものだけが、自分自身の生涯のレパートリーになるのです。知っているだけでは絵に描いた餅と同じです。何の役にも立ちません。

繰り返しますが、数は問題ではありません。あなたが現在好きなマジックがあるのなら、それにしっかり磨きをかけて自分のものにすることです。一つでもそのようなものができると、大きな自信になります。デバントも、「ひとつでもきちんと演じることのできるマジックを持っている人は、半ダースのトリックを中途半端にしか演じることのできない人より優れている」と言っています。

「あなたはマジックをいくつ知っているのですか?」という質問は、「あなたが人前で自信を持ってみせることのできるマジックはいくつあるのですか?」という意味なら、私もせいぜい、10種類程度です。ゴッシュマンも繰り返し言っていることですが、アマチュアマジシャンは新しいネタを追い求めすぎます。フレッド・カップスも同じこと言っています。古くからあるネタでも、そこに自分なりの工夫を凝らし、磨きをかければ愛着がわいてきます。数百、数千のトリックを知っていても、愛着もなく、まともに見せることのできるものが一つもないのなら意味のないことです。すでにクラシックと呼ばれるようになっているトリックであっても、そこに新しい息吹を吹き込み、あなた流の演出で見せることができれば、それはあなたにとってかけがえのないトリックになります。

なお、上で紹介したデバントの話は彼の著書、"Lessons in Conjuring"(1922年)に記載されているのですが、この本は昨日、三田皓司氏から教えていただきました。有名な話ですので、私も昔何かで読んだことは覚えているのですが、どこで知ったのかまったく思い出せなかったのです。Hugard & Braueの共著でよく知られている"Royal Road to Card Magic"(1949)にも引用されていますので、私はそれを読んだのかも知れません。

この"Lessons in Conjuring"は現在絶版ながら、マジックの世界においては3本の指に入る歴史的名著です。専門的な内容を易しく解説するという難しい仕事を成し遂げています。デバントの著書としては"My Magic Life"(1931), "Secrets of My Magic","Our Magic"(Nevil Maskelyneとの共著,1911)などがあります。

"Our Magic"など、昔、初めてこの本を手に取ったとき、マジックの本なのに絵も少なく、文字ばかりで、「こんな文字ばかりの本のどこがおもしろいのだろう」と、アリスが姉の本をのぞき込んだときと同じようなことを思ってしまいました。そして、そのあと、深い穴にはまり込んでしまったのも同じです。(笑)

魔法都市の住人 マジェイア


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