ROUND TABLE

Coffee Break

 

芸は催眠術

どうせ私をだますなら だまし続けて欲しかった……

バーブ佐竹「女心の唄」

 

2002/8/4


先日NHKテレビで、「人間国宝・桂米朝 最後の大舞台」という番組をやっていました。その中で、二ヶ月に一度開催されている一門の落語会の様子も紹介されていました。これは若手の勉強会を兼ねています。落語会が終わったあと、お弟子さんが演じた噺や仕草のなかで、米朝さんが気になった点をひとつずつ指摘してゆくのです。

あるお弟子さんが糸を歯で切る仕草をしていました。その所作について、米朝さんの指摘は厳しいものでした。といっても、私のように針仕事をしない者には何も不自然さも感じなかったのですが、実際に針仕事をしている人が見れば、そのような糸の切り方は不自然なのだそうです。

これは米朝さんがよくおっしゃっている「落語は催眠術である」、また落語だけに限らず「芸は催眠術である」とも関係しています。ここでいう「催眠術」というのは、勿論、テレビで行われているような「催眠術ショー」のようなものではありません。演者の意のままに、観客に幻影を見せ、架空の話の中で観客を楽しませる力のことです。。

落語は手に持っている扇子と日本手拭いで、さまざまな所作を行います。このふたつだけで、そこに品物があるかのように観客に感じさせ、ときには辺り一面に桜を咲かせたり、船に乗っているような気分にさせたりもします。想像力を刺激して、何もないところにあたかもそれがあるかのように感じるのが演者の芸の力です。ところが演者のちょっとした不自然な仕草で、観客は「催眠術」から覚め、現実に引き戻されてしまいます。米朝さんがお弟子さんに対して一見些末であるように思える部分にまでこと細かく指摘をしていたのは、ちょっとしたほころびが、何もかもぶちこわしてしまうことを知っているからでしょう。わかる人は、そのちょっとしたウソで興ざめになってしまい、虚構の中で遊べなくなってしまいます。

相手に催眠術をかける方法はいろいろと開発されていますが、そのようなものを知らなくても、一流の芸人や販売員、宗教団体の教祖、その他諸々の分野で、周囲のものに大きな影響力を持っている人というのは、本人が意識するしないにかかわらず、「催眠術」を使っています。テクニックというより、詰まるところ、その人の魅力、カリスマ性ということになるのですが、それに芸の力が加わると、その人なりの「催眠術」が完成します。

これは芸人や特殊な状況だけでなく、私たちでも日常おこなっていることです。たとえばデートのとき、女性をそれなりの場所に誘い、雰囲気を盛り上げるのも催眠術のひとつです。また、結婚詐欺にころりと引っかかる女性が多いのも、男性の社会的地位や学歴に、勝手な幻影を見ているため、自ずと催眠状態になってしまうのでしょう。詐欺師は社会的地位や権威をうまく利用して、相手を信用させます。

催眠術を掛ける方法は人によってさまざまですが、催眠術から覚ますのは簡単です。現実を見せればよいのです。

カルト宗教の教義は、第三者からみればどう考えても不自然でおかしなものです。しかし催眠術に掛かっている信者にはそのことはわかりません。多少の不合理など、「神秘」の名の下に自分を納得させてしまいます。宗教に限らず、国家体制、会社、地域社会、学校、友人関係等、大小さまざまなコミュニティで、大なり小なり、集団催眠のようなことは行われています。

催眠術では「ラポール」という言葉がよく使われます。これは掛ける側と掛けられる側の間に生じる心の交流のことです。催眠術では「親しみのある信頼感」がいつも重要なキーワードになっています。販売員が、この「親しみのある信頼感」を客に持たせることができれば、商品は8割方、売れたも同然です。このような、セールスのための方法論はいろいろと開発されています。しかしそれでも人柄の占める割合は大きく、技術だけではどうにもならない部分もあります。

マジックの世界でも、これに関してよく知られている言葉があります。ライプチッヒがダイ・ヴァーノンに言ったアドバイスです。

「ダイ、私は約50年マジックをやっているが、観客は紳士にだまされるのであれば悪い気はしないものだ。もし彼らが君をひとりの人間として気に入ってくれたら、君の演じるマジックも気に入ってくれるよ」  (「魔法都市案内」箴言集より)

反面、観客が拒否反応をしめせば、そのあと何を見せても受け入れてもらえません。大道芸のようなものであれば、観客はすぐにその場を立ち去ってしまいます。 米朝さんがお弟子さんにした先のアドバイスは、催眠術に掛かっている観客を現実に引き戻さないためのものです。ライプチッヒの言葉はこれから催眠術をかける導入、つまりラポールがいかに重要であるかを表現を変えて言っています。

導入も難しいのですが、いったん催眠術にかかった観客を、その状態のまま最後まで引きつけられるかどうかが芸人の腕です。すばらしいショーや芝居などを見ていると、時間の経つのを忘れてしまうことがよくありますが、これなど、まさに催眠状態に入っているからでしょう。

恋愛の初期の段階、相手に夢中でボーとなっているときは、「あばたもえくぼ」に見えてしまいます。しかしこれが何かのきっかけで現実に引き戻されたら、「あばたはあばた」であることに気がつきます。熱がさめて、いったん嫌悪感を持ってしまえば、えくぼまでがあばたになってしまうものです。

ずっと魔法をかけ続けるという意味では、TDL(東京ディズニーランド)は秀逸です。あの中ではどこに行こうが、魔法が解けないように工夫されています。それでついつい余計なものまで買ってしまい、東京駅に着いた頃には魔法も解け、なんでこんな大きな風船や、わけのわからない帽子を買ってしまったのか、自分に呆れてしまうものです。

観客を虚構の中で遊ばせるには、細心でかつ途方もないエネルギーが必要です。マジックは文字どおりイリュージョン(幻影)を見せて観客を楽しませる芸なのですから、マジシャンはせめてショーの間くらい、観客に「催眠術」を掛け続けられるくらいの技量と魅力をもって欲しいものです。

魔法都市の住人 マジェイア


INDEXindexへ 魔法都市入り口魔法都市入口へ
k-miwa@nisiq.net:Send Mail