観客を二度喜ばせてはならない

 

1998/6/16

「観客を二度喜ばせてはならない。始まったときと、終わったときと」

これは、昔、松田道弘氏から教えていただいた言葉です。人前でスピーチなどをするとき、知っておかなければならない注意事項のひとつとして、アメリカではよく知られた言葉だそうです。

どういう意味かわかりますか?よくわからないでしょう。

スピーチをする際、演壇に出て行ったとき観客は拍手で向かえてくれます。これは大抵好意的なもので、観客もあたたかく向かえてくれます。これが一回目の拍手です。ところがスピーチがあまりにも長く、ダラダラとしたものであると、聞いている人はいい加減うんざりしてきます。聴衆がみんな心の中では「早く終われよ!」とつぶやいていることにも気づかず、いつまでもスピーチを続けていると終わったとき、また拍手が来ます。この二度目の拍手は、「あー、やっと終わったー」という安堵の拍手です(笑)。

あなたも結婚式などで、肩書きだけは大層などこかのオヤジが愚にも付かない話をいつまでもやっていて、「もういいかげんにしてよ」と心の中でつぶやいた経験があるはずです。

マジックでもこれと同じことを大抵のマニアはやっているのです。

もう少し具体的に説明しましょう。でも、もしあなたがマジックを始めたばかりで、人前で見せた経験がまだあまりないのなら、今からする話は実感として理解できないかも知れません。でもいつの日か、きっとこのことを身をもって感じる時がきます。それまでは頭の片隅にでも引っかけておいてください。

マジックを始めて半年から1年もすると、いつの間にか人前で見せられるトリックの数もかなりのものになっています。友人と喫茶店に入ると、すぐにトランプやコインを取り出すのがこの頃です。また、自宅に誰かが遊びに来たときなど、これ幸いと見せまくるものこの頃でしょう。特に、最初に見せたひとつかふたつのマジックを客が気に入ってくれて、「おもしろい!」「すごーい!」「ふしぎー!」とか言ってくれた日には、その後、あれもこれもと見せてしまって、気が付いたら自分の知っているマジックを全部やってしまったという経験は、マニアの人であれば、一度や二度あるはずです。

でも、この後どうなると思います?

見せたあなたは満足感でいっぱいです。でも見せられた客は、もう二度とマジックなんか見たくないと思っています(笑)。

ここのところが最初わからないのです。あなただけではなく、みんなそうやって失敗に失敗を重ねてきて、徐々に気が付いてくるのです。

「箴言集」で、チャーリー・ミラーの言葉を紹介したり、「ラウンド・テーブル」で私自身の経験を書いたりしているのも、これがどれほど重要かを知って欲しいからです。

もし、あなたがこれからマジックを始めるのでしたら、次のことを取りあえず実践してください。それだけで、あなたも観客も気持ちよくマジックを楽しめるようになります。

1.カードマジックを見せるときは、ひとつだけ見せたらそこで終わる。二つ以上のカードマジックを見せない。

これはコインでも同じです。同じ素材のマジックは、ひとつだけで十分です。 しかし、これも最初の頃はわからないのです。カードマジックと言っても、「アンビシャスカード」と「フォーエース」では全然違うから、見せてもいいんじゃないのと思ってしまうのです。しかし、それはマジシャン側の発想です。観客にすればどちらもトランプを使ったマジックにすぎません。

2.全部でも、せいぜい二つか三つくらいで終わること。

本当は一つだけ見せて終わるのがベストです。でも、これは難しいでしょうね。妥協して、最大のリミットが3つまです。相手から脅迫でもされない限り、それ以上見せてはいけません。

チャーリー・ミラーの言葉、「よいマジックをひとつだけ見せて、そこでやめるとあなたは多くの友人を得るでしょう」は、まさに名言です。彼は数十年マジックをやってきた人です。長くプロとしてやって来た人です。その結論がこの言葉に集約されているのです。そこにはきっと真実があるはずです。

アマチュアがこれを実行するのは難しいことは私もよくわかっています。どうしても信じられないのなら、自分で体験してみてください。ある場所では10種類くらいのマジックを見せて、別の場所ではひとつだけ見せてください。しばらくして、また見せて欲しいと声がかかるのは、あとのほうであることがわかるでしょう。

どのようなささやかなトリックでも、そしてよほど下手で、タネが丸見えというレベルでない限り、あなたが最初に見せたマジックは、自分自身が予想していた以上にウケるものです。大抵、観客は驚いてくれます。そして、「もっと見せてー」という声が返ってきます。これは、マジシャンにとってはまるで天使のささやきのように聞こえます。でもこれに乗ってしまうと、地獄に堕ちるのです(笑)。実際には、天使の声を持った悪魔のささやきなのかもしれません。もっとも天使と悪魔は元来同じものだそうですから、だまされても無理もないのでしょう。

チャーリー・ミラーの言葉は、このことを言っているのです。相当に下手なマジックでも、ひとつだけでやめておけば、観客は喜んで、それを楽しんでくれます。しかし甘いささやきに乗って、二つ、三つと見せて行くと、観客の反応は明らかに一回目より落ちて行きます。ある程度敏感な人なら、「ああ、やっぱり最初のひとつだけでやめておけばよかった」と気が付くのですが、二つ目、三つ目とやっても、観客の反応が全然変わらないと思っている鈍感なマジシャンが多いのも事実です。

こんな鈍感な人でも、さすがに自分の周りから観客が一人消え、二人消え、「そして誰もいなくなった」とき、気がつくでしょう。犯人は他ならぬあなただったのです。

このような悲惨な結末を向かえなくてもよい特効薬が、先のチャーリー・ミラーの言葉です。ひとつだけでやめておけば、あなたも観客も、本当に気持ちよくマジックを楽しめるのです。

もしあなたが10年くらいマジックを続けて、3つくらい見せても、次回、同じ人からまた、「マジックを見せて欲しい」と言われるようになっていたら、あなたの腕も相当なものです。いえ、実際は「腕」より、あなたの人間としての魅力に引かれているのです。あなたはきっと「祝福」されている方なのです。(笑) マジックはうまいけれど、あいつのマジックなど見たくもないというマジシャンはいくらでもいます。(笑)まあ、そうなったらそうなったで、一人静かに楽しむこともできるのがマジックですから、それほど深刻になることもないのですが、観客に、「二度目の拍手」をさせないためにも、ぜひ、ひとつかふたつだけでやめるように努力してください。 そうすれば、あなたも「祝福」されるでしょう。

魔法都市の住人 マジェイア


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