「彩度ゼロ」

まるで貧血を起こしたように
風景の色が薄れていく。
少年の頃の自分が
遠くで手を振っている。

これは何の物語だったろうか
何度か見た覚えがある
何かから始まったのだけれど
その何かはなんだったろうか
音が一つ一つはっきり聞こえて
それが一つ一つ意味を持って
その中で自分の鼓動だけが
何の意味も持っていなくって
ざわめきの中のいくつかは
私について語っているが
その会話の内容は
私に対してとてもそっけない

そして誰かに会うのだった気がする
グラスが触れ合ったときのような
涼しい声をした誰かに
電車の通り過ぎる音がして
その誰かに会って
そして何を話すのだったか
長い会話でもなかったはずで
そのは後どうなったのだろう
まるで覚えていないのだが
物語の始まりだったか
物語の終わりだったか

まるで貧血を起こしたように
風景の色が薄れていく。
聞き覚えのある足音が
近くまで来ている。

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