<何か足りない>の巻

キー子(以下K)「こんばんは!」

あき(以下A)「いらっしゃ〜い。遅いわね、今日は。」

K「ほら、今忘年会シーズンじゃないですか。」

スターちゃん(以下S)「それでなんですね。私、実は開店からず〜〜っといるんですけどね、これまで私ひとりだったんですよ。もう10時半じゃないですか。帰るに帰れなくって。良かったぁ〜、キー子さんが来てくれて。」

K「まあ、この時期、みんな忙しいですからね。えっ???スターさんは・・・。」

S「私ですか?私は個人事業ですから。お付き合いもそこそこでね。」

A「はい、キー子、おしぼり。」

K「あ〜、有難うございます。」

A「キー子は何する?」

K「え〜とですね、きょうは、ウーロンハイをお願いします。」

A「あいよっ!・・・・はい、お待たせしました。」

K「それにしても急に寒くなりましたよね。やっぱり12月はねぇ、このくらい寒くないと。って思いません?」

S「そうですよ。12月ですからね。私やアキちゃんの子供のころなんて、も〜〜っと寒かったですからね。ね、そうでしたよね、アキちゃん。」

A「そうね。子供の頃は冬は冬、夏は夏って、ちゃんと季節が分かれてたわよね。今じゃさ、食材だって季節感が無くなってきたじゃない。なんか、寂しさを感じるわよね。」

K「でも、いいじゃないですか。何時も食べたい物を食べられるなんて。」

S「その陰では一日何も食べられなくて死んでいってしまう人がいるんですからね。日本は幸せになったものですね、アキちゃん。」

A「そうよね。幸せ過ぎておかしくなってるわよね、どこか。」

K「そうですかねぇ。良い事だと思うんですけどねぇ。」

A「勿論、いい事なんだけどね。やっぱり人間には欲があるから、上へ上へって思っちゃうのよね。」

K「欲といえば、行ってきましたよ、この前の日曜日に。」

S「何処へ行ったんですか?」

K「ベニサンピットに。<黒トカゲ>観てきました。」

A「あら、行ったの?」

K「そうですよ。この前アキさんが期待できるって言ってたじゃないですか。」

A「そうだったわね。で、どうだった?キー子は。」

K「麻実れいが良かったですね。」

A「そうね。まあ、今回の舞台は麻実れいの為の舞台っていってもおかしくはないわよね。」

S「麻実れいって宝塚のトップだった人だよねぇ。彼女って今、普通の芝居をやっているんですかぁ。」

A「あら、そうよ、スターちゃん。TVにあんまり出ないから引退でもしたと思ってた?」

S「ええ、そう思ってました。私ね、アキちゃんみたいにあんまり舞台とか映画とか観ないですからね。もっぱら机とにらめっこですから。たまにTVを見るくらいですかね。」

A「でも、スターちゃんだって昔は色々観てたじゃないの。」

S「そうですね。宝塚も観ましたねえ。確か麻実れいは雪組のトップスターでしたね。もう何年前でしょうか。」

A「相当前よね。」

S「彼女の<黒トカゲ>だったら観たいですね。チラシありますか?」

A「はい、これ。でも、20日までだったのよ。」

S「あ、そうですか。それは残念ですねぇ。次の機会にしましょうかね。で、どうだったんですか?彼女の為の、って言ってましたけど。」

K「やっぱり麻実れいが凄かったですよ。あんな膨大な台詞を朗朗と言っていて。とても良かったですよね。」

S「まあ、そうでしょうね。三島由紀夫の脚本でしょ。かれの台詞って本当に美しいじゃないですか。まあ、私の先輩だから言う訳じゃありませんけど、すごい才能ですよ、彼は。で、麻実さんの他はどうだったんでしょうか?」

K「何しろ彼女が素晴らしくて・・・。あとは、青い亀のぉ・・・・誰でしたっけ?」

A「浅利香津代でしょ。アッシは彼女が凄く良かったけどね。」

K「そうそう。彼女も良かったです。」

S「確かアキちゃんは、<黒トカゲ>はとっても好きな本じゃなかったでしたっけ?」

A「そうなのよ。だから、麻実れいや浅利香津代が良くってもね。」

S「と言う事は、何か不満でも。」

A「やっぱり本が良いから感動するんだけど、アッシは、黒トカゲと明智って同じレベルじゃないと成り立たないと思っているのよ。だから、今回の舞台は、そういう意味で明智が弱すぎたかなって。」

K「そうですかぁ〜?主役が黒トカゲだから良いんじゃないですかね。」

S「いや、それは違いますね、キー子さん。あの芝居はアキちゃんが言うように、黒トカゲと明智が同等じゃなきゃ駄目ですよ。過去にも初代水谷八重子と芥川比呂志、丸山明宏と天知茂、京マチ子と大木実などなど、それぞれが張り合ってるっていう感じでしたからね。で、今回明智を演ったのは誰なんですか?」

A「千葉哲也っていう<THE ガジラ>の中心俳優さんで、tptにも良く出ている人よ。で、彼自身はそんなに悪くないんだけど、と言うか、相手が麻実れいじゃなかったらとっても良かったんだと思うんだけど、いかんせん相手ガ麻実れいじゃない。ちょっとバランスがね。」

S「バランスは大切ですよ、本当に。」

A「何かが足りないって思わせちゃうのよね。それにあの芝居、元々大舞台用にできている芝居じゃない。セットがね、イマイチ、っていうか、あの空間だったら仕方ないのかもしれないけど、やっぱり豪華さがねぇ〜。」

K「足りないって事ですか?」

A「まあ、ベニサンピットだからね。本当に仕方ないんだけど。」

K「セットの事と関連があると思うんですけどねぇ、あの明智が隠れている長椅子。あれちょっとおかしくありませんでした?」

A「あ〜、あれね。あの中には人は入れないわよね。薄過ぎるもの。実際に疑問を感じちゃった人も多かったかもね。」

K「まあ、僕はそれだけなんですけどね。あっ、そうそう。もうひとつ有りました。ちょっとって所。」

S「どんな所なんですか?それは。」

K「ほら、雨宮と早苗(実は偽者)が二人っきりになる牢屋のシーン。あそこがねえ。どうでしたか?アキさんは。」

A「あそこね。ちょっと辛かったかな。」

K「やっぱり。何か物足りなかったですよね。何か、こう話していると、何か足りなかったんじゃないかって事がどんどん出てきますよね。」

A「そうね。記憶が甦って再確認しちゃうっていうのかしらん。」

K「その何か足りないな、って思ったのが、この前観たNODA MAP(野田地図)の<ロープ>だったんですよ。もうご覧になりました?」

A「行ったわよ、二日目だったかな。」

S「野田って、この人も私の同窓生なんですよ。でも知らなかったんですよね、学生時代は。」

A「あら、そうなの。アッシ、最初に観た野田の芝居って、今はもうないVAN99ホールって所でさ、その後に駒場のなんか、劇場じゃなくて教室みたいな所だったのよ。スターちゃんもその頃は駒場に行ってたんじゃないの?」

S「まあ、確かにそうだったんですけどね。知らなかったですね。で、キー子さんは、何が足りなかったんですか?」

K「それがですねぇ、何がって言われても分からないんです。」

A「でも、その感覚分かるわ。特にあの芝居ね。アッシもね、観終わった時に感じたわよ。みんな役者はいいのに何かがねって。」

K「やっぱりアキさんもそうでしたかぁ。ねえ、そうですよね。何か物足りなかったんです。」

S「何かが足りなかったんですね、お二人とも。で、話はどんな話なんですか?」

K「プロレスと引きこもりの話ですかね。」

A「まあ、そうかな。それに差別と戦いね。まあ、ひとつの言葉で表現すれば<暴力>かな。」

K「プロレスって、八百長っていうか、出来上がったストーリーに沿って進んで行く、いわばショーですよね。でも、それを信じたくないスターレスラーが引きこもっちゃうんですよ。そこに、他のプロレスラーやTVのクルー、コロボックル、入国管理局署員なんかが絡んでくるんですよね。」

S「それだけ聞いていたら面白そうですけどね。」

A「だから、面白い事は面白かったのよ。でも、何かが足りなかったのよね。何か、グッと胸に迫る物が無かったっていうのかな。」

K「そうそう。そうなんですよ。胸に迫る物がね。凄く良かったんですけどねぇ。終わったら、終わっちゃった、っていう感じなんです。」

A「そうね。あれ?って。野田の芝居のテーマは殆どが明らかに反戦じゃない。今回もショーの筈が・・・っていうので分からなくはなかったんだけどね。インパクトにちょっと欠けちゃったわね。」

S「なるほどぉ、そうだったんですか。何ででしょうねぇ、それは。」

A「まあ、これは悪までも想像だけど、今年、彼はロンドンで、<THE BEE>っていう芝居を限定だけど上演したのよね。一年に二回の新作はね、ちょっとキツイんじゃないかなって。」

K「えっ!そうなんですか?ロンドンで。」

A「そうなのよ。これも暴力がテーマ。アッシ、早く観たくて観たくて。」

S「なるほどぉ。アキちゃんは、両方に同じ精力を向けられないって事を言いたいんですね。」

A「そうなのよ。多分ね。でも、やっぱり凄いわよね。一年に二作よ、それも新作が。早く<THE BEE>観たいわね。」

S「それじゃ、私はこの辺りで帰りましょうかね。」

A「あら、そうなの?そうね、もう12時だもんね。少し急がないと乗り遅れちゃうからね。」

S「そおうなんですよ。何しろ遠いものですから。キー子さんは?」

K「僕ですかぁ?僕はまだ終電まで時間があるので、もう少し飲んでいきます。」

S「いいですね。いくらですか?」

A「はい、スターちゃん。今日は沢山飲んでいただきました。有難うございます。3900円です。」

S「はい、ご馳走さまでした。それではまた今度。」

K「おやすみなさ〜い。」

A「有難うございます。おやすみなさい。」

S「おやすみぃ〜〜〜!」

K「じゃあ、アキさん、もう一杯何か、・・・え〜と、黒ビールお願いします。」

A「アイよっ!・・・・はい、お待たせ。」

K「しかし、遠いと大変ですよねぇ。時間とか結構気にしないといけないし。」

S「ごめ〜〜ん。忘れ物しちゃったんです。帽子、その辺に落ちてませんか?」

A「ちょっとキー子、見てあげて。」

K「あっ、これですかね。」

S「あ〜、そうそう。ありがとうね。何かさ、足りないなって思ったらね。ありがとう。今度は本当におやすみぃ〜。」

A「は〜い、気を付けてね。おやすみなさ〜い。」

K「今日は最後まで何か足りなかったですね。」

A「ほんとうだわね。あはは・・・・・。」

K「ははは・・・・・。」

おわり


*今回紹介したお芝居は、
1) <黒トカゲ>        上演終了
2) <ロープ>       シアターコクーン
      上演中〜2007年1月31日まで

以上です。どうぞ足をお運び下さい。
2006.12.22


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