ROUND TABLE

 

さりげなく

 

1999/12/1


マジックを始めたばかりの人が、本やビデオで覚えたマジックを実際に人前でやってみると、大抵観客にばれてしまいます。これはどうしてでしょう。今回はこれについて考えてみましょう。

マジックの中で使用するテクニックを文字だけで解説しようとしても、大変難しいものです。とくに、「タイミング」や「スピード」を言葉で説明するのには限界があります。本人が目の前にいれば、30秒でわかってもらえることが、文章だけでは、どうにもうまく伝えられないことがあるのです。同じようなことで、「さりげなさ」もそうです。ある動作を、どれだけ”さりげなく”おこなえるか、実はこの「さりげなさ」こそがビギナーとエクスパートを分ける決定的な差なのです。

ある動作を行うとき、経験豊富な熟練者は、観客に対してどこまで「厚かましく」なれるかを知っています。そのため、ポケットから何かをこっそりと取ってきても、観客に気づかれることはありません。何も素早く手を動かしているのではないのです。何かを処理するときも同じことです。

よく知られたマジックをひとつ例にして考えてみましょう。

たとえば「スポンジのウサギ」です。スポンジでできたウサギや犬、最近では「ミッキーマウス」、「ピカチュウ」といったアニメのキャラクターでできたものも販売されています。

「スポンジのウサギ」ですと、一般的な現象は、観客とマジシャンが一匹ずつ手に握ったのに、マジシャンのウサギが消えて、観客の手の中から2匹が現れたり、観客の手の中で数匹の子ウサギが産まれたりするものでしょう。少しでもマジックをやったことのある人なら誰でも知っているトリックです。誰でも知っているトリックですが、これほどうけるトリックもそうありません。傑作中の傑作です。

この、子どものウサギをいつどこからスティールしてくるか、これが初心者の人には難題なのです。実際には大変簡単です。一回目の現象、つまり、マジシャンの握っていたウサギが消えて、観客の手から現れた瞬間、観客は悲鳴を上げるほど驚きます。そしてしばらく2匹のウサギをひっくり返したり、何か仕掛けがあるのかと調べたりしています。この数秒から十数秒の間は、観客の意識はウサギに集中しています。そしてこのマジックは、もうここで終わったと思っています。

この瞬間こそミスディレクションが一番強烈に効いているときです。ここで「さりげなく」ポケットに手を入れ次の準備をします。つまり数匹のウサギを握って来ればよいのです。具体的には、もし右手で子ウサギをスティールしてきたのなら、いったん、両手を膝の上あたりに置きます。観客がまだ2匹のウサギを見ているとき、左手を伸ばして、観客が持っているウサギのうち、一匹を左手で取り、それをマジシャン自身の右手に渡す動作で、右手を膝から上げてきます。左手から受け取ったウサギは右手の指先で持ちますが、このとき、子ウサギは右手の中にパームしています。左手のウサギを右手でつかんだらすぐに観客のほうを向き、また左手を伸ばして、もう一匹のウサギも左手で取ります。左手の指先にそのウサギを持ちます。視線はこの左手のウサギのほうに行っています。このウサギも右手に渡して、右手で2匹のウサギを持ちます。これを手の中にで半分くらいの大きさに折り曲げる動作で、子ウサギと一緒にしてしまいます。

後は、これを観客に握らせればOKです。

全然難しくないのですが、これを「さりげなく」行えるかどうかがポイントです。このあたりの動作は、だれか上手な人に直接教えてもらえばホンの数分でわかってしまうことなのですが、そこがクリアーできないと、いつまでもビギナーの域を超えられません。

インターネットで「動画」が気軽に扱えるようになると、この辺りも踏まえて紹介したいと思っています。

「さりげなく」というのは、マジック全般を通じて極めて大切なことです。昔(1968年)、ダイ・ヴァーノンが初来日したとき、ヴァーノンがやったマジックで、多くのマニアが引っかかったものがあります。

ヴァーノンの演じるマジックは、当時すでに『ヴァーノン・ブック』や『スターズ・オブ・マジック』、『インナー・シークレット』のシリーズでよく知られていました。マニアにとっては隅から隅まで知り尽くしているトリックが大半でした。そのとき、「カラー・チェインジング・デック」をやったのです。トランプの裏模様が全部変わってしまうマジックです。それまで「青裏」であったのに、一枚ずつ裏の色が「赤」に変わり、最後は52枚ぜんぶが「赤裏」になってしまいます。ジョーカーを使った、大変有名なトリックです。マニアはこのトリック自体はよく知っているのに、いったい、いつヴァーノンがデックをすり替えたのかわからなかったのです。それまでに青裏のデックで数種類のマジックをやっていましたから、それには何の仕掛けもない、普通の青裏のデックであることはわかっていました。それを使って、「カラー・チェインジング・デック」をやったので、マニアの中にも驚いた人がいたのです。

レクチャーの中で、ヴァーノンが「何か質問は?」と言ったとき、「どうやってデックをすり替えたのか」という質問が観客から出ました。ヴァーノンは困ったような顔で、「ただポケットの中ですり替えただけ」と言ったそうです。実際そうなのです。何もしていないのです。言われた観客は、はぐらされたのかと思うでしょうが、ほんとうにそうなのです。ただポケットの中で変えただけです。とは言え、「さりげなく」ポケットの中ですり替えるためのちょっとした「準備」はしていました。エド・マーロー「デック・スイッチ」の原理を使っていたのです。

最初、レギュラーの「青裏」のデックで普通のカードマジックを見せます。そのとき、「さりげなく」、ジョーカーを抜き出し、それは使わないのでテーブルの隅に置いておきました。数種類カードマジックをやった後、「これでおしまい」という雰囲気でデックをケースに戻し、ポケットの中にデックを入れました。テーブルを見ると、ジョーカーをしまい忘れていることに気が付き、ジョーカーを取り上げ、デックをもう一度ポケットから出してきて、そのジョーカーもケースに入れました。ここで、ふと思い出したように、もう一つマジックを見せてくれたのが、先の「カラー・チェインジング・デック」です。

もうおわかりだと思いますが、ポケットには最初から「カラー・チェインジング・デック用」のデックがケースに入れて準備されており、それとすり替えるために、最初、普通にマジックを見せるときからジョーカーを1枚、テーブルの隅に出しておいたのです。後でそれに気が付き、もう一度デックをポケットから取り出すためのイクスキューズ"excuse"、つまり「さりげない理由付け」の ために、ジョーカーをしまい忘れたふりをしたのです。

今のはほんの一例ですが、このようなことが熟練者のマジックには全編ちりばめられています。私がしばしば紹介している「ブック・テスト」でも、あの原理自体は誰でも1,2分で理解できます。しかし、借りた本で、こっそりと、「さりげなく」、あることをする必要があり、その部分を教えるのに、30分程度掛かります。

つまり、一般の人や初心者は、タネが一番重要だと思っているのですが、実際に演じるときには、タネよりも、どうやれば「さりげなく」できるのか、その部分が最も重要です。そこがわからない限りできません。やったとしても、すぐにバレてしまいます。これはミスディレクションとも密接に関係していますが、必ずしも同じではありません。マジックを演じるには、天使のような大胆さと、悪魔のような細心さが不可欠なのです。

魔法都市の住人 マジェイア


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