魔法都市日記(17)

1998年4月頃


2月、3月はほとんどマジックができなったので、その反動からか、4月はよくやった。仕事の都合で日帰り、または1、2泊程度のものしかできないが、出不精の私にしては随分あちこち出かけた。

某月某日

大阪駅前のヒルトンホテルと隣接しているヒルトンプラザ4Fに、イギリスのウエッジウッドWedgewood)が経営している紅茶専門店、「ウエッジウッド・ティールーム」がある。

紅茶を頼むと、一人ずつ大きなポットごと持ってきてくれるので、3,4杯は飲める。値段は少々高いが(紅茶1,200円、スコーンまたはマフィンのセット1,600円)、ゆっくりできるし、客層も落ち着いた大人の人が中心なので、静かに話をしたり、本をしばらく読むにはとてもよい。

ヒルトン・プラザの1Fは、写真のような吹き抜けのスペースがあり、ここにも喫茶のコーナがあるので、待ち合わせなどに重宝している。

このような場所でトランプやコインを使ってマジックを見せることはないが、時計や紙ナプキン、スプーンなど、身につけているものやテーブルにあるものを使えば他の客に注目されることもないので、簡単なマジックを見せることはある。

先日ここで知人と喋っていたら、「瓢箪から駒」のようなことがあった。

彼女がバッグから何かを取り出すとき、何気なくメモ用紙のようなものをテーブルの上に置いた。聞くと、「油取り紙」というものだそうで、ここ1,2年、流行っているらしい。 この実物を見たとき、これは『シガレットペーパーの復活』(Torn & Restored Cigarette Paper)に使えると確信した。

「シガレットペーパーの復活」というのは、日本ではよほどのマニア以外、あまり馴染みがないマジックだろう。タバコの葉を自分で巻いて吸う人のために、薄い紙を束ねたものがアメリカではよく売られている。マジックでは、観客の目の前でこの紙を細かく破り、それをふたたび元の状態に復活させるという現象に使う。

現象自体はティッシュペーパーでもできるが、シガレットペーパーのほうが、大きさや薄さがこのマジックに都合がよい。しかし、日本では入手しにくいかもしれない。外国タバコを扱っている大きなタバコ専門店へ行けばあるかも知れないが、どうなのだろう。私はアメリカへ行ったとき、いくつかまとめて買ってくることにしている。それにしても、なぜこんなものがアメリカでは普通に販売されているのか不思議で仕方がなかった。タバコを吸うために、わざわざ自分で巻くこともないのにと思っていたら、これはマリファナ等、ドラッグを吸うときに使うため、そっち方面でかなりの需要があるらしい。

とにかく、このシガレットペーパーとほぼ同じくらいの大きさなのが「油取り紙」なのだ。数十枚がメモ帳のように綴じてあり、一枚ずつはがして使えるので重宝しそうだ。そのうち、マニアの間で流行るかもしれない。今では駅のキヨスクやコンビニでも売っているらしい。。

某月某日

現在上映中の映画、『タイタニック』が大変好評のようだ。私はまだ見ていないが、私のまわりには見たという人が大勢いる。そのため、何かの拍子に、『タイタニック』の話が出ることがある。でもその割には、あの船が沈没した本当の理由を知っている人は少ない。

あれはとにかく大きい船であった。当時、すべての新聞が世界最大、最高の船だともてはやしていた。.....一時的にすぎなかったが......とにかくタイタニックのすべてが大きかった。大きなキャビン、大きなホール、そして大きな食堂と大きなビュッフェ、...これが沈没の原因なのだ。

タイタニックに乗っていた人々の食欲もものすごく、毎日、大変な量のご馳走を食べ続けていた。人々は急激に太りだし、その重さに耐えられずに沈んでいった....というのが、真相なのだ。

というジョークが、1年ほど前に読んだ、マーティン・ルイス(Martin Lewis)のレクチャーノート、"Martin's Magical Inventions Lecture"に載っていた。(汗)

このレクチャーノートは、彼の有名な"Cardiographic"の改訂版が解説されている。他にも数点、優秀なトリックが紹介されている。"A Bolt From The Blue"というトリックが、今回のタイタニックにひっかけたものであった。実際のタイタニックに使われているような大きなボルトとナットを使い、それが抜けてしまうマジック。これの原案は昔からあり、木のブロック、棒、布テープを使う。それをボルトとナットにすることで、これほど頑丈そうに見えるこのボルトとナットでも、実際にはすぐに抜けてしまったから、タイタニックの沈没が起こったのだという演出になっている。(笑)この演出でなら、この古いトリックもやりたくなった。

某月某日

大阪の阪急百貨店にあるマジックコーナーへ新製品を買いに行く。

最近、テンヨーはどうかしたのかと思うほど、色々と新製品を出し続けている。行った時、閉店間際であり、他の客もおらず空いていた。ディーラーの清水さんと雑談をしていたら、デパートのマジックコーナの現状を色々と教えてもらうことができた。

ここ10年くらいの傾向だが、デパートからマジックのコーナーが減りつつある。昨年だけでも20年以上続いていた名古屋と京都のデパートからマジックコーナーがなくなった。京都や名古屋には専門のマジックショップがあり、スペースの関係で、商品の品揃えなど、専門店に対抗して維持して行くのは大変なのかもしれない。そのような中で、阪急のマジックコーナーは売上も落ち込むことなく、他のデパートに大きく差をつけて全国的に見てもトップだそうだ。

清水さんが東京から来られて15年になる。その前2年間ほど中村氏がおられ、さらにその前が、「松旭斎洋一」を名乗っておられた池田さんが25年間ディーラーをなさっていた。私も小学校の5,6年生から中学1年くらいの頃は、日曜ごとにここに行っては、池田さんに1時間ほど見せてもらっていた。

デパートのマジックコーナーは、マジックをこれから始める人にとってはきっかけとしてよい場所である。マニアにとっても、何かの買い物のついでに寄れるので便利である。これがなくなってしまうことは寂しいが、最近は通販のシステムがよくできているので、電話一本でネタが翌日届くようになっている昨今では、流通や販売のシステムが変わるのも仕方がないかも知れない。しかし、マジックは目の前で現象を見せてもらい、それが気に入ったら買うというのがスジというものだろう。通販や、ディーラーが売場にいても実演せず、に口先だけで説明するようなことをやっていると、長い目で見れば結局客離れを増やすことになるだけだろう。、

今回、テンヨーで購入したものは6点ほどあるが、その中の3点はファストフードのマクドナルドと提携しているらしく、ハンバーガーやフライドポテトなどをかたどった一風変わったものであった。値段はどれも780円。

1.魔法のビッグマック

Hamberger 昔からある、ダイスに紐が通っており、マジシャンが「ストップ」と言うと落ちてきたダイスが止まり、観客がやるとできないという例のマジックのマック版。写真のようなかわいいハンバーガーが紐に通っていて、ダイスと同じようにできる。

 20数年前、横浜の植木將一氏に見せてもらったとき、観客に息を吹きかけてもらうとダイスが上昇するという現象があった。普通のセットを使いながら、ちょっとしたアイディアを付け足すだけでタネを知っている人でも驚くようなことができる点がすばらしい。

fried potates 2.不思議なフライドポテト

スポンジでできたフライドポテトがある。一本を手に握り、開けると2本に増えている。 今度は2本とも握ると4本になる。この4本をフライドポテトを入れる赤い容器に入れ、観客に引き出してもらうと、数字の「4」になったスポンジが出てくる。 普通のスポンジボールと同じだが、フライドポテトにするだけで、雰囲気が変わっておもしろい。

3.マジックメニュー
rising

マクドナルドの商品が印刷してあるメニューカードを使い、3種類のマジックができる。 ミニのマジックウォンドを使ったライジングカード、思った商品を当てるメンタルもの、数理を応用した予言のマジックと、どれもマニアにはよく知られたものだが、実際にやってみると悪くない。

某月某日

「笹団子の高校生」から、またマジックの講習を頼まれる。今度は外でもできて、ポケットに入れておけばいつでもできるものという、うるさい条件が付いていた。(笑)

実際に教えられる時間は30分ほどしかなく、しかも突然言われたので、私も選択に困った。上のような条件を満たしているもので、何かないかと思案していると、「サムチップ」くらいしか思い付かなかった。

D'LITE サムチップを使ったものの中で最もスタンダードな現象、観客のハンカチ、または借りたお札からシルクが出てくる例のものと、もう一つ、ロコ"D'LITE"(ディライト)もおまけに教えておいた。D'LITEと言うのは、先端が赤く光るサムチップ。親指の先に、赤い炎のようなものが現れるレーザーアクト用サムチップ。

ロコなみに、ちゃんとやれば幻想的なマジックになるが、私はもっぱらギャグで使用している。 指先を赤く光らせて、「最近景気が悪いので、爪に灯をともして生活しています」と言ったら、ひどく内輪ウケした。

某月某日

知人にマジックを見せていたら、「でも、Mr.マリックのやっているのは超能力なんでしょう?」と言われた。10年ほど前の、マリックブームの頃は、この種の質問もよくされたが、さすがにここ数年はそのようなことを言われることもなかっただけに、驚いてしまった。

「あれもすべてマジックだよ」と言ったら、随分がっかりしていた。これは珍しい反応ではない。Mr.マリックのやっていることがマジックだと知らされたとき、がっかりする人はいくらでもいる。ある種の人は、説明できない現象に出くわしたとき、すぐにオカルトや超能力と結びつけてしまう。

Mr.マリックの演じているようなマジックのことを、マジックの世界では「メンタル・マジック」と呼んでいる。タネなどなく、まるで「超能力」を使って不思議な現象を引き起こしているように見せるジャンルのマジックをこう呼んでいる。マジックの世界では、もっとも古いタイプに属しているのだろう。いや、マジックの起源そのものと言ってよいかもしれない。しかし、一般には今から20数年前、ユリ・ゲラーが「スプーン曲げ」をTVで見せたころから、一躍この手のものが知られるようになった。

当時、ユリ・ゲラーがやったようなものなど、マジシャンがまともにやるようなネタではなかったのだが、スプーンやキーが曲がったり、時計の時間が狂ったりするような現象を見慣れていなかった一般の人には「超能力」のように見えたのだろう。

Mr.マリックも、当初は「超能力」という雰囲気を全面に押し出して見せていた。そのほうが演出効果があり、営業上も商売がし易かったからだろう。しかし、今は完全にエンターテインメントとして、様々なショーを見せている。

メンタルマジックは、悪用しようと思えばいくらでも悪用できる。現に、いまでもインチキ超能力者や、あやしげなお札(ふだ)を売っているような喫茶店が存在している。マジックの世界は狭いので、この種の情報はすぐに伝わってくるのだ。

このようなことをやっている人物や店に共通しているのは、テレビの取材拒否、マジシャンの立ち会い拒否等、マスメディアに乗ったり、バレる恐れがあることには何だかんだと理屈をつけて逃げ回っているのですぐにわかる。

5,6年前大ブームになった「野菜スープ」も、あれが口コミだけで広がっていた間は、あのおじさんも講演やその他で大儲けできていた。しかし、あまりにも広がりすぎ、予想外にメジャーになってしまったら、そのウソがばれてしまい、あっという間に消えてしまった。

「少数の人を長い間だましておくことはできる。大勢の人を短期間だましておくこともできる。しかし、大勢の人を長期間だまし続けることはできない」という言葉がある。そのため、メジャーになりすぎると、結局自分の首を絞めることになることを知っているので、「優秀な」イカサマ師ほど、細心の注意をはらいながら、「普及」に努めている。

某月某日

東京の知人と電話で話しているとき、京都の醍醐寺(だいごじ)の桜が話題になった。ある人が子供の頃、醍醐寺の桜を初めて見たとき、あまりの美しさに動けなくなるほど感動したという話を聞き、何としても見に行きたいと言っていた。しかし、残念なことに、そのときはお互いのスケジュールの都合が合わなかったので、今年はお流れになった。しかし、その後、別件で私が京都に行くことになったので、急遽、平日の昼間と夜に、京都で2泊しながら桜を見に行くことにした。

最初の夜は、昔しばらく住んでいたこともある嵐山方面に行き、意味もなく夜の街を徘徊していた。京都は時間を超越した部分が大量に残っている街で、大きな道筋は20年前と比べても全然変わっていない。歩いていると、突然、昔の場面そのままのところに出くわし、何度かタイムスリップしてしまった。ある場所で、あるものを見た途端、この20年間、一度も思いだしたことのないものが不意によみがえって来たりして、戸惑うこともあった。

醍醐の桜翌日の昼間、目当ての醍醐寺に行く。私もここは初めてなので期待していたが、確かに豊臣秀吉が「醍醐の花見」を開いたくらいの場所だけあって、噂に違わず圧巻であった。国宝の五重塔の前にあるしだれ桜は、文字どおり、こぼれ落ちそうなほど花をつけていた。そのスケールの大きさには、桜を見慣れている私たちにとっても同じ桜とは思えない迫力で迫ってくるものがある。

二日目の夜は、東京からの客人が、折角、京都まで来ているのだから京料理を食べたいと言うので、宿泊先のブライトンにある「蛍」に行く。ブライトンはそれほど大きなホテルではないのに、今ではすっかり京都の顔になってしまった。うちから京都までは1時間半ほどなので、ここに泊まることはあまりないのだが、入学や就職、結婚など、何かの節目にここを利用することも多い。遠方から知人が京都見物に来るときも、いつもここを利用することにしている。一度利用すると、京都では他のホテルに泊まる気がしないくらい、みんな気に入るようだ。先日、TV番組、『料理の鉄人』に、ここの料理長が出て「鉄人」に勝ったとかで評判になっているらしい。(笑) 値段もリーズナブルで、全然高いとは思わない。ここのフレンチも小さいレストランだが昔から気に入っている。

食事の後、さらに夜桜見物を兼ねて祇園から八坂神社、円山公園に行き、「祇園しだれ桜」を見に行く。京都で一番賑やかな四条河原町から歩いて5分ほどのところにあるこの桜は、ライトアップされると一層華やかに見える。「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」と言い放った梶井基次郎の天才が容易に理解できる。醍醐の桜も、ここの桜も、多くの屍のエネルギーを蕊(ずい)にため込んでいるから、何年にもわたってこれほど見事に咲き続けるのだと思う。

最後はマジックと全然関係のない話になってしまったが、何かに「驚く」ことが好きな人なら、「桜」や「料理」も十分その仲間に入ることがわかってもらえるだろう。

マジェイア

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