「アストロ・ピアソラ」

冬の夜に携えるのは
ピアソラの調べ
乾燥した寒気を
むせ返る熱気に変え
ただ情念をうたうタンゴの響き

ブエノスアイレスの
雑然とした町並みを
夕暮れの路地にくつろぐ
やせた猫の長い影を
まぶたの裏に描かせて

いまだ見ぬ町の幻想が
バンドネオンの反復旋律が
今宵もまた麻薬のように
今都市にある私の心を
深い想いへといざなう

高ぶる心は
上昇する音階
そして一拍の間の後
激しさを増して
繰り返される主題

差し迫るリズム
ダブルAのむせび泣き
その蛇腹のブレス
奏でるタンゴの魔手は
時の流れすら忘れさせて

ピアソラの手による
その音のダイナミズムは
冬の夜の深さの中で
心地よい陶酔のように
全ての思考を停止させる

そして私は

バイオリンのように震え
ベースの絃と共にはじかれ
ピアノフォルテに揺られ
バンドネオンの息遣いに
ただ抱かれている

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