■こちらはブリタンニア物語・紹介および感想、そして出版のおしらせになります。■


〜ブリトンの地にまだ魔法使いも巨人も妖精も、アーサー王もいなかった時代の物語〜 



 *

 まだ、その地に魔法使いも、巨人も、英雄もいなかった頃。
 そこには一つの大きな国がありました。

 その国は道をつくり橋を架け文字を記し法(のり)を編み、知恵と知識をもってこの地に繁栄をもたらしましたが、
 長い年月の中で様々なものが移ろいゆく中、その栄華も遂に尽きる時がやってきました。
 国は荒れ大地は痩せ、豊かな実りをもたらした国土のあちこちに、海を越えて渡り来る『狼』達が現れます。
 滅びの道をたどる中、人々は必死に抗いましたが、一度綻んだかつての栄華を再び編み直すまでには至りません。
 あるものは諦め、あるものは諦観の中で過去の知恵の残り火に縋り、
 またあるものは、国に寄らず孤高に暮らす野の民とともに生きる道を選びました。

 そして、幾たびかの争いと和解、あるいは衝突と断絶とが繰り返される中。時はさらに過ぎゆき、人々は世代を重ね、
 ついに最後の皇帝がその地を捨てて去ったとき。残されたのは街と人々、そして増え続ける『狼』達だったのです。



 *





<ごあいさつ>

このたびなんのご縁か巡り巡ったか、T氏が出すことになりましたブリタンニア物語の絵を描かせていただくことになりまして。
この作品、T氏がこの20年私事で出してらっしゃる個人誌(※自分もずっと参加させていただいてます)でコツコツ書いてた様々な著作のひとつだったんですが、
それがこのたび、本になりますよと。
そりゃあすごいやということで(←この時点ではイマイチ実感はない)お祝いに炊き込みご飯作ったりして地味に祝っていたのですが。

そしたら「良かったら表紙お願いします」と言われ、いつもの調子でいいよーとか答えておいたのですね。
要するにいつものT氏の個人誌に原稿送るノリだったわけで。完全に。

自分は20世紀末期からの個人サイト時代〜一部定期更新ゲーム以外にはあまりネットでも絵を書くということをしてないというか、
いわゆる同人誌だコミケだの世界にはまったくノータッチのまんま20年近く生きてまして。
定期更新(所謂偽島といった定期ゲ)に参加してる時はそりゃあもう一枚絵から顔絵から色々書いてましたけども(…)あくまでゲーム内で使うためでしたし。
よく考えたらここ十年はT氏の個人誌くらいにしか『印刷する』絵の投稿ってしてこなかったわけです。もちろん自分個人で同人誌を作ったこともないです。
趣味で書く。あくまで自分の書きたいものを好きなタイミングで書ければそれでいい。そういうスタンスでした。

そんな感じで後になって実際問題その本がちゃんと出版社(文芸社さん)から書籍で出ますよと。
要するに同人誌でも個人誌でもない。つまり国会図書館にも入っちゃう所謂ガチものだと知った時、自分、大いに焦りました。
自分の絵でいいのです?(もっと他に上手い人は大勢いますよ)と聞いたらそれに対し、『だったらわざわざ直接頼みません』とスパっと返答きまして。
『あなたの感想を描いてください、それが(で)見たいです』というお答えだったのですね。

いや、光栄なんです。正直震えたというか。
たぶん曲がりなりにもこれ、絵を描く人にとってはこれ以上ないくらい嬉しい『依頼』の形なのではないかと思うんですがどうでしょうかね…。

そんなわけでその言葉に一撃の元に打ち貫かれてしまい狼狽もそのまま年の瀬ぶっ通しでせこせこ絵を書いてました。
いや、お話そのものの本校正作業との平行だったんで慌ただしかったんですが、
内容を何度も読み返しつつ、頭の中に思い浮かんでくる物語の世界をつらつらと絵で起こす、という感じでした。

以下、詳細を書かせていただきますが、あくまで素人の調べた範囲での認識であり、
時代考証など、細かい設定や実際の史実解釈には及ばない点もあると思われますが、そのへんはご容赦いただきたく…


<挿絵としての『ブリタンニア物語』>

最初に書いた案は本表紙(カバーを取った中身)に使っていただいた絵で、モチーフは樫の額冠になります。
これはそのままブリタンニアの遠景と、帝政ローマの最高の栄誉のひとつである市民冠がモデルでした。
軍役で功を立てた場合は有名なカエサルの胸像でもおなじみの月桂冠になります。
それぞれ民を守ったもの、味方を守ったもの、という意味ではまったく意味合いは同じです。

で、なぜ市民冠かというと。この『ブリタンニア物語』は、『終わってしまうことが決まっている世界』の話なのですね。
4世紀末期から5世紀のブリタンニア、要するに当時の最後のローマ皇帝がロンディニウム(のちのロンドン)を撤退した後の、
その町に取り残されながらも、かろうじて旧帝国時代の文化を残し守っていた人たちの物語です。

彼らはすでに現地に定着していたケルト系の蛮族(物語中では『馬の部族』)と、若干の緊張はあっても普通に共存しているんですが、
それとは別に、大陸側から流入する蛮人〜(物語ではオオカミ、と言い表されています)要するにのちのアングロ・サクソンの元になる、
ローマ化されたいわゆる『かつての文明の時代を知らない人々』との間での摩擦に悩まされているわけです。

このあたりは歴史を見れば分かるように、文字通りの意味で明確な記録の残されていない空白の時代でもあります。
だからこそ、その後も大陸から人は大量に流入し後の七王国時代等になるまでの間に当時存在したはずのローマ時代の知識や記録は散逸、
同時にさまざまな伝承や神話、英雄の伝説が生まれました。
ローマの時代に人々の手によって築かれた橋梁はこの地を去った巨人達の神秘の作となり、
かつて北方の蛮族の侵入を拒んだハドリアヌスの壁を守る砦はそのままその後の伝説の英雄や王たちの城となります。

古代ローマの記録や記述、歴代皇帝やその時代のありとあらゆる書物や書簡、説話はその断片だけを残してさまざまな場所に散り散りになり、
詩人たちの語る英雄譚や人々が信じた神話や妖精たちの姿に取って代わられていきます。
しかし、その中に、いやだからこそ、分かち難く息づいている『その前に存在した豊かな精神文化の下地』が、確実にその端々に見て取ることができるのです。

表紙の絵、裏表紙に使っていただいたのは作中世界において人々に信仰されていた女神、
それぞれ月と叡智の女神カレイドウェン、暁と勝利の女神アンドラステのイメージです。
いずれもケルト側に源流を持つ女神なのですが、すでにローマ隆盛の時代よりその原型は記録に残されており、
多神教であるローマ文化においては異教の神であっても鷹揚に受け入れられ、信仰の中に組み入れられていました。

このことが逆に下地となって、民族が入れ替わりかつてのローマ文化が消えゆく中においても,
かつての異民族や蛮人といった新しい人々たちがローマ世界の文化に馴染む橋渡しになっていた。
自分たちの馴染んだ同じ神がこの地でも祀られているということは、それだけの意味があった。

こういったローマの異文化の信仰への寛容さも、のちの様々な新たな伝説や神話との親和性を高めていたのではないかと思います。

逆にダイアナなどローマ神話の女神の名も、同じようにのちのブリタンニア世界以降も残り続けたわけで、
その土地に残されている伝承や神話の名の中に、かつての文化の名残を見つけるのは、一種の楽しさがあったりもします。
伝説や神話が、そのままその世界の文化の変遷の記録をたどる手がかりになっているというのは、旧ローマ世界に限らず様々な土地や文化世界で普通に見られることです。

作中、物語の中の人々はそれぞれの思いを胸に、かの女神たちを思い幾たびも祈ります。
そうして見上げる月はカレイドウェンであり、同時にかつてのダイアナでもありました。名前や源流が変わっても、見上げる空もまた同じだという不思議な収斂が、
たとえ時代は変わっても、人の信仰心の根幹は共通しているのだという不思議な一体感を感じ取ることができるのです。


そしてこの物語のもう一つのテーマが、『本』という存在でした。(本を描いた絵は口絵のひとつとして表紙左側の裏に使っていただいています)

本(書物、あるいは巻物なども含む文字媒体)と表紙口絵のほうにはリュート(あるいは当時の『琴』)。
これはそれぞれ伝承、伝播の象徴となっています。

8〜9世紀、アイルランドのケルズの書など、キリスト教側が聖書をはじめとする『書物』の復興と再編纂の重要性を見直し後世に残そうとした流れも、
かつて存在したローマのこうした『膨大な記録』『人々の言の端で伝えられた物語』がその後もさまざまな形で残っていた、
もしくは当時にあってもかつての文字媒体が相当数現存していたからではないかなどと思います。(そもそもアルファベット(ラテン語)が旧世界中に残っているわけで)

ローマの時代の人々は、それだけたくさん文字を書き残したのだということです。
書籍、記録、あるいは落書きや手紙といった個人的な書簡であっても。文字は人々の中にあまねく自然に広まり、皆がそれを大いに活用していた。
だからそれを理解しない蛮族の再三の略奪や焚書といった破壊行為などをくぐり抜けてもなお残ることができた。
寧ろ当の蛮人たちの心にすら訴えかけ、意味を理解させるまでに至っていった。だから、民族が入れ替わって尚も書物を再編纂できた。
時間を超えて、かつての叡智を人々と共有することができた。

それは、ものすごいことだよなと思うわけです。
あくまで自分の中ではこの物語は、『確実に終わったけど無事に続いた話』もしくは『最後に大逆転』の物語でもあります。

人々は言の葉で繋がれ、文字によって記憶や思いを共有し、本になって時間を超えることができる。
その力の凄さそのものが、この物語の鍵の一つではないかと思うわけです。
長くなりましたが、だからこその市民冠です。その後現代に至るまで残ったローマから英国の文化そのもの、
それを守り支え続けた人々全員から今の人たちが『引き継いだ遺産』の象徴が、樫の葉の冠だった。

胸踊る英雄の伝説でもいい、神秘的な自然、あまたの神々への賛歌でもいい。
読み解く中でいずれたどり着くだろうかつての偉大な帝国の叡智とその偉業の根幹に触れる事もできるでしょう。
また、今新たに生まれ続けている新しい物語もまた、かつての古い時代から受け継がれた文化の下地あってこそであることを理解できれば、
ありとあらゆるコンテンツそのもの。そのなかで交わされる文字や絵や言葉や思いの数だけ文化は生まれて引き継がれ続ける。
それが、どれだけの時間が経ったとしても、どこかに確かに残る。
いつかどこかで誰かが読み出してくれる時、それはその『誰か』のなかで時間を超えることができるのです。

好きなものを読んだり、書いたりするのも、そう悪いことじゃない。そう信じさせてくれる、そういう物語なのだと。自分は思いました。

***

ブリタンニア物語の本編は、あくまで二人の男女、その友人の蛮人の勇者の3者の目線での物語です。
それぞれ、重いものを引き継ぎながらも、決してそれに屈していません。
男の子は自らの非力さを知りながらも身を燃やして与えられた責務を果たそうとし、女の子は自分ができることと成したいこととの違いに苦しみながらも逃げず、
勇者は自分のかけがえのない友人たちを愛しながらも滅び行く世界に決着を齎す『その時』を予見しています。

この物語は、そんな三人のそれぞれの物語であり、共に生きたブリタンニアの街とそこに生きる人々の群像劇でもあります。
二分されつつあった世界が終わって、そして周囲に散り散りに芽吹いて第二部。的な感じでしょうかね(

そんなわけで4月刊行とのことで、刊行おめでとうございますとT氏(十織氏)に祝辞を添えて。

このたびは声をかけてくださって本当にありがとうございました。万の感謝とともに深々と御礼をば。
不肖、自分なりの精一杯の『ブリタンニア物語』紹介文とさせていただきたいなと思います。
微力ながら、作品の魅力をお伝えするお力添えとなれば幸いです。

2019,3,21 あな(ANA)



■以下書籍情報になります■


【書籍情報】
 書名:ブリタンニア物語
 著者:十織TOSHIKI
 出版:文芸社
 ISBN:978-4-286-20422-2
 発行:2019年4月15日

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