『一日目』
研究所。
特務課専用の作戦ルームの扉が開いて、原田浩二が入ってきた。
手には、お湯を入れたカップ麺を抱えている。
それを大切そうにかばいつつ、会議用のテーブルに座る。その端では、
黒須仁がパンをぱくついていた。
「原田さん、今日はカップ麺のお昼ですか?」
仁が聞くと、腕時計とカップ麺を交互に見ていた原田は苦笑を浮かべた。
「しゃーねーよ、給料前できつい時だしな。そういうおまえだって、
購買のパンじゃねえかよ」
「俺はパンが好きなんですよ」
そう言いながら、仁は焼き蕎麦パンを頬張り牛乳で流し込んだ。
原田は時計をじっとみつめている。そして、3分が経った。
「でっきあがりい」
笑顔で言うと、割箸を割り蓋を取った。
そして、軽く麺をかき混ぜると一口目の麺をすくい上げた。それを口に
運ぼうとする。
「・・・・・・ぬ、ぬわあにいっ!」
突然、絶叫が室内にこだました。思わず原田は麺を噴き出した。
「な、何だあ?」
口から麺を垂らしたままで原田は仁を見た。
仁は、別に驚いた様子も見せずにパンを食べ続けている。
「く、黒須、なんだよ今の絶叫」
その問いかけに仁は、口を動かしたままで後方を指さした。
「・・・・・・?」
原田はその方向を見た。今まで気がつかなかったが普段はコンピュータ
類が立ち並び、オペレーター達が作業しているあたりに人だかりができ
ている。
そして、その中心にはテーブルを挟んで向かい合っている二人の人物
がいた。
沢村紅一と皇ちひろである。
いつもだったら、軽口を言い合っている二人であるがどうも様子が違
っていた。
よく見ると二人が座るテーブルの上には、トランプが散乱している。
さらに、沢村はまるで『組織』との戦いの時のような険しい表情でい
る。背広は脱いでいるのだが、常に付けているはずのガバメントを納
める肩吊りホルスターを外している。
原田は皇に視線を移した。そして、目を見開く。
皇の傍らには、沢村の私物と思われる物品が山を作っていた。
背広、サングラスはもちろん、腕時計、愛車ミニ・クーパーのキー。携
帯に手錠、警察手帳。果ては、コルト・ガバメントまでも。
その様子だけで、原田は何が行なわれているのか、そしてさきほどの沢
村の絶叫の意味も理解した。
「・・・・・・何やってんだか。先輩も、皇も」
溜め息まじりにつぶやくと、いつの間にか仁が横に来ていた。
「皇さんって、勝負強いですよねえ・・・・・・」
原田は麺を口に含むと、チラリと仁を見た。
「またポーカーだろ?今の所の戦績は?」
「ほぼ沢村さんの全敗です」仁はそう答えると牛乳を飲んだ。「で、ほ
ら仮にも刑事だからお金賭けるわけにはいかないじゃないですか。そう
いうわけで最初は昼飯の権利とかだったんですけど・・・・・・」
スープをすすった原田は沢村達をみつめたまま、麺をすくった。
「で、結果は何日分の昼飯だ?」
「えっとですね・・・・・・」仁はポケットから紙切れを取り出した。「沢村
さんが皇さんに約三カ月昼飯をおごり続ける事になってます。ちなみに、
皇さんは二日おごると」
原田は溜め息をもらした。
「ったく、負けず嫌いなんだから。先輩、意外と賭け事好きだからねえ。
で、さすがに昼飯のツケが溜まるのに我慢できなくなって、私物かい」
「ええ、そしたらあの有様です。今の負けで取られたのが・・・・・・」
仁がそこまで言った時、沢村は悔しそうな表情で腰の後ろに手を回した。
そして、ベルトに差していたもうひとつの愛銃であるベレッタM92FS
を引き抜いて机の上に置く。
皇は満面の笑みでベレッタを取り上げると、傍らの私物群の中にそれを
加える。
「・・・・・・ベレッタです」
仁が言うと、原田はまた溜め息をついた。
「四面楚歌ってとこだな。もうあとはシャツとパンツぐらいじゃねえ
のか?でも、まだやるんだろうなあ」
皇は慣れた手つきでカードを切った。
「さあて、沢村刑事」
沢村は煙草をくわえると、顔を上げた。かなり青ざめており、ジッポー
の蓋を開ける指も力が無い。
「どうします?まだやりますかしら?」
「あ、あったりめえだろっ」
明らかに強がりだ。だが、皇は予測していたかのようにニッコリと
微笑んだ。
「ふーん、でもどうします?もう賭ける物無いんじゃないですか?服と
か貰っても私は嬉しくないからなあ・・・・・・」
その言葉に沢村はせわしなく煙草を吹かし続けた。普段からヘビースモー
カーな沢村ではあるが、イライラからか、今はさらに吸うペースは明らか
に上がっていた。 灰皿には吸殻が山を作り、空箱が転がっている。
「じ、じゃあどうするんだよっ。ここでやめるなんて言うんじゃねえぞ」
沢村は煙草の吸い差しを灰皿に押しつけて言った。そして、すかさず新し
い煙草をくわえる。
皇はカードを切りつつ、じっとその様子をみつめていた。
原田と仁はじっとその様子をみつめている。仁は食べ終わったパンの袋を
潰した。
「・・・・・・沢村さん、しつこいですからねえ。あれは勝つまでやめないから」
「ギャンブラーとしては、一番嫌われるタイプだよな。それで、もっとも
ダメージ受ける物を取り上げられるっていうパターン・・・・・・」
そう答えると、原田はスープをすすった。
皇はカードの束を机に置いた。
「・・・・・・沢村刑事」
「ん?」
沢村は煙草の煙を吐き出して顔を上げた。
皇は周囲にいるオペレーターや整備班の人間達を一瞥した。
「いつまで続けてもきりがないですし、こうしましょう。次で最終対決。
で、沢村刑事が勝ったら今まで取り上げた物は全部お返しします。
た・だ・し・・・・・・」
「ただし?」
沢村が聞き返すと、皇は沢村を指さした。
「私が勝ったら、最後だけに一番取られて痛いものをいただくってのはど
うかしら?」
「痛いもの?なんだよ?」
再び聞き返す沢村に皇は天使のような微笑みを見せた。だが、それは沢村
には死神の笑みに見える。
「・・・・・・今日から一週間、禁煙してください」
しばらく作戦ルームの中に沈黙が生まれた。
仁と原田はそれぞれ、カップ麺からすくい上げた麺を持ったまま、飲みか
けた牛乳のストローを口に付けたままで動きを止めていた。
ギャラリー達も思わず顔を見合わせた。
そして、沢村は右手で煙草を構えたままの姿勢で固まっていた。その先か
ら灰がポロリと落ちる。
ただ、皇だけはニッコリと笑ったままで沢村を見つめている。
「どうです?沢村刑事。今までの負けをチャラにするんだったら、それぐ
らいの物賭けないと」
そう言われた沢村はハッとして、煙草を口に付けた煙を深々と吸い込む。
そして、その煙を派手に吐き出すと無理に不敵な笑みを見せた。
「じ、上等じゃねえかよ、ちひろ。よし、その条件飲んだぜ。勝てば、い
いんだからな。勝てばよ」
その返答を聞いた皇はニッコリと笑うと、カードを取り上げた。
「そうです、勝てばいいんですよ。じゃあ、やりますか・・・・・・」
そう言うと、素早くカードを切り始めた。そして、カードを配り始める。
沢村はくわえ煙草のままで、その流れをじっとみつめていた。
室内に緊張が走り、原田と仁はじっとその戦いを見守る。
手札を取り上げた沢村は、チラリとその配列を見た。そして、皇も手札
を取る。
自分の手札の内容を確認した二人は顔を上げて、視線を合わせた。
「・・・・・・沢村刑事、交換します?」
皇の問いかけに、沢村はゆっくりと首を振った。
「・・・・・・いや、このままでいい」
意外な言葉に、全員が沢村を見た。だが、皇は驚いた様子も見せずにこく
りとうなづき、自分の手札から4枚のカードを捨てて、新しいカードを取
り上げた。
その行動にさらにギャラリー達は驚きの表情を見せた。
四枚といえば、手札のほとんどだ。それを変えたという事は、もともと配
列が悪かった事。
かたや、沢村は変えないという事はいい手札が来たという事。
もちろん、それぞれの行動は相手の裏をかく心理戦という事もありえるが。
仁は原田を見た。
「これって・・・・・・」
「まあ、お互いの手札を開くまで分からないな」
沢村は自分の手札と皇を交互に見つめた。片や皇も今交換した手札をしば
し見つめると顔を上げた。
「・・・・・・ちひろ」煙を吐き出しつつ、沢村は口を開いた。「重ねて聞くが、
これが最後の勝負。それでいいんだな?」
「・・・・・・ええ」皇は平坦なトーンで答えた。「どんな手札であろうと、勝
てばいいんです」
沢村はこくりとうなづくと、周囲のギャラリーを一瞥した。
皆、表情を固くして勝負の結果を知りたがっている。
仁と原田も、じっと成りゆきを見守っている。
「・・・・・・よし。どっちから手札を開く?」
そう沢村が聞くと、皇はチラリと自分のカードを見た。無表情ではいるが、
その目もとに一瞬焦りの色が出たのを沢村は見逃さなかった。
「沢村刑事からどうぞ・・・・・・」
皇の返答に沢村はニヤリと笑った。勝利を確信した笑みだ。
その様子を見たギャラリーに緊張が走る。
「原田さん・・・・・・」
「先輩の勝ち、かな?」
原田は仁にそう言うと、じっと沢村の挙動を見守った。
沢村は煙草を口の端にくわえると、手札をチラリと見て、そして裏返した。
全員の視線がそこに集中する。
「・・・・・・ワンペアだ」
その言葉に全員の目が見開かれ、原田と仁の口がカックンと開いた。
「ワンペアって・・・・・・何考えているんだ、沢村さん」
仁は言うが、原田は眉をひそめた。
「いーや、ありゃ先輩の作戦だ」
「え?」
仁が聞き返すと、原田は別の方向を指さした。
「あれ、見てみろ・・・・・・」
そう言われた仁は顔を上げた。そして、はっとする。
皇の様子が変わっていた。わずかに眉をひそめ、悔しそうに口元が歪んで
いる。
「皇さん・・・・・・」
「心理戦仕掛けたってわけだ、先輩」
原田がつぶやいた。
沢村はニヤリと笑って、手札をテーブルの上に置いた。
「まーだ甘えなあ、ちひろ。まんまとこっちの策略にはまったな。こっち
が手札を変えなければ、動揺して少しでも手札を変えようとする。初めに
配った時、そっちもあまりいいカード来ていないと読んだんだ。残念だ
ったな・・・・・・・」
全員の視線が今度は皇に集まる。
皇は、口元をきゅっと結び、カード越しに悔しそうな表情で沢村をみつめた。
沢村は得意気に煙草の煙を吸い込むと、椅子にもたれた。
「さあて、見せてもらおうかね、ちひろちゃん」
さきほどとはうって変わって、威圧的な態度で言い放つ。
皇は、もう一度自分の手札を見た。
沢村は煙草をくわえると、両手を頭の後ろで組んだ。派手に煙を吐き出す。
だが。
次の瞬間に起きた事態に誰もがわが目を疑った。
手札から視線を上げた皇はニッコリと微笑んだのだ。
仁と原田はハッとした。それはギャラリー全員も同じ。
そして、沢村もだ。
「・・・・・・お見せしますわ。沢村刑事」
そう言って皇は手札を返した。その瞬間。
沢村の口元から煙草がポロリと落ちた。
ギャラリーがわずかにどよめく。
そこに揃えられたカードが告げた組み合わせは・・・・・・
「つ、ツーペア・・・・・・」
原田がつぶやき、仁はチラリと沢村を見た。
沢村は頭の後ろで手を組んだ姿勢のままで、凍りついていた。
目をかっと見開き、脂汗が浮かんでいる。
かたや皇は、さきほどまで見せていた悔しそうな表情が芝居であった事
を伝えるかのようににこやかな、そして勝ち誇った笑みを見せていた。
沢村の足下に落ちた煙草が、フィルターの端まで灰になっている・・・・・・
「・・・・・・さーて、沢村刑事」
皇は腕を組んで、振り返った。
その視線の先には脱力しきった沢村が椅子にへたりこんでいた。虚ろな
目で皇を見上げる。
「あ、あんですか?」
「約束は守っていただきますからね。今日から、たった今から一週間
禁煙です」
皇はそう言い放つと、沢村に近づきそのワイシャツの胸ポケットからラッ
キーストライクの箱を取り上げた。
それを前のテーブルに置くと、続いて沢村から巻き上げていた私物の中か
ら背広の上着を取り上げた。そのポケットを探り、箱を取り出す。
さらに、内ポケットにも手を突っ込みそこからも箱を取り出した。
またたく間に沢村の前には5箱ものラッキーストライクが積み上げられた。
沢村は嫌そうな表情でその様子を眺めていた。
背広を置いた皇は溜め息を漏らした。
「呆れた・・・・・・普段からこんなに持ち歩いているんですか」
「しっかたねえだろが。こちとら、煙草が生き甲斐なんだからよ・・・・・・」
そう言いつつ、沢村はズボンのポケットから煙草を取り出して口にく
わえた。
「沢村刑事っ!」
皇は慌てて沢村の口から煙草をひったくった。
「ったく!油断大敵ねっ。出しなさいっ」
そう言われた沢村はしぶしぶポケットから箱を取り出した。
それを受け取った皇は、ポリポリと頭を掻いた。
「とにかく、禁煙ですからね。いいですね、沢村刑事」
「ふわーい・・・・・・」
沢村は露骨に不真面目なトーンで答えた。
それを見た皇の眉がピクリと動いた。
「・・・・・・沢村刑事」
そう言うなり、顔を近づけた。視線を鋭くする。
「もしも、吸ったりしたら、どうなるか・・・・・・」
その迫力に沢村は思わず身を引いた。背筋を冷たい物が走り抜ける。
二人のそのやりとりをじっとみつめていた仁と原田は顔を見合わせた。
「どう考えても沢村さんが禁煙するとは思いませんけどね・・・・・・」
仁の言葉に原田は苦笑を浮かべた。
「たしかにな。でも、相手は皇だぜ。それに、あの皇見てみろよ。こりゃ、
初めからそれが狙いで勝負仕掛けていたようだな」
「沢村さんを禁煙させるためにですか?」
書類の束を取り上げて仁が聞くと、原田はうなづいた。
「先輩を取り扱うことにかけては、右に出る者がいない女沢村だけはある
わな。ああやって追い込んでから交換条件を出せば、断れないって知って
いるんだ。はじめから禁煙しろって言って聞く相手じゃないだろ?」
「なるほど、たしかにそうですね・・・・・・」仁は振り返った。「でも、沢村
さんもただ者じゃないですから。このままじゃ終わらないでしょうね」
皇はゆっくりと沢村から顔を離した。
「沢村刑事。もちろん、あなたが持っている煙草全部回収しますから
ねえ・・・・・・」
その言葉を聞いた沢村は肩をすくめた。
「まあ、しかたねえわな。禁煙約束しちまった以上は、持っているの吐き
出さないとねえ。俺の部屋にある煙草も全部出すよ」
皇の眉が再びピクリと動いた。
死刑宣告に等しい禁煙のはずなのに、平然と言ってのけたからだ。
沢村は椅子から立ち上がった。
「そんじゃ、部屋から煙草取ってくるよ」
そう言って歩き出そうとしたが、突然その肩を皇の手がつかんだ。
「その必要は無いですわ、沢村刑事」
「へ?」
思わず沢村は皇の顔を見ると、皇はニッコリと微笑んだ。
「私を出し抜こうたって、そうはいきません。部屋にしまってある分で全部
だって言いたいんでしょ?」
その瞬間、沢村の表情が凍りついた。
皇は沢村を再び椅子に座らせた。
「甘いですよ、そんな事で私が納得するわけないじゃないですか。大丈夫、
回収はこちらでやりますわ・・・・・・」
そこまで言うと、皇はニヤリと笑った。
「・・・・・・徹底的にね」
その笑みを見た沢村の背中に再び冷たい物が走った。
皇は、数歩下がると突然、指を鳴らした。その瞬間。
音もなく、無数の男達が姿を見せ、皇の後ろに整列した。
「へ・・・・・・?」
あまりにも予測外の事態に沢村はポカンと口を開けた。それは、仁と原田達
周囲の人間達も同じであった。
男達は、一様に同じ作業服を着用していた。よく見れば、皆知ってる顔である。
「・・・・・・お、おい、ちひろ」動揺しながら沢村は口を開いた。「な、なん
で整備班がいるんだよ」
沢村の言葉の通り、今皇の後方に並んでいるのは、特務課整備班の面々である。
まるで特殊部隊のコマンドのように整然と並んでいる。
皇は、隊長のように毅然と整備員達の前を歩き出した。
「彼らは、今回の作戦のために私に協力してくれることになった、整備班行
動部隊です」
「行動部隊いっ?」
思わず沢村が声をあげると、列の後方から整備班々長である、太田明が現
れた。
「お、太田っ」
沢村の顔に驚きの表情が浮かんだ。
太田は皇に向かってこくりとうなづいた。そして、沢村を見る。
「沢村さん、申し訳ありません。今回はわけあって、ちひろ姉御に協力する
ことになりました。整備班はたった今より、沢村紅一禁煙実行部隊とな
ります」
「はあっ?」
沢村は意味が飲み込めずに、太田を見た。だが、次の瞬間にははっとして皇
を見る。
「ちひろっ、おまえ何時の間に整備班丸めこんだっ!」
そう問いかけるが、皇は答えず、ただニヤリと笑った。
太田は、整備班メンバーに振り返った。
「ではっ、作戦開始だっ!沢村紅一の自室及び、関連した箇所から徹底的に
煙草を回収せよ!相手は沢村紅一だ、どこに隠してあるかわからん。塵ひと
つ見逃すなよ!」
そう言うと、手を振り上げた。
「・・・・・・かかれえっ!」
その号令の瞬間。
整備班メンバーは一斉に動き始めた。かけ声を上げて部屋から出ていく。
そして、数名はこの作戦ルーム内を捜索する。
沢村は呆然とその様子をみつめ、皇と太田はうなづきあった。
仁は書類をめくりつつ、周囲を見渡した。
「うわ、一気に話大きくなっちゃいましたねえ・・・・・・」
その言葉を聞いた原田はフッと笑みを浮かべた。
「皇の奴、用意周到だぜ。徹底的に計画練っていたんだな。この研究所で、
整備班を味方につければ事実上、無敵だ」
「たしかに・・・・・・しっかし、どうやって整備班を味方につけたんでしょ
うね?」
仁が聞くと、原田は頬づえをつきまた笑みを浮かべた。
「大方、弱み握られたってとこだろうな。たとえば、夜中に整備班のコ
ンピュータルームでみんなで揃いも揃って、Hなゲームやっているとこ
ろとか・・・・・・なあ?」
そう言うと、チラリと横を見た。
ちょうど仁と原田がいる机を調べていた整備員の動きが止まっていた。
「図星、だな」
原田が言うと、仁は溜め息をついた。
「ったく、何やってんだか、みんな。これが組織と戦う最前線の姿なん
ですかね・・・・・・」
そうつぶやくと、ふと視線をずらした。その瞬間、仁の表情が凍りつく。
皇がこちらをじっとみつめていた。ニッコリと微笑んでいる。
仁は慌てて視線をそらすと、書類を読み始めた。
「・・・・・・黒須も、人の事言えないようね」
原田はボソリと呟いた。だが、一瞬天を仰ぐ。
「俺もか・・・・・・」
突然、太田の持つ無線機から呼び出し音が響いた。にスイッチを入れる。
「太田だっ」
「こちら、D班!沢村紅一の自室より、ラッキーストライクのカートン
23箱発見!内、2カートンが浴室に、4カートンがベッドの下。さら
に1カートンがトイレの便器より発見されました!こちらは防水処理で
ビニール袋にくくまれていますっ」
その報告を聞いた皇は、呆れ顔で沢村を見た。
「やっぱり・・・・・・隠しまくっているようですねえ」
沢村は動揺したように顔を反らした。
続いて、別の報告も入ってくる。
「こちら、B班!地下駐車場捜索部隊です!ミニ・クーパーの車内からラ
ッキーストライクのカートン7箱発見!後部座席シートの弾薬用隠しポ
ケットにも5箱入っていました!」
「コンピュータ・ルームです!こちらの沢村紅一専用のディスク保管箱内
から、3カートン発見!」
「射撃場です!装備室の中から4カートン、ベレッタの整備用パーツ入れ
の中に3箱、さらに沢村紅一専用射撃ボックスからもカートン一つに、
ターゲット類の影にも2箱隠しています!」
「こちら、購買部。沢村紅一が注文していたラッキーストライクの伝票、
すべて回収しました」
「食堂です!こちらの巨大冷凍庫の中に、ラッキーストライクが隠されて
いました!それと、一緒にバーボンのフォア・ローゼスも隠されていまし
たが、こちらはどうしますか?」
皇は溜め息をついた。
「まったく、煙草とバーボン凍らせてどうするつもりだったんですか?」
そう言われた沢村はがっくりと肩を落とした。
報告は続々と入ってきている。
「・・・・・・こちら、原田刑事の自室です!こちらからも沢村紅一の物と思わ
れる煙草のカートンが・・・・・・」
思わず、原田は飲んでいたコーヒーを噴き出した。
「お、おいっ俺の部屋まで調べているのかよ」
皇はこくりとうなづいて微笑んでみせた。
「そうよお、だってどこに隠してあるかわからないじゃなあい。だから、
有森博士の研究室とかも調べさせているわ。とにかく、この研究所の隅
から隅をね。もっちろん仁君の部屋もよ」
仁は苦笑いを浮かべた。
「そんなことしたって、俺の部屋にあるわけないじゃない・・・・・」
そこまで言った時、報告が入った。
「こちら、黒須仁の自室です!本棚の中からカートンがみつかりましたっ」
仁は椅子から転げ落ちた。
「さ、沢村さんっ、なんで俺の部屋にまで隠しているんですかっ!」
沢村は申し訳なさそうに肩をすくめた。
ほどなく、沢村の目前に整備班が発見したラッキーストライクが積み上げ
られた。
尋常でない数だ。カートンと箱が山を作っている。
沢村はぼんやりとその山をみつめていた。その前に皇が立つ。
「よくもまあ、こんだけストックしていたものですねえ・・・・・・」
その言葉に恨めしそうな表情で顔を上げる沢村。
そんな沢村に勝ち誇った笑みを見せると、皇は後方に待機している整備班
メンバーに振り返った。
「さあ、この煙草を全部地下の機密保管室にしまってちょうだい」
「お、おいっ!」思わず沢村は声を上げた。「そこまでやるこたないだろ
う。それに、そんな事に特務の権限を使うのは・・・・・・」
皇は、ニヤリと笑った。
「いいんですっ。許可は取ってありますから」
「はあっ?」
沢村は意味が飲み込めず、首をかしげた。
その間も整備員達は、沢村の煙草をダンボールに積め続けていた。
「で、沢村刑事。これから一週間、あなたの行動は逐一監視させてもらい
ますから。それと、組織関連以外での外出には多少制限入れさせてもらい
ますからね」
皇が言うと、沢村は呆れた表情を見せた。
「なーに、馬鹿な事言ってんだよ、ちひろ。まあプライベートはしかたな
いとしても、定例やなんやらで何度か本庁行かなきゃなんねえじゃねえか
よ。どうすんだよ、それ」
「あ、それですか」皇はあっさりと言った。「大丈夫です、それも手は打っ
てあります。代理で原田君に行ってもらうことにしましたから。課長の了
承も得てます」
「か、課長のっ?なんでえっ」
あまりにも意外な返答に沢村は問いかけるが、皇はニッコリと微笑むだけ
であった。
沢村は、大きく溜め息をつくと、上目づかいで皇を見た。
「ね、ねえ、ちひろさん?」
「なんですか?」
皇が聞き返すと、沢村は顔の前で両手を合わせた。
「頼む、禁煙前の最後の一服!お願い!それだけはさせてっ!」
泣きそうな表情で懇願する沢村に、皇はしばらく考えていたがやがて軽
く息を吐くと、整備員達が詰め込み作業をしていた中から煙草の箱をひと
つ取り上げた。
その封を切り、一本取り出すと沢村に差し出した。
「まあ、それぐらいはいいでしょう」
「さ、サンキュッ!」
沢村はひったくるように煙草を受け取ると、すぐに火を点けた。
煙草を吹かし、腹一杯に大きく吸い込む。
そして、派手に吐き出すと安堵の表情を浮かべた。だが。
次の瞬間には、皇がその煙草をひったくった。
「はいっ!終了っ!」
沢村は愕然とした表情のままで凍りついた。
皇は、近くの灰皿にその吸い差しを押しつけた。そして、整備班に振り返る。
「じゃあ、そのダンボール持ってってねえん」
その指示に整備員達は、ダンボール箱の山を抱えて部屋から出ていった。
皇はこくりとうなづくと、沢村に振り返った。
沢村は皇に煙草を奪われた姿勢のままで凍りついている。
そんな沢村に、皇は満面の笑みを見せた。
「さあ、沢村刑事。一週間がんばってくださいねえん」
だが、沢村は動かない。愕然とした表情のままでいる。
皇は、また笑みを浮かべると、わざとらしく息を吹きかけた。
すると、沢村はやはり硬直した姿勢のまま、ゆっくりと椅子ごと倒れた。
そんな二人の様子を仁は頬杖をついて見ていた。軽く溜め息を漏らす。
「どうなることやら・・・・・・今日は完全に沢村さんの厄日だな」
これが沢村紅一にとっての『七日間』の悪夢の幕開けである。
そう、特務課を揺るがす激動の『七日間』。その第一日目であった・・・・・
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