私と伊集院

三年十組 向後 貴紀


思えば、私が伊集院光と出会ったのは、もう十年近く前の事になる。
ANN二部開始の三ヶ月ほど後に私は聴き始めるわけではあるが、
それ以前の事を思い返してみればさりげなく彼の名前を耳にはして
いた事に気がつく。
最初は「激突アゴはずしショー」だった。
当時、今よりもラジオの虫、特にニッポン放送フェチであった私は
まあ暇あれば一日中LFを聴いているという人間であった。
で、当然ナイターオフの時期にやる番組もチェックしていたわけだ
が、その中に「激突アゴはずしショー」もあったわけだ。
で、そこに伊集院光も出ていたわけで、そのインチキ臭い(笑)名
前とオペラ歌手という、これまた胡散臭い経歴で興味を引いたのは
事実である。
しかし、これは今考えてみれば大変失礼ではあるのだが、その段階
では私の中に「伊集院光」という男はまだ入り込んではこなかった。
正直、当時その番組に大挙して出演していたキワもの芸人の一人と
いう認識しかなかったのだ。
で、それからしばらくたってから今度は二部を担当していた寺内た
けしのANNで彼の名前を聞くことになる。
彼はその番組では笑い屋を担当しており、直接放送に関わってはこ
なかったが、その特徴ある笑い声と見事な合いの手で私の中にイン
パクトを生んだ。
で、彼は他の番組にもちょくちょく顔を出す。偶然というのがほと
んどだが、よく覚えているものでは水曜二部を担当していた小峰隆
男が放送中にスタジオのサブに遊びにきた伊集院の話題にふれてい
る。この時は放送には参加しなかったが、小峰が結構フランクに話
していたことから、当時すでに伊集院はLF内部に相当な人脈を形
成していたことがうかがえる。
その際小峰は、伊集院がその週のヤングパラダイスのピンチヒッタ
ーを勤めることを触れており、私は「ああ、聴いてみるかな?」と
思った程度であった。
で、ヤンパラではあるが、申し訳ないがほとんど記憶に残っていな
い。録音していたテープもいつのまにか他の番組を重ねてしまい、
現存していない。
今考えてみれば非常に残念ではあるが、その段階でもまだ私の中に
伊集院光が入り込んできていなかった証拠でもあるだろう。
で、さらにしばらく経ってから、彼のANNを聴くことになるわけ
である。

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