だが、どのようなメカニズムで癌細胞が抑制されるのかについては、これ までまったくわかっていなかった。
だが、その謎もついに解き明かされる日が来たようだ。全米環境医学研究所(NIEHS)がこのほど発表した研究報告によると、低カロリーの食事をとることによって、IGF-1(インスリン様成長因子-氈jというホルモンの血中濃度が下がり、腫瘍の成長が妨げられることが判明したからである。
癌の成長を促すホルモン
NIEHSの研究者サンドラ・ダンによれば、IGF-1は、ヒト成長ホルモンの1種で、人間の体の長い骨の部分の成長を促すという。
つまり、成長期に身長を伸ばすためには欠かせないホルモンだということになる。
今回の研究は、膀胱癌だけを対象にしているが、そこから得られたデータは、すべての癌にも当てはまるはずだ、とNIEHSの科学者たちは語っている。
医学専門誌『癌研究(Cancer Research)』に発表した論文で、ダンは次のように報告している。
膀胱癌にかかったネズミに与えるえさのカロリーを20%低くしたところ、IGF-1の血中濃度は24%も低下した。さらに驚くべきことに、その過程で癌の進行そのものもストップしてしまったのだ。
だが、これだけでは、IGF-1と癌の進行に直接の因果関係があるかどうかはわからない。
そこで、科学者たちは、今度は「ダイエット」をさせていたネズミで、IGF-1の濃度を前と同じレベルにまで戻してみた。
すると、癌細胞がまた増え始めたので、今度こそIGF-1が癌の進行と直接関係しているという動かぬ証拠が得られたというわけだ。
つまり、膀胱癌にかかったネズミの体内で、腫瘍の成長に歯止めがきかなくなったり、癌細胞が転移したりするのは、IGF-1の作用にほかならないことが確認されたのである。
人間の癌細胞には、p53という癌抑制遺伝子が欠けているケースが多い。
そこで、ダンは遺伝子操作によって、この遺伝子を生まれつき欠いたネズミをつくった。
そして、発癌物質をこのネズミに与えて、人間の膀胱癌にきわめてよく似た膀胱癌を誘発させたのである。
これなら、人体実験をしなくとも、人間の癌のメカニズムにかなり食い込むことができる、とダンは考えたわけだ。
問題は、こうして得られた知識をどのように応用するかだ。ダン自身は、IGF-1の血中濃度を低く抑えるような経口薬を開発すれば、ぼうこう癌だけでなく、あらゆる種類の癌の成長を阻むことができると考えている。
ところで、低カロリーの食事を続けていると、老化の進行が遅くなるらしいことも知られている。
だが、今回の研究では、IGF-1がそのメカニズムとどう結びついているのかについては、研究の対象とはならなかった。
もっとも、「癌にならなければ、寿命が伸びることは確かだから、その方面でも期待できるのではないか」と、NIEHSの研究者は語っている。
18を過ぎてぶくぶく太ると乳癌になりやすい
とにかく、太っているとろくなことはない。
最近発表された別の報告によると、18歳をすぎてから体重が増えだした女性は、乳癌にかかる確率が高くなるという。
ハーバード大学公衆衛生大学院のジピン・フアン博士によれば、閉経(年配の女性に月経がなくなること)後に乳癌になった女性の6人に1人は、若い頃に体重に気をつけてさえいれば、癌にかかるのを防げたかもしれないという。
もっと具体的に言えば、18をすぎてからは体重を2、3キロ以上は増やさないようにしたほうがいい。
フアン博士が利用したのは、現在も進行中の「看護婦健康調査プロジェクト」から得られたデータだ。
これは、看護婦を対象に、どのような食事をして、どのような健康状態にあるかを16年間にわたって追跡調査し、どんな要素が乳癌その他の病気にかかる確率を高めるか、特定しようという壮大な試みである。
フアンは、9万5256人の女性から得たデータを調べ、閉経後の乳癌の33%は、体重増か女性ホルモンのエストロゲンの使用、あるいは両者の組み合わせに原因があることを突き止めた。
体重増だけでも、おそらく原因 の16%を占め、エストロゲンだけだと5%だろうとフアンは語っている。
女性ホルモンのエストロゲンは、更年期障害の治療に使われることが多い。
エストロゲンと乳癌の関係は、1970年代なかばから調べられてきたが、その因果関係はこれまではっきりと分かっていなかった。
エストロゲンには乳癌の進行を促進する働きがあり、脂肪にはエストロゲンの血中濃度を高める作用がある、とフアンは語っている。
データでは、2517人が乳癌にかかっており、そのうち1517人は閉経後の女性だった。フアンが全米医学会誌に発表した論文によれば、閉経後と閉経前では、肥満や体重増が乳癌に及ぼす影響は異なっているという。
エストロゲンと乳癌の関係
閉経前の場合、太った女性は標準的な体型の女性より、かえって乳癌にかかる確率は低かった(しかし、その他の病気を含めた死亡率全体では上回っていた)。
一方、閉経後では、成人してから太った人は、乳癌にかかる確率と死亡率の両方とも高くなっていた。
18歳をすぎてから20キロから25キロ程度体重を増やした女性は、体重の増加を2キロから3キロ以内に抑えた女性と比べると、乳癌にかかる確率が40%も高かった。
エストロゲンを使用したことがない女性の場合、体重増と乳癌の因果関係はもっとはっきりと表れた。
これらの女性が、10キロから20キロの間で体重を増やした場合、乳癌にかかる確率は61%も増えたというのだ。
また20キロ以上太ると、リスクはほぼ倍になった。
一方、エストロゲンによるホルモン療法を受けている女性の場合、かなり体重を増やしても乳癌のリスクはかえって低くなっていた。 エストロゲンには、乳癌を促進する作用があるので、これはある意味で意外な結果だったと、フアンは語っている。
これまでにも、成人の体重増と乳癌の関係を調べた研究はあったが、これほど大規模な調査は初めてである。
しかも、何年にもわたって女性の健康を追跡調査したものも今回が初めてだ。
だが、この調査ではまだ答えが出ていない問題もいくつかある。たとえば、乳癌のリスクと直接因果関係があるのは、体重が増えることなのか、それとも体重増につながるようなライフスタイル(運動不足とか)が問題なのか、といったことだ。
体重増は、乳癌のリスクを増やすような肉体的変化を女性にもたらすのだろうか。
こうしたメカニズムが完全に解明されるのは、まだ先の話だろう。だが、少なくともこれで、女性が理想的な体型を維持したがる理由がまた1つ増えたと言えそうだ。
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