<お母さんと呼ばないで>の巻

あき(以下A)「いらっしゃ〜い!あらター君。こんな雨の日にようこそ。・・・はい、オシボリ。」

ター君(以下T)「あっ、すいません。こんばんは。」

A 「また暑くなってきたわよね。それにこの雨。もういい加減にして!って感じよねぇ。」

ひろ坊(以下H)「本当だよ〜。いい加減、夜も晴れてほしいよね。」

T 「ひろさん、本当ですよね。これじゃ、何処行くんでも躊躇しちゃいますね。」

A 「ほ〜んと。で、ター君は何にしよう?」

T 「あっ、そうそう注文しなきゃ。え〜と、今日はシャンディー頂きます。」

A 「あいよっ!」

H 「何?シャンディーって。」

A 「ビールにジンジャーエールを同量混ぜるのよ。」

H 「へ〜。ビールにジンジャーエールを?」

T 「そうなんですよ。」

A 「は〜い、お待たせ。ひろ坊にはちょっと弱すぎるかもね。」

T 「ひと口どうですか?」

H 「それじゃ、お言葉に甘えて。・・・ふ〜む、何とも言えない味だよね。」

T 「これが良いんですよ。」

H 「アキちゃんの言うように、俺には少し弱いかな。」

A 「でしょ。」

H 「それにしてもター君、今日は結構遅いじゃない。何処か行ってきたの?」

T 「芝居に行って来たんですよ。」

A 「何観て来たのかしら?」

T 「ドアに貼ってある<人形の家>です。」

H 「あ〜、イプセンのね。ず〜〜っと前に読んだ事あるけど、芝居は観たことないな〜。」

T 「アキさんはもう観ましたか?」

A 「初日に行ったわよ。」

H 「で、どうだった?」

T 「僕はまず、長かったですね。な〜んて言ったって3時間ですよ、約。で、 こんな時間になっちゃったって訳です。」

H 「3時間もあるんだ。そりゃ長いよね。」

A 「でも、2回休憩があるから、アッシにはそんなに長く感じなかったわね。」

T 「て言う事は、アキさんには良かったんですね。」

A 「まあ、そんなに悪くはなかったけど、良かったか、って言ったらイマイチかな〜。」

T 「でしょ。僕もな〜んかイマイチに感じたんですよね。」

H 「それは何で?」

A 「まずさ、アッシにはあの回り舞台の意味が分からなかったのよ。あれ必要だったかな?って。」

T 「回って何が変わったかって、何も変わらないんですよ。」

A 「そうね。例えば回転した後に主人公ノラの気持ちの変化が少しずつ分かるとかね。 原作を読んでいれば多少は分かるんだろうけどね。」

H 「あれだよね。銀行の頭取になる夫と3人の子供の裕福な暮らしがある日ノラが 夫に秘密にしていた事が明らかにされそうになるにつれてノラの心の中に段々自我が目覚めていく っていうやつだよね。」

T 「僕も原作はず〜っと前にしか読んだ事がなかったので、まあ、初めての様な物だったんですけど、 今何故<人形の家>をやるのかなって。」

H 「あ〜、そうか。<人形の家>はもう100年以上前の戯曲だもんなぁ〜。 あの頃は女性の地位はとっても低かったわけじゃん。で、 ノラのとった行動は大袈裟に言ったら天変地異でも起こったんじゃないか位に衝撃的だったんだろうね、 たとえ戯曲であってもさ。」

A 「まあ、そうよね。日本でいったら明治11年でしょ、人形の家が書かれたのって。」

T 「そ〜んなに前なんだぁ〜。」

H 「そりゃ、そうでしょ。イプセンが亡くなってから100年以上が経つわけだから。」

A 「そんな時代にさ、女性の地位っていったら無いも同然。そんな状況下でノラのとった行動って、 当時の人達からしたら、とんでもない!行動だったわけよね。」

H 「そうだよぉ〜。で、役者達はどうだった?」

T 「やっぱり宮沢りえって凄いでした。ほとんど喋りっぱなしだったし、堤真一も良かったんですけどね。」

A 「アッシもね、良かったかどうかは別にして、宮沢りえは頑張ったと思ったわね。 本当に彼女のいない場面はほんの少しだったしね。ヘルメル役の堤真一については、 今回はイマイチかな。銀行の頭取になる感じが全くしなかったのよね。もうちょっと貫禄というか、 何か一つ足りなかったのよ。それに比べたらノラの秘密を握るクロクスタを演じた山崎一が良くやってたわ。 まあ、役もいい役なんだけどね。」

H 「まだやってる?」

T 「はい、まだまだやってますよ。今月いっぱいですよ、確か。」

A 「そうね。今月いっぱい。」

H 「じゃあ、当日売りに期待して行ってみようかな。何か他にない?お勧め。」

A 「そうね。芝居じゃないけど現代美術の展覧会、<横浜トリエンナーレ2008> がみなとみらい地区だ開催されてるわよ。」

T 「現代美術ですか?う〜む、ちょっと不得意だなぁ〜。」

H 「俺も。前にロスの美術館で観に行った事あるんだけどさ、もうな〜んにも解からなくて。だって、 大きなところに落書きみたいにペンキが塗って、って言うよりペンキの缶ごと壁にぶつけたって言うのかな、 そんなの観てさぁ。他の作品も何が何だかな〜んにも解からないまま帰って来ちゃった経験があるんだよね。」

A 「まあ、分からない事もないけど、結構それはそれで面白いんじゃないかな? 例えば今回は、大きな場所の壁全体に鏡が17枚貼ってあるんだけど、その内の一枚だけが割れてないのね。 そんなのやら、大きな空間に円形の造形物が吊り下げられているだけとか、勿論、 ストーリー性のある映像作品もあったんだけどね。」

T 「アキさんは好きなんですか?そういうの。」

A 「まあ、嫌いじゃないわね。でも理解するのは難しいなって思うけど。 ロスのグッケンミュージアムやニューヨークのホイットニー美術館なんかも数回行ってるし、 そういう作品に慣れてるっていうのかな。」

H 「まあ、秋だし美術館も良いんだけど、やっぱり芝居かな。アキちゃん沢山観るでしょ。良かったの無いの?」

A 「そうね。まあ、良かったと言うより恐ろしかったっていう芝居だったらあったけど。」

T 「恐ろしかったぁ〜?何ですか、それって。」

A 「市原悦子が演劇企画集団THE・ガジラに客演してる<ゆらゆら>っていうしばいなんだけどね。」

H 「いいじゃん、いいじゃん。市原悦子ね。俳優座出身だったよね、彼女。」

T 「僕は<まんが日本昔ばなし>とか<家政婦はみた>とか、 何か刑事役のTVドラマとかしか知らないんで舞台をやるなんてね・・・。」

A 「でも、元々は舞台出身なのよ。今の日本てさ、TVに出てないと死んだも同然じゃない、 大袈裟だけど。」

H 「でもそうだよ。で、その恐ろしい舞台って?」

A 「殺人犯の親、特に母親の恐ろしさっていうのかな。」

T 「母親の恐ろしさですか?」

H 「母親ね。今の母親って子供をしからないし、徹底的に守るからね。 その殺人犯の母親も殺人犯の息子を徹底的にかばうんだろうね。」

A 「かばう?う〜む、それともちょっと違う気がするのよね。何て言うか、 世間の常識とはまた違った基準がその母親の中にはあって、息子をかばうっていうよりも、 自分だけの線を守ろうとしているのよね。う〜む、難しいなぁ〜。」

H 「何となくだけど分かるような気がするなぁ〜。 一般世間から見たら一つの範囲に収まりきれない母親って事だよね。」

A 「まあ、そうね。何しろ強烈なのよ、その母親の存在自体がね。その母親を中心として、夫、 殺人犯の弟、精神科医、その助手の大学生、精神科医の心の内に存在する謎の男。 この6人夫々がまた凄い存在感なのね。」

T 「具体的になどういったぁ〜・・・?」

A 「まず夫。彼は妻と同時に妻に母親の像を重ねて見てるのよ。でも、どこかで、<お前は俺の女房だ> って言う気もあるの。旦那にとっての女房ってどこか怖い存在でもあるじゃない。 アッシらにはちょっと分かりにくいけどね。そして弟。何故兄が殺人を犯したか分からない。当たり前よね。」

H 「同じ親に育てられたのに、ってことだよね。」

A 「そう。兄弟でもあるじゃない、その一人ひとりに家族の中での自分の存在確認って。 この弟はそれを探ってる。それに精神科医。彼には頭の中で離れない事実で悩んでる、っていうか、 その頭の中にいる唯一自分の精神鑑定で死刑になったその存在に怯えている。う〜む、 怯えているっていうよりその存在を介して自問自答しているのね。」

T 「なんか、結構複雑なんですね。ちゃんと観てないと複雑すぎて訳わからなくなっちゃいますよね。」

H 「それが良いんじゃん。で、その精神科医の頭の中に存在する謎の男って。」

A 「今ってさ、凶悪犯罪者を精神鑑定するじゃない。そして、 大体が精神障害のために罪が軽減されちゃってるでしょ。その精神科医も大体そういう判定をしてきたのよ。 でも、唯一死刑になった男がいるのね。で、その男が頭から離れない。 それは自分自身が鑑定した結果が本当にどうだったかって・・・。」

H 「その謎の男っていうのは精神科医の良心ってことかぁ〜。」

A 「良心・・・う〜む、それもどこか違うような。」

T 「人間は誰でも何処かで色々悩んでるって事ですよね。でも、その母親は悩んでいない。むしろ、 自分だけの常識の範囲を崩そうとしていないんですよね。回りの男どもは誰もが何処かで何か悩んでる。でも、 母親は一見悩んでいるようでいて、実は悩みの<な>の字もないんですよね。自分の道をまっしぐらって。」

A 「そうね。それにしても役者のレベルが高くて、 だからより夫々の存在感が浮かび上がって素晴らしい舞台になったわよ。 今の日本にいおける色々な問題を浮き彫りにして観客に問いかけているのよね。」

H 「母親ってだから大きな存在になっているんだよなぁ。良く言うよね、 男は女性の上に母親を重ねてるって。」

A 「そうね。だから女性が男性をコントロールしているのかもしれないわね。」

T 「まあ、アキさんも母親みたいな存在ですからね。」

H 「それじゃ、アキちゃんのこと、これから<お母さん>って呼ばなきゃ。ははは・・・。」

A 「ちょっとぉ〜、止めてよね、お母さんだけは。一番嫌なのよね、お母さんって呼ばれるの。」

T 「じゃあ、お母さん、もう一杯お代わりお願いしま〜す。」

A 「だからぁ〜、止めてって。」

H 「そうだよねぇ、お母さん。ははは・・・」

A 「もういい加減にして頂戴!今日は二人とも倍付けよ!」

H 「そりゃ困るよ。」

T 「そうですよ。お母さんって呼びませんから。」

A 「それじゃ、今日は許してあげるわ。」

シノブ(以下S) 「こんばんは。」

A 「あら、シノブちゃん、いらっしゃい。はい、オシボリ。」

S 「久し振りですね。お母さん、今日は・・・」

A 「だからぁ〜、お母さんって呼ばないでって。」

H 「やっぱりお母さんかな、ははは・・・。」

S 「何かあったんですか?」

T 「何も無いですよ。ね、お母さん。」

A 「もうター君、100倍付けね。」

T 「許してぇ〜〜〜!」

一同 「ははは・・・・。」

おわり


 *今回紹介したお芝居などは、
  
 1) <人形の家>   上演中〜9/30まで  シアターコクーン
 2) <横浜トリエンナーレ2008>  開催中〜11/30  横浜新港ピアほか7会場
 3) <ゆらゆら>  上演中〜9/28  ベニサンピット
以上です。どうおぞ足をお運び下さい。
2008.9.20


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